ブログupdateサマリー

美味しい思い出

人生の折り返し地点はとっくに過ぎてしまいましたが、食べ物の思い出と共に過去を振り返ってみようと思います。言うなれば、食べ物回顧録。

コッペパン

小学校は給食でした。誰もが給食には思い出があるようで、昔食べた給食を再現したメニューを食べさせてくれるレストランもあるんですね。調べてみたら、思い出に残る給食って、みんな結構同じだというのは面白いです。ということは、どこの学校も同じものを出していたということでしょうか?時代によっても変化はしてきているようですが、学校給食ならでの食べ物もあったり、共通して言えるのは、「給食は思い出深いもの」だということですね。私の思い出に残っている献立は、コッペパンや揚げパン、ソフト麺のミートソース、カレーシチュー等でしょうか?普段は白い牛乳でしたが、特別な日にはコーヒー牛乳だったり、そんなことが楽しみだったような気がします。小学校6年間、毎日食べていたわりには覚えていませんね(笑)。現在は米食中心の給食のようですが、私が子供だった頃はパン食でした。ご飯が出るのは特別な日だけ。終業式や年中行事の時だったのかな?記憶がすっかり薄れてしまいました(汗)。その頃、家ではパンを食べていた記憶がないので、私のパン好きの原点は学校給食だったのかもしれません。パンは食パンのときもあればコッペパンの時も。ぶどうパンや揚げパン等のバリエーションもありました。私が通っていた小学校の近くにパンの製造工場があったので、毎日そこから届けられていて、焼きたてパンを食べることができたなんて、なんて贅沢!コッペパンというのは、学校給食のみに作られたんでしょうか?お店ではあまり見かけませんよね?!名前の由来はフランス語で「切られた」を意味する「coupe」が訛ってコッペになったそうですが、ハイカラなネーミングだったんですね。よくよく考えみると、アメリカで売られているホットドック用のパンはコッペパンを小さくしたようなもの。身近にあったんですね〜。そこで、昔懐かしいコッペパンを作ってみました。コッペパン形がいびつ、かつ大きさも細めになってしまいました(汗)。でも、食感と味は昔食べたものに近いもので、大満足♪給食の思い出で、食べ物以外で思い出すものといえば、ナプキンを入れた巾着袋。母が作ってくれた布製のナプキン(と呼んでいたかははっきり覚えていません)を、やはり母手作りの巾着袋に入れて、ランドセルの横にぶら下げて学校に通いました。子供の頃からあまりたくさん食べられなかった私は、残したパンをナプキンに包んで持って帰っていました。ナプキンはその為のものだったのかは忘れましたが.....これから少しずつ、給食の思い出を紐解いていきたいと思います。あなたの思い出の給食は何ですか?

卵かけご飯

朝ご飯の卵料理と言ったら、やはり卵かけご飯でしょう。温かいご飯に溶き卵をかける。醬油をたらしてかき込む。至福のひととき(笑)最近は卵かけご飯用の醬油があったり、シンプルな食べ物でありながら、さらに美味しさを追求する日本人はすごいですね〜。アメリカでは生卵を食べる習慣がありませんし、サルモネラ菌を心配して、卵料理はよく火を通すように言われています。そんなわけで、アメリカに住んで以来、卵かけご飯は食べていませんでした。たまに日本へ帰った時に食べるだけ。実際、日本の卵の方が黄身がプックリしていて色も濃い。アメリカの卵は黄身が平たく色も薄い。どう見ても美味しそうに見えません。今回、ブログの為に意を決して卵かけご飯に挑戦しました!(大げさ、笑)と言っても、やはり生卵は勇気がなく、ポーチドエッグにしました。卵かけご飯もどき黄身はトロ〜ッとしているので、卵かけご飯に近いです。美味しい〜。幸せ!卵かけご飯の為に、近いうちに日本へ帰らないと(笑)

おでん

子供の頃、おそらく保育園に通っていた頃か小学校低学年だったと思いますが、「食べ物で何が一番好き?」ときかれると、必ず「おでん」と答えていました。はっきり言って、本当に一番好きだったのかよく覚えていませんが.....おでんは冬に食べるものですから(今はコンビニに一年中あるのでしょうか?)そんなに頻繁に食べていたわけでもないと思うのですが、何がお気に入りだったのでしょう?うちのおでんには、ちくわ、はんぺん、揚げボール、さつま揚げ、こんにゃく、昆布、大根、ジャガイモ、卵が入っていたと記憶しています。ちくわ、揚げボールを好んで食べていたような気がします。祖母がちくわぶが好きだったので入っていましたが、それだけは食べられませんでした。見た目も食感も食欲をそそりません。アメリカに来てから、主人に「おでんを食べたことがある?」ときいたら、「ある。」と答えましたが、どうも好きではないらしいので、一度作ったきりでした。今回は強引に食べてもらいました(笑)おでん日系マーケットへ行ったら、2人分くらいのおでんパックが売られていたので購入。一応我が家のおでんに近いものが入っていました。大根、ジャガイモ、こんにゃくは別に買いました。パックに入っていた調味料は使わず、だし汁、砂糖、みりん、薄口醤油、塩で味付け。調理は圧力鍋で。おでんはグツグツ煮込むほど旨味が具にしみて美味しくなるので、圧力鍋はどうだろう?と不安に思いながら作りましたが、味がシミシミ、大根もジャガイモもとろけるほど柔らかく、とても美味しくできました。子供の頃は練り辛しは使いませんでしたが、今回は辛子と一緒に。身も心も暖まるおでんは、日本ならではの一品だな〜としみじみ思いながらいただきました。友人が「コンビニのおでんが美味しい。」と言っていたので、数年前に日本に里帰りした時に食べてみました。正直、期待していませんでしたが、友だちの言う通り美味しくて感激しました(笑)コンビニフード、侮れません。

甘辛

朝食の卵料理をもう一品。甘辛あまり食欲をそそられる画像ではありませんが.....我が家の食べ物語録「甘辛」とは、卵に醬油と砂糖で味付けしたスクランブルエッグ。前回のぐじゅぐじゅの和バージョン。子供の頃は、かなりの頻度で食べていました。暖かいご飯によく合います。◯十年ぶりに食べた甘辛はとても懐かしい味で、これからもたまに食べようかな〜と思わせてくれました。ぐじゅぐじゅと甘辛、昔は鉄のフライパンを使っていましたが、今回はテフロン加工のフライパンを使用。鉄の方がしっとり出来上がるんだな〜と気が付きました。焦げ付かないという利点からテフロン加工のものが主流になりましたが、昔ながらの調理器具は、食べ物を美味しくしてくれそうな気がします。

ぐじゅぐじゅ

全く食欲をそそらないタイトルです(笑)我が家には、我が家だけにしか通用しない食べ物語録があります。ほとんどが、私と妹が子供の頃に命名したもの。『ぐじゅぐじゅ』もそのひとつ。朝食の卵料理です。ぐじゅぐじゅ溶き卵をフライパンに入れ、かき回して完成。スクランブルエッグのようなものですが、そんなシャレた名前は知らなかったので、卵を"ぐじゅぐじゅ"とかき回すところから思いついたんだと思います。子供らしい発想?!(笑)スクランブルエッグは牛乳を混ぜ、バターで作りますが、ぐじゅぐじゅは卵だけ、サラダ油で作ります。味付けは塩のみ。これがご飯に合うんですよ!アメリカに来てからは洋食中心となり、スクランブルエッグ&トーストという朝食をたまに食べますが、久しぶりに食べた『ぐじゅぐじゅ&ご飯』も捨てがたい。たまには和の朝食もいいな〜。

雛祭りのちらし寿司

3月3日の雛祭りは、いくつになっても女の子にとって一年で一番嬉しい日です。もう「女の子」ではありませんが(笑)毎年、七段飾りのお雛様を飾り、桃の花をお供えしてお祝いしました。雛祭りは、独特の香りと共に思い出されます。それはたぶんちらし寿司。甘辛く煮た具材と酢飯の香りだと思います。母の作るちらし寿司は、椎茸、人参、油揚げ、錦糸卵、桜田麩、海苔、きぬさや。桜田麩のピンクと錦糸卵の黄色が春を思わせる、カラフルなものでした。雛祭りに食べるちらし寿司は特別なものと、子供心に思ったものです。今年作ったちらし寿司は、椎茸、人参、油揚げ、タケノコ、かんぴょうを煮てすし飯と混ぜ、トッピングは海老、錦糸卵、れんこんの甘酢漬け、海苔、さやいんげん。五目ちらし寿司ピンクの桜田麩がポイントでしたが、今は甘さが苦手になってしまったので省略。お雛様にもお供えしましたが、まさかアメリカでちらし寿司を食べることができるとは思っていなかったかもしれません(笑)もうひとつ、雛祭りと言えば甘酒かもしれませんが、子供の頃は白いということで甘酒の代わりにカルピスを飲んでいましたっけ。今でも甘酒は飲めないので、カルピスの方がいいな〜(笑)

目玉焼き

私が子供の頃の朝食は、完全な和食でした。祖父母と同居だったせいかもしれませんが、世間でもパン食はそれほどメジャーではなかったような気がします。基本はご飯にお味噌汁。おかずはその時々でマイブームがあり、私は気に入ったものがあるとしばらく食べ続ける傾向がありました。(今でも続いています)洋の朝食では卵料理は定番ですが、卵は栄養のバランスもよく、お財布にも優しいので、和にアレンジして食べさせられていたのかもしれません。朝食の卵料理にもいろいろありますが、ひとしきりブームになったのが目玉焼き。目玉焼き自体は珍しくありませんが、これにシーズンオールというスパイスをふりかけて食べるのにハマりました。子供ながらに「魔法のスパイス」って思うくらい美味しいと思いました(笑)            目玉焼きは黄身がフルフル状態で、お箸でつつくとトロ〜ッと流れ出すのがお気に入り。そこにシーズンオールをふりかけて、ご飯と共にいただきます。調べてみたら、スパイスの原材料は食塩、パプリカ、チリパウダー、オニオン、コショウ、香辛料とあります。まさしく洋のスパイスです。チリパウダーや香辛料が入っているわりには辛さは無く、子供の私でも食べることができたのがちょっと不思議です。こちら(アメリカ)でシーズンオールを探しましたが、シーズンオールの名前では売られていないようです。原材料から調べてみると、これではないかというものはありますが.....というわけで、シーズンオール無しではありますが、目玉焼きを再現。再現と言うほどのこともありませんね(笑)今回はハムと一緒に洋で。やはり、目玉焼きは洋の方が合うかな?

さつま汁

前回の牛乳煮に続いて、頻繁に食卓に上ったもうひとつのお料理は、さつま汁。我が家ではさつま汁と言っていましたが、豚汁のことです。そのことを知ったのはずっと後。何故うちではさつま汁と呼んでいたのかはわかりません。調べてみたら、さつま汁は鹿児島県の郷土料理。薩摩鶏を使うことに由来しているそうです。レシピにはサツマイモを使っています。実は豚汁だったというわけで、我が家のさつま汁は豚肉を使用。他にはごぼう、ジャガイモ、人参、大根、葱、油揚げ。アメリカに来てからは、日本食を食べる頻度が少なくなり、さつま汁も食卓にのぼることがほとんど無いまま過ごしていました。久しぶりに昔の味を再現。油揚げを入れ忘れましたが、具材を油で炒めて煮込んだので、コクがあって美味しい。身体が暖まって、寒い日に嬉しいお料理です。うちでは一年を通じて食卓に上っていましたが(笑)やはり、味噌味のスープはいいですね〜。日本ならでのお味です♪

牛乳煮

夕食にのぼる頻度が高いものに、牛乳煮がありました。理由は、父の好物だから。「何が食べたい?」と父にきくと、必ず牛乳煮かさつま汁という答えが返ってきました。そのものズバリのネーミングの牛乳煮は、祖母(父方)のオリジナルだそうです。大正生まれの祖母には、洒落た横文字のネーミングが思い浮かばなかったのでしょう。父は長男なので、父の両親と一緒に暮らしていました。母がお嫁に来てからは、料理は母の仕事となり、祖母はリタイアし、母に我が家の味、我が家の料理を伝授したそうです。この牛乳煮は、具材を牛乳だけで煮込むという、シンプルでありながらコクがあり、シチュー系なので身体も暖まり、お腹も満足の一品。でも、あの時代、牛乳は高価なものだったでしょうから、かなり贅沢な一品だったと思います。ずいぶん前(20年前くらい?)に母にレシピを送ってもらいましたが、作ることなく今まで来てしまいました。日本に里帰りしても食べた記憶が無いので、最後に食べたのはいつだったんでしょうね〜?そこで、懐かしい牛乳煮を再現してみました。具は、豚肉、ジャガイモ、タマネギ、人参、干し椎茸。これらを牛乳で煮込むだけです。あまりに簡単なので拍子抜けしました。実は、祖母の手抜き料理だったのかもしれません(笑)ポイントは、干し椎茸を使うこと。いい旨味が出て、味に深みが出ます。しかし、昔食べた味と違う....どうやら、低脂肪の牛乳を使ったせいだったようです。今は低脂肪、無脂肪等いろいろな種類の牛乳がありますが、昔は牛乳と言ったら牛乳しかなかったんですから。生活がシンプルだったんだな〜。こういったシチュー系の料理にはパンが合いそうですが、うちでは「ご飯」のおかずでした。それが「牛乳煮」という漢字3文字の名前の由来かもしれません。

猫まんま

子供の頃の朝食は、ご飯にお味噌汁が定番でした。◯十年前、パン食はそれほど普及していなかったのではないでしょうか?それとも、うちは祖父母と一緒に暮らしていたので、朝食にパンはあり得なかったのかもしれません。ご飯とお味噌汁の他には、その時々でマイブームがありましたが、このことは追々書いていきたいと思います。日曜日は家族みんなで食べるのがお決まりでした。あの頃は週休二日制ではなかったので、日曜日だけが家族全員が揃う日だったのです。朝食と言えば納豆。子供の頃から大好きです。私の場合、納豆と生卵は切り離せません。アメリカに住む今、日系マーケットで納豆は買えますが、卵を生で食べるのはNGです。アメリカではサルモネラ菌を心配し、卵はちゃんと火を通したものを食べるとされています。というわけで、アメリカに来て23年間、納豆&生卵の名コンビは実現していません(涙)もちろん卵かけご飯もNGです(大涙)話が逸れましたが、私の納豆の食べ方は、納豆と生卵を混ぜ、暖かいご飯にかけ、そこにお味噌汁をかけるという、きいただけでは食欲をそそられませんが、その頃は私の大好物でした。えっ?猫のご飯みたい?そうです、家族にも猫まんまと言われていました(笑)大人になってからいつの間にかこの食べ方はしなくなりました。何故だかはわかりませんが.....そこで、猫まんまを再現してみました。玄米ご飯で雑炊風に。お味噌汁は、葱、ワカメ、豆腐。もちろん卵も♪形は変わっても、猫まんまにかわりはない?!身体が暖まって、お腹も満足ですけどね〜。

肝油

幼少の頃は、正直何を食べていたのか記憶にありません。唯一記憶にあるのは、保育園に通っていた時に、おやつの時間に出された肝油。M&Mくらいの大きさのピンク色。ゼリーっぽい食感で、外側は砂糖でコーティングしてあったと思います。その頃は「かんゆ」が何だったのか全く知らず、甘くて美味しいお菓子だと思って食べていました。保育園を卒園してからも、買って食べていたほどです。いつの間にか食べなくなり、そのまま今日まできました。このブログを書くにあたり、「そういえば、あの「かんゆ」とは何だったんだろう?」と疑問に思い、調べてみました。かんゆ→肝油。鱈やサメ、エイの肝臓に含まれる液体、および、それから抽出した脂肪分(ウィキペディアより)最近はフィッシュオイル(Fish oil)はオメガ3脂肪酸が多く含まれ、健康にいいと言われてサプリメントとして摂取されていますが、私が子供だった◯十年前からそういうことがわかっていたのでしょうか?「太平洋戦争後、学校給食などの栄養補助として用いられた。」とありますが、おそらく、ビタミンD不足によって起こる「くる病」予防、不足しがちなビタミンA補給の為だったのではないかと思います。今でもあるようです。幼稚園や学校で食べているのかな?現在は魚の油からではなく、ビタミン類を組み合わせたビタミン剤だそうです。漢字を見て、なるほど〜と思いましたが、子供時に魚の肝臓の油なんてきいたら、きっと食べていなかったでしょう。知らぬが仏です(笑)

初めまして。

人生の半分はとうの昔に過ぎておりますが、この年になると「昨日は何を食べたか?」等ということはすぐに忘れてしまうのに、子供の頃に何を食べたかということは鮮明に覚えているのです。そんな記憶を記録してみたくなりました。普通の家に生まれ、普通のものを食べて育ちましたが、家庭の味や食べ方は千差万別。年と共に食べ物の嗜好も変われば、住む環境によっても食生活は変化します。20年以上のアメリカ生活でさらに変化。子供の頃からの食生活を振り返りながら、懐かしい味を再現してみたり、それにまつわるエピソードを綴ってみようと思います。「これ懐かしい〜。」「それ食べた〜。」と思うあなたは同世代(笑)一緒に昔を懐かしみましょう!よろしくお願いします。
美味しい思い出」ブログは「美味しい思い出」さんの著作です。 上記は 2015-10-05 12:19:48 にキャッシュした内容です。 そのため、このページは最新版でない場合があります。 最新版はこちらです。

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