ブログupdateサマリー

バークレーと私

カリフォルニア大学バークレー校公共政策大学院(Goldman School of Public Policy - University of California, Berkeley)への留学記。

おわりに

コノサカヅキヲ受ケテクレドウゾナミナミツガシテオクレハナニアラシノタトヘモアルゾ「サヨナラ」ダケガ人生ダ(井伏鱒二 「厄除け詩集」)  「バークレーと私」は、31歳(2014年6月現在)の平凡な日本人男性が、カリフォルニア大学バークレー校公共政策大学院(University of California, Berkeley, Goldman School of Public Policy)に留学するまで/留学してからの日々を綴ったものです。 筆者が卒業できたので、最初に宣言したとおり、このブログはここで終わります。 面会依頼は、応相談。 当面は東京に住む予定です。 執筆依頼も、応相談。 すでに1件頂戴しています。  このブログは、言うなれば、まあウンコの固まりみたいなものです。 毎回、気持ちをこめて捻り出してきましたが、結局のところはウンコの固まりです。 そんなウンコの固まりでも、 誰かのお役に立てたなら、 何かの救いとなれたなら、 これ以上の喜びはありません。  ありがとうございました。 2014年6月28日 文京区千駄木にて 

GSPPの特徴に数えられる3つのこと

 どんなものにも終わりはやってくる。 このブログにも終止符を打つときがきた。 最終回を目前に控えた今回は、ブログの初心に立ち返り、山頂から麓を臨むような心境で「GSPPの3つの特徴」を紹介したい。 愛すべき読者諸氏よ。文章というものは、どこまでも書き手の主観からは逃れ得ない。どうか健全なる懐疑心を抱きつつ、以下の記事をお読みいただきたい。特徴1.堅牢かつバランスの取れたカリキュラム GSPPのカリキュラムは、実によく練られている。 卒業証書を手にしたいま、改めてそう実感する。 私の見聞する限り、公共政策学、開発学、MBAといった、いわゆる「学際的」な括りの大学院では、さまざまな分野をつまみ食いできる一方で、何かを体系的に学んだという実感が得られにくい傾向にあるようだ。 ところがGSPPでは、そうした心配は無用である。 我が身を振り返ってみても、2年前と比べ、いまの自分が違う地点に(おそらくは過去にそうありたいと願っていた地点に)辿りついたという手応えがたしかにある。 具体的なTakeawayは、生徒の関心に応じて当然異なるものだが、ここでGSPPの必修科目にフォーカスするなら、「いままで経済学を1ミリも習ったことのない人でも、2年後には独自の視点で政策分析ができるようになる」ということになる。 これは、1年目の必修科目(例:統計学、ミクロ経済学、計量経済学、政策分析入門)を通じて「政策立案の技法」の基礎についてがちがちに鍛えられた後、2年目からは一転して自由に選択科目を履修できるという、メリハリのついたカリキュラムの賜物だろう。 在学中に経済学のおもしろさに目覚め、そのまま経済学部の博士課程に進む生徒もよく現れる。実際、GSPPの教授陣にも「GSPP修士号 ⇒ UCバークレー経済学部Ph.D」の道を歩まれた方が2名いる。 日々の勉強は、楽ではない。宿題やテストに追われ、あごが上がってくることもしばしばだ。といっても、「相対評価下位10%は全員落第」というような、某ハーバードビジネススクール的な容赦なき世界が繰り広げられているわけではない。学期の途中にインド放浪の旅とかに出なければ、落第の心配はないだろう。何せこの私が卒業できたのだ。そこは安心してほしい。 GSPPは、私にとって最高の大学院であった。でも別の見方をすると、かつて学部や大学院で経済学を専攻した人には、基礎中の基礎から丁寧に教えるGSPPのスタイルは、いささか退屈に感じられるかもしれない。あるいは、将来マクロ経済を駆使する分野に進みたい人には、必修科目をミクロ経済に絞ったカリキュラムは、少しく筋違いに思われるかもしれない。 しかしまあ、このあたりは人間関係と同じで、最終的には「相性」の問題になってくる。疑問のある方は、入学担当者に問い合わせるとよいだろう。遠慮は無用だ。事務方のホスピタリティのレベルの高さは、疑いなくGSPPの美点のひとつなのだから。特徴2.少人数で「いい奴」揃いのクラスメート しばしばマンモス校と称されるコロンビア大学SIPAやハーバード大学ケネディスクールとは対照的に、GSPPは昔から少人数主義(80名程度)に徹している。なので、クラスメートとはどうしたって仲良くなる。また「いい奴」揃いなんだな、これが。 留学生の数は、たしかに少ない。私もはじめこそ肩身の狭さを感じたが、まあそのうちに慣れてくるものだ。英語から逃げられない環境に身を置けるという文脈では、むしろ大いにありがたいことかもしれない(って、卒業したいまだから言えるんだけど)。 個人的な意見を述べるなら、GSPPの最大の長所は、スノッブ臭のしないところだ。 アメリカ留学について語るとき、人は(というかメディアは)ともすれば「世界で戦うグローバルエリート!」的な煽り文句を冠せがちであるが、GSPPにそうした感じはまったくなく、それが私には心地よかった。 だって毎年、学芸会(Talent Show)が開催されるんですよ。そんなイベント、日本だったら幼稚園でしかやらないんじゃないか。なんというか、スノッブの対極にある学校なのだ。2年目の学芸会では、チーム・ブラザンビークのメンバーと一緒にBoyz II Menの「End of the Road」の替え歌(GSPPの「あるある」ネタ満載バージョン)を歌った。各自が手にしているのは、ユージン・バーダックの「政策立案の技法」。ちなみに1年目は、宇多田ヒカルの「Traveling」にあわせて、阿波踊りとタップダンスとアフリカンダンスと井手茂太をミックスさせた踊りを披露した。特徴3.学びにも遊びにも最高のロケーション バークレーの暮らしやすさについては、これまで本ブログで繰り返し繰り返し述べてきたところだ。この祝福された土地は、しかし学問を志す上でも絶好の場所なのである。 たとえば、エネルギー・環境政策を学びたい人にとって、世界に名高いLBNL(Lawrence Berkeley National Laboratory:ローレンスバークレー国立研究所)が大学の敷地内にあるのは強力なアドバンテージだし、州政府は全米で最も先進的な政策の打ち手として知られている(固定価格買取制度を最初に実施したのはカリフォルニア州だ)。太陽光発電のサンパワーや電気自動車のテスラモーターズなど、エッジの効いたおもしろ企業が多いのも特徴だ。 情報系に感度の高い人にとって、BSD(Berkeley Software Distributionの略。Mac OS Xの始祖的存在)を生んだバークレーは、ある種の聖地のような場所だろう。私はそちらの方面には疎いのだが、それでもGoogleやfacebookが近くにあることで、心躍る体験をいろいろさせてもらった(UCバークレーはスタンフォード大学と並ぶシリコンバレーの人材供給源)。諸事情により詳細は書けないが、Google Glassを使った実験に参加したのもそのひとつだ。 「学び」を提供する場所は、大学だけではない。 世界各国からおもしろエキスを持った人たちが集まるこの土地では、生活すべてが「学び」である。「可処分時間」の豊かさも含め、バークレーは物事を考えるには最高の場所であった。 人はなぜ生きるのか。 人はいかにして生きるべきか。 神は存在するのか。 もし存在するなら、幼児虐待や民族紛争が世界から無くならないのはなぜなのか。 現代に生きる者は、先人たちの犯した罪や呪いを、どの程度引き受けていくべきなのか。 日本人であると同時に一個人であることについて、どう折り合いをつけていけばよいのか。 こうした問いには、通常、簡単に答えは出ないものだ。それでも、気ままに散歩などしながらゆっくり思索(というと大げさだけど)にふけるのは、私にはとても贅沢な時間であった。またそうしているうちに、新たな考えを掘り当てることもあった。 それはたとえば、「多様性を尊ぶ心と、自分の国を愛する心は、決して矛盾するものではない」ということだ。 これはたぶん、日本で生活していたら出てこなかった考えだ。いろんな人と会って、話して、刺激を受けて、穏やかな醸造過程を経て、そうしてはじめて言葉になった考えだ。 その意味で私は、この美しい土地にもう一度感謝の意を表したい。 ありがとう、バークレー。 そして・・・・・さようなら。

2014年の春学期が終わり、全過程を修了したこと

 終わった。ついに終わった。 中国語の最終テストを受け、代替エネルギーの最終レポートを仕上げ、1万4千語の修士論文を指導教官に提出した。 42.195kmぶんの大地を踏んだランナーがそうであるように、純粋な喜びの感情や、何かを成し遂げたという手応えは、思いのほかすぐには訪れない。ゴールテープを切ったとき、肉体と精神の間には、どうやら少しばかりタイムラグが生じるらしい。 虚無感と達成感のリンボ(中間地帯)のような場所で、私はこの文章を書きはじめている。 しかし、本当に終わったのだ。<中国語 (Elementary Chinese)> 選択科目。週5.5時間。習いはじめて、これで1年(厳密には8カ月)になる。我ながらなかなか上達したものだ。少なくともリーディングとライティングについては、facebookやメールで中国人と普通にやり取りができるようになった(もちろん辞書などの助けは必要だけど)。留学中に得たTakeawayとしては悪くない。帰国後も中国語学習に一定のリソースを割けるかどうかは怪しいところだが、まずはこの進展を素直に喜びたい。 もうひとつのTakeawayは、学部生たちと仲良くなって、UCバークレーという大学をより立体的に知る機会が得られたことだ。そしてそれは、「バークレーに来てよかったなあ」という想いを改めて強くするものであった。願わくばあと1年、いやあと2年は欲しかった。 そういえば、日本を発つ前にお会いしたGSPP卒のMさんが、「バークレーにもう一度行きたいかって?そりゃもう、尻尾を振って行きますよン」と語っていた。あの言葉が、いまさらながらによくわかる。そういえば私のお尻にも、尻尾が少し生えかけている。 前学期と同様、中国語劇の課題で作文したものを以下に載せる(これはグループワークなのだが、私はスクリプト執筆業務を率先して引き受けた)。中国語を解する方なら察しがつくかもしれないが、私は「B」の役を演じた。---A: 你好!最近???。B: ?好。最近功?太多,我做不完,可是学得很高?。A: 加油!?上就要放假了。暑假的?候,你有什??划?B: 我打算回日本去看父母。我两年没回家了。A: 太好了!在日本,你要做什??B: 到了?京以后,我想給父母介?一下我的儿子。他出生在伯克利。A: 很好。你的儿子真可?。B: ??。你暑假什?打算?A: 我?在想去谷歌(Google)??,因?我的??是??。再?,我的哥哥在那儿工作了一年了。B: 哥哥在谷歌...A: ?。他很?明,?日本?都会?。B: 真的??我想和他聊天。C: 你好,!A & B: 你好!A: 我??在聊暑假的?划。你有什??划?C: 我要和我的女朋友一起去北京的一家公司??。A: 是??你?什?想去北京???C: 因?我?得北京有很多名?古迹,再?也可以学?中文。我想提高中文水平。A: 太好了!你打算住哪里?C: 我?没有决定。哪儿安静,我住哪儿。你?去?北京??A: 没有。中国我什?地方都没有去?。B: 我去?北京两次。我喜?北京烤?。C: 我也喜?。北京好吃的烤?店多得不得了。我最喜?的店是”北京小王府”。你知道不知道?B: 我知道,不?我没有去?那里。啊,我?死了!A: ?机票你?好了??C: ?好了,一千三百??的机票。比上次回家的机票便宜不少,因?是女朋友帮我在网上?的。A: 很好。你?了哪家航空公司的?C: 哎,我忘了。我的机票被女朋友拿去了。B: 你有没有?照?C: ?照我已?有了,我得?快???。B: 祝你一路平安。A: 到了北京以后,?忘了?我??个?子?件。C: 好,那我?秋天?。A & B: 再?!---中国語劇の課題では一定の文法事項を満たす必要がある。この「縛り」がなかなか骨だった。<経済開発計画セミナー(Seminar in Economic Development and Planning)> 選択科目。週1.5時間。バークレーで重点的に学ぼうと思ったのは、1に経済学、2にエネルギー、3に政策分析のスキルであったが、留学中に開発学への興味も高まったのであった。 最大のきっかけは、1年目の春学期に経験したモザンビークのプロジェクトだ。それから私は、2年目の秋学期に「開発経済学」「エネルギー&開発学セミナー」の授業を履修し、その総仕上げ的な位置づけとして本授業を受けたのだった。 経済学部の大学院生を対象とする本授業では、MIT、ハーバード、スタンフォード、イェールといった超一流校の研究者たちが、週替わりで自身の研究内容を発表する。聴講席にはUCバークレーの教授陣もちらほら混じっており(「開発経済学」でお世話になったAlain de Janvry老師のお姿も)、エッジの効いた質疑応答はさながら西海岸VS東海岸の知的頂上対決を彷彿とさせるものがあった。まあ、イントロダクションの段階からそんなに容赦ない質問をぶつけなくてもいいんじゃないの?と思ったりもしたけれど。 登壇者たちの研究テーマは、開発学というただひとつの共通項を持つほかは、実に多彩なものであった。その例を3つほど以下に掲げる。・ シオラレオネの選挙における投票行動の分析。70%以上の有権者が1年未満しか学校に通っておらず、28%が候補者の名前すらわからないという同国において、選挙に関する情報提供は人々の投票行動をどのように変えうるのだろうか?・ インドの電力市場における送電インフラの経済評価。いまだ不完全なインドの電力網を整備したとき、その電力卸売市場には、理論上どの程度の限界費用(Marginal Cost)と限界便益(Marginal Benefit)が発生するのだろうか?・ 途上国の貿易費用を測定する新たな方法論の開拓。グローバル市場から地理的に隔てられたアフリカの国、たとえばエチオピアとナイジェリアの二国とアメリカとでは、その貿易費用にどのくらいの差が発生しているのだろうか? いずれの研究も、それぞれの武器を携えて未知の領域に挑んでいるのがひしひしと感じられたし、またそれでこそ学問をやる価値があるのだ、という気持ちにもなった。私はアカデミックの世界に籍を置きたい人間ではないけれど、それでもひとつの「志のあり方」として。<代替エネルギー(Alternative Energy)> 選択科目。週3時間。担当のHanna Breetz教授は、私がバークレーで教えを受けた先生の中でもダントツで若い方であった(女性の年齢を話題にするほど無粋なことはないと承知しているが、おそらく30代半ば)。学部はダートマス、修士はハーバード、博士はMITという「アイビープラス大三元」の役満が成立するほどの高学歴ぶりなのだが、その実とても気さくで、親身で、話がうまく、そして講義のスライドが抜群にわかりやすいのであった。 授業は「政策篇(Policy)」と「政治篇(Politics)」の2つに分かれる。たとえば政策篇では・ Carbon Tax・ Gasoline Tax・ Cap and Trade・ Hybrid Instruments ・ Renewable Portfolio Standards ・ Performance Standards・ Feed-in Tariffs・ Tax Credits・ R&D Fundings・ Loan Guarantees・ Demo & Deployment Agencies・ Procurement・ Infrastructureといったトピックを、1項目につき1授業(1.5時間)のペースで、理論と実務の両サイドからそのPros/Consを丁寧に検証していくスタイルだ。これまで仕事の必要に応じて行き当たりばったりに知識を吸収するばかりだった私にとって、こうして真正面から体系的にエネルギー政策を学ぶのは、考えてみればこれが初めてのことだ。得るものは期待以上に大きかった。個人的に印象深かった授業のスライドをいくつか紹介したい。まずは米国内のロビイング費用に関するセクター別の推移。年間35億ドルという数字がすごすぎて、ちょっと実感が追いつかない。代替エネルギーへのロビイングは、直近10年で激増したものの、2009年をピークに徐々に減衰している。なぜだろう。原油価格高騰のショックで代替エネルギーに資金が集中したけれど、高止まりが常態化するにつれて世間の関心も少しずつ薄れていったということか?安価なシェールガスの登場も、あるいは影響しているかもしれない。米国政府による研究開発予算の推移。エネルギー分野は意外にもマイノリティで、そのピークは予想どおりオイルショックの時期である。米国の風力発電を対象とした税額控除(PTC: Production Tax Credit)の推移。たび重なる制度変更が、設置容量に甚大な影響を与えている。投資家にとってはまさに「政策リスク」である。米国政府のエネルギー補助金、発電燃料別の内訳。日本の同種のデータはいま手元にないけど、たぶんかなり違っているのだろう。米国におけるガソリンの価格弾力性は、近年になって大幅に下がったという(=価格が上がっても需要があまり下がらなくなった)。なぜだろう? 理由として考えられるのは、1.郊外化現象が進んで自動車の「必需品」度合いがより高まったから2.電車やバスなどのMass Transitが(特に地方で)十分に行きわたっていないから3.CAFE Standardなどの政策効果で自動車の燃費基準が向上したからといったあたりか。いずれにせよ、ガソリン税の担当者には好都合な状況になったわけだ。 筆記試験がない代わり、本授業では短めのエッセイ(2ページ程度)が計5回、テーマ自由の期末論文(18ページ程度)が課せられる。 論文で私が選んだテーマは、ハワイにおける再生可能エネルギー政策。そう、このブログでも幾度も触れてきた、いわば私の十八番である。 以下、「ハワイのエネルギー」特集の最終回にかえて、簡単な要約を試みたい。【問題提起篇】 ハワイの抱える問題は、過剰な原油依存がもたらす電気料金の高止まり状態だ。経済の観点からも、エネルギー安全保障の観点からも、これは明らかに好ましい状態ではない。 この問題の解決に向けて、州政府は数年前から再生エネルギー政策を強化している。これまでのところ最大の効果をあげている政策は、太陽光パネルを備えたユーザーが電力会社に売電(厳密に言うと電気料金の相殺)できる「余剰買取制度(Net-Metering)」だ。 ところが、ここで新たな問題が浮上する。電力料金の高いハワイ州において、本制度の与えるインセンティブはあまりに大きく、太陽光発電の導入量がバブル的に増えすぎてしまったのである。特に普及が進んだのはオアフ島で、これは(太陽光パネルを設置できるほど)経済的に余裕のある世帯が多いからである。 太陽光発電の利用が増えること自体は、これはもちろん悪いことではない。しかし現在の電力網は、太陽光や風力のようにintermittentな(長時間にわたって安定した発電が保証されない)電源を大量に抱えることがまだできない。その許容量は国によって異なるが、一般に現在の技術では全需要の1〜2割が限界と言われている。 昨年、ハワイ電力は上記の技術的理由を述べて、数百世帯の買取を拒否するに至った。「もう太陽光はお腹いっぱいです、ご勘弁ください」というわけだ。 しかし、本当に勘弁してほしいのは、むしろ拒否されたユーザーの方だろう。百万円単位の身銭を切って、屋上に太陽光パネルを設置して、いざ投資を回収しようと思ったら接続を断られてしまった上に、電気料金はこれまで同様に払わなくてはならないわけだ。なかなか理不尽な話である。 エネルギー問題を解決するために講じた策が、皮肉にも新たな問題を生じせしめている。この苦境を前に、州政府は今後どのような手を打つべきだろうか?  これが私の設定した「問題提起」だ。ハワイの再生可能エネルギー導入量の推移出所: ハワイ公益事業委員会(2012年)を基に筆者作成オアフ島における分散型電源(ほとんどは太陽光発電)の地図出所: ハワイ電力(2014年)【政策分析篇】 ハワイ州が将来取り得る手立てとして、私は「燃料」と「政策」についていくつかのオプション(Alternatives)を用意し、またそれらを評価するための判断基準(Criteria)を設けた。「政策立案の技法」の定石に従ったのである。  結論から話せば、私の考えた政策提言は以下のとおりだ。提言1.アメリカ西海岸等からのLNG輸入を早期に実施すべき のっけから「再生可能エネルギー政策」から離れた提言ではあるが、しかしLNGは有力な選択肢だ。なぜなら、シェールガス増産に端を発する(特に米国本土での)ガス価格の下落に加えて、今年に入ってからハワイのガス会社がLNG輸入を開始するなど、タイミングとしていまが絶好であるからだ。 一般にLNGの長期契約は最初に決めた価格フォーミュラを長く使うので、プロジェクトを立ち上げるなら、買い手市場のいまがチャンスである。エネルギー系のコンサル会社「FACTS Global Energy」によれば、ハワイが西海岸からLNG輸入した際の2020年の想定価格は13.62ドル/MMBTUで、これは現在の日本の購入価格である18ドル/MMBTUよりずっと安い。ハワイの電気代の低下にも寄与するはずだ。 天然ガスが万能というわけではもちろんない。太陽光に比べれば環境には優しくないし、化石燃料なのでRPSの目標値(2030年までに発電量に占める再生可能エネルギーの割合を40%にする)にもカウントされない。とはいえ、エネルギー安全保障の観点から、LNGはやはり有力な選択肢である。提言2.余剰買取制度(Net-Metering)の廃止または縮小を検討すべき 政策というのは、立ち上げるのも大変だが、やめるのも同じくらい(ときとしてそれ以上に)大変なものである。特にそれが、人々の利益に深くつながるものであれば。 現行の余剰買取制度は、しかし、このまま続行させることの難しい政策だ。上述のように、オアフ島ではすでに電力網が「キャパ超え」となっているし、マウイ島の一部地域なども限界値に近づいていると聞く。 州政府は、電力会社のみに責任を負わせることなく、制度のソフトランディングを考える必要がある。ひとつのアイデアは、島ごとにキャップ(上限値)を設けることだ。電力網の能力に応じて、年間の導入量に制限をかける。(技術が進展して)電力網が分散型電源をもっと受け入れられるようになったら、それに応じてキャップを引き上げていく。これなら不確実性を大幅に抑えることができるだろう。しかしながら、キャップをきつくし過ぎると、早い者勝ちの傾向が高まり、Equity(公平性)が損なわれるおそれもある。このトレードオフを、どのようにさばくか。That is the question.※ 実のところ、ハワイは固定価格買取制度(Feed-in Tariff)に関してすでにキャップをかけているのだが、皮肉にもこの制度の利用者は多くない。買取価格よりも電気料金の方が高いからだ。提言3.R&Dの予算を地熱発電に充てるべき ハワイには製造業がほとんど存在しない。だから、たとえば太陽光パネルのメーカーの技術開発を支援するという政策オプションを取りえない。 R&Dの文脈で州政府が取りうる選択肢のひとつは、地熱発電の新たなポテンシャル調査だ(もうひとつの選択肢は海洋温度差発電だが、これは数十年前から継続しているのでここでは議論しない)。 もちろん、女神ペレさんの問題は無視できない。信仰には然るべき敬意を払うべきだし、Indigenous Cultureを無視して掘削作業を進めることは、これは当然許されない。 しかし、(石油の代わりに)ピーク電源を担いうる数少ない候補として、地熱発電はその可能性を追求する価値がある。特に最近は、蒸気タービンをはじめとする要素技術の進展もめざましい。 交渉の糸口は、現行のPuna発電所のスケールアップの可能性にあるかもしれないし、あるいは(女神ペレの住む)キラウエア火山から離れた地点での開発可能性にあるかもしれない。州政府は、改めてフラットな立場から事業化調査を開始してはどうだろうか。提言4.島間接続を含め、電力網への投資を加速させるべき 再生可能エネルギーの導入量を増やすためには、電力インフラへの投資は必須条件だ。供給/需要サイドの双方から電力を制御するスマートグリッドについては、すでに日立製作所などの日本企業と組んだプロジェクトが進んでいる。この分野の技術開発をハワイ単独で行うのは難しいため、実証サイトを提供するなどの形で、積極的に協力機関を誘致するアプローチが有効となる。 そしてもうひとつ、「各島の電力網を海底ケーブルなどで接続する」という案がある。莫大なコストを要するため(累計4.2億ドルという試算がある)プロジェクトの着手には大いなる政治的決断が必要とされるが、類似の挑戦を試みて成功した事例も世界にはある。その一例が、1979年に完成した北海道・本州間連系設備だ。 ハワイのエネルギーにおける問題点の多くは、結局のところ、(島国特有の)分断された電力市場に起因するといえる。これを解決するためのラディカルな手段が、島間の接続だ。まずはその一部(例:マウイ島〜モロカイ島)だけでも、州政府は試験的にプロジェクトを行うべきではないか。ハワイ州の各島における電力需要と再生可能エネルギー供給ポテンシャルの違い。最も電力需要の大きいオアフ島では再生可能エネルギーのポテンシャルは比較的小さく、むしろ需要の少ないハワイ島やマウイ島において潤沢である。島同士の電力網がつながれば、こうした需給ギャップが解決されるだろう。出所: ハワイ州産業経済開発観光局 「Hawaii Energy Facts & Figures」(2013年)<修士論文(Advanced Policy Analysis)> 必修科目。週3時間+α。卒業要件の最後に立ちはだかるラスボス的存在が、このAdvanced Policy Analysis(以下、APA)である。よって、GSPPの最終学期はAPAに注力し、他の授業の履修は控え目にするのが常道だ。学部生向けの中国語の授業などを取るようなうつけ者はまずいない。 APAをはじめる前に、生徒たちは自力でクライアントを探し出し、政策分析の「受注契約」を獲得しなければならない。多くのプロジェクトでは成果報酬が支払われる(6,000ドル〜8,000ドル程度が一般的)。生徒の中には、クライアントの機関にそのまま就職する人もいれば、APAの内容をベースに実際に起業をする人もいる。このあたりは一般的な学術論文とは毛色の違う部分だろう。ちなみに私は日本政府をクライアントとして、産業用太陽光発電のFIT(Feed-in Tariff: 固定価格買取制度)に関する費用便益分析を行った。 APAでは、各生徒に1人ずつ指導教官が割り当てられる。生徒と教官の比率は、およそ1:9。週に1回のゼミと、個別の進捗に応じたやり取りがメインとなる。 私は入学前からエネルギー分野で名声の高いDaniel Kammen先生の指導の下に論文を書こうと目論んでいたのだが、その希望は早くも潰えることとなった。多忙をきわめるKammen教授は、今年はAPAを担当しないのだ。 残念至極とはこのことである。しかし世の常として、愚痴をこぼして状況がよくなるケースはあまりない。人生で16,839回目の挫折を経験した私は、現実を受け入れ、John Decker先生を指導教官として選んだのであった。 Decker先生は、カリフォルニア州政府をはじめとする公的機関を中心に職歴を重ねてこられた方で、GSPPでは同州の税制度に関する授業を持っている。それは私の関心と必ずしも(というかまったく)一致するものではなかったが、このDecker老師、実社会で長年揉まれてきた人にしばしば見られる、執着心からの解放、あるいは肯定と諦念の心地よいハイブリッド状態に達しておられる方で、個人的にはかなり「当たり」の先生なのであった。私の拙い英語を「てにをは」のレベルで丸ごと洗い直してくれるなど、親切心に溢れる方でもあった(ご存じかもしれないが、論文の指導教官は普通そこまでしてくれない)。ありがたいことである。本記事の締めくくりとして、私の論文の内容を簡単に紹介したい。Needless to say, 分析内容の責はすべて私個人が負うものであり、関連するいかなる組織の見解とも関係はない。これまでのすべてのブログの内容と同様に。再生可能エネルギーの必要性を語るとき、主に2つの観点がある。(化石燃料に比べて)環境に優しいという観点と、エネルギー自給率を高めるという観点だ。福島第一原子力発電所の事故以降、後者を説かれる機会が多くなってきた。固定価格買取制度(Feed-in Tariff、以下FIT)とは、一般家庭や事業者が作った(再生可能エネルギー源の)電気を、電力会社に販売できる制度のこと。買取価格や期間は政府によって保証されるため、FITの参加者(=売電者)には大いなる財政的インセンティブが付与されることになる。これにより再生可能エネルギーの導入量を増やし、発電コストを逓減させようというのが、本政策の主な目的だ。完璧な人間がいないのと同じように、完璧な政策は存在しない。どの政策にも、Pros(長所)とCons(短所)がある。そしてFITは、双方のインパクトが(良くも悪くも)非常に大きい、諸刃の剣なのである。それでは、日本における現行の政策は、「効率性」などの判断基準に照らしたとき、本当に適切なものと言えるだろうか? 本分析は、この疑問からスタートしたと言ってよい。分析対象は、「10kW以上の太陽光発電」とした。日本で現行のFITがはじまって2年が経ち、導入量(設置容量ベース)が最も急増したのがこのセクションだからだ。現行のFITでは、買取価格はプロジェクトの内部収益率(Internal Rate of Return、以下IRR)によって定まる。これに着目して、現状維持ケース(Status Quo)を含む3つのシナリオを打ち立てた。結果と前後するが、各シナリオにおける買取価格の予測モデルを上記に示す。前述の「定量的な」3つのシナリオに加えて、本分析はもうひとつ「定性的な」シナリオも用意した。それは、年間導入量などに上限(キャップ)をかけるケースだ。キャップの長所は、政策を不確実性を減らせる点だ。つまり、上限値を設けることで、太陽光発電が導入されすぎたり、買取のための予算がかかりすぎたり(現行のFITでは、予算は電気料金に上乗せされる形で転嫁される)するリスクを防ぐことができるのだ。他方で、キャップをかけるとどうしても「早い者勝ち」的傾向が醸成されがちで、イカサマ師のような輩が跋扈するリスクも生じる。公平性が阻害されるのである。あちらを立てればこちらが立たず。政策分析とは、無数のトレードオフに対峙することなのだ。FITの成果予測は、控え目に言って相当にチャレンジングな行為である。そこを承知で、本分析では主に「1.学習/経験曲線」「2.システムダイナミクス」「3.費用便益分析」の3つのモデルを組み合わせて、その無謀・・・もといチャレンジングな行為を追求した。まずは、学習/経験曲線について紹介する。学習/経験曲線は、経済・ビジネスの分野ではわりに有名なモデルで、端的に言うと「生産が増えるほどコストは安くなる」という原理を上述の対数関数で示したものだ。この法則、もともとは航空機産業において適用された概念だが、自動車や半導体など他産業にも広く適用しうることが知られている。もちろん太陽光パネルも例外でなく、既存研究は山ほどある。太陽光発電の特徴は、燃料費が必要ない代わりに(太陽だから)、初期費用が比較的高額であることだ。その内訳を見ると、ほとんどがシステムコスト(太陽光パネルの設置費用など)である。よって、本分析ではシステムコストの学習/経験曲線モデルを扱うことにした。上記のグラフが、過去のシステムコストから回帰分析した学習/経験曲線である。R二乗値やP値を調べると、統計的にもそれなりに確度が高い(Statistically Significant)ことがわかる。次に紹介するのは、システムダイナミクスだ。システムダイナミクスとは、簡単に言えば「世の中の複雑な現象を理解するために、個々の因果関係を分解してモデル化しようとするアプローチ」のことである。その適用範囲は生態系から産業政策まで幅広く、森羅万象をカバーすると言ってよい(ちょっと言い過ぎか)。システムダイナミクスを使ってFITを分析した先行研究だってある。私の作ったモデルは、それらの考えをよりシンプルにしたものだ。すなわち、太陽光発電の導入量が増えれば、「学習/経験曲線」に沿ってシステムコストが下がるので(ステップ1)、IRRを一定に保つ適切な買取価格が決定し(ステップ2)、プロジェクトの投資利益率(Return On Investment:ROI)が求められるので(ステップ3)、そこから算出される事業者の参入意欲をもとに(ステップ4)、翌年の導入量が求められる(ステップ5)というわけだ。そしてこれが計算式の例である。もちろん世の中が100%このモデルのとおりに動くわけではない。しかし、大掴みな「傾向」を把握するにはそれなりに有用なものだろう。モデル内のパラメータは、原則として政府機関の公表値を引用している。最後に紹介するのは、費用便益分析モデルだ。費用便益分析では、政策の与えるインパクトなどを金銭価値に換算する。ここでは、太陽光発電の導入増による影響として、3つの便益(Benefit)と3つの費用(Cost)を考慮した。まずは便益について考えよう。1つ目の便益は、「CO2排出量の削減」。CO2の1トンあたりの金銭価値は、実は算出者による数字の振れ幅が非常に大きいのだが(ほとんど0円という論者もいれば、数万円という論者もいる)、本分析では、環境省の公表資料から(古くから太陽光事業に意欲的で、かつ非電力会社であるという意味で)大阪ガスの数字を用いることにした。2つ目の便益は、「エネルギー・セキュリティの向上」。太陽光発電の導入が増加すれば、そのぶん既存の燃料を使わずに済むので、これを便益として金銭価値で表すことができる(これをAvoidable Costという)。本分析では、(現在の日本が原子力の主要な代替燃料として使っているという意味で)石油とLNGの発電単価の加重平均を用いて計算した。3つ目の便益は、「雇用機会の創出」。いろいろ考えた末に、本項目を金銭価値に表すことを私は放棄したのだが(他産業を含む労働市場を考慮したとき、雇用創出の純粋な便益を算出することは不可能に近いと思量したため)、しかし政策効果を考えるとき、「雇用がどのくらい生まれそうか」という観点は大切だ。本分析では、IPCC報告書の算出方法に従った。今度は費用について考える。1つ目の費用は、FITの最大の不確実性ともいうべき、「太陽光発電の買取費用」。重要なポイントは、制度上、プロジェクト参画年度の買取価格が20年間保証されることである(本分析の範囲は2020年までだけど)。このインパクトがどれだけ大きいか。FITの是非をめぐる議論は、煎じ詰めれば結局はそこに集約される。2つ目の費用は、経済学でいうところの「死荷重(Deadweight Loss)」だ。前述の買取費用は、最終的に賦課金(Surcharge)の形で電気料金に転嫁されるため、物品税をかけたときのような市場の非効率(詳しい説明は省くが、要すれば三角形ABCの部分)が発生する。これを計算するため、過去10年の電気料金と電力量のデータから単回帰した便宜上の需要曲線(Demand Curve)を求めた。3つ目の費用は、再生可能エネルギーを導入する際に必要とされる「電力網への投資費用」である。これは地域特性に大きく左右されるため、必要経費をシンプルな計算で割り出すのはほとんど不可能だ。しかしここでは、乱暴を承知の上で、政府試算をもとに導入量(ギガワット)あたりの金額を算出した。ここまで、FITの成果を推計するための「1.学習/経験曲線」「2.システムダイナミクス」「3.費用便益分析」の3つのモデルを説明してきた。ここからは、具体的な分析結果を紹介したい。それぞれのシナリオを評価するために、本分析では4つの判断基準(Evaluative Criteria)を用意した。すなわち、「1.効率性」「2.実効性」「3.政治的実現性」「4.政策の継続性」である。1つ目の判断基準は、効率性(Efficiency)だ。これを計る指標として、費用便益分析の結果が有用である。そこでふたを開けてみると・・・なんと、どのケースにおいても費用(Total Cost)が便益(Total Benefit)を上回る結果が認められた(!)。FITの買取費用はあまりに膨大で、社会的便益を勘案してもなおトータルではマイナスになってしまうのである。それでは、効率性に劣るFITは、ただちに中止すべき政策なのだろうか?その疑問に対する考察は後に取っておくとして、各シナリオの結果を比較してみると、買取価格を安く設定した(IRR=4%の)オプションの方が、「総便益(Net Benefit)」や「費用あたりの便益(Benefit per Cost)」の数字が大きいことがわかる。つまり、(FITを実施するという前提で)効率性だけを見れば、買取価格は安い方が良いのである。2つ目の判断基準は、実効性(Effectiveness)だ。今度は買取価格の高い(IRR=8%の)オプションの方が導入量が大きく、発電コスト(Levelized Cost of Electricity)も小さい。前述の結果と併せて考えると、「効率性と実効性はトレードオフの関係にある」とも言えそうだ。もうひとつの発見は、(このモデルを信じるならばということだが)政府の設定した「2020年までに太陽光の発電コストを14円/kWhにする」という目標が、どのシナリオでも達成できないということだ。国際エネルギー機関(International Energy Agency:IEA)によれば、太陽光の発電コストに最も影響を与える要素は、稼働率(Capacity Factor)であるという。そこで本分析では、稼働率のパラメーターを変えた場合の感度分析を行った。結果が示唆するのは、「現状より稼働率を2〜3%ほど上げれば、14円/kWhの目標は射程圏内に十分収まる」ということだ。稼働率の向上に貢献する技術として、たとえば太陽を追尾するシステムや、高効率パワーコンディショナーなどが挙げられる。この分野のR&D支援を手厚くするというのも、あるいは有効な政策オプションかもしれない。3つ目の判断基準は、政治的実現性(Political Feasibility)。FITはさまざまな文脈から議論されるトピックだが、本分析では最も頻繁に言及される「国民負担としての賦課金(Surcharge)」に焦点を絞った。モデルの示す結果は、IRR=8%のシナリオで年間世帯負担額は約4,200円(実際には住宅用の太陽光発電を含む他カテゴリの再生可能エネルギーの賦課金も上乗せされる)。この数字をどう読むかは判断のわかれるところだが(たとえばドイツにおける2014年の再エネ賦課金「6.24円/kWh」に比べれば安いという見方もある)、政策の受容性を考えたときに重要な指標であることは間違いない。4つ目の判断基準は、政策の継続性(Robustness)だ。規則の改正頻度が高かったり、調整にやたら時間がかかったり、担当者が入れ替わったら運用方針も変わってしまうような政策は、Robustnessが高いとは言えない。本分析はFITの制度変更を阻むものではないが(むしろある面においては推奨するものだが)、参加者の公平性を担保するためにも、買取価格の計算方式の変更などを行う場合には(太陽光発電プロジェクトのリードタイムを勘案すれば)少なくとも1年前には公表・説明を行っておいた方がよいだろう。そしてこれが、分析結果のサマリーだ。これを踏まえた主な政策提言は、上記の3点となる。すでに述べたことと重複するので詳述は避けるが、重要なのは「すべての判断基準で高評価を得られる政策オプションは存在しない」ということだ。よって本分析では「絶対にこうすべき」という結論は下さないが、「効率性と政治的実現性を優先させるなら」という枕詞つきで買取価格の安い(IRR=4%の)オプションを推薦したい。ここまで読んでくださったあなたに、心からの感謝を。 これで、GSPPの全過程を修了したことになる。 あれこれと欲張った結果、気がつけば卒業要件より16単位も多くの授業を取ってしまっていた。そのぶん苦労も多かったけど、いまとなってはすべて良い思い出だ。見上げれば空はいつも晴れていたし、つらいことなどひとつもなかった。 本当にそうだったっけ? そういうことにしておこう。バークレーと私の間では。

修士論文を書きながら気づいた3つのこと

 卒業が迫り、修士論文と格闘する日々が続いている。 私が選んだテーマは、「産業用太陽光発電のFIT(Feed-in Tariff: 固定価格買取制度)に関する費用対効果の分析」だ。最近は、寝ても覚めてもFIT、FIT、FITの単語が頭の中をぐるぐる回っている状態で、フィットネスクラブ(FITNESS)や任天堂「Wii Fit」の広告にも敏感に反応してしまう始末である。 改めて力説する必要もないかもしれないが、論文を書くという行為は、決して簡単なものではない。実感としては、黄濁色の泥沼をかきわけるようなもので、そう易々と前には進めない。なかには途中で力尽きて沈んでしまう人もいる。 しかし、物事というのは往々にして、泥まみれにならないと本当のところはわからない。私も身を投じてみて、ようやく気づいたことがいくつかある。 今回は、自らの備忘も兼ねて、ここに3つほど記載しておきたい。1.情報収集に拘泥しすぎないこと GSPPが「政策立案の技法」で掲げる8つのステップのうち、一般に最も多く時間を要するのが、ステップ2:証拠を集める(Assemble Some Evidence)である。関連書籍・論文、先行事例、新聞記事、各種統計、専門家へのヒアリング・・・。情報収集の対象は、探せばいくらでも出てくる。ダウンロードしたpdfファイルは増加の一途を辿り、印刷した資料は積み上がって天に届く勢いだ。 具体例を挙げよう。 私の論文では、太陽光発電のコストが将来どのくらい下がるか、その予測モデルをまず組み立てる必要があるのだが、そのために参照すべき資料として、援用できそうな「経験曲線」の理論、各種機関の分析結果から、各国における支援政策の相違点、最新の技術動向に至るまで、ちょっと網をかけるだけで数百件の資料が引っかかる。 それらすべてを読破し、内容に通暁してから、次にやることを考えるべきだろうか? 情報収集の危険なところは、その行為自体はアウトプットとしてはゼロなのに、なんとなく、「おれ、がんばってる」感を味わえてしまうことだろう。しまいには手段が目的化して、情報を集めるために集める、ということになってしまう。 この点、政策分析界の重鎮ともいうべきGSPPのユージン・バーダック先生は、以下のように喝破されている。 質の高い思考をすることは困難でフラストレーションがたまる一方で、データ収集に走り回ることは、生産的に見えるし、自分もそう実感できる。しかも、あなたが忙しくデータ収集をしていると、報酬を支払っている側は給料に見合った仕事をしていると感じられるものなのだ。  (「政策立案の技法」より抜粋) なるほどそのとおりである。そのとおりすぎて、読んでいて身体の一部がムズ痒くなってくるほどだ。 これを避けるには、やはり、第一稿に早く手をつけることだろう。 材料は、足りなくていい。むしろ足りない方がいい。どの部分が肝となるか、どの部分を掘り下げるべきか、そういうのは書き進めるうちに自然と見えてくるものだ。そしてその方が結局は効率的なのである。 書くことは、考えること。まずは何かを形にしてみること。 修士論文も、出願エッセイも、ブログも、その本質に違いはないのかもしれない。 2.自分の考えを積極的に外に出すこと 論文を書くというのは、基本的には孤独な作業である。自分で集めたデータを、自分で分析し、自分でロジックを組み立てなければならない。当然のことながら。 ただし、それを練り上げる過程では、むしろ(意識的に)人の助けを借りた方がいい。アイデアは野菜と同じで、溜めすぎると腐る。何気ない会話からでも、開けてくるものはたくさんある。  GSPPのクラスメートや教授陣、論文の著者、関連する組織の職員。私もこれまで、いろいろな方面に教えを乞うた。そしてありがたいことに、ほとんど誰もが親切に応えてくれた。たとえいままで一度も会ったことのない人であっても。 バークレーのいいところは1,000個くらいあるけれど、そのひとつは、基本精神としてみんながgenerousであるということだ。なんというか、「親切心のキャッシュフロー」の絶対値がものすごく大きいんですね。こうした風土に私は何度も救われてきたし、また今後の自身のあり方についても(というと大げさだけど)、しみじみと考えさせられるものがあった。 3.「手持ちの時間」と「集中できる時間」を混同しないこと 劣等生にありがちな失敗のひとつに、作業に要する時間をうまく認識できない、というものがある。 「5ページのレポート?」 「1ページを1時間として・・・」 「ま、5時間もあればできるだろ」 「まだ時間があるな」 「それまでは遊ぼう」という、この負けパターン。あなたは身に覚えがあるだろうか。私は、ある。死ぬほどある。(関連記事: 「32時間プロジェクト」の苦しみを楽しんだこと) いざ作業に入ってみると、当然、集中力が続くはずもなく、くだらないサイトを見たり、ノートの余白にウンコを描いたり、柳家小さん(五代目)の真似をしたりしているうちに、時間は容赦なく流れてゆく。〆切が迫ってくる。成果は残らない。残るのは灰色の後悔だ。 こうした人間の心の弱さについて、我が心の師である植木等先生は、以下のように喝破されている。 わかっちゃいるけど やめられねぇ ア ホレ スイスイ スーダララッタ スラスラ スイスイスイ スイーラ スーダララッタ スラスラ スイスイスイ スイスイ スーダララッタ スラスラ スイスイスイ スイスイ スーダララッタ スーダララッタ スイスイ  (「スーダラ節」より抜粋) 心に響く名言である。しかし、「今日の反省を明日に活かす」という観点からは、残念ながらあまり役には立ちそうにない。というか、まったく役に立たない。 やはり、自分の頭で考えるしかなさそうだ。 失敗の本質は、どこにあるのか。 私の豊富な体験に照らしてみると、それは、 【T: 集中できる時間】 = α × 【t: 手持ちの時間】 (αは係数。0≦α≦1)の方程式において、「α=1」と勘違いしたことにある。ところが、実際のαはせいぜい0.3程度。状況によっては、限りなくゼロに近いこともある(そういうときは、もう寝た方がいい)。 αを向上させる努力も重要だが、現在のαがどのくらいか(心身の状態にも左右されるだろう)を正しく把握することも同じくらい重要である、と私は思う。少なくとも、自分のαが1ではないと認識することからはじめたい。 この記事を書きながら、もうひとつ気づいたことがある。 こんなことをやる暇があるなら、さっさと修士論文をやれ、ということだ。  

停電

 「おまえのおじいちゃんって、ぜったいあたまがおかしいよな」と、よくいわれる。 おじいちゃんになってボケてきたから、じゃなくて、むかしからそうなんだという。 おじいちゃんは、うみにもぐるひとがきているようなふくを、いつもきている。 ねているときも、おきているときも、おふろにはいっているときだってそうだ。 おじいちゃんは、おじいちゃんとよばれるずっとまえから、そのふくをきているらしい。 そんなひとって、おじいちゃんのほかにはみたことない。 たしかにちょっとかわっている。でもそれは、「あたまがおかしい」のとはちがうとおもう。 だっておじいちゃんは、ぼくのしらないことを、なんでもしっているのだから。  ★ ★ ★ 早朝、古い友人と雲力発電について意見交換。 人工的に雷雲を作る研究自体は、私の若い頃にもあった。 しかし、どれも実用化には至らなかったと記憶している。 成功の鍵となる要素技術は何だったのか。 それが幾度説明されても分からない。 媒体電荷エアロゾル? ワイヤレス送電技術? 理解できないのは、彼の説明に不備があるからか。 それとも、私の知力が衰えたからか。 実はすでに、結論は出ている。  ★ ★ ★ なつやすみのじゆうけんきゅうは、でんきについてしらべることにした。 きっかけは、せんせいが、テイデンについておしえてくれたからだ。 テイデン。 いえや、がっこうのでんきが、いきなりぜんぶなくなっちゃうことを、テイデンとよぶらしい。 そんなことって、あるんだろうか。 「そんなことが、あったのよ」 と、おかあさんがいった。 「おかあさんは、ちいさいころ、いなかにすんでいたでしょ。だから、よるにテイデンになると、いえのなかはまっくら。そうしたら、おしいれからろうそくをだしてきてね。マッチで、こう、ひをつけて、あかりをともすの。おかあさんは、それがうれしくてね。はしゃいで、おばあちゃんに、よくしかられたっけ」 おばあちゃんには、いちどもあったことがない。 ぼくがうまれるまえに、しんでしまったからだ。 むかし、おおきなじしんがあった。 おばあちゃんは、じしんにはやられなかったけど、 そのあとにきたつなみに、のみこまれてしまった。 そのときも、テイデンがおこったらしい。 テイデンのことをかんがえると、 こわいのと、わくわくするのが、 いっしょになったきもちになる。 ★ ★ ★ 「地震発電の理論と応用」読了。 昔は地震のために電力供給が滞ったものだが、今は地震のために電力供給が安定する。 孫は、停電という言葉を知らなかったという。隔世の感がある。 世界有数の地震大国だった我が国が、よもや世界有数の発電大国になろうとは。 地震発電の登場は、電力システムの常識を覆す『事件』であった。しかしそれは、発電技術の高度化によってのみ成し遂げられたものではない。送配電、蓄電、耐震及び地震予知等の技術革新に支えられ、初めて実現可能となったのだ。我々はその事実を忘れてはならない。 傍線を引く。 ★ ★ ★ 「でんきのことなら、おじいちゃんにきけばいいじゃない。へんなことばっかりしているけれど、あのひと、いちおうでんきのけんきゅうしゃなんだから」と、おかあさんがいった。 ぼくはおじいちゃんにきいてみた。   「わしがこどものころ、でんきは『せきたん』や『せきゆ』をもやしてつくっていたんだ」 「なあに、それ?」 「ずっとむかしにいきていた、しょくぶつやどうぶつたちがしんで、それがもとになってできたものだよ」 「じゃあ、ぼくもしんだら、でんきになるのかな」 「そのまえに、わしがでんきになるだろう」   あかりをしばらくみつめてから、めをとじると、くらやみのなかにちいさなひかりがのこる。 あれがなんだったのか、いま、わかったきがする。つまりあれは、しょくぶつやどうぶつたちの、たましいのかけらだったんだ。 ぼくはそのことをつたえたかった。でも、おじいちゃんは、もうなにかべつのことにむちゅうになっていて、ぼくがとなりにいることすら、わすれてしまったみたいだった。 ★ ★ ★ 古い日記を読み返す。 成し遂げたことの大きさが、人生の価値を測るのではない。 どのようにしてそれを追い求めたか。その軌跡にこそ意味があるのだ。 流転する万物、すべてが発電の源と成り得る。 リスクを取らないことが、最大のリスクだ。 傍線を引く。 ★ ★ ★ おじいちゃんがいなくなって、いえのなかがきゅうにしずかになった。 からだのぐあいがよくなくて、びょういんでくらすことになったからだ。 どこがわるいのかは、ぼくにはちょっとわからない。 でも、「だいじょうぶよ。おじいちゃんは、すぐによくなるわ」と、ひとりごとのようにいっていたおかあさんが、さいきんそういわなくなったことに、ぼくはきづいている。 ★ ★ ★                           窓の外で雨が降っている。      あの雨を何かに利用できないものか。                                  計算が必要だ。                 雨を集めて                                                      雨の ★ ★ ★ おじいちゃんがしんだ。 いろいろなひとがやってきて、いろいろなことをいって、いろいろなものをくれた。 でもそのあたりのことは、ほとんどなんにもおぼえていない。 おぼえているのは、ただひとつ、おじいちゃんがぼくにのこした、あのへんなふくのことだ。 「なんでこんなのをくれるんだろう。へんなふくをきるのはいやだなあ」 と、ぼくはおもった。 だけどそうじゃなかった。 このふくは、ひとのからだにながれるでんきをあつめる、とくべつなふくだという。でも、そのでんきはものすごくすくないので、なんねんもなんねんも、それをきているひつようがあるらしい。 「わしがいままでためたでんきが、おしいれのバッテリーにたくわえてある。これを、わがやのでんきとしてつかいなさい」 それが、おじいちゃんがのこした、さいごのことばだった。 おじいちゃんは、しんだらでんきになった。 ★ ★ ★ ★ ★ ★ 僕は今、草履発電の研究開発をしている。 歩行の運動エネルギーを使って電気を起こす、蓄電池を兼ねた草履である。 目下の課題は、ときどき草履が異常に熱くなり、履く人の足が焦げてしまうこと。 ここさえ突破すれば、実用化まではあと一息だ。  二十年前、僕のお爺ちゃんが亡くなったとき、お爺ちゃんは生体発電スーツ(未だ実用化には至っていない)を遺し、自宅の電気をこれで賄うように指示をした。 ところが、蓄えられた電力量はあまりに少なくて、わずか3分後、我が家は真っ暗になった。 今にして思えば、あれが僕の初めての「停電体験」だった。 お爺ちゃんは、停電を僕に教えるために、わざと電力不足の蓄電池を遺したのだろうか? それとも、人体発電を真剣に研究した結果、失敗して停電になったのだろうか? あれから二十年間、僕は折に触れてそのことを考えてきた。 あるときは前者の仮説に傾き、またあるときは後者の仮説に傾いた。 実はすでに、結論は出ている。 どちらでもいいのだ。  

バークレーにさよならを言う日が近づいていること

 たのしかったバークレーの暮らしも、             もうすぐ、おわりだ。 

【JGRB】 合同BBQのお知らせ

 JGRBとUC Village Japan Club(UCバークレー世帯寮の日本人会)の合同バーベキューのご案内です。事前登録は不要ですので、お気軽にご参加ください。日時: 5月3日(土)12:00〜16:00頃場所: UC VillageのBBQ広場(Play Ground正面かStudy Room近くのどちらか)※ ACトランジット52番バスで、大学から約30分です。初めていらっしゃる方は、UC Village内の地図をご参照ください。※ 車で来訪される方は、San Pablo Ave.×Monroe St.を入ったところに、ビジター用の駐車場があります。備考:1)  参加・不参加の連絡は一切「不要」です。当日、直接お越し下さい。2)  食材持ち込み式のランチBBQです。参加者各自が食材・飲物を持ち込み、それを皆でシェアする形です。3)  紙皿、割りばし、紙コップなど、各自必要と思われるものをお持ちください。4)  雨天などの理由で中止する場合は、当日10時までにJGRBのメールでご連絡します。5)  これまでどおり「ゆる〜い集まり」ですので、お知り合いの方にご自由にお声かけください。6)  ご不明な点があれば、遠慮なく私までお問い合わせください。(2014年5月4日追記) 当日は約60名もの方々にご参加いただき、笑い声の絶えない大盛況のBBQとなりました。なかにはブログを見て遠方からかけつけてくださった方も。皆さま、ありがとうございました! 私の代のイベントはこれで終了ですが、次期幹事たちが引き続きJGRBを(ゆるやかに)盛り上げてくれるはずです。今後もどうぞよろしくお願いします! 会場候補1: Study Room周辺会場候補2: Play Ground正面

UC Villageの住民に10の質問をしたこと

 今回は、UC Village(UCバークレーの世帯者向け学生寮。以下、ビレッジ)の在住者たちに投げかけた10の質問に対する回答を共有したい。これからバークレーにいらっしゃる方には、生活のイメージを掴む手がかりとしていただけたら嬉しい。 なお、記事中の写真は、すべてビレッジの敷地内で撮影したものである。Q1.ビレッジへの入居は、申し込んでからすぐに許可されましたか?そうでない場合、どのくらいの期間を要しましたか?【Mさん】 1ヶ月程度。【Fさん】 先輩のアドバイスに従い、合格発表後の1週間以内に申し込みをしました。その後、2か月ぐらいで、許可が得られました。なお、入居予定日より早く許可が出た場合は、その分の家賃を支払わなければいけません。【Aさん】 比較的すぐに許可されました。2週間くらいで返事がきたでしょうか。ただし、入居希望日(渡航日)よりも約1週間後から入居可能との条件でした。小さい子供(2歳)がいるので、なんとか早めに入れないかと頼んでみましたが、あっさり「無理」と返ってきました。仕方なく最初の1週間はホテル暮らしでした。【Sさん】 4〜5月ごろに申し込んで3週間ほどでオフィスから案内がありました。【Iさん】 日本から4月の下旬に申し込みました。7月に単身渡米しましたが、まだ決まっておらずオフィスへ交渉し、8月末から入居することができました。交渉では「妻と子供がいる」等、いろいろ話したらなんとかなりました。なのでトータルで4ヶ月かかりましたよ。。。(涙)【Nさん】 4月末から5月上旬くらいに、8月入居希望で申込をしましたが、許可の連絡が来たのは7月末ころ、9月上旬に入居可という内容で8月中には入居できませんでした。1か月弱住居なしで生活するのはなかなか大変でした。【Satoru】 4月上旬に申し込みましたが、事務手続きがうまくいかず(このあたりの経緯は奥さんのブログに詳しいです)、8月下旬にようやく入居できました。それまでは、モーテルやサブレットを転々とする暮らし。スーツケースをずるずる引きずって、よるべない日々でした。---(2014年4月8日追記) 最近の傾向として、客員研究員は手続きを後回しにされてしまうケースが多いようだ。 本記事をお読みになったYさんから経験談が届いたので、ここに掲載したい。【Yさん】 我が家は、夫婦ともに客員研究員ですが、2013年5月に申し込み、8月半ばに「子連れで直接交渉すれば何とかなるだろう」と楽観してともあれ渡米して、早速子供2人の手を引いてハウジングオフィスに掛け合ったものの「今年は絶対無理」と言われ、泣きそうになりながら家を探し、何とかホテル暮らし5泊で現在の家を見つけた次第です。 8月末に、新たに来た各国の客員研究員100人くらいが集まってのオリエンテーションがありましたが、ビレッジに入居できた人は1人もおらず、我が家はウェイティングリストに11月まで掲載されていましたが、結局OKは出ませんでした。Q2.「日本から持ってくればよかった(持ってきてよかった)」というアイテムがあれば、教えてください。【Mさん】 掃除機、旅行ガイドブック。【Fさん】 基本的にこちらで入手できるので、特にありません。【Aさん】 持ってくればよかったものは、特段思いつきません。そのくらいなんでも手に入ります。 持ってきてよかったものは、子供用の日本語の絵本です。私の場合、卒業後日本に帰ることが決まっていたので、子供に日本語を覚えさせるため、日本語の本の読み聞かせをしたいと思い、たくさん持ってきました。50冊くらい。毎日喜んで聞いていますので、親としてもうれしい限りです。ただ、バークレーの図書館にも日本語の絵本があるらしいので、そこで借りることも可能だと最近知りました。どのくらい蔵書があるのか分かりませんが。 あと、妻によると、台所用のはかりを持ってきたのが正解だったようです。こちらは重さをポンドではかるので、台所用のはかりもポンド仕様です。よく日本語のインターネットページを見て調理するので、当然重さはグラムで書いてあり、グラム仕様のはかりがないと、その都度換算しないといけないので面倒だ、とのことです。料理好きなら検討の価値ありかもしれません。 さらに、我が家は日本のヘッドの小さい歯ブラシを愛用しているので大量に持ってきました。アメリカの歯ブラシは効率的?で、ヘッドがすごく大きいです。地方の歴史ある旅館に泊まると、歯磨き粉がブラシ部分に付いてある状態で置いてある、あの磨きにくいやつ、をさらに大きくしたようなものです。好みにもよりますが、私は小さいヘッドの歯ブラシを持ってきてよかったと思いました。【Sさん】 日本から持ってくればよかったものは一部の日本の調味料。塩や砂糖、胡椒、ワサビ、練ガラシなどはこちらでも売ってますが、顆粒の鶏ガラ中華スープや粉末だしなどの微妙なものがなかなか売っていないとのこと。【Iさん】 スキー板、ストック等。 アメリカは高いし良い板を置いてません。私はブーツを嫁に持ってきてもらいましたが、せっかく良いスキー場でも道具がレンタルだと楽しめません。ウエアは安くて良いものがアメリカにはあるのですが。。。【Nさん】 寿司桶、和食器。ポットラックが多いので重宝しました。【Satoru】 持ってくればよかったのは、携帯ウォシュレット。結局、Amazon.comでTOTO製の輸入品(YEW350)を買いました。これのおかげで、私の肛門まわりは最高のコンディションです。 持ってきてよかったのは、ダイキンの空気清浄機(MC75JY-W)と、パナソニックの加湿器(FE-KXG05)。どちらも日本で長く使っていたので、即戦力になりました。 でも正味な話、ビレッジのムービング・セールなどでほとんどの品物が格安で手に入るので、持ち物は少なめの方が良いと思います。(2014年4月25日追記) ひとつ、書き忘れてました。 着物や浴衣などの和風なアイテムを持ってくれば各イベントで使えたのになぁ・・・と悔やむ場面がいくつかありました。私は甚平(寝間着の代わりに持ってきた)を着て落語を演りましたが、やっぱりちょっと違いましたね。Q3.逆に、「持ってこなくても大丈夫だった」ものがあれば教えてください。【Mさん】 子供用品。アメリカで売っている物で十分です。【Fさん】 ダウンジャケットは1週間ぐらいしか使いませんでした。半そでも必要ありません。 乾燥機があるので(1回1ドル)、ハンガーや物干し竿はいらないかもしれません。【Aさん】 私の場合は特にありません。 ただ、これは友人から聞いた話ですが、船便でたくさん日本からものを送ったが、到着まで結構かかり(2月程度)、その間アメリカで必要なものは買ってしまったので、到着した時には不要品が到着したと聞きました。【Sさん】 炊飯器は不要でした。象印などの日本メーカーの炊飯器も売ってますし、Cuisinartの電気圧力鍋でとても簡単に美味しいご飯が炊けます。【Iさん】 ホームベーカリー! 一時帰国時に持って行きましたが、大きい変圧器が無いと使えません。我が家は変圧器を日本から送ってもらって(計1万5千円程度支出)使えるようにしましたが、パンを焼いたのも一桁台だったかもしれません。粉も専用の粉が売ってないし。。。これだけは大失敗でした。(妻に内緒ですが。。。)【Nさん】 ゴルフセット。 帰国組からもらえることも多く、また、こちらで安く買うこともできます。【Satoru】 日本語の本。 こちらでも入手できるし、英語の書籍を読むインセンティブを削いでしまうので、失敗でした。 「ローマ帝国衰亡史」岩波文庫全10巻セットとか、何でそんなの持ってきちゃったんだ、って感じですね。Q4.車は持ってますか(持ってましたか)?やはり、あると便利ですか?【Mさん】 持っています。便利です。【Fさん】 日本ではペーパードライバーでしたが、退去される日本人の方より購入致しました。備え付けの冷蔵庫が大きいので、1週間に1回、1週間分の食材を購入するのには車が便利だと思います。 旅行が好きな人は、車でかなり遠出をしているようです。 サンフランシスコへも車の方が便利です。ビレッジからバス(52番)→電車→SFは意外と時間がかかります。【Aさん】 持っています。日本人から買いました。さとる先生のように、自転車で済ましてしまう強者もいることは承知していますが、一般的に言いますと、必需品だと思います。買い物、幼稚園への送り迎え、旅行等いろいろ活躍します。【Sさん】 持ってます。日本の都市と郊外のちょうど中間のような交通環境なので、普段の生活の足から、週末の外出、長期休み中の遠出までと大活躍です。我が家には必須のアイテムです。【Iさん】 渡米当初はアメリカンな車を想像しておりましたが、現実はシビックに乗ってました。車は必要不可欠だと思いました。妻も子供といろいろ車で出かけてましたし、家族旅行も結局車が多かったです。日本とは違い車検もないので、維持費が安いですが、自動車保険は高かった。。。【Nさん】 持っています。買い物が徒歩圏ですべて済むわけではなかったので重宝しました。【Satoru】 持っていません。あればもちろん便利ですが、なくてもまあなんとかなります。 「車は運転するものではない。運転してもらうものである」 MBA/MPHのMasakiさんの名言です。ビレッジ内にCity Car Shareの車があるので、これを利用する選択肢もあるQ5.バークレー近辺でおすすめのカフェ・レストランはどこですか?【Mさん】 Blue bottle coffee、Gather【Fさん】 Lama Beans、Bette's Oceanview Diner【Aさん】 家族でよく行くのはランチ99内の中華麺屋さんです。割と安くて美味しいですが、何が入っているのかとても気になる方は行かない方がいいかもしれません。【Sさん】 やっぱり手軽なアメリカならではのローカルなファストフードですね。ピザならCheese Board Pizza、ホットドッグならTopDog、ハンバーガーならEureka!、ビアバーならJupitorがオススメ。【Iさん】 あまり外食をしなかったのですが、僕は学内の「free speech movement cafe」が好きでした。水筒もって行くとコーヒーが$1.5で飲めるし、ブラウニーやスイーツも美味しかったです。晴れている日はリスもやってきたりカリフォルニアを感じるカフェでした。あとはビレッジ近くのピラミッド!地ビールがお手頃価格で飲めるのが良い。専用ボトルでビールだけリフィールして帰って来れるのも良いですね。【Nさん】 Great China (Chinese), Gregoire (French), Meal Ticket (Cafe), Bowld (Korean)【Satoru】 インド料理なら「Ajanta」と「aangan」、中華料理なら「中山美食」と「小香港」、韓国料理なら「Bowld」、タイ料理なら「Bua Luang」、ベトナム料理なら「Anh Hong」と「Nong Thon」、日本料理は・・・正直あまりいいところがないんだけど、「Kiku Sushi」にはよく行きます。 ビールなら「Pyramid Brewery & Alehouse」、ピザなら「Little Star Pizza」、アイスクリームなら「Ici」と「Sketch」と「iScream!」、サンドイッチなら「SLOW」、ホットケーキとクロワッサンなら「La Fable」。 カフェは、「BABETTE」がお洒落でいいですね。「Blue Bottle Coffee」は別格。(先日、ブログ読者の方から、「Blue Bottle Coffee」が東京に進出するというニュースを教えてもらいました。これは嬉しい!) バークレーに限らず、おいしいレストランを見つけるコツは2つあると私は思っていて、1つ目は「現地に長く住んでいる人が推薦していること」、2つ目は「地元民っぽいおばさん/おじさんで賑わっていること」。後者は「おじさん/おばさん」というのがポイントです。トレンドに流されず、物事の本質(安くてうまい飯)を据える審美眼を持った人は誰なのか、という話ですね。---(2014年4月14日追記) カフェについて。 「本を読んだり、勉強したりする場所」としての、私の考える良いお店の条件は、1. 席数に余裕があり、長居が許される雰囲気であること2. 店内のBGMが主張しすぎていないこと3. 無料のWiFi環境があること(登録手続きとかは不要)の3つなのですが、バークレーにはすべての条件を満たすお店がたくさんあって、とても助かります。特にありがたいのは「3.」ですね。日本のカフェもレベルは高いと思うけど、無料WiFiの環境が整っている店ってほとんどなかった気がする(少なくとも2年前の実感として)。東京オリンピックの開催を契機に、状況が改善されることを期待します。Q6.食料品・日用品は、どこでよく買っていますか(買っていましたか)?【Mさん】 Monterey Market、Target、Trader Joe's【Fさん】 Berkeley Bowl West、Tokyo Fish Market、Acme Bread、Walgreens、Dollar Tree【Aさん】 お肉はコストコ、野菜はモントレーマーケット、お菓子等はトレーダージョーズ、調味料はランチ99といったところでしょうか。【Sさん】 Amazon(何でもかんでも)、Target(日用品と食品)、Trader Joe's(生鮮食品と酒)、Monterey Market(野菜・果物)、Bevmo(酒)、Lucky(アメリカのドメスティックブランドな食品一般)、Costco(いわゆるコストコ)、Ranch 99(台湾系スーパー。日本食も沢山売っており、オンシーズンなら蟹が安い)、Tokyo Fish Market(日本食)あたりが行動範囲です。【Iさん】 野菜はモントレーマーケット。その他はバークレーボウルとトレジョーが多かったと思います。モントレーマーケットでは、松茸が安かったので、良く食べました。中国産や韓国産に比べて香りも良く美味しかったです。日用品はコストコかターゲットでした。どちらもアメリカのスーパーマーケットって感じですよね?【Nさん】 食品は、週1でMoterey MarketとTokyo Fish Marketに買いに行っています。その他日用品はTargetに行くことが多いです。【Satoru】 一番多いのは、近所の「Tokyo Fish Market」。あんまり行きすぎて、すっかり顔なじみになってしまいました。「これと同じもの、奥さんが今朝買ってましたよ」なんてね。 「Natural Grocery Company」と「Andronico's」にもよく行きます。そうですね、わりにオーガニック志向かもしれません。Q7.子どもを連れてよく出かける(出かけていた)スポットはどこですか?【Mさん】 ビレッジ内公園、Habitot Museum【Fさん】 ビレッジ内のプレイグラウンド、YWCAのThe Centre、ビレッジのSing Along【Aさん】 ビレッジ内のプレイグラウンドです。他にも近くの公園にはよく行きます。お勧めは、コドーニシズパーク・その隣のバラ園、ティルデンパーク、アクアティックパークです。【Sさん】 UC Village内のPlay Ground、UC Villageに隣接するOcean View Park、大学裏山のLaurence Hall of Science(大学が運営している科学の体験学習ができる子供向け教育施設)、Tilden Regional Park(小さな牧場やメリーゴーランド、小型の蒸気機関車があります。)【Iさん】 喜んだのはTilden Parkでした。牛に餌をあげられたり、ピクニックできたりと良い公園でした。あとは、スティンソンビーチは近くで手頃に遊べて本当に良いところでした。ちなみに水がつめたすぎて2年間海には一回も入りませんでした。【Nさん】 まだ特にないのですが、Q5で挙げた中のレストランは子どもを連れて行っても大丈夫なので子連れで食べに行ったりしています。【Satoru】 「Berkeley Aquatic Park」。 水鳥がいて、遊具もあって、あまり混雑していません。いいところです。Q8.週末にちょっとしたお出かけをするなら、おすすめの場所はどこですか?【Mさん】 ナパ、バークレーマリーナ。【Fさん】 Berkeleyはあまり観光地ではないため、サンフランシスコへ行くのがお勧めです。【Aさん】 ナパ・ソノマと、モントレー・カーメルです。前者は言わずと知れたワインカントリー、後者は小さいが小奇麗な観光地です。【Sさん】 日帰りなら車で1時間程度のところにあるPoint Ray's National Seashore。季節によってはホエールウオッチングもできる雄大な海岸線、海岸に寝ころぶゾウアザラシ、近隣のオイスターファームで楽しめる牡蠣と、目もお腹も大満足です。宿泊有りならSanfranciscoから風光明媚なMonterey、Carmelを経由して、温泉宿のあるSycamoreまで海岸沿い(通称Big Surと呼ばれる地域)の1号線を南下すると絶景が楽しめます。【Iさん】 あまり行けませんでしたが、ナパの方面にレイクベリエッサがあって、BBQも出来て水遊びも出来るのでおすすめです。友人と一緒に行くのが良いかもしれません。あとは、レイクタホも車で3時間くらいなので、そこまで足をのばすことができればもっと奇麗な湖が見れますね。【Nさん】 車があるならNapaがおすすめです。【Satoru】 東はアンザ湖、北はソノマ郡、西はサンフランシスコ、南はモントレー。 どちらを向いてもたのしいです。Q9.夏休みなどに旅行した場所のうち、いちばん印象深かったのはどこですか?【Mさん】 アラスカ。【Fさん】 まだ、夏休みは経験していません。。。【Aさん】 メキシコのカンクンです。オールインクルーシブホテルは最高でした。どこでもなにも気にせず食べたいもの・飲みたいものをオーダーできるシステム、中毒性が高いです。大富豪になった気分を味わえます。【Sさん】 Canyonlands National ParkのIsland in the Skyです。本当に空の上の島にいる感覚を味わえます。【Iさん】 私見ですが、グランドキャニオンは本当に良かった!あとはクレーターレイクは7時間くらいかかりますけどラッセン火山国立公園と併せて行くと良いです。水が奇麗でアメリカの広さと自然の美しさが同時に味わえます。【Nさん】 Crater Lake国立公園。車で7時間と遠く、ほぼ湖を眺めるだけの国立公園ですが、その水の色はインパクト大でした。【Satoru】 アムトラック鉄道で51時間かけて行ったシカゴ旅行。 目的地より、そこに至る過程の方がたのしかったです。Q10.最後に、これからバークレーにいらっしゃる方へのメッセージをどうぞ!【Mさん】 アメリカではほんと最高の生活場所です。 これからいらっしゃる方がうらやましいです。【Fさん】 バークレーは、日差しが強く、乾燥していますが、一年中気候が安定しており、かなり過ごしやすいです。スギ花粉も飛んでいません。 世界で1番過ごしやすい場所かもしれません。 最初の3か月はかなりストレスフルな毎日になると思いますが、慣れてくると意外と快適です(2013年にこちらに来た私はようやく慣れつつあります。) 2015年まで居る予定なので、お会いできるのを楽しみにしております。【Aさん】 アメリカ大学院に家族連れで留学するなら、住環境で言えば、ここよりよいところはほとんどないと思います。比肩するのはLAくらいでしょうか。ですので、安心してバークレーにお越しください。来年ビレッジのBBQでお会いするのを楽しみにしています。【Sさん】 めいいっぱい時間を有効活用してください!【Iさん】 留学の方は勉強、ヴィジティングスカラーの方は仕事と忙しいと思いますが、週末は思いっきり遊んだ方が良いです。帰国して感じるのは、もっと遊んでおけば良かったなと。。。また、バークレーで築ける人間関係は日本ではなかなか作れないので、是非いろいろな人と時間を共有してすばらしい人間関係を構築してください。僕はバークレーで1番良かったのはいろいろな人間関係が築けたことです。本当にこれは一生の宝だと思ってます。 最後に、酒が安いので飲み過ぎないようにしてください。私は飲み過ぎて一時体調を崩しました。。。【Nさん】 美味しい物、行きたい場所が数多くある場所なので、序盤からハイペースで是非楽しんで下さい!【Satoru】 バークレーでいちばん好きなのは、多様性がいい感じに保たれているところです。 人種はもとより、障害者も(東京より)ずいぶんよく見かけます。戦争などの外部要因がない限り、障害者の比率について都市間で統計的な有意差は生じないはずなので、これはやはりバークレーの先進的な福祉政策が結果を出しているということだと思います。 カリフォルニア州バークレー。訪れる価値のある街です。

バークレーでタップダンス教室に通っていること

 今年の1月から、タップダンスを習っている。 初期投資は、通販で買ったタップシューズに30ドル、近所の公民館の生涯学習講座「タップダンス入門」に144ドル。新たな趣味に投じる額としては、わりに安い方だろう。 タップダンスをはじめた理由は、主に2つある。 1つ目は、「可処分時間」に恵まれたこの時期に、新しい芸事を何かひとつ身につけておきたかったからだ。およそ10年前、私はアマチュアの落語家だったことがあり、仕事でも留学でも、この経験がしばしば役立った。 とはいえ、もはや追憶の領域に入りつつある落語のネタを今後も使い回していくのは、なんだか過去の遺産で食いつないでいる没落貴族のようで、あまり気持ちのいいものではない。そう思っていた矢先に、このタップダンス教室を見つけたのだった。 2つ目は、これはシンプルに、タップダンスが好きだったからだ。私はミュージカル映画を愛する者で、そうなるとフレッド・アステアやジーン・ケリーに憧れないわけにはいかない。 MGM黄金時代の傑作群は別格として、個人的にいちばん好きな作品はジャック・ドゥミ監督の「ロシュフォールの恋人たち」だ。単純に見えてよく練られた脚本(ドゥミ監督の処女作「ローラ」の後日譚が織り込まれている)、キャッチーで品のあるミシェル・ルグランの音楽、パステルカラーが青空に映えるベルナール・エヴァンの美術、そして何より、カトリーヌ・ドヌーヴ&フランソワーズ・ドルレアックの実姉妹コンビを筆頭に、ダニエル・ダリュー、ジーン・ケリー、ジョージ・チャキリス、ジャック・ペランという、米仏を代表するスターたちの奇跡のような輝き・・・! いや、話が脱線した。ともあれ、私にとってタップダンスは、「いつかやってみたいこと」リストの上位にランクしていたのである。 当初は、学部生向けの授業を履修するつもりだった。そう、UCバークレーには、タップダンスの授業だってあるのだ(※)。週2時間、0.5単位。ところが調べてみると、春学期のクラスはAPA(修士論文)のゼミの時間と重なっている。さすがに私も、修士論文を捨てて踊るわけにはいかない。うーん、残念。もう少し早く知っていれば・・・と嘆いたところで仕方がない。(※ タップダンスのほか、ジャズダンス、モダンダンス、バレエ、柔道、合気道、テコンドー、ヨガ、エアロビクス、サーキット・トレーニング、水泳、スキューバ・ダイビングなんてのもある) そういうわけで、いわば次善の策として選んだ生涯学習講座だったが、初回のクラスで私はひっくり返りそうになった。講師を含め、私を除く全員が40〜70代の白人女性だったのだ。これまで数々のアウェイ戦を経験してきたつもりであったが、人種/性別/世代のすべての面でマイノリティというのは初めてのことである。 先生の英語が全然聞き取れなかったり、生徒たちの雑談についていけなかったり(更年期障害とか)、はじめのうちは挫けそうになったが(何しろSatoruという名前すらなかなか覚えてくれないのだ)、しかし私は休まずがんばった。そうすると、「休まずがんばるアジア人」として徐々にインプットされ、みんなとも打ち解けるようになった。更年期障害のことはよくわからないけど、天気がいい日には気分がいいとか、おいしいご飯を食べると幸せになるという点では、何も変わるところはないのである。  習いはじめて3カ月。 最近気がついたのは、いつの間にか私がクラスでいちばん上手くなっていたことだ。家族寮のランドリールームで、待ち時間に一人でステップを踏んでいたのが功を奏したようである。 まだ人前で見せられるレベルには達していないが、帰国後もどこかのスクールに通って、細々と鍛錬を続けていきたい。

バークレーで音楽をたくさん聴いたこと

 バークレーに来てから、音楽に親しむ時間が長くなった。ジョギングしながら、ジムで運動しながら、自転車を漕ぎながら(ホントはいけないんだけど)、本を読みながら、政策分析のメモを書きながら。もちろん、虚心坦懐に音楽と向き合うこともある。 平均すると、たぶん1日5時間くらいは聴いている。西海岸の気持ちのいい天気は、音楽との相性も良好みたいだ。 情操教育というわけではないが、0歳の赤ン坊と一緒に聴くことも多い。ところが彼は、モーツァルト、シューベルト、マイルス・デイヴィス、スタン・ゲッツ、ビートルズ、エリック・クラプトン、シガー・ロス、DJ OKAWARI、ポート・オブ・ノーツなどにはあまり関心を示さない代わりに、ZAZEN BOYS、group_inou、ゆらゆら帝国、在日ファンク、ザ・タイマーズ、エミール・クストリッツァ&ノー・スモーキング・オーケストラ、ハナ肇とクレージーキャッツ、岡晴夫といったあたりには、目に見えて喜色を浮かべるのであった。 我が子ながら、いささか将来が心配である。バークレーには、ジャズの聴けるカフェがたくさんある。ほとんどの店では予約は要らないし、テーブルチャージも取られない。子連れの家族や、独り身の婆チャンなど、客層もいろいろだ。すごく気楽で、すごくいい。路上のアーティストも多い。ギター、ヴァイオリン、フルートから、ジャンベ、ディジリドゥ、テルミンまで、楽器もまた多様性に富んでいる。赤ン坊の生まれる前は、コンサートに足繁く通った。トータルで30回以上は行っただろうか。何しろ安いのだ。大向こうの席なら15ドルくらいで買えてしまう。まさしく学生の特権である。 これだけ安いと、チケットを購入するのも抵抗がない。演目すら確認せずに入場し、「へえ、今日はテノールのソロなんだ」などと気がつくこともしばしばだ。まあいい加減なものだが、こういうのは前知識ゼロの方がかえってたのしかったりもする。 たとえば、ハイドンの「冗談」(弦楽四重奏曲第38番)は、タイトルのとおり冗談のようなメロディの曲で、場内爆笑となっていたのが新鮮だったし、ヨルグ・ヴィトマンの「狩」(弦楽四重奏曲第3番)は、奏者たちが弓を空中でぶんぶん振ったり、「アーイッッ!」とか「ホイッッッ!!」とか絶叫する狂気じみた曲で、がんがん攻めている感じがすごくよかった。クラシックと一口に言っても、実にいろいろな曲があるんですね。UCバークレーにあるHertz Hall(写真右の建物)。カルテットやソロのコンサートは大体ここで開かれる。小ぶりでインティメートな建物で、後述するZellerbach Hallよりも私はこちらの方が好きである。 バークレーで聴いた中で最も印象に残っているのは、エサ=ペッカ・サロネン指揮のフィルハーモニア管弦楽団による演奏だ。サロネン自身が作曲した「ヘリックス」、ベートーヴェン「交響曲第7番」、休憩を挟んでベルリオーズ「幻想交響曲」、アンコールにワーグナー「ローエングリン 第3幕への前奏曲」という、ステーキ・とんかつ・牛カルビ特盛定食みたいな演目だったが(デザートはさしずめ天ぷらアイス)、これがひっくり返るほど素晴らしかった。 打ちのめされたのは、ベートーヴェン交響曲第7番。この曲について、私はカルロス・クライバー指揮(ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団)の鍛え抜かれた日本刀のような演奏をこよなく愛する者であるが、この日のサロネンは、それに勝るとも劣らない凄みを有していた。 この運命的なコンサートに私が足を運んだのは、2012年11月9日のこと。当時は苛烈な宿題に追われ、鬱々とした日々を過ごしていたが、「なあに、この演奏に出会えただけでバークレーに来た価値があったじゃないか」と、一転してポジティブな気持ちになった。 「倒れてもいい。せめて前向きに倒れよう」 事実、この日を境に生活は上り調子になっていったし、そのときの興奮の「残り熱」は、いまでも私の身体の芯を温めてくれている。UCバークレーにあるZellerbach Hall。写真のとおり大きな建物で、交響曲やオペラなどはここで上演される。ちなみに、最上階Balconyのせり出した部分にある席(AA列)は、最安値でありながら半個室みたいになっていておすすめです。 アンドリス・ネルソンス指揮のウィーン・フィルハーモニー管弦楽団も絶品だった。こちらは2014年3月8日、最近の公演だ。 別の指揮者による前日の演奏が(大きな声では言えないけど)正直ちょっと残念な出来だったので、あまり期待せずに行ったのだが、最初の一振りで電撃に打たれた。特にブラームス「ハイドンの主題による変奏曲」では、危うく魂を持っていかれそうになったほどだ。 一体に私は、偉大な映画や音楽に接したとき、病膏肓に入って注意力が著しく低下する傾向にある。そういうときの私は、奥さんの話を聞いていなかったり、鞄を置き忘れたり、財布を置き忘れたり、階段を踏み外したり、壁に激突したり、赤信号に気づかず車道に入ったり、エレベーターの「閉」ボタンと間違えて「非常」ボタンを押したり、ズボンのチャックを上げ忘れたり、大小便を漏らしたりと、ほとんど生活無能力者になるのだが、この演奏は、私をそうさせるレベルの演奏であった。 アンドリス・ネルソンス。ラトビア出身。1978年生まれ、35歳。 不勉強にして名前を知らなかったが、この人をちょっと追いかけてみようと思う。 出所: Andris Nelsons 公式ウェブサイト 音楽がなくても、人は死なない。 しかしときに、音楽があるから人は生きていけるのだ。

【JGRB】 第2回「バークレー漂流教室」のお知らせ

「あの日」から3年。私たちは、これまで、何をしてきただろうか。私たちは、これから、何ができるのだろうか。---バークレー漂流教室:  第2回 人々の暮らしと災害今回は、被災地の人々の声を聞き続けてこられた京都大学の落合先生からお話を伺います。講演後は、落合先生を交え、参加者の皆さんでインフォーマルな意見交換をする予定です。講師: 落合 知帆 (おちあい ちほ)京都大学大学院地球環境学堂助教、UCバークレー IURD (International Urban and Rural Development) 客員研究員大学で社会学・国際開発学を専攻後、開発コンサルタントで防災・社会配慮を担当。その後、京都大学大学院地球環境学堂にて、「日本の伝統的な地域防災」、「インド洋津波後の住民参加型住宅再建」の研究を行う。バークレーでは、「1991年に発生したイーストベイ火災後の住宅再建における住民組織の役割と変遷」を調査・研究している。<落合先生のコメント>東日本大震災で大きな被害を受けた気仙沼市沿岸部に位置する漁師町における人々の暮らしと住宅形態をご紹介します。また、その他の被災地における日常生活と災害との関わりについてお話したいと思います。異なる分野の専門家がどのように災害(研究)に関わっているのか/いけるのかについて、皆様と議論できれば幸いです。日時: 4月19日(土) 13時〜15時頃場所: Goldman School Public Policy, Room 105 (地図はこちら)参加費: 無料(飲み物とお菓子を用意します)登録方法: JGRBからメールが届いている方は、そちらにご返信ください。そうでない方は、私までご連絡ください。---できることのひとつは、忘れないでいることです。 

UCバークレーで引き続き中国語を勉強していること

If you talk to a man in a language he understands, that goes to his head.If you talk to him in his own language, that goes to his heart.(ネルソン・マンデラ) 前学期に続いて、中国語の授業を履修している。週5.5時間。相変わらずの千本ノックだが、たのしい毎日だ。特に修士論文で根を詰めることの多い今学期では、この授業がうまい具合に脳の筋肉をほぐす役割を担っている。 水風呂と熱湯風呂というか、柿の種とピーナッツというか、サイモンとガーファンクルというか、まあ何にせよバランスというのは大事である。 前回の記事から5ヶ月が経ち、ネタもいろいろとたまってきた。 ブログが終わる前に、ここでひとつ放出することにしたい。伯克利:Berkeley / 和:and / 我:me<簡体字と繁体字> ご存知の方も多いだろうが、中国語には、簡体字(Simplified Chinese)と繁体字(Traditional Chinese)の2種類の表記がある。私の授業ではSimplifiedの文字を使うので、さぞ覚えやすいだろうと思っていたら、これが意外にも逆だった。日本語に近いのは、Traditionalの方なのだ。 とはいえ、街中でTraditionalを見かけないわけではない。香港系や台湾系の店では、むしろTraditionalしか使われていないことが多い。結局は、両方覚えないといけないのだ。 これは何とも非合理な話で、あるとき私は中国人の友達に「SimplifiedとTraditionalの2種類があるなんておかしい。中国共産党はいまからでもひとつに統一すべきだ」と文句を言った。すると彼曰く、「何を言ってるんだ。日本語なんか漢字とひらがなとカタカナの3種類もあるじゃないか。そっちの方がよっぽどおかしい。自民党はいまからでもひとつに統一すべきだ」。 この論争、どうやら中国側に分がありそうだ。 ではSimplifiedの全部がとっつきにくいかというと、またそうとも限らない。「ごんべん」や「もんがまえ」などは、Simplifiedの方が画数も少なく、視覚的にも馴染みやすい。 そんなわけで私は最近、手書きで日本語の文章を書くとき(たとえばこのブログの原稿がそうだ)、Simplifiedを使うようになってきた。そっちの方が格段に早いのだ。 うーん、だんだん中国人化してきたみたいだ。私は「てん」を「右上 → 左下」の向きに書く癖があり、書き取りの宿題でしばしば減点される。私の名字には「てん」が2つあるのだが、先日のテストでこれを赤ペンで直された。名前欄でバツを食らったのは、小学生ぶりだ。真夜中に台所でひとり書き綴る、死、死、死、死、死、死、死、死・・・。言霊的には、たぶんかなりよくない。<若いと書いてアホと読む> 前回の記事でも触れたことだが、クラスメートが、とても若い。干支の文化について学んだ先週の授業では、先生が「皆さんほとんど狗年(戌年)ですね!」とコメントされた。しかし考えてみれば、みんなは1994年生まれの戌年で、1982年生まれの私とはひとまわり違うのだ。 といっても、級友たちは年長者の私を特に敬うでもなく、距離を置くでもなく、あくまでフラットに肩を叩いて接してくる。そこがアメリカの(バークレーの)いいところだ。 年齢を別にしても、彼らは日本の大学生よりもずっと幼い。たとえば、先生がAさんに質問しているのに、その答えをBさんもCさんもDさんもEさんも次々に重ねて発言し、ついには誰が何を言っているのかすらわからなくなる、なんてことはしばしばだ。あるいは、生徒の質疑応答の直後に、別の生徒がまったく同じ質問をすることもある(人の話を聞いてないのだ)。 これにはさすがに温厚なTsai先生(蔡老師)も怒気を発し、「同じ質問されたら、また同じ説明しなくちゃいけないでショ!時間もったいない!先生が話しているときは、みんな静かにしてね!」とのお叱りを受けることになった。でもこれって高校生レベル、いや中学生レベルのお説教だよな。 UCバークレーというのは世間的には一応トップ校ということになっているのだが(先日発表されたAcademic Ranking of World Universities 2013では第3位にランクされていた)、彼らを見ていても全然そうは思えない。まあ、そういう「エリートくさくないところ」こそがUCバークレーの美点である、と個人的には言いたいのだけれど。出所: ARWU 2013, THE World University Rankings 2013-2014 ともあれ、こういうにぎやかな環境で席を並べて勉強するという体験は、あるいはこれで人生最後かもしれない。そう思うと、急にみんなが愛おしくなってくるから不思議なものだ。<むずかしい「了」、おもしろい「的」> 外国語を学ぶ上での大きな壁のひとつが、ある種の文法的ニュアンスだ。英語でいえば、「a」と「the」の使い分け。文脈に応じてどちらを使うべきか、ネイティブスピーカーには直感的にわかるのだが、学習者がその感覚を掴むのは難しい。 私にとって、中国語のそれは「了」である。詳しい説明は省くが、作文の宿題でも、この「了」の有無でよく間違える。もっと勉強すれば理解が進むのかもしれないけれど、太?了(難しいなあ)!(追記: ネットで調べると、「了」に苦しんでいるのは私だけではないみたいで、少し安心した。なかでも興味深かったのは、鴻富榮『中国語の"了"の用法探求』。題名のとおり、「了」の用法だけをひたすら追求した16ページの論文だ)  「了」のほかに印象深いのは、「的」である。「○○的××」で、「○○の××」という意味になる。「了」よりはずっとわかりやすい。 「的」のおもしろいところは、「○○的」の「○○」が名詞でも動詞でも形容詞でもオッケーであることだ。たとえば、「我??做的豆腐」は、「私のお母さんがつくった豆腐」という意味だし、「我妹妹?的那个很?的男人」は、「私の妹が想いを寄せるあのイケメン男性」だ。いわば関係代名詞と助詞が一緒くたになったようなもので、これはなかなか便利である。 この「的」を学んだときに私が気づいたのは、「中国人によって書かれた日本語の商品や看板には、なぜ「の」がやたら多いのか?」という疑問に対する答えだ。あれはつまり、「的=の」というシンプルな置き換えをやっているためではないか。 カリフォルニア州の運転免許センター(DMV)の筆記試験に「防御的運転」という珍妙な日本語訳が出てくる、というのは一部では有名な話だけど、あれは中国語のセンスでいけば、全然おかしくない話だったのだ。 体に負担はない。 <移民と外国語> UCバークレーの外国語教育は、大変に充実している。学部生向けに開設された授業を挙げるだけでも、フランス語、アカディア語、ドイツ語、イディッシュ語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語、アイルランド語、オランダ語、ギリシャ語、ラテン語、ロシア語、ポーランド語、チェコ語、ボスニア・セルビア・クロアチア語、ハンガリー語、ルーマニア語、アラビア語、ペルシャ語、ヘブライ語、トルコ語、タガログ語、ベンガル語、パンジャブ語、タミル語、ヒンディー語、ウルドゥー語、テルグ語、サンスクリット語、中国語、韓国語、タイ語、ベトナム語、インドネシア語、クメール語、エジプト語、ヒッタイト語、スワヒリ語、ウォロフ語、チェワ語、といった按配だ。 もちろん日本語の授業もある。語学棟の廊下を歩いていると、ペアになった白人と黒人が「ありがトございました」「どういたシまして」などとやり取りしている姿をたまに見かける。たぶんダイアローグ暗唱の特訓をしているのだろう。心温まる風景だ。 しかし正味な話、バークレーの語学教育の質はかなり高い。先日出会った日本語学習2年目の学生(たぶん中国人)は、驚くほど流暢に日本語を操っていた。下手すると私の英語よりうまいんじゃないか。 彼に授業のプリントを見せてもらったところ、次のテストの範囲は、星新一の名作『おーい、でてこーい』。暗記を要する単語は、「原子力発電」「あとしまつ」「村はずれ」「利権屋」「つきっきり」などであった。なかなかハイレベルな語彙である。(2014年3月18日追記: 先週知り合った中国人のゼンさんは、「日本のアニメがロボット産業に与えた影響について」という作文の宿題をやっていた。すごい。ゼンさんは「ジョジョの奇妙な冒険」の熱心なファンで、しばしジョジョネタで盛り上がった。彼の好きなキャラは承太郎。ちなみに私はプッチ神父だ) 英語を何年も勉強してきた日本人が一向に話せるようにならないのに、この違いは一体何なのか。UCバークレーでの教え方が優れている、というのはなるほどひとつの要素だが、天と地ほどの差があるわけでもないだろう。日本の英語教育だって捨てたものではない。 それでは、なぜか。 私の意見は、「人種の多様性の違い」だ。すなわち、ある言語を学んでいるとき、それを母言語とする兄チャンや姉チャンが(爺チャンでも婆チャンでもいいけど)身近にいるか否か、という違いである。 言語というのはコミュニケーションをするためのツールなので、その相手が近くにいなければ必要には迫られないし、必要に迫られない物事についてモチベーションを維持するのは一般に難しい。言ってみれば、海も川もプールも見たことのない人に泳ぎの練習をさせるようなものである。 であれば、我が国はこれからどうするべきか。この議論を突き詰めていったときに、おそらく行き当たるのが、「日本はもっと移民を受け入れるべきか」という大きな政策イシューだ。 そしてそれは、私がこの2年間、折に触れて考えてきたことでもある。 日本はもっと移民を受け入れるべきだろうか?・ 民族的同質性の高い日本では、異なる人種を受け入れるのは心理的抵抗が強すぎるのではないか?・ でも、「幕末 ⇒ 明治」や「敗戦 ⇒ 復興」に見られるように、日本人は良くも悪くも環境変化への順応性がきわめて高い民族だから、移民についても(はじめは抵抗あれど)意外にするっと受け入れられるのではないか?・ 日本文化のオリジナリティは、(英語の不得意さが幸いして)日本語という名の防波堤によって守られているという説もあるが、そうした価値が移民の増加によって失われてしまうのではないか?・ いや、日本文化は歴史的に異文化を取り入れながら独自な進化を遂げてきたのだから、外国人比率が高まったくらいで壊れるほどやわなものではない、という考え方もあるのではないか?・ 英語話者のベビーシッターや家政婦が増えれば、子どもの英語教育の選択肢が広がるし、女性の社会進出度も向上するし、一石二鳥ではないか?・ しかしそれは、ベビーシッターや家政婦を雇える財政的余裕のある家庭に限られた話であって、さらにこれまで(ベビーシッターや家政婦として)働いていた日本人労働者の雇用を奪う結果にもなるから、富裕層と貧困層の格差が拡大してしまうのではないか? 答えは未だ出ない。 出ないからこそ、考え続けているのだけれど。

公共政策学の定義について改めて考えたこと

 「公共政策学って、どんなことを勉強してるんですか?」と聞かれることがたまにある。初対面の人との会話に出てくる、ちょっとしたトピックのひとつだ。「そもそも公共政策の歴史とは・・・」みたいな大上段の講義を期待されているわけではなく(まあ期待されてもできないけど)、短い言葉でそれなりに的を得た回答ができればそれでいい。 ところが、これがなかなかに難しい。「MBAみたいなもので」とか、「経済学みたいなもので」とか、その場その場でお茶を濁してきたが、どうもわかったようでわからない。「みたいなもの」ってどういうことだ。アイデンティティの喪失か。 公共政策学とは何なのか。 卒業まで3カ月を切ったこのタイミングで、改めて考えを整理してみた。 まず、最も安易な答えとして思いつくのが、・ MBAの公的機関バージョンというものだ。いささか乱暴な表現ではあるが、MBAについて相手に知識があれば、これで済んでしまう部分はわりにある。「不完全な情報を元に、限られた時間内で決断する訓練をする場所」(出所:愛の日記)という意味で、たしかに両者は共通しているのだ。 あるいは、より皮肉な回答として、・ MBAのお金が儲からないバージョンという言い方もある。誤解を避けるために申し添えておくと、これは私の発言ではなく、GSPP内でときどき出てくる自虐的な冗談だ。でも、バークレー市役所の平均年収は84,315ドル(出所:Government Compensation in California, 2011年)というから、そこまで稼ぎが悪いわけでもなさそうだけど。それにひきかえ・・・・・・いや、この話題はここでやめておこう。 なあに、人生の豊かさは、お金より大切なものがいくつあるかで決まるものですよ。 (暗転) (明転) 経済学と公共政策学の関係を、理学と工学の関係とのアナロジーで捉えるという手もある。すなわち、自然現象/経済現象を支配する法則群を見つけ、それらを体系化・モデル化するプロセスを理学/経済学とすれば、そこで得られた知見を応用し、実社会に活かすプロセスが工学/公共政策学である、という見方だ。 具体例を挙げると、・ 電気や磁気のふるまいを研究するのが理学(電磁気学)で、その理論を使って電力インフラの整備技術について研究するのが工学(電気工学)であるのに対し、・ 市場のふるまいを研究するのが経済学で、その理論を使って政府などが取るべきアクションについて研究するのが公共政策学ということになる。そして興味深いことに、どちらの足元も数学という名の強固な学問的基盤に支えられている。(註: ここではあえて話を単純化しているが、実際には大学院によって多少趣きが異なることに留意されたい。たとえば、シラキュース大学マックスウェル行政大学院は、より政治学にフォーカスしたカリキュラムであると聞く) また、公共政策学のそもそもの目的を追っていけば、・ 世の中を良くするための方法について学ぶことという答えに辿り着くだろう。「How to make the world better」というわけだ。英語で言うと、何となくカッコいいですね。ハウトゥーメイクザワールドベター。 しかしまあ、この表現はいささか漠然としている。世の中を良くするのは、別に公共政策学の専売特許ではないからだ。そこでもう少し輪郭のある言葉を使うと、 ・ 社会の問題を解決するための手段について学ぶことということになる。「社会の問題を解決するための手段」、それはすなわち政策のことである。GSPPの特徴を踏まえつつ、さらに掘り下げた表現を探すなら、以下の記述がその候補となるかもしれない。・ 社会に存在する問題をできるだけ定量的に分析し、  数ある政策オプションの中からどれを選ぶべきか、  わかりやすいロジックを組み立てて、  それを人に伝える技術を学ぶこと。 「公共政策学って、どんなことを勉強してるんですか?」 よし、今度訊かれたらこう答えよう。 

日本について話す機会がときどきあること

<アメリカ人と私>(図書館司書が私の借りた北野武の本を見て) 「たけしの映画、何が好きですか?」「うーん、『キッズ・リターン』かな」「Kids Return? それ知りません。日本語のタイトルは?」「キッズ・リターン」<タイ人と私>「Satoru, do you know Tokyo banana?」(バナナ?東京でバナナなんか採れたっけ?) 「What is it?」(Google画像検索の結果を見せて) 「This is.」「あ〜、『東京ばな奈』。というか、よく知ってるね」「This is super delicious. ほかにスイーツでお薦めある?」「うーん、Do you know どら焼き?」「どら焼き? I know I know, Doraemon's favorite food!」「そうそう」(ドラえもんのGoogle画像検索の結果を見せて) 「This is.」「知ってる知ってる」<アメリカ人と私(2)>「それじゃあ、あなたは何が好き?」「I like "Kikujiro". 『菊次郎の夏』」「いいね〜」「でも最近のは好きじゃないよ。『アウトレイジ』とか」「それはまだ観てないけど、やくざがいっぱい出てくるやつだよね」「Yes, やくざ映画。やくざは好きだけど、暴力は好きじゃないよ」「なるほど」<韓国人と私>「韓国の恋愛ドラマが日本で人気だけど、あれって韓国内でも人気なの?」「Yes, あんなロマンチックな男は実際にはいないけどね・・・」「ははは」「ああいうのを期待されてもね・・・困るんだよね・・・」「ははは・・・」<フィリピン人と私>「Satoru, what's the difference between はい and うん?」「はい is a little bit formal.」「はい」「うん is relatively casual.」「うん」「but meaning depends on context. For example, ハイ」「ハイ」「は〜い」「は〜い」「はいッ!」「はいッ!」「はひ」「はひ」「ウン」「ウン」「うん」「うん」「うんこ」「うんこ」「ごめん。いまのは忘れて」「はい」<イラク人と私>「日本には学会で何度も行ったけど、温泉は最高だね。温泉に浸かって熱燗で一杯やれば、life is easy, isn't it?」「いいね〜」「温泉、イラクに輸出してほしいな」「じゃあ石油と交換で」「オーケー、オーケー。Satoru, 石油と温泉の違いを知ってるかい?」「なんだろう」「戦争を生むのが石油。平和を生むのが温泉だよ」 

現実逃避の効用を称揚したいこと

 留学中に実感したことのひとつは、Resilienceの重要性だ。 異国の地で勉強するというのは、なかなかどうしてストレスフルな行為である。文化の相違がもたらす混乱と不安。外国語で意思疎通することのもどかしさ。程度の差こそあれ、傷ついたり、落ち込んだりしない方がおかしいというものだ。 ストレスを避け続けることはできない。大事なのは、そこから自発的に立ち直る力、すなわちResilienceである。 Resilienceを身につけるにはどうすればよいか。アメリカ心理学会(American Psychological Association)によると、以下の方法が有用であるという。1.  家族や友人と良好な関係をつくる。2.  危機を克服可能なものとして捉える。3.  変化を人生の一部として受け入れる。4.  自分の目標に向かって進む。5.  きっぱりと行動する。6.  自己発見の機会を探す。7.  自分を肯定的に受けとめる。8.  長期的な展望を持つ。9.  楽観的な姿勢を保つ。10. 自分の内面に注意を払う。 我が身を振り返ってみると、留学中のアベレージとして、7割程度はクリアできていたと思う。全体の相場観はよくわからないが、まあ、万事快調と言ってよいだろう(ヒント:自分を肯定的に受けとめる)。 けれども私は、心のダークサイドと無縁に生きてきた人間ではない。「きっぱりと行動する?それができないから苦労しているんだよ・・・」という怨嗟の声があれば、共感してしまう部分は少なからずある。 そこで私は、Resilienceを獲得するためのもうひとつの方法として、11.  適度な現実逃避を行う。を挙げたい。先述の「10の方法」を優等生サイドの提案とするなら、こちらはいわば劣等生サイドの提案だ。 現実逃避と一口に言っても、いろいろなものがある。 家族を捨てて失踪する。 サイコロの出目に全財産を託す。 食べると新しい世界が見えるキノコを食べる。 自分で神様を創作し、その指示に従う。 特殊な電波を受信し、その指示に従う。 このような行為は、あなたの人生に深いコクを与えてくれることだろう。他方で、社会復帰がやや難しくなるという欠点もあるのもたしかだ。 留学中の現実逃避は、やはり適度なものがよい。いじめられっ子の小学生が、来週の少年ジャンプを読むまではとりあえず生きていようという、そういうレベルの現実逃避だ。 人生に「立ち向かっていく」のではなく、「凌いでいく」という発想。 今回は、私がこれまで見聞した現実逃避のうち、特筆すべきものを紹介したい。<現実逃避その1: どじょうを愛でる> 苦難に満ちた留学準備を乗り切ることができたのは、私の場合、どじょうたちに負うところが大きい。彼らは、いまを遡ること6年前、私が「墨田区ちびっ子どじょうすくいまつり」(仮称。というか正式名称を失念)に参加したとき以来の愉快な同居者であった。 どじょうの魅力は、第一に、そのとぼけた顔にある。なぁーんも考えてないような、いや実はハイゼンベルグの不確定性原理について深い洞察を巡らせているかもしれないが、少なくとも外見からはそうした知的気配をまるで感じさせない呆けた顔立ち。そこには何かしら見る者の緊張を緩和させるものがある。 第二の魅力は、予測のつかない動きだ。彼らは、底砂に埋もれて頭だけちょこんと出していることもあれば、仲間と横一列に並んだまま、ずうぅぅぅぅっと沈黙していることもある。水草に沿って垂直の姿勢で数十分も固まっていたかと思うと、次の瞬間には発狂したように猛泳する。夜間に水槽から飛び出して、朝起きたら畳の隅っこで動かなくなっていた、なんてこともある(ダメモトで水の中に入れたら復活した。どじょうの生命力をなめてはいけない)。 彼らはなぜ、そのような行動を取るのか。動機は何か。目的は何か。これがまったくわからない。奥さんの言葉を借りるなら、感情のやり取りを行う余地がないのだ。 だが、それがいい。そんなどじょうの姿をぼおぉぉぉぉぉぉっと眺めていると、これがなかなか「効いてくる」んです。 余談その1。留学が決まったとき、4匹のどじょうたちをバークレーに連れていくわけにもいかず、どうしたものかと思案していた折に、彼らは何かを悟ったように昇天してしまった。あのときは悲しかった。ジョン、ポール、ジョージ、リンゴ、天国で元気でね。 余談その2。どじょうは英語でLoachと言うのだが、「僕のペットはLoachなんだ」とアメリカ人に笑顔で伝えると、先方は頭のおかしげな人を見る目つきで私を見るのであった。 「L」と「R」の発音は難しい。在りし日の姿<現実逃避その2: 絵を描く> どこで読んだか忘れたが、「芸術家の中で、最も長生きするのは画家である」らしい。ピカソもマティスもボナールも梅原も、そういえばみんな長命だ。私の好きなグランマ・モーゼスは、80歳でデビューし、101歳で天寿を全うした人である。 心理学には詳しくないが、絵を描くという行為には、おそらく自己治療的な要素が含まれているのだろう。私にも思い当るフシがある。仕事や勉強に疲れたとき、何ともなしに絵を描いていると、時間が経つのを忘れてしまう。そしていつの間にか、風呂あがりのように爽快な気分になっている。 バークレーに来てからは、京都に住む4歳の甥と文通をしている。私の絵が彼の感性にどう突き刺さるのか、それはまったく想像の埒外だが、ささやかな魂の交流をたのしんでいる。甥 ⇒ 私 (1)私 ⇒ 甥 (1)甥 ⇒ 私 (2)私 ⇒ 甥 (2)甥 ⇒ 私 (3)私 ⇒ 甥 (3)<現実逃避その3: 散歩する> バークレーは散歩に適した土地である。と書くと、「散歩に適していない土地なんてあるのかよ」と反論する向きがあるかもしれない。しかしたとえば、サハラ砂漠や南極大陸で散歩をするのは難しい。ヨハネスブルグやサンペドロスーラで散歩をするのも、かなり命がけの行動だ。 好きなときに散歩できること。それはやはり幸運なことなのだ。 散歩にも流儀がある。私の好みは、まったくの無目的な散歩だ。何も持たず、何も考えず、次の角をどちらに曲がるかすら決めず、風の流れに気持ちを委ねるのがいい。 散歩は、小さな発見に満ちている。「道端に落ちてる犬のウンコが、日本のそれより黒くて固めのものが多い気がする。肉食のせいかな」「路上駐車している車に『2,400ドル』とか値札を貼ってそのまま売ってるのって、ラディカルでいいよな」「『スーパーマリオブラザーズ』とか、『ロックマン』とか、ファミコン系のTシャツを着た人をときどき見かけるけど、一周回ってここではお洒落なんだろうか。そしたら、『カラテカ』Tシャツとか、『ポートピア連続殺人事件』Tシャツとか、『頭脳戦艦ガル』Tシャツとか、『いっき』Tシャツとか、『たけしの挑戦状』Tシャツとかも、そのうち出てくるのかな」「街中で奇声をあげたり奇矯なふるまいをする輩がいるけれど、周りに人がいなくなると途端に静かになる。つまりあれは狂人のふりをしているだけなんだな」「迷子になった犬猫の『探しています』貼り紙をよく見るけど、たまに『見つかりました。ありがとう』貼り紙もあるのは、なんか律儀でいいな」「チラシ配りの人はいるのに、ティッシュ配りの人って見かけないよな。これ、日本から輸出したらウケるかもな」「『世界人類が平和になりますように』とか、『イエスは復活する』とか、ああいう類の宗教広告もこちらではあまり見かけないな。あれは日本独自の文化なのかな」 こうして書き出してみると、私は花鳥風月よりも人間(あるいは人間の手によるもの)を観察しがちであるようだ。しかしそうした傾向も、いずれは変わることだろう。 自身が変われば、見方も変わる。散歩の妙味がそこにある。 余談その3。人間観察といえば、私の古い友人のNくんは、JR山手線に何周も、ときに一日中座り続け、乗客の様子を観察するのを趣味としていた。彼は帯広畜産大学と東京学芸大学と防衛大学校を受験し、すべてに合格したが、すべてを放り投げ、二浪の後に某私立大学に入学した。世の中にはいろいろな人がいるものである。赤が「観光客」、青が「地元民」、黄色が「不明」というカテゴリで色分けされたベイエリアの地図。なるほどUCバークレー周辺ではスーツケースを引きずっている人をよく見る一方、オークランドでそういう人はまず見ない。ゴールデンゲートブリッジやアルカトラズ島が観光客だらけというのも納得である。そして私が以前紹介したエンジェル島は、地元民にも観光客にもまったく人気がないようだ・・・。(出所:Eric Fischer 「Locals and Tourists」, 註釈は筆者加工)<現実逃避その4: 食べる> 工夫をすれば、めしを食べるのも、現実逃避のひとつになる。 何も特別な料理を食べようというわけではない。吉野家の牛鮭定食だって、織田信長の時代には超豪華料理だったろう。そこで、信長の気まぐれで晩餐への同席を許された足軽になったつもりで食べれば、牛鮭定食は夢の御馳走に一変する。 タイ料理店に出かけたときには、タイの国王(プミポン・アドゥンヤデート国王陛下)になったつもりで、厳かに味わう。カップラーメンだって、現代にタイムスリップした水呑み百姓の気持ちで食べれば、おいしさも倍増だ。「まんが道」風に表現すると、「ンマーイ!」となる。 「空腹」は最大の調味料であると人は言う。まったくそのとおりである。 そしてその次にくる調味料があるとしたら、それは「想像力」だと私は思う。出所: 藤子不二雄A 「まんが道」<現実逃避その5: 寝る> 私が幼かった頃、母はよく「寝るのがたのしい。朝から晩までずっと寝ていたい」とうそぶいていた。子どもごころに、「こういう大人にはなりたくないな」と思ったのを覚えている。 それがどうだろう。私はいま、往年の母と同じ信条を抱いている。どころか、日本にシエスタの文化を導入すべきと真剣に考えているし、帰国後にはテンピュール社の無重力睡眠ベッド「Zero-G 500」(294,000円)の購入を検討しているほどである。 私は寝つきが良い方だ。眠れない日もたまにはあるが、それは大抵、次の日に愉快なイベントがあるときだ。要するに私の精神は小学生レベルなのである。 入眠のコツは、何も考えないことだ。何も考えないのが難しいときは、日常から離れたものに心を傾ける。光がまったく射さない海の底に住む深海魚。宇宙に何億年も漂うヘリウム原子。目を閉じて穏やかな想像に身を任せば、重力を失うのは時間の問題だ。 泥のように熟睡するのは最高だが、眠りの浅瀬で夢に浸かるのも捨てがたい。大学時代の一時期、私は夢を見ることに熱中していた。レム睡眠が終わるタイミングに合わせて目覚ましをかけ、一晩に5つも6つも夢をむさぼる。すると不思議なことに、最後の方はほとんどいつも悪夢(例: 学業不振、留年、退学)になるのであった。これは精神的に厳しいものがあり、しばらくしてこの趣味(?)はやめにした。やめてよかったといまでは思う。 当時身につけた特技に、「小説を読みながら寝ると、その続きが夢の中で展開される」というものがある。成功率は約6割。夢の内容は小説の本筋とは違っていて、たとえば「アンナ・カレーニナ」が探偵小説になったり、「魔の山」が山岳小説になったりする。まあ無茶苦茶ですね。でも夢の中では整合性という概念は必要ない。これはこれでたのしかった。 本稿の締めとして、「夢」つながりで、私の十余年来の座右の銘を紹介したい。 うつし世はゆめ よるの夢こそまこと (江戸川 乱歩) 乱歩文学の怪しい魅力を凝縮した名句であり、私の心に光を灯してくれた言葉だ。 現世は夢、夜の夢こそ真。いま失意の底に沈んでいる人に、この言葉を贈りたい。

【JGRB】 新年会のお知らせ

JGRB(UCバークレー日本人研究者の会)の新年会のご案内です。「新年会?それにしてはちょっと遅いんじゃない?」と思ったあなた、中国暦の新年と解釈しておいてください。日時: 2月9日(日)13:00〜15:00頃場所: ダウンタウンバークレー駅近くのアパートのパーティールーム+屋上費用: 無料 (ポットラック形式。お酒や飲み物などをご持参ください)参加希望の方は、・ 氏名(ふりがな)・ メールアドレス・ 電話番号・ 所属・ 合計参加人数をご記入のうえ、当方までご連絡ください(JGRB幹事からの案内メールを受信している方は、そちらにご返信ください)。会場準備の都合上、2月2日(日)正午までにご連絡いただければ幸いです。(2014年2月10日追記:あいにくの雨にもかかわらず、約40名もの方にお越しいただきました。いやあ、楽しかったです。やっぱりバークレーには優秀な人が揃ってますね。皆さまに感謝!) 

ハワイの省エネ政策の表と裏を分析したこと

 あけましておめでとうございます。今年の抱負は、インターネットの接続時間を少なくすることです。Less Internet. More Life. 今回は、時間の都合で夏休みの間に書けなかった記事を書きたい。それは、第1回:ハワイのエネルギーと神話の関係を発見したこと第2回:ハワイの電気代の高さに驚愕したこと第3回:ハワイの自然エネルギーについて福島の子どもたちに話をしたことに続く「ハワイのエネルギー」特集、第4回。ハワイの省エネ政策に関する内容だ。<第1部 基準年のカラクリ篇> ホノルルとバークレーに住んでみて印象深かったのは、「夜が暗い」ということだ。これは全体にお店の閉店時間が早いからというのもあるし、コンビニや自動販売機の絶対数が少なく、あっても照明が弱いからというのもあるだろう。パチンコ屋に至っては、まだ一度も見たことがない。 私はこれまで「日本=省エネの優等生、アメリカ=大量消費の劣等生」という論調をあちこちで目にし、またそれを特に疑うこともなく信じてきた。でもこちらに来てから、そんなに単純な話でもないよな、と思うようになった。(これはまったくの余談だけど、省エネの観点から悪玉にされがちなパチンコ業界は、手打ち式のパチンコ台を導入したらどうかしら。古い日本映画を観ているとたまに出てくるあれです。シニア層には間違いなくウケるだろうし、物珍しさから若年層も食いついてくるんじゃないかな(少なくとも私はやってみたい)。「北斗の拳」や「エヴァンゲリオン」みたいに、名画とタイアップするのも面白いかもしれない。パチンコ「生きる」。パチンコ「お茶漬の味」。パチンコ「君も出世ができる」。パチンコ「雁の寺」。パチンコ「鴛鴦歌合戦」。パチンコ「おかあさん」。パチンコ「飢餓海峡」。パチンコ「ガス人間第1号」。パチンコ「人間蒸発」。パチンコ「新幹線大爆破」。パチンコ「ゆきゆきて、神軍」。パチンコ「気違い部落」。パチンコ「田園に死す」。やばい、タイトルを列記しているだけでわくわくしてきた)出所:ハワイ州産業経済開発観光局「Energy Resources Coordinator's Annual Report 2012」(2013年)を基に筆者作成 実際のところ、ハワイの省エネはなかなか順調に進んでいる。たとえば、州政府が2009年に掲げた「2030年に30%の電力を節約する」という目標は、上図に見るとおり、2009年に9.3%、2012年に16.4%と、かなりの好成績を収めている。 ・・・と、ここまで読んで、「えっ?目標を掲げたのは2009年なのに、その年にもう9.3%達成できているってどういうこと?30%の電力を節約って、それはどの時点からの30%?」と疑問に思ったあなた、いやらしいですね。私と同じです。さらに遡って、2005年の時点ですら5.0%達成済みというのも、よく考えると結構シュールな話ではある。これは一体どういうことだ? そう訝しんだ私は、インターン中に各方面に取材したのだが、これが思いのほか難航した。「30%は4,300GWhの電力量に等しい」という情報までは得られるのだが、そこから先、肝心の「それはどの地平から見た30%=4,300GWhなのか」という点になると、州政府のレポートにも、ハワイ電力の小冊子にも、はたまた州法にも明記されていない。 関係者に尋ねても、「数年前・・・」とか「2008年ごろ・・・」といった具合に、回答の抽象度はにわかな上昇傾向を示すのであった。「ハワイの人はそういう細かいことは気にしないんだよ」と切り返す人まで現れて、またそう言われるとまったくそのとおりで、私は自分が何か非常に野暮なことをしている気にすらなってしまった。これもハワイの人徳といえよう。 答えを見つけてくれたのは、慶應義塾大学からインターンで来ていたKさんだった。それはPUC(Public Utilities Commission。ハワイ州の公益事業を監督・規制する機関)の行政文書を根拠とするもので、this figure was derived by calculating 30% of the sum of the baseline electricity sales forecasts from the HECO Companies' third Integrated Resource Planning ("IRP") processes ("IRP-3") and KIUC's 2005 IRP, extrapolated to 2030.であるという。つまり、ハワイ電力が2005年をベースに算定した将来シナリオがまずあって、そこで外挿された2030年の推定消費量、これと比較して「30%」を削減しようという理屈なのだ。そして2005年以前のハワイの電力消費量は、相当な右肩上がりっぷりを見せている(下図参照)。そこから出発した「30%」達成の難易度については、推して知るべし、なのである。出所: ハワイ州産業経済開発観光局「Hawaii Electricity Consumption」(2013年)を基に筆者作成 こうした事情を知って、読者の中にはハワイ州政府に憤る向きもあるかもしれない。「ずるいじゃないか」「ちゃんとやれ」と。でも個人的な意見をここに表明するならば、そんなのは全然問題ないと私は思う。むしろ、「ハワイもやるねェ」と感心したくらいだ。 というのも、数値目標を掲げるいちばんの目的は、結局のところ「景気づけ」にあるからだ。だから「△△年までに目指せ××%!」の「××」の数字はできるだけ大きく、それでいて達成可能なものであるべきだし、その意味で州政府が「2030年までに30%達成!」とぶち上げるのは(そして基準年に関する積極的な話題提供を避けるのは)まことに正しい判断なのである。ハワイ万歳! しかし真面目な話、いや上の話も十分真面目なつもりだが、2011年の一人あたり年間電力消費量が20年前の水準に抑えられているという事実は、ハワイで省エネが成功していることの何よりの証左ではないか。そしてその裏方では、景気づけ要員としての「30%」が結構いい仕事をしていると思うのだ。出所: ハワイ州産業経済開発観光局「Hawaii Electricity Consumption」(2013年)を基に筆者作成註: 一人あたり年間電力消費量は、「年間電力消費量(商業用含む) ÷ 総人口」を単純計算したもの<第2部 ハワイの省エネ政策篇> 「30%」の目標達成に向けて、州政府はどのような省エネ政策を打ち出しているのか。調べてみると、・ 省エネ設備の導入等を対象とした低金利ローンの提供・ 省エネ認証制度の活用(Energy StarやLEEDなど。LEEDといえば「32時間プロジェクト」を思い出すなあ!)・ 住宅・建築物の規制見直しといった按配で、ほとんどがいわゆる「民生部門」を対象としたものである。でもまあ、考えてみればハワイの最大産業は観光業なので、ホテルなどの省エネ化に注力するのは当然といえば当然のことかもしれない。 州政府の試算によると、住宅・建築物の省エネだけで、2015年までに1,365GWh、2020年までに2,130GWhの電力量の削減が見込まれる。これは、目標値の大半をカバーする数字である。うーん、未来は明るいなあ(if you agree with this estimate)。出所: ハワイ州産業経済開発観光局「Achieving Efficiency」(2013年)を基に筆者作成  ところで、ハワイの省エネ政策を調べていて、気になったことが2つある。 1点目は、「省エネ意識を促す国民運動」的な政策がほとんどないこと。これは日本と比較したときの感想で、「みんなで省エネ!フォーラム」とか、「地球を守ろう!エコポスター・コンクール」とか、そういう市民参加型のイベントって日本ではあちこちで見かけるけれど(見かけすぎてたまに事業仕分けでやられたりするけど)、ハワイではあまり実施されていないようだ。いや、ハワイのみならず、アメリカ全体としてそう言えるような気もする。 なぜだろう?  私の頭にまず浮かんだのは、「自由」というキーワードだ。要すれば、「私が稼いだお金の使い道を決めるのは私自身であり、その自由を政府に干渉される筋合いはどこにもない」という考えが(ある意味では建国のときから)根強くあるため、誰かに指示・啓蒙されて電力消費を減らすという発想がそもそも出てこない。省エネなんてのは、やりたい奴がやればいいし、やりたくない奴はやらなければいい。人は人、わたしはわたし。そこには「多様性」というキーワードも含まれるだろう。 逆に考えると、日本ほど省エネ政策に適した国はないのかもしれない。お上の指示には(文句を言いつつも)とりあえず従う国民性。行政指導という名の「抜かずの宝刀」がいまだに鋭い効果を発揮する産官の関係。これは皮肉ではなく、多様性の対極にある国には、その国特有の成功事例があり得るということだ。 2点目は、省エネに貢献した最大のプレーヤーは「電気代の上昇」なのではないかということ。実はこれが今回の記事の眼目なのだが、まずはハワイの電力市場における需要曲線と供給曲線を描いた以下の図をご覧いただきたい。(需要曲線と供給曲線、えーと、それ何だっけ?という方には、「政策分析のためのミクロ経済学」をお薦めします。経済学の初学者にはうってつけのサイトです。) 需要曲線の傾きがマイナスなのは、買い手(=一般家庭や事業者)の需要(=電力使用量)は価格(=電気料金)が安くなるほど増えるからである。 供給曲線の傾きがゼロなのは、売り手(=ハワイの電力会社)が事実上の独占状態にあり、価格(=電気料金)が燃料費などの電力市場外の要素によって決まるからである。 その市場均衡点は、需要曲線と供給曲線の交点、上図でいえば「電気料金=P0、電力使用量=Q0」の点で示される。省エネ政策というのは、とどのつまり、このQ0を減少させるための政府の市場介入にほかならないのだ(なんだか教科書っぽい文体になってきたけど、眉に唾をつけて読んでくださいね)。 然してその手法は2つのパターンに大別される。すなわち、需要曲線を左方にシフトさせる政策(例:省エネ技術の導入、省エネ意識の啓蒙)と、供給曲線を上方にシフトさせる政策(例:炭素税、賦課金)である。 この分類に従えば、州政府の省エネ政策はすべて「需要曲線シフト」であると言ってよいだろう。消費者の負担がダイレクトに見えやすい「供給曲線シフト」は、政治的実現性(Political Feasibility)の面で難があり、政府としては取りづらい選択肢なのだろう。そのあたりの機微は私にもわかる。 しかし、ここで私は主張したいのだが、これまでのところ、ハワイで最も省エネに貢献したのは、意図せざる結果としての「供給曲線シフト」、すなわち電気代の上昇ではないだろうか。 この仮説を検証するため、ハワイ州における住宅用(Residential)電気料金と使用量について、2006〜2012年のデータを追ってみた。出所: ハワイ州産業経済開発観光局「Monthly Energy Data」(2013年)などを基に筆者作成(以下同様) この図を見てまず気がつくのは、「電気料金と電力使用量は反比例している」ということだ。グラフでみれば、2006年から2012年に至るまで、プロットが左上方に移動している。中でも目立つのは、(石油価格高騰の影響で)電気代がいきなり上がった2008年のインパクトだ。翌年以降、各家庭の使用量はこれに懲りたように削減の一途を辿っている。 ここで、期間内に需要曲線のシフトが起きていないと仮定すると(あるいは起きていても供給曲線のそれに比べれば無視できるものと仮定すると)、ということになる。この図が示唆しているのは、電気料金が15セント/kWh上がったとき(言い換えると供給曲線が15セント/kWhぶん上方にシフトしたとき)、1世帯あたり127kWh/月の使用量削減が見込まれるということだ。州政府の統計によれば、2013年3月時点で(以下同様)ハワイ州には421,631世帯いるので、住宅用のカテゴリ全体で643GWh/年の電力量が削減されるという計算になる。 ちなみに商業用のカテゴリで同様の推定をすると、540GWh/年となる。これを住宅用と合わせると1,183GWh/年となり、「30%目標」の8.3%ぶんに相当する。げに恐ろしきは電気代上昇の省エネ効果。前述の「基準年のカラクリ」を考慮すれば、ほとんどこれだけで目標達成できそうな勢いだ。出所: ハワイ州産業経済開発観光局「Hawaii Energy Facts & Figures」(2013年)を基に筆者作成 しかし、ハワイ州全体をひとつの電力市場とみるのはいささか乱暴な話で、なぜなら電力料金も世帯平均所得も島ごとに大きく異なっているからだ。そこで私は、島ごとの需要曲線の傾きの違い(より正確に言うと、電力需要の価格弾力性の違い)を細かく調べることにした。ここでは対照的な例として、オアフ島とモロカイ島における住宅用の電力市場を挙げてみたい。 まずはオアフ島。ハワイ州の中では比較的電気料金が安い島である。裕福な家が多いためだろう、電力消費も州平均より多い。 電気料金が15セント/kWh上がったとき、1世帯あたり127kWh/月の使用量削減が見込まれる。オアフ島には264,908世帯がいるので、トータルで401GWh/年の電力量が削減される計算になる。つまり、州全体の電力削減効果を計算したとき、その約6割がオアフ島によるものなのだ。 次にモロカイ島。ハワイ州の中では比較的電気料金が高く、それでいて貧しい家が多い島である(一般に過疎地は電力供給コストが高い)。それを裏付けるように、電力消費もまことに慎ましやかだ。 電気料金が15セント/kWh上がったとき、1世帯あたり93kWh/月の削減が見込まれる。オアフ島よりもずっと少ない数字だ。モロカイ島の人々にとって、電気は価格が上がっても消費を減らしにくい(価格弾力性の小さい)必需品なのである。そしてこの島にはわずか2,655世帯しか住んでいないので、島全体でも3GWh/年しか電力量が削減されない計算になる。「乾いたぞうきん」をこれ以上絞るのは、明らかに得策ではないだろう。 さあ、材料は揃った。ここまでの議論を踏まえ、私の政策提言は次のとおりだ。・ 「需要曲線シフト」の政策は、これまでどおり継続。・ ただしオアフ島に対しては、住宅用・商業用ともに「電気料金が最も高い島との差分」で計算されるプレミアム賦課金を設ける。・ 集めた賦課金は、他島を含めた電力網の整備や余剰買い取り制度などの予算に充填する。・ これにより、再生可能エネルギー比率増によるエネルギー源の多様化が進み、中長期的にみれば(全島平均の)電気料金の低下が期待される。 どうだろう。手前味噌になるが、「島間の電気料金の格差問題」と「再生可能エネルギー問題」と「省エネルギー問題」が、一石三鳥で解決できそうなアイデアではあるまいか。オアフ島の尊い犠牲が、ハワイの未来に明かりを灯すのである。 お、オアフ島住民のみなさん、パイナップルで殴りつけるのは勘弁してください。死にます。死にます。

2013年の秋学期を完走したこと

 選択科目だけで構成される2年目の秋学期は、人によってはいちばん負担の少ないセメスターだ。ここを先途と旅行しまくる輩もいれば、GSI(Graduate Student Instructorの略で、UCバークレーにおけるティーチング・アシスタントの名称)をして学費を稼ぐ輩もいる。実にいろいろなものである。 しかし私には、今学期は最も苦しい学期であった。たとえて言うなら、走り込みが不足したまま出場してしまったフルマラソン・レースのようなものである。10kmあたりで危機感が芽生え、20kmあたりで足運びが重くなり、30kmあたりからはもう地獄であった。 その理由は何か。2点だけ挙げるなら、1. 授業を必要以上に取りすぎたから。2. 赤ン坊の夜泣きがひどかったから。ということになる。 前者について、学期の当初は後述する5授業のほか、興味のおもむくままに「行動経済学」「技術とイノベーションの経済学」「第二次世界大戦以降の世界史」の合計8授業を取っていたのだが、さすがに無理があり、早々に破綻した。曜日によっては1日14時間も授業があって、まあ落ち着いて考えれば破綻しない方がおかしいのだが、しかしアホというのは落ち着いて考えることができないからアホなのである。 後者について、私の赤ン坊はかなり手のかかる赤ン坊で、夜半は約2時間おきに目覚め、天地が張り裂けるような泣き声を上げるのであった。意識朦朧としながら30分ほど抱っこして、ようやく寝息が聞こえてきて、慎重に、この上なく慎重に布団に置いた途端、何かのスイッチが入ったようにギャン泣きされたときの絶望感。人生に新たなコクが加わった。(奥さんのコメント: まあ実際に寝かしつけてたのはほとんど私なんですけどね。困りましたね)<中国語 (Elementary Chinese)> 選択科目。週5.5時間。本授業については以前の記事で紹介したとおりだが、その後も千本ノックに耐え抜き、意外にも好成績でゴールテープを切ることができた。「できないことができるようになった」という意味では、今学期で最も達成感のある授業であった。 どの程度まで上達したかを示すために、ダイアローグ暗唱の宿題で私が作文したものを以下に載せる。中国語の分かる方は表現の未熟さをお笑いいただき、お分かりにならない方も「どことなく意味が通じる感じ」をお楽しみいただければ幸いである。---A: 寒假要到了,你?要做什??B: 我只想看?,?衣服,??中文?。我没有特?的事情。C: 我要去?国。我?年都回家。A: 太好了!我?得?国菜挺好吃。你怎?去机??C: 我想坐地?或者??。你知道怎?走??A: ?然我不知道高速公路,但是我可以告?你坐地?。你先坐??,再?黄?。我?得不麻?。懂不懂?C: 懂。??!A: ?客气。B: 如果你要的?,我就??送你去吧。?慧玲: 是????你。B: 不用客气。?机票你?了??C: 已??了。不?,我要?它。B: ?什??C: 因?我??了。今天下午我要去一个商店。B: 你到?国的?候,?我??短信。再?!A, C: 再?!(at the ticket shop)D: 小姐,您要?什?票?C: ?不起,我昨天?了?个票,可是?日期是?的。能不能?一个?D: ?不起,我?只能?十二月二十日的票。不?,?个的价?跟你的一?,您不用再付?了。好??C: 没??。??!D: ?客气。---中国語のサイトを閲覧するようになったら、Googleの広告も中国語になった。「人生苦短」という、出会い系サイトにしては暗めの惹句が独自の味わいを醸している。<費用便益分析 (Benefit-Cost Analysis)> 週4時間(グループワークを加えると実質的には週10時間以上)。選択科目だが、定量分析で名声の高いGSPPにおいて費用便益分析は必修に近いと思っていたので、今学期最も履修したかった授業である。 費用便益分析とは、プロジェクトがもたらす影響を「費用」と「便益」に分けて、その多寡を評価するプロセスのことである。と、これだけの説明だと各項目を金銭価値に換算するだけの簡単なプロセスのように思われるが(実際私もそう思っていたのだが)、これがなかなかどうして奥が深く、少なくとも統計学とミクロ経済学の知識は必須である。 クラスでは、Primary & Secondary Markets, Social Discount Rate, Horizon Value, Monte Carlo Simulation, Sensitivity Analysisなどの理論と実践を学ぶが、本授業のハイライトはむしろ学期全体を通じたグループワークだ。分析テーマは完全に自由、3〜4人のチームを組んで最終的に政策提言をまとめるというあたりは、前学期の必修科目「政策分析入門」と似ている。膨大な作業量も含めて。 ここで先輩やクラスメートのテーマ例を挙げると、・ベイエリア(サンフランシスコ周辺地域)にガソリン税を導入したときの費用&便益・H-1Bビザ(専門職の就労ビザ)の料金を値上げ/値下げしたときの費用&便益・ハワイ州の公立学校に教育用ノートPC/タブレットを配布したときの費用&便益・フェニックス(アリゾナ州の州都)の低所得者向けに太陽光発電設置補助金を導入したときの費用&便益・ウランバートル住民に高効率クックストーブを配布したときの費用&便益・ケニアでメンタルヘルス向けバウチャーを導入したときの費用&便益といった具合に、公共政策学の所掌の広さを再認識できる多様ぶりである。 これは来学期の修士論文(Advanced Policy Analysis)についても言えることだが、先輩方が執筆したペーパーを参照していると、優秀なものはそのまま市場に出しても十分通用しそうな(1,000万円くらいの委託契約の成果物としても通用しそうな)レベルである。GSPPというのはやはり大したものなんだと改めて実感した。 さて、私のグループのテーマは、・中国でコジェネレーション(CHP: Combined Heat and Power)対象の固定価格買取制度(FIT: Feed-in Tariff)を導入したときの費用&便益というものであった。 これは、コジェネレーション(以下、CHP)推しの中国人のクラスメートと、固定価格買取制度(以下、FIT)推しの私とのある種の折衷案として生み出されたものであるが、両者の難所を斟酌せずにそのまま合体させてしまったのはいささか無謀で、いわば初めてプレイするゲームの難易度をいきなり「VERY HARD」に設定したようなものであった。 難所1。中国の統計資料が絶対的に少ない。中国語でしか読めない資料もたくさんある。 難所2。FITの経済効果を分析した論文が少ない。特に、買取価格と電力量の関係について考察したものはほとんど皆無に近い。 難所3。中国政府はCHP対象のFITを導入していないので、拠って立つ前例が存在しない。 どうだろう。なかなかの「VERY HARD」っぷりではないだろうか。逆に言うと、中国のCHP政策についてこうした切り口で分析したペーパーは(少なくとも私の知る限り)世界のどこにもないわけだから、その「切り開いている」感はかなりのものであった。固定価格買取制度(FIT)とは、ある特定の電力(多くは再生可能エネルギーによるもの)に対して、通常の電気料金より高い買取価格(Tariff)を設定し、一般家庭や事業者が発電したものを電力会社に売れるようにする仕組みのこと。REN21(Renewable Energy Policy Network for the 21st Century)によれば、2013年時点で71ヶ国がこの制度を採用しているという。日本でも2012年に実施され、ソフトバンクや日本製紙などが参加を表明している。図の出所:資源エネルギー庁「再生可能エネルギーの固定価格買取制度について」(2012年)コジェネレーション(CHP)とは、熱源(多くは排熱)から電力と熱を同時に供給するシステムのこと。化石燃料を使うケースが多いため再生可能エネルギーのカテゴリからは外れるが、そのエネルギー利用効率の高さから次世代のエネルギーとして注目されている。表の出所:米国エネルギー省「Combined Heat and Power: A Clean Energy Solution」(2012年)を基に筆者作成 英文にして5万字近い分量の最終報告書を短く要約するのは至難のわざだが、ここに100字以内での説明を試みよう。【ステップ1】 買取価格を「x」としたときの総発電量を、xの関数「y=f(x)」で表す。 具体的には、まず国内産業セクターの排熱量のうちCHPに利用可能な総量を推定し、その温度ごとに効率性が(ということはCHPのLevelized Costが)異なることに着目して、単回帰モデルを組み立てた。 おっと、早くも125字を使ってしまった。やっぱり100字以内というのは無理がありましたね。すみません。 でも懲りずに続けると、【ステップ2】 費用&便益の各項目を、yの関数(ということはxの関数)で表す。 費用の一例として、課税によって生じる死荷重(Deadweight Loss)。 便益の一例として、二酸化炭素やPM10などの削減効果。【ステップ3】 「便益の現在価値の総和」から「費用の現在価値の総和」を引いた値(Net Benefit)が、どの買取価格(x)で最大になるかを求める。 「Net Benefitは買取価格が0.50人民元/kWh(≒8.63円/kWh)のとき最大になる」というのが本分析の結論(ちなみに中国の太陽光発電向けFITの価格は0.90〜1.00人民元/kWh)。加えて、試算に用いた各パラメータ(例:二酸化炭素1トンあたりの金銭的価値)の変動が全体に与える影響について、Monte Carlo Simulationなどを用いて評価した。ということになる。専門用語がちらほら混じって申し訳ないけど、おおよその雰囲気だけでも感じ取っていただけたら嬉しい。願わくば、費用便益分析の面白さについても。  本授業の担当は、GSPPの若手エースとも評すべきDan Acland教授。昨年の秋学期に受講したミクロ経済学でもそうだったが、親切心と熱意を兼ね備え、生徒の評価も非常に高い。教科書は、この分野では名高いAnthony E.Boardmanの「Cost-Benefit Analysis: Concepts and Practice 4th ed」を使用した。全体を通じて今学期で最も負荷の高い授業だったが、最もスキルを学んだ授業でもあった。<開発経済学 (International Economic Development Policy)> 選択科目。週2時間。開発経済学の初学者がキャッチアップするには最良のカリキュラムで、具体的には、貧困ギャップ率、ジニ係数とローレンツ曲線、コースの定理、貿易産業政策、国際通貨政策、ランダム化比較試験(RCT: Randomized Controlled Trial)、傾向スコアマッチング(PSM: Propensity Score Matching)、インデックス保険、マイクロファイナンス、条件付き現金給付(CCT: Conditional Cash Transfer)といった項目について学んだ。 農業資源経済学部とGSPPの合同授業であるため、前学期で苦労して習得した計量経済学の知識をそのまま活用できるのは喜びであった(統計ソフトSTATAを使ったグループワークも3回あり、お腹がいっぱいになった)。というか、開発経済学って計量経済学を最も駆使する分野のひとつだったんですね。たとえば、「Aの村にはワクチンを配布するけど、Bの村には配布しない。数年後、双方の村人たちには統計的に有意な差が見られるか?」みたいな趣旨の研究がたくさんあって、「それって倫理的にどうなの?」と思わないでもないけれど、開発経済学というのはそういう社会実験ができる余地の大きい分野なのだろう。良きにしろ悪しきにしろ。 本授業の担当はAlain de Janvry教授。講義中にときどき英語を失念してしまう、この飄然たる老教授を私はこよなく愛する者である。個人的には、古今亭志ん生、笠智衆と並んで「思い浮かべるだけで心が和む三大おじいちゃん」の一角を占めることになった。 テキストはAlain教授のお手製のものだが、全6回の政策メモの課題を通じて内容把握が要求される書籍は以下のとおり。開発学に造詣の深い読者(結構いらっしゃると思う)であれば、このリストを見て何かしら感ずるものがあることだろう。Abhijit Banerjee, Esther Duflo 「Poor Economics: A Radical Rethinking of the Way to Fight Global Poverty」Joseph Stiglitz 「The Price of Inequality: How Today's Divided Society Endangers Our Future」Dani Rodrik 「One Economics, Many Recipes: Globalization, Institutions, and Economic Growth」Muhammad Yunus 「Creating a World Without Poverty: Social Business and the Future of Capitalism」C. K. Prahalad 「The Fortune at the Bottom of the Pyramid, Revised and Updated 5th Anniversary Edition: Eradicating Poverty Through Profits」Aneel Karnani 「Fighting Poverty Together: Rethinking Strategies for Business, Governments, and Civil Society to Reduce Poverty」Angus Deaton 「The Great Escape: Health, Wealth, and the Origins of Inequality」Amartya Sen, Jean Dreze 「An Uncertain Glory: India and its Contradictions」Jagdish Bhagwati, Arvind Panagariya 「Why Growth Matters: How Economic Growth in India Reduced Poverty and the Lessons for Other Developing Countries」<気候変動、エネルギーと開発学のセミナー (Climate, Energy and Development)> 選択科目。週3時間。標題のとおり、開発学とエネルギーがクロスオーバーする領域に関するケース・スタディを幅広く扱うもので(例:コンゴ民主共和国の巨大ダム、バングラデシュの小水力発電、ケニアのバイオ燃料、インドネシアのパーム油、ブータンのスマート・グリッド)、前学期のモザンビーク・プロジェクトを通じて再生可能エネルギーが途上国に与えるインパクトの大きさを学んだ私にとって、最高にハマる授業であった。 いま「再生可能エネルギーが途上国に与えるインパクトの大きさ」と書いたが、本授業を経てその印象はいよいよ深まった。むしろ、「再生可能エネルギーがその真価を発揮するのは途上国である」と言った方が表現としては正確かもしれない。 というのは、途上国の抱える最もラディカルな問題のひとつは「電気が通っていない」ことなのですね。電気がなければ、当たり前だけどまず電灯が使えないし(そうすると利用者に呼吸器系疾患をもたらすケロシンランプなどを使わざるを得ない)、ラジオもテレビも携帯電話もダメだし(つまり外部からの情報を得られない)、簡易タブレットを配布して子どもの教育に役立てるなんてこともできない。八方手詰まりなのである。 そうした状況を打開するため、つまり人々に電気を届けるため、かつては火力発電や大型水力発電などの集中型電源(Centralized Generation)に頼るのがスジであった。でもそれは、 1.プラントを動かせる技術人材が圧倒的に不足していたり、 2.電線や変電所を建てるコストが馬鹿にならなかったり、あるいは 3.発電所に投資するお金が汚職&賄賂LOVEなおっさんに吸収されたりして、貧しい国ほど電化率が改善されにくいという悲しい経緯があった。 ところが、太陽光発電や小型水力発電などの分散型電源(Distributed Generation)の台頭によって、そうした状況が一気に改善される目が出てきた。なぜなら、分散型電源は上述の障壁をうまくスルーすることができるからだ。すなわち、 1.操作は比較的単純なので技術人材はあまり必要ないし、 2.(携帯充電などの即時需要を満たせば良いので)電力網の整備は必須条件ではないし、また 3.現物支給に徹すればおっさんによる「中抜き」も起こりにくい。 私は思うのだけど、あと10年もしたら、「再生可能エネルギーの割合が高い国ランキング」の上位陣はアフリカ諸国に塗り替えられるかもしれないですね。電力の安定供給とか、調達先の多様化とか(あるいは電力会社の既得権益とか)、そういった先進国的なお題目に縛られないぶん、かえって太陽光パネルの普及がうまく進むんじゃないだろうか。まあこれは期待半分ではありますが。電化率の低い国ほど、貧困率も高い傾向にある。同種の研究はいろいろあって、たとえば電化率は乳児の死亡率、初等教育を受けた子どもの割合、識字率、交通・下水道等のインフラ整備率などとも強い相関があると報告されている。図の出所:International Institute for Applied Systems Analysis「Global Energy Assessment」(2012年) 担当教授はDaniel Kammen。私がGSPPへの進学を決めたのは、誰あろうこの人がいるからだ(出願エッセイでもお名前を拝借した)。ハーバード大学で物理学の博士号を取得し、2007年にノーベル賞を受賞したIPCCの総括執筆責任者、世界銀行のチーフ・スペシャリスト、オバマ政権の気候変動アドバイザーなどを経て、現在はUCバークレー再生可能・適正エネルギー研究所(RAEL: Renewable and Appropriate Energy Laboratory)のディレクター兼エネルギー資源グループ(REG: Energy and Resources Group)の教授兼GSPPの教授という、ちょっと眩しすぎる経歴をお持ちの方なのだが、今回授業を受けてみて、その肩書に負けない知性と人格の備わった方であることがよくわかった。というとちょっと褒めすぎかもしれませんが。 しかし正味な話、エネルギーについてここまで広く深く話せる御仁を、私はこれまで見たことがない。エネルギーという分野には広大な山脈を連想させるところが私にはあって、それは石炭、石油、原子力、太陽光という名の山々に、地学、有機化学、電気工学、経済学という名の登山道がそれぞれ複雑に巡らされているという意味合いなのだが、その全容を正しく把握するのはほとんど不可能と言ってよく、多くのレンジャー(案内人)たちは、限られた経験と未踏の山々の稜線から訳知り顔にガイドするほかない。 そうした中で、Kammen教授はすべての山のすべての道を踏破してしまった変態レンジャーのようなもので、視座のひとつひとつが細やかで立体的、いわば虫瞰図と鳥瞰図を同時に持った状態である。季節の移ろいにも敏感で、なおかつ山の成立史にも通暁しているのだから、これはやはり余人をもって代え難いレンジャーということになる。 うーん、また、褒めてしまった。でも褒めるしかないんですよね、この人の場合は。本授業の最終課題、20ページ程度の政策分析ペーパーにおいて、私は「ケニアの太陽光発電を対象とした固定価格買取制度の費用便益分析」をテーマとした。そう、これは先に紹介した費用便益分析の応用(またの名を使い回し)である。「資源大国アフリカ」の印象に反して、ケニアは化石資源に乏しい国である。もっともそのおかげで「天然資源の罠」(途上国で豊富な資源があると独裁政権の金づるになったりしてかえって経済成長が妨げられるという主張。オックスフォード大学のポール・コリアー教授が提唱した)を回避できているという見方もあるかもしれない。でもここで言いたいのは、ケニアは今後も再生可能エネルギーに頼る必要があるのに、太陽光発電のポテンシャルが現時点では十分に活かされていないということだ。図の出所:Kenya National Bureau of Statistics 「Kenya Facts and Figures」(2013年)を元に筆者作成ケニア政府は、実はすでに太陽光発電を対象とした固定価格買取制度(FIT)を2010年から実施している。しかし、最大で0.2$/kWhという現行の買取価格は、残念ながらケニアの事業者の重い腰を上げさせるだけのパワーを持ってはいないようだ。それでは、買取価格をいくらにすれば社会的な便益が最大になるのだろうか?再掲になるが、私は費用便益分析を以下の3つのステップに沿って行った。ステップ1: 買取価格を「x」としたときの総発電量を、xの関数「y=f(x)」で表す。ステップ2: 費用&便益の各項目を、yの関数(ということはxの関数)で表す。ステップ3: 「便益の現在価値の総和」から「費用の現在価値の総和」を引いた値(Net Benefit)が、どの買取価格(x)で最大になるかを求める。ステップ1では、ケニアの日射量が地域ごとに異なる事実を利用して、「発電容量10MWの太陽光パネルについて」、「投資回収が5年で達成できるほど買取価格が高かったとき」、「0.01%の土地が太陽光発電に使われる」といった仮定の下に、買取価格と発電量の関係を表すシンプルなモデルを作成した。図の出所: J. K. Kiplagat et al.「Renewable Energy in Kenya: Resource Potential and Status of Exploitation」(2011年) 上に示すのがその試算結果だ。価格(Price)と発電量(Quantity)の関数なので、これはFIT政策下における供給曲線と見ることができる(通常の電力市場とは逆に、買い手=電力会社、売り手=事業者というのがポイント)。このモデルは、「現行の買取価格(=0.2$/kWh)は事業者に太陽光発電の参画を促すには不十分」であることを示唆している。これがステップ2の結果である。引用文献によっては換算係数に幅があるためTotal CostとTotal Benefitの双方の見積もりに高低が生じているが、総じて「はじめはTotal Benefitの方が大きいけれど、買取価格が高くなるにつれTotal Costに追い抜かれる」という傾向が認められる。そしてこれがステップ3の結果だ。実線は平均推定値(Mean Estimate)、2つの破線は上方/下方推定値を示している。平均推定値だけを見て結論に飛びつくと、買取価格が0.44$/kWhのときに総便益は約360百万ドルで最大になる(これはケニアのGDPの1.0%に相当)。しかし、もしケニア政府がリスク回避を好む傾向にあるなら(経済学的に言うと、期待値が同じでも分散が少ないほど効用が高くなるRisk Aversionの傾向にあるなら)、買取価格はもう少し保守的に0.31$/kWhあたりからはじめても良いかもしれない。あるいは、太陽光発電の参入障壁が設備投資(Capital Cost)の高さにあることを斟酌して、FIT政策に併せて補助金や税控除(Tax Credit)を実施するのもひとつの選択肢ではある。(両者の政策は相互排他的ではない)ということで、ケニアのエネルギー担当の高官がこの記事を読んでいる可能性は・・・限りなくゼロに近いとは思うけど・・・万が一ご覧になっていらっしゃるようでしたら、ご賢察のほど何卒よろしくお願いいたします。<ビジネス基礎講座 (Fundamentals of Business)> 選択科目。週3時間。Haas(UCバークレーのビジネススクール)が他学部の大学院生に門戸を開いている授業で、Marketing, Management, Accountingの3科目を5週ずつ学ぶ構成になっている。各科目にレポートと試験(ただし自宅で受けられる)が1回ずつあるので、学期中はずっとせわしなかったが、それでも他の授業に比べれば楽だった気がする。 でも正直なところ、本授業を通して何か大きなTakeawaysが得られたかというと、ちょっと即答しにくい面があるのも確かだ。まあこれは私が留学前にMBA的な英語学校でManagementやAccountingについてある程度勉強していたからであって、先生やカリキュラムの質が低いというわけではまったくない。むしろ「さすがMBA!」と唸らされることが多かった。ビジネス系の分野をこれまでほとんど勉強したことがない人にとっては、本授業は格好の水先案内となるだろう(事実、クラスの約半分がエンジニア系の学生だった)。 私が最も感銘を受けたのはMarketingの科目であった。マーケティングというと、なんとなく「モノを売る小手先のテクニック」的な印象をお持ちの方もいらっしゃるかもしれない(少なくとも5年前の私はそうだった)。でも実は、マーケティングというのは、孫子の有名な箴言「彼を知り、己を知れば百戦して殆うからず」を、ビジネス風に(アメリカ風と言ってもいいかもしれない)パラフレーズしたものだったのだ。 然してその応用範囲はビジネスに留まらない。「同業他者との比較から、自分が戦えるフィールドがどこかを把握し」、「どの顧客層に狙いを定めれば最大の効果があがるかを判断し」、「そこに持てるリソースを集中してつぎ込む」という戦略は、自営業にも、研究者にも、行政官にも、そしてブログ運営者にも大いに有用であると思う。 各科目で提示された課題図書を以下に記す。特にコトラーの教科書は、卒業後にじっくり読んでみたいものである。【Marketing】Phillip Kotler 「Marketing Management」Alexander Osterwalder, Yves Pigneur 「Business Model Generation: A Handbook for Visionaries, Game Changers, and Challengers」Don Schultz 「Sales Promotion Essentials: The 10 Basic Sales Promotion Techniques... and How to Use Them」Seth Godin 「Permission Marketing: Turning Strangers Into Friends And Friends Into Customers」【Management】Kent Lineback, Linda A. Hill 「Being The Boss: The 3 Imperatives for Becoming a Great Leader」【Accounting】William G. Droms, Jay O. Wright 「Finance and Accounting for Nonfinancial Managers: All the Basics You Need to Know」 2013年は、私の人生で最も勉強した1年であった。いま改めて実感するのは、密度の高いインプットを行うのに、バークレーは最高の環境だということだ。そんな環境に身を置ける幸せを、普段は課題に追われて見失いがちだけど、ゆめゆめ忘れるべからずと自戒したい。 しかし同時に、インプットを積み重ねるだけでは行き場というものがないよな、と思ったのも確かである。「ひとりの人間がその人生で何をなしたか」を計る尺度は、インプットではなく、アウトプットの質量によって決まるものだろう。大量の本を読んでも、高度な専門知識を蓄えても、立派な資格や学位を揃えても、それだけではアウトプットはゼロなのだ。  留学生活も残すところ来学期のみとなった。卒業がいよいよ視界に入ってくる。そして、一番最初に宣言したとおり、「バークレーと私」は、卒業とともに終了となる。 このブログを広義のアウトプットと捉えてよいなら、2年間、ささやかだけど手ごたえのある(tangibleな)仕事ができたと思う。少なからぬ情熱を注ぎ込んだ結果、少なからぬ対価を得ることができた。それはひとえに、このページを何度も訪れてくれた皆さんのおかげである。 「アイ・ラヴ・ユー」を叫んだのは、もう半年以上前のこと。でも、大事なことは何回言ったっていいものだ。 みんな、愛してるよ。 なんだか最終回の挨拶みたいになってしまった。でももうちょっとだけ続きますからね。

UCバークレーの便所の落書きを集めていること

 男の子の定義とは何か。いろいろなものがあるだろうが、仮にそれを「何の役にも立たないものを熱心に集めるアホ」とするならば、私はまごうことなき男の子であった。 どんぐり、牛乳びんのふた、ビックリマンチョコのシール、ドラゴンボールのカードダス、岩波文庫のしおり、B級映画のチラシ、新聞の人生相談のスクラップ、電車内でぐんぐんになっている人の発言録・・・。 私を焦がしたあの情熱は、どこから湧き出たものであったか。 答えはコレクションとともに雲散霧消し、いまはさびしく微笑むほかない。  ところが最近、燃えさしの薪にまた火がついたようになって、ひとつ集めているものがある。それは、UCバークレーのトイレで見かける落書き(の写真)だ。 コレクションをはじめて3カ月。収集品の数もそれなりに充実してきたので、今回はその一部を皆さんに公開してみたい。 食事中の方は、いったん箸を置かれることをおすすめします。作品番号1 市場主義あるいはミスターT 「MKT」は市場(Market)、「The tea party」とは小さな政府を目指す運動のことだから、「政治問題を解決するのは市場原理のみだ」という社会風刺的な落書きだと思っていたのだが、最近になって、これは「MKT」じゃなくて「特攻野郎Aチーム」というテレビドラマに出てくる「MR.T」なんじゃないかと気がついた(MR.Tはモヒカンのマッチョ野郎なので、イラストにもマッチする)。 「ティーパーティー運動を阻止できるのはミスターTだけだ」。 だから何なんだ、とツッコんだらこちらの負けだ。作品番号2 レーザー鮫の冒険のための習作 地球惑星科学科のトイレで遭遇。ノリとしては、「ぼくの考えたポケモン」、コロコロコミックの読者投稿欄に出てきそうな感じではある。でも決め台詞の「Y.O.D.O. (You Only Die Once, Motherf**ker)」は、コロコロコミックにはちょっと向かないかもしれない。   1ヶ月後に再訪したら、鮫釣りの漁船が描き足されていた。この即興性(Improvisation)が便所の落書きの魅力だ。   作品番号3 魚と無 大便器に跨っていたら、突然、魚が食べたくなった。そんなことがあるのだろうか。 どこか焦燥を感じさせる筆致の「魚」と、その小脇に佇む四つの「無」。わけもわからず書いたのか、わけがわかって書いたのか。人生の虚無性について考えさせられる名作だ。     作品番号4 超訳・オイディプス王 「古今の名作を一行で要約する」というネタを昔の深夜ラジオか何かでやっていたけれど、その心を受け継ぐ者がバークレーにも現れた。でもこれはひどい。ソフォクレスさんも草葉の陰で憤慨していることだろう。 後に誰かが書き足した「Blind」の単語が、ある種の文学的なフォローになっているのが滋味深い。作品番号5 ウンコをもらした男 おもしろうて、やがて悲しき四行詩。よく読むと各行の最後で韻を踏んでいて(heartedとfarted、by chanceとmy pants)、なかなかに芸が細かい。作品番号6 ティファニーで朝食を、スタンフォードに小便を これは厳密には落書きではないし、バー「Henry's」のトイレにあったので大学構内という条件すら満たしていないのだが、MPH/MBAのMasakiさんに教えてもらっておもしろかったのでここに載せる。 UCバークレーとスタンフォード大学がライバル関係にあるのは有名な話で、その憎き(?)スタンフォードのロゴに小便をひっかけてスッキリしようという、まあこれは悪趣味なジョークなのだが、私はこういうのはわりに好きな方である。つまり悪趣味な人間なのだ。<落書きは多くない> こうしてコレクションを並べてみると、「UCバークレーのトイレは落書きだらけなのか」と思われる向きもあるだろう。しかし、それはまったくの誤解である。 私はかつて日本の便所の落書きを収集していたこともあるので(ヒマですね)相場観がある程度わかるのだが、UCバークレーはかなり少ない方である。 落書きをあまり見かけない理由として、「UCバークレーの学生は真面目だから」というのがあるかもしれない。しかし私はこの説を支持しない。パレートの法則で知られるように、どの集団にも一定割合のダメな奴がいるものなのだ。 むしろ私は、「落書きが頻繁に消されるから」という説を唱えたい。事実、これはと思った落書きを発見し、カメラを携えて後日再訪したらもうなくなっていたというケースも一度や二度ならずあった。 たとえば、壁にあけられた小さな通気孔に矢印を指し、「NSA is spying on you.」と書かれた落書きがあった。 ご案内の方も多いと思うが、NSAとはNational Security Agency、すなわち国防総省の諜報機関のことであり、「彼らはトイレでウンコをしている(あるいは何か別のことをしている)あなたのことも監視していますよ」というのがこの落書きの趣旨なのだが、数日後に訪れたときにはすでに跡形なく消えていた。なんだかジョージ・オーウェルの小説に出てきそうな話だが、作者の生存を祈りたい。<落書きは国境を越える> 私がコレクションをはじめた理由のひとつに、「日米のお国柄の違いを見てみたかったから」というものがある。便所の落書きに見る日米比較文化論。そんな題の学術論文があったっておかしくない。 便所探索の初期においては、やたら男性器の落書きが目についた。翻って、日本の(男子)便所には、むしろ女性器の落書きが多かった気がする。 これは一体どういうことか。 狩猟文化と農耕文化の違い? PaternalismとMaternalismの違い? それとも、性に対するタブー意識の違い? ・・・などと思索に耽る日々であったのだが、サンプル数が増えるにつれて、統計的有意性は徐々に薄らいでいった。つまり、女性器の落書きもたくさんあったのだ。 共通点はほかにもある。「壁に落書きするな ← お前がしてんじゃん」とか、「右を見ろ・・・上を見ろ・・・アホ」といった、いわば便所の落書き界における定番ネタを、バークレーでも頻繁に見かけた。言語は違えど、内容は概ね同じである。 これは一体どういうことか。 日から米へと、あるいは米から日へと、文化的伝承のようなものがあったのだろうか? それとも、世界の神話が奇妙な類似性を示すのと同様に、人間の意識が深いところで地下水脈のようにつながっていることへの証左なのだろうか? 思索の種は尽きない。(でも、「鬱だ」「死にたい」的な落書きはバークレーではほとんど見かけなかったですね。これは相違点に数えられるかもしれない)<便所=メディア論> 便所の落書きの歴史は、どこまで遡れるものなのか。一説によると、紀元前2200年頃に建造されたメソポタミアのテル・アスマル宮殿にはすでに水洗便所が存在したということなので、そこで当時のシュメール人だかアッカド人だかが「ウンコ」「アホ」などと書きつけたものが人類初の落書きだったのではあるまいか。爾来、人類は4,000年以上にわたり、脈々と「ウンコ」「アホ」と書きつづけてきたわけである。そう考えるとなんだか胸が熱くなる。 便所の落書きの魅力。それは、一定の匿名性を保ちながらも、書き手の体温をそこはかとなく感じられるところにある。便所の落書きの作者というのは、往々にして何らかの屈託を抱えた輩であるが(心身ともに充実した人がトイレの壁にペンを走らせる姿を想像するのは難しい)、直球のヘイト・メッセージが意外にも少ないのは、やはり書き手が後続の読み手の存在を意識するからであろう。 空間の共有性。より詩的に表現するなら、便器に跨る孤独な魂たちの交信。これが便所というメディアの特性なのである。 かつて、インターネットの匿名掲示板が「便所の落書き」の代替物になるとみられた時期があった。しかし、そうしたものの登場から十余年を経たいまなお、便所の落書きが絶滅危惧種に指定される気配はない。iPodが市場を席巻してもレコードプレーヤーの愛好者がいなくならないように、便所の落書きには便所の落書きにしか果たせない役割があって、世界の不充足を細々と引き受けているのである。千年単位の不充足を。<読者の皆さまへお願い> 味わい深い便所の落書きを見つけた方は、 berkeleyandme便所gmail.com まで写真をお寄せください。国・地域を問いません。 ※「便所」を「@」に置換してください
バークレーと私」ブログは「バークレーと私」さんの著作です。 上記は 2015-10-05 09:15:22 にキャッシュした内容です。 そのため、このページは最新版でない場合があります。 最新版はこちらです。

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