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込山洋一

運動会

10月28日、今日から日本に2週間の出張。

先週末は息子の誕生日で、近所に住む父親と弟家族が集まり、昨晩もまた、姪っ子の誕生日で弟の家にお呼ばれした。ありがたいお祝い続きを家族みんなで食卓を囲んだ。

折りしもテレビではMLBの第6戦が流れていて、田口選手が活躍するカージナルスの優勝の瞬間に立ち会うことができた。素晴らしい試合でしたね。あんまりおめでたいから、親父が提げて来たシャンパンもワインも次々と空っぽになった。

帰宅後はややゴキゲンさんの頭で、今回の出張の訪問先でのポイントをおさらいする。今回の出張は、いつものような「終日プレゼン5本勝負」的な営業行脚というより、クライアントやメンバーとともに練り上げてベクトルをしっかり重ねるためのミーティングが多い。が、あまり頭に入らないので断念。枕を抱いて良質な睡眠を選択する。

今朝は子どもたちの日本人学校の宿題を、学校が始まるギリギリまで見て、朝ごはんをかきこみ学校に送り届ける。出張でしばらく会えないから、何度も何度も子どもたちが振り返る。この瞬間は胸の奥がキューンとなる。

日本人学校といえば、今回出張から帰ってくるその日が運動会。

実は子どもたちより楽しみにしているのが私なのだ。一昨年は父兄対抗リレーのアンカーで、トップを走る校長先生を抜いて優勝した。スパイクを履いて出場するお父さんも珍しかった。逆に昨年は肉離れで涙をのんだ。

ほとんど子どもの競技やお遊戯は前座状態なのだ。それは家族も尊敬を持って認めている(ウソだけど)

子供の時から運動会は唯一無二の晴れ舞台で、徒競走、代表リレー、障害物競走、パン食い競走、だるまリレー、出場資格のある競技はすべて出場したし、制覇した。あぁ、いつまでも学生時代が続いて運動会ができたら良いのに。と、いうくらい運動会が好きだ。

運動会ではモノ足らず、ラグビー部のオフシーズンには陸上部で走り、高専の全国大会では当時の大会記録の10秒台で走ることができた。こっちはすでに破られてしまったけど、今でも四国記録は残っている。

そんなことで、今回は出張中もヒマを見つけて走ろうと思い、家内に送ってもらう途中で、スポーツショップでランニングシューズを買った。

と、ここまで書いたところで会社にタクシーが来ました。

では出張に行ってきます!

10 28, 2006

石井龍二さんと阪本啓一さんの話

今日は10月24日晴れ

前回の更新から2週間。今回はその間にお会いした石井龍二さんと阪本啓一さんのお話をします。

10月11日(火)

AFC社長 石井龍二さん編

本誌「アメリカで成功する独立・企業マニュアル」で取材にご協力いただいたAFCの創業社長石井龍二さんと二人で会食。

夕方6時半に待ち合わせて、次に時計を見たら11時をまわっていた。一代で年商400億円($340ミリオン)、2300店舗の寿司チェーンを育てた経営者の夢や哲学、情熱、悩み、そしてプライベートまで、深い深いお話を伺うことができた。誌面ではスペースの都合でカバーし切れなかった、成功のウラにある数多くの失敗の話がとくに面白かった。「失敗ばっかり」と笑える人は強い。

石井さんはほぼひとまわり年上の辰年。だから「龍二」なんだと。アタリはソフトだけど、深い話をするほどに強い信念を持つ剛速球経営者だと思った。

やっぱり夢を追いかけている人はカッコいいし、いっしょにいて気持ちがいい。私も後に続きたい。

10月17〜22日

JOYWOW代表 阪本啓一さん編

本誌マーケティングのコラムを執筆いただいている阪本啓一さんをお迎えする。今回はアメリカでの講演会のために渡米。本誌読者とJBA会員、そしてライトハウススタッフに向けて3回の講演をしてくださった。

阪本さんはマーケティングやブランディングの分野で、日本では多くの企業やビジネスマンに支持を得ていて、私も数年前にリクルートのある部長から、本質で勝負するカリスマコンサルタントとして紹介してもらった。お金の話はいかにも品がないけど、阪本さんの一回の講演料は50万円を超える。それでも国内外から引っ張りだこなのがすごい。

今回はビジネスだけでなく、スピリチュアルな話も多いので、どんな風に受けとめられるか観客の反応が気になったけど、熱心にメモを取る方が多く、旭屋書店さんが会場に出展した「著者の本コーナー」はたいへんな売れ行きで、講演後に阪本さんの前にできた長い行列も延びる一方だった。大成功。

阪本さんの哲学の根底にはいつも「愛情」がある。

世の中が良くなってほしいという想いがある。

だから阪本さんも私も立ち位置はちがうけど、すごく共感できるし、同じ方向にベクトルが向いてるって感じられる。事業も、「数字(売上、利益)」も大切だけど、それよりもっと「顧客の幸せ(満足)」「お客さんや社員(店員)の笑顔」を追いかけろと、言うことがイチイチまっとうでうれしくなる。

阪本さんとはこの春、新橋で鍋をつつきながら語った。

阪本さん、実は人生のギアチェンジをすることにしました。

「今のままでも十分幸せだし、仕事も充実しています。何より楽しいし。

お客さんにも社員にも家族にもすべてにおいて恵まれています。

ついてきてくれる社員がもっと稼げる会社にはしたいけど、それ以外は120点満点。

このまま事業を続けていったら年商20億や30億の会社にはなると思います。

でもそれじゃあ世の中を前に動かすには程遠い。

もっと言うと、教育分野で日本一の会社を創りたい。

日本人の誰でもが、世界中で働いたり、暮らせるような世の中を創りたいんです。売上規模で言うと1000億円くらいの会社にしないと世の中に影響できないと思うんです」

阪本さんは真顔でこっちを向いて、

「大丈夫。1000億いけるよ、コミちゃんは」ふつうに言う。

「やっぱりですか」

人が聞いたらビールを吹くかも知れないけど、私の中では安心したし、阪本さんが何の疑いもなくそう言ってくれることがうれしかった。

ふしぎな感覚だけど、実現性に何の疑いもないけど、私利私欲を極力捨てて、「利他」(世の中の利益を第一に考える)の心でのぞまないと、事はなしえないと思った。そして、夢の途中で慢心したり、志を失った時が危ないなと感じた。

阪本さんの帰国前日、ごく親しい友人を招いて自宅でささやかな打ち上げパーティを催した。

この日は私がお店のマスター。

カウンターに入って、みんなのシャンパンやワインをサーブしながらおしゃべりを楽しんだ。

温かい空気の中で、今回の講演や、阪本さんとふたりの時に教えてもらった言葉を思い出した。

「笑顔と天国(ポジティブ)言葉でいこう」

「仕事も人生も、(正しいこと)から(楽しいこと、ワクワクすること)を大切にしよう」

「(嫌なことも、辛いことも)すべてひっくるめて受け容れよう」

「悪いことは起こらない(すべて自分や世の中にとって必要であり必然)」

「首から下で考えよう(直感を大切にしよう)」

「人を許そう、自分も許そう」

「両手ぶらん力」(力を抜いて、流れに身を任せよう)

「欠点に目をつぶり、長所を伸ばそう」

「ねばならない(MUST)を捨てよう」・・・・・。

これだけで人生がうんと輝いて豊かなものになりそう。

そんな宝石のような言葉の中でも一番の「お気に入り」がある。

「カンベンしてほしいことが起こったら、【そう来たか】と笑うクセ(習慣)をつけよう」(まず理屈抜きで、笑顔の表情を作るのがコツ)

これさっそく実践している。不思議なことにホントに心がザラつかなくなる。

それでもって、冷静かつ相手の立場にも立って考えられるようになる。

「社長、〜でもう手の施しようがないです」「そう来たか(笑)」

「調子よさそうやんけ。金貸してくれへんか」「そう来たか(笑)」

(深夜。風呂上りにビールが切れているのに気づいて)「そう来たか(涙)」

「アンタ、それって私のせい!(怒)」「そう来たか(笑)」

「〜さんが、お支払いの件で逆ギレしました」「そう来たか(笑)」

ねっ、使えるでしょう!お試しください。

*注意 

「そう来たか」を声には出さないでください。

10 24, 2006

奇跡の連続

朝7時半に会社に着くと、いつも黒いセリカが先にパークしてある。デザイナーの西村くんの車。半分半分くらいの割合で、編集長の西川さんのアキュラがあったりする(その前の晩、深夜過ぎまでメールのやり取りをしている日も)

早朝のオフィスは気持ちが良い。奈良で入手した、大きな鉢を循環する水が流れる音以外は何も聞こえないマッサラ空間。仕事もザクザク捗(はかど)る。

さて。最後にブログを書いたのは出張前。

あれから一ヶ月あまり(帰国してからは10日)。実感としては2年くらい経った感じ。あまりにもたくさんの出来事があって語り尽くせないくらい。

うまく言えないけれど、この一ヶ月は、事業構想を実現するためにこの人物ナシにはありえないという仲間の合流が決まったり、また将来を担っていくであろう新人二名の採用が(電撃的に)決まったり、日本や地域を代表する学校や学校群の大型プロジェクトを次々と任せていただいたり。

もうこれは自分たちの力を遥かに超えたところから導かれているとしか思えない。毎日毎日が奇跡の連続だった。

毎回、日本の出張は、「大学や専門学校の学生や職員向けの研修プログラムの提供」、「学校経営に関するリサーチと経営課題解決プログラムの提供」を目的に、日本をあずかる高畠にくっついて、日本中の学校を行脚する。

それに加えて今回は、アメリカ側のライトハウス・キャリア・プランニング(LCP、2,000年創業)と、日本側で高畠が経営するキャリア・エンカレッジ社が、この秋にひとつになって、ライトハウス・キャリア・エンカレッジ(LCE)としてスタートを切る、その準備のための出張でもあった。とにかく盛りだくさん。

実はこの機会に、以前から議論に出ていたHR(人材業)分野にも事業領域を広げることが決定した。

その理由として、もともと高畠やライトハウスが大切にしてきた「世界中、日本人がどこでも活躍できる世の中作り」を実現するために、情報発信や「学びの場」作りだけでなく、実際に「活躍の場」と「動かす人」の接点作りを世界規模で実現するためだ。

これを、現在すすめている世界メディアアライアンスの仲間たちにも協力してもらって、日米だけでなく、アジア、ヨーロッパなど、日本との二国間、三国間で、人材が自由に行き来し、それによって大手企業だけでなく、日本の中小やベンチャー企業も、世界に活躍の場を広げることができたらどんなに楽しいだろう。国境だけでなく、人種の壁も越えてみたい。と毎日ワクワクしている。

そうそう、今回こんな大きな収穫もあった。

今年初めて学生研修を採用してもらったある地方の専門学校で、理事長や担当の先生、系列の旅行社の担当者とともに、振り返りのミーティングがあった。

参加した学生からレポートは出ていたし、引率の先生からも、直接われわれメンバーに感謝の言葉をいただいていたから、いつものように労いの言葉をいただき、来年に向けての建設的な意見を交わす場を想像して出席した。

とくに、感激に満ちた参加者のレポートから、研修の成果として100点満点ではないけど、80〜90点くらいの感触は得られていた。あとは、残りの点数をどうやって埋めて、サプライズで満たすか。そんな議論を期待していた。

が、結論から言うと、系列の旅行担当者から「吊るし上げ」状態で罵詈雑言を浴びせられた。一切の言い訳をしなかったけど、どうとでも解釈できる盲点のような部分を攻めあげられた。もちろんそれ以外に、反省や改善の余地もある。担当者の口は歪み、声は上ずり、手が怒りと緊張で震えている。

反省材料のひとつに、参加者のひとりが、研修中に置き引きにあって財布を取られたことがあった。ライトハウスのメンバーは、その場ですぐに警察を呼ぶことを打診するとともに、たぶんキャッシュは戻ってこないことを正直に伝えた。しかし、そのことを旅行担当者は薄情だと指摘し、「なぜそういうリスクが予想されたのに、毎日参加者に注意を促してくれなかったのですか」と迫った。理事長を前に声はさらに大きくなる。

たぶん、ちょっと前の自分ならご縁がなかったことを伝えてあっさり席を立っていたかも知れない。

この「場」は何を学ばせてくれているのか。

頭を一生懸命に研ぎ澄まし、想いを一点に集中する。やがて罵りの声が遠くなっていく。

最初に、労を惜しまず、少しでも良い研修にしたいと取り組むメンバーの笑顔が浮かぶ。数人しか集まらない説明会にも根気よく通ってくれた隣に座る高畠、そしてこの研修を実現するために全面的にバックアップしてくれた理事長や、若い教務の女性スタッフたち。この研修はたくさんの方たちの想いが重なって実現した。そして今日を迎えている。

この「場」は何をオレに気づかせようとしてくれているんだろう。

目の前の相手と同化しようとさらに神経を集中する。自分が旅行担当者のSさんになって、高畠と自分に向かっている。自分たち二人が視界に入る。

「本来、我々という旅行会社があるのに、旅行社でもないシロウトが理事長に取り入りやがって。おかげでオレたちの仕事は奪われた。理事長の後ろ盾があるからエラそうにしやがって。本来、お前たちは下請けなんだぞ。今日という今日は許さない」

ホントにそう思っていたかどうかはわからない。

でも振り返ると私にはずいぶん傲慢があった。この人の態度はそのまま、この人に相対してきた自分の姿そのもの。自分の「鏡」だったんだ。

その人は理事長から一年以上前に紹介してもらった。

「安い」ことが最大の価値で、本来の「学生の気づきや転機」を軸に語れない(と、一方的に思い込み)その人とのやり取りに疲れ、私たちは露骨に嫌悪感を示した。

学生の未来に熱い想いのない人間は去るべきだし、今もそう思っている。

だけど、私はそのことを大義名分に、Sさんと話し合って耳を傾け、価値を伝える努力もせずに、理事長に直訴して、自分たちがいつも組んでいる旅行会社を連れてきた。

最初から、Sさんに対して、旅行のプロとしてのリスペクトもなく、仕事をいただく立場なのに、信頼関係を築く努力もしてこなかった。

こんな人間に、とても力を重ねようなんて思えないし、心を開こうなんて思えるはずがない。

ガーン!!

また原因は自分だった。

妥協は決してしないけど、まず自分が心を開き、プロに対して敬意を持つところから関係を築かなくてはと大いに反省する。Sさんに対して、すまなかった気持ちが湧いてくる。

最後は「反省点が前面に出たけど、本当にうちオリジナルの素晴らしい研修だったと思います。とくに現地のメンバーのみなさんの献身的な態度には心から感謝します。全体としては大成功。本当にありがとうございます。来年からは学校の正規プログラムの対象にします。さらに良いものをいっしょに築いていきましょう」という理事長の労いの言葉で締めくくられた。

その後、素直な気持ちで担当者のSさんに、これまでいたらなかったことを詫びた。自分から変わろう。

その後の数日間、「あの機会」を振り返りながら、さらに大切な「ヒント」があるような気がして、どうも引っかかった思いのまま出張を続けた。なんだろう、なんだろう。

ある時答えは突然、新幹線の青空の車窓に現れた。

「近い将来、一万人や十万人の研修を受け容れるようになった時に、いかに厳しい視点をもってしても、一部の隙もない完璧な研修を今の段階から作っていかないと、このままでは品質を保てないぞ。あらゆる精度を高めよ。あらゆるリスクを塗りつぶせ。ミスがでないシステムとチェック機能を構築せよ。大量の人数に対してもキチンと目の行き届く、そういう想いと技術を兼ね備えたホンモノの研修を目指しなさい」

そんな「声」が聞こえた。

振り返ると、この「気づき」もまた、今回の出張で一番の収穫のひとつだったろう。大感謝。

そして、私がしょっちゅう不在にしていても、ライトハウスを守ってくれているメンバー全員に大感謝。いつもありがとう。日本とアメリカのメンバー全員が物心ともに幸せになれる会社を創りたい。

10 10, 2006