ブログupdateサマリー

4コマ漫画「アメリカは今日もアレだった」

アメリカ暮らし4コマが週前半、愛犬物語が週後半です。

思いやりあい

    奥さんのダラスの家というのは、キャリアウーマン時代に暮らしていた、奥さん所有の物件です。 だから、奥さんにとっては馴染みの場所だけど、ボブ父さんにとっては何の思い出もない、見知らぬ場所で・・ ボブ父さん:「ひっこすとしたら、この家(再再婚後、奥さんの希望でオクラホマの故郷に建てた今の家)を売らなくちゃ・・。そしたら、クリスマスにみんなが来ても、泊められないよ・・」 ダラスの家は、今の家より小さいのです。 ボブ:「僕たちは、近くのホテルに泊まるから大丈夫」 などという会話をしていたのですが  翌日、とつぜん奥さんが 「ヘリコプターを呼ぶからひっこさなくてもぜんぜんオッケー!」 と、いかにもアメリカ的なアイディアを出されました。  ド、ドクター・ヘリですかい!! 「うちの庭、ヘリポートの広さがあるってわかったの♪」 とのことですが  ボブ父さんの心情を思いやっての自己犠牲的決断。  ですよね・・・・ これからも奥さんが元気で暮らされるよう、願ってやみません。   *ちなみに、アメリカでは救急車等は無料ではありません。    ↓応援のおくりっくをいただけるとうれしいです。

奥さんの心配とストレス

   「高齢だから手術しない」 というのを聞いて、どちらにしても、とても悲しいことだと思いました。 それで、少し調べてみたら、弱く薬をかけることでその病巣が増えないよう、いわゆる”引き分け”で生きていく方法があるということでした。 ボブに話し、父さんに聞いてみると、そういうやり方をしているとのことで、少し安心しました。  でも、奥さんにとっては、いざという時、大きな病院が遠すぎるのが大きなストレスになっているようです。 奥さんはとても元気なひとですが、このたび会った時、今までにない”つかれ”と”弱り”を感じました。 心配がカラダに悪いの、よくわかります・・・  そこで、父さんを説得するよう、ボブに頼みました。     ↓応援のおくりっくをいただけるとうれしいです。

配偶者を二度喪う

    二番目の奥さんは、亡夫の弟を世話していました。この人は、ボブ母さんの弟でもありますが、体重が増えすぎたため仕事や家事ができなくなっていたのです。 ・・つまり・・・自分とは血のつながりのない人のお世話をしに、暑い夏の日に車ででかけ、意識を失ってトラックに突っ込み、亡くなったのです。 あまりに突然の悲報をうけたボブと私は、呆然としつつもすぐにオクラホマへかけつけましたが、アメリカならではの巨大トラックを目にするたび、心が暗澹としました。  警察は、ボブ父さんに事故の様子を見せなかったそうです。  もし、なにがしかの救いがあるとすれば、二番目の奥さんはおそらく気を失ったまま亡くなり、恐怖や痛みを感じなかっただろうこと。 そして、他の人々の命を巻き添えにしなかったことでした。  伴侶をうしなうことは、人生で最も大きなダメージの一つだと言われますが たてつづけに二度も伴侶をうしなったボブ父さんの痛みは、いかばかりか・・・・ きっと、今でも 「あの時、一人で運転させなければ」 と、顔をおおうような自責の念にさいなまれているのだと思います(TT)     ↓応援のおくりっくをいただけるとうれしいです。

旅の豪快空とか、酒飲み宇宙人とか

ロードトリップのお話、今日は帰り道の風景です。まずは、豪快空編。 テキサスの空。 アリゾナ州の空。    雲フェチのわたくし、アメリカの広い広い空、ドラマチックな空は見飽きることがありません。   雲、大漁!!  カリフォルニア州の空。 カリフォルニアの雨季は冬です。       つづきまして、風物?編。 ニューメキシコの牛牧場。こんな大規模牧場が、フリーウエイ沿いにいくつもありました。 そしてこれまたえんえんつづく、ピーカンナッツ園。  ダラス(テキサス)とロサンゼルス(カリフォルニア)を結ぶ、アムトラック列車。貨物じゃない、ヒトがのってる列車はほんに珍し♪しかも、一部天窓のある二階建てですよ!!   ニューメキシコには、フリーウエイ沿いに何度もも大看板で広告を出したお土産屋さんがいくつかありまして・・ 店内にて↓↓ のんべえ宇宙人発見!! ワインボトル・ホルダーですね。ちなみに、宇宙人はアメリカの特産品です爆。 トリさんもウシさんもブタさんも骸骨さんも、もうみんなでラッパ飲み大会なのだった。   オマケ、 カリフォルニアの・・・とあるファーストフード店にて初めて見ました、ジェンダー・フリー・コンシャスのトイレ。 ボブ「うわ、いかにもカリフォルニアっ!」 トランスジェンダー等の方々に気を配ったジェンダーフリートイレですが、ボブは逆に、性犯罪の場になることを懸念しております。。      ↓応援のおくりっくをいただけるとうれしいです。

はいいろのハナ

       ある日のことです。 わたしとピピは、このそうげんで、こどもたちとあいました。そう、あの「はしるれんしゅう」のおんなのこたちです。 でも、きょうは、こどもたちのほかに、じてんしゃにのったおとながひとり、いっしょです。その、じてんしゃのかごに、いぬがいっぴき、はいっていました。 いぬは、ぼさぼさした、すこしながい灰(はい)いろの毛(け)でおおわれています。 なまえをきくと、「ハナ」ということです。 ハナは、うまれつき、足がわるいのでした。だから、じめんにおろされると、まるでしゃがみこむようなかっこうで、しっぽをたらして、おわんのようにまるくまがったせなかで、よちよち、よちよち、とあるきました。 そんなハナですが、やさしいにんげんにめぐまれて、だいじにそだてられ、十さいになるのでした。       ピピが、すたすたと、ハナにちかよりました。 ちいさなおんなのこが、おびえたかおで、しんぱいします。「ハナ、けんかするかも」 なかなか、きびしいいぬらしいのです。 ピピは、しっぽをぴいんとのばし、おおきくぴゅんぴゅんとふり、えがおで、ハナにちかよっていきました。?     ↓応援のおくりっくをいただけるとうれしいです。

シロツメクサの花は散らない

     そうげんの、あかいてんとうむしでにぎわっていたシロツメクサは、春(はる)をおえていました。わたしが、それまでしらなかったことに、シロツメクサの花というのは、ちらないのです。しろくやわらかかった花のひとつひとつはちからをうしない、しおれますが、ぜんたいとしてはかたいちゃいろにとんがったまま、まっすぐ、空をむいているのです。かれてもたおれず、そのぜんしんで、天(てん)をつくように、かわく。やがてじゅくし、くろい実(み)をむすんでいく。 そんなシロツメクサがたちならぶようすは、すこしむずかしいことばをつかいますけれど、悲壮(ひそう)な決意(けつい)をひめた、要塞(ようさい)の廃墟(はいきょ)のようでした。 そして、その廃墟のいったいだけが、六月の、夏(なつ)まえの、ゆたかなみどりのなかで、きみょうに、秋(あき)のふうけいだったのです。         よいまちぐさは、ゆうがたのものたちのために、あかりをともしました。 蒼(あお)い夕風(ゆうかぜ)のなか、ちいさなフットライトのようなレモンいろが  ふうわり  ふうわり  ふうわり  ふうわり・・ うかびます。 この、やさしいレモンいろのあかりは、しだいに、朱(あけ)のいろにしぼんでいきます。 朱は、せんこう花火(はなび)の、火のしずくをおとすちょくぜんの、のこりだまになります。 そのあと、よいまちぐさたちは、ほそいオクラのような、うすみどりいろの筒(つつ)をのばしはじめます。この筒に、じっくりと実をしこみ、筒はやがて、かるい炭(すみ)のように、かりかりにくろく、かたまっていくのです。     ↓応援のおくりっくをいただけるとうれしいです。

ガウガウを鎮める方法

 こうして、ゴルフボールあそびがいちだんらくすると、わたしは、どうろの縁石(えんせき)にこしかけて、やすみます。  なげだしたわたしの片脚(かたあし)に、ピピは、あごをのせてねそべります。 ・・・ああ・・・  なんて、仲(なか)むつまじい、わたしたち・・・・ そんなふうにかんどうしていたら、こんなことは、たったのいちどきりでした。 ピピは、たいてい、野生(やせい)じみて、いさんでいたのです。 がうがうがうがう!! 「まるで、イヌみたいな」こわい声をだし、わたしの足首(あしくび)に、歯をたてます。血はでませんが、なんだかこわいし、いたいのです。そして、そんなイヌからわたしが逃げこむばしょは、この平(たい)らなそうげんの、どこにもありません。 ・・・・・・・・そこで、わたしがどうしたと、おもいますか?       それは、断固(だんこ)として、クールに、しずかに、無視(むし)する。と、いうものでした。 たとえば、ずっととおくにあるなにか、どこにもない、なにか。 そんななにかを、あきあきして、みている。 ましてや、ピピのがうがうなんて、なんでもない。そういう、いかにもつまらなそうなかおでだまりこくり、じぶんの「ねつ」や「けはい」というものを、けしさるのです。 すると、ピピのこうふんが、 ふっ  ・・・・・・ と、おさまります。 それで、わたしたちは、なにごともなかったかのように、また平和(へいわ)に、行進(こうしん)をつづけていくのでした。 このがうがうもんだいで、ピピのあだなが、またふえました。 がうピー。ガウきー(「き」はきちがいの「き」)。  がうのん(「のん」は、「ノー、だめ」の「のん」)。 小がうちゃん。 と、いったところです。  でも、こんなにたくさん、がうがう関係(かんけい)のなまえをつけたら、わたしにとって、ピピのがうがうはぜんぜん、なんでもない、ことはない! ということが、わかってしまいますよね?         ↓応援のおくりっくをいただけるとうれしいです。 

運命の鍋をおたまで混ぜる人

     60年以上前にもらったボブ父さんの名刺(高校を卒業するとき、そんな習慣があったのだそうです)を、小さな木製の宝箱にずっとしまっていた奥さん・・  ええええ映画や!!!!   つか、ボブ父さんモッテモテ??? と本人に向かって指摘したら、大笑いしてましたが・・  ボブ父さん自身も華のある女性が好みのようで、奥さんはチアリーダー、ボブ母さんはバスケのスタープレイヤーだったそうです。  当時のご当地では二十歳くらいで結婚するのが普通でしたから、もしボブ父さんのご親友が運命をかき回さなければ、この二人が結婚していた可能性は高い。  つことは、ボブは生まれなかったし、とうぜん私と晩婚することもなく、リスキチも生まれなかった。 ご親友、すっげキー・パースン。  この、運命のお鍋かき回しオタマ人の所業は、おそらく60年後にボブ父さんと奥さんが再会し、思い出話をしてるうちに発覚したのだと思います・・ ほおっ・・・   でも  なんかありがとう、タマオくん!!!  名付けるなよワタシ、、     ↓応援のおくりっくをいただけるとうれしいです。

再婚相手

   ボブ父さんの再婚相手は、最初の奥さん(ボブの母)の、お兄さんの、未亡人。 つまり、ずっと親戚でボブの「おばさん」だったし、20年前に夫を亡くしたひとです。 妻を亡くしたボブ父さんの気持ちをよく理解し、支えてあげたのだと思います。  ボブも私も、妻亡き後落ち込んだままのボブ父さんを心配していたので、元気になった姿を見て、再婚相手の「おばさん」に本当に感謝しました。 でも・・・ その相手をまた失ったボブ父さんでした。  つづきます。    ↓応援のおくりっくをいただけるとうれしいです。 にほんブログ村

分かれた人生

   ボブのお母さんが亡くなったのは、私たちが日本で結婚して、私が東京のアメリカ大使館にまだ移民申請をしている時でした。アメリカ大使館で面接を受けたのは、なんとボブ母さんのお葬式の日。私が提出した、ボブがサンディエゴでとってきたアメリカの書類に公印が漏れていて、そこを指摘され そんなん貴国のミスでございましょう!!!と 憤りながらもとにかくボブに伝えるため、大使館待合室の公衆電話からアメリカのボブに電話、、って、その頃ボブはお母さんのお葬式のため、オクラホマに!オクラホマの家の電話番号メモ、持ってきてないようアセアセアセアセアセアセーーーーと そのときわたくしののうみそ、奇跡の緊急時発動。10ケタのその電話番号を思い出してくれました。ありがとう、自分!!!! で電話してボブにつながり、でもお母さんのお葬式の日だからしんみりお葬式の様子なんか話して。。そんなふうに電話を終え、また大使館の窓口に呼ばれると「公印ないけど受け付けます」と言われ、面接にパスしました。面接は偽装結婚を防ぐためのものだから、もしかして電話内容聞かれてたのかしら、、、 などと思ったのを、覚えてます。そんなわけで、妻を亡くし涙にくれているボブ父さんを私が見たのは、それから1ヶ月後のことでした。さてさて、話を戻しましてすれちがい、分かれた二人の人生。 明日につづきます。    ↓応援のおくりっくをいただけるとうれしいです。
4コマ漫画「アメリカは今日もアレだった」」ブログは「4コマ漫画「アメリカは今日もアレだった」」さんの著作です。 上記は 2017-03-28 14:58:57 にキャッシュした内容です。 そのため、このページは最新版でない場合があります。 最新版はこちらです。

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