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ライトハウス会長・込山洋一
1965年生まれ。国立弓削商船高等専門学校 航海学科卒。1986年、国交省航海訓練所の練習船(日本丸、大成丸)での1年間の航海実習で、ロサンゼルスの青空と自由闊達な風土に魅了され、卒業と同時に渡米。学習塾経営を経て、1989年、日本語情報誌ライトハウスを創刊。2016年、ビジネス・ブレークスルー大学大学院(BBT大学院)経営管理修士課程を修了。

少年タスク(最終回)

ベッカムアカデミーの最終日(8月24日)、名古屋の友人から預かっている中学一年生のタスクを迎えにホームデポスタジアムに行った。

午後1時20分の日本航空の成田便に間に合わせるために、すべての行事が終わる30分前に到着したら、大勢の仲間の中ですっかり溶け込んでいるタスクがいた。

コーチが一足先にキャンプを終了するタスクのために一番に修了証を手渡してくれた。子どもたちの大きな大きな拍手の中でタスクはうれしそうにはにかんだ。

そして次々に仲間がタスクの背中を叩いたリ握手を求めた。キャンプにチェックインした時の不安げなタスクはもういない。

言葉は不自由でも、大好きなサッカーで仲間の信頼を得て、自分の居場所を作ったタスクの表情は自信と達成感が満ちている。

(空港への車中)
「どうだったキャンプは」

「楽しかった」

「友だち、いっぱいできたか」

「うん、できた」

「メール頑張って打てよ」

「うん」

「あの後、試合でシュート打てたか」

「全部で11本決めた!」

「やったやないか」

「うん!」

「自信ついたな!」

「うん!」

「コミヤマさん、日本に来る?」

「ああ。仕事でしょっちゅう行くよ」

「名古屋の方、来るん?」

「おぅ、名古屋の方も行くよ。タスク、いつかまた会おうな。おじさん、会いに行くから。しっかり頑張っとくんやぞ。それと、このキャンプに参加させてくれたお父ちゃんやお母ちゃんにありがとう言うの忘れるなよ。毎日、お父ちゃんやお母ちゃんが遅くまでお仕事してくれてるからこうしてキャンプも参加できたんぞ。親を大事にするんやぞ。いつも感謝を忘れたらいかんぞ」

「はい!」

「それとさ。おまえ、良いところたくさんあるからまっすぐに育てよ。そのままでいいから」

「はい!!」

タスクは出会ってから一番力強く返事をした。

逞しく日焼けしたタスクの横顔をチラッと見て、短い期間だけど、タスクの成長の100億分の1くらいチカラになれたと思った。

もっといろいろ伝えたかったけど、急に鼻の奥の方がつんと熱くなってしまいそれ以上しゃべれなかった。

08 27, 2007

少年タスク(2)

ベッカムアカデミーのサマーキャンプに参加している友人の息子タスク。

元気でやっているか、キャンプ4日目の今日(8月22日)、ホームデポスタジアムに隣接するベッカムアカデミーのグランドに様子を見に行った。

ざっと4、50人の参加者がいるのに、若いコーチたちに名前を言ったらすぐにタスクのことを理解してくれて「彼はキャンプやホテル、まわりの人との関係は良好か聞いてくれ」と逆に聞かれた。

英語にアクセントがあるので尋ねてみたら、コーチ陣のほとんどはロンドンから来ているようだ。ベッカムが連れてきたのだろう。

参加者も、アメリカ国内だけでなく、南米、東南アジア、ヨーロッパなど世界各国からこのキャンプに加わっている。最低でも選手6人に対してコーチが1人はついているから指導もなかなか行き届いているようだ。

コーチがタスクに声をかけると元気に走ってきた。

「おい、なんとかやってるな」

「  」(頷くだけ)

「メシはマズいか」

ニヤリと頷き、
「でも好きなもんだけ食っとる」

「友だちできたか」

「  」(頷くだけ)

「メールアドレス増えたか」

「6人くらい」(ちょっと誇らしげに)

「やるじゃないか!それどうやってさ!?」

「最初にルームメイトと交換して。それから、誰かと仲良くなると、その住所を見せてプリーズって言う。そしたらアドレスを書いてくれる。名前は発音がわからんから、口で言ってもらってフリガナをつける」

「大したもんだ。すごいぞ、タスク!」

「サッカーの方はどうだ。試合はやってるのか」

「今日2点取った」

「なんだ、タスクがシュートしたのか」

元気に頷き、
「2試合やって2本シュートを決めた」

「やるじゃないか」

タスクがもどった後、練習試合を遠くからしばらく眺めた。

相変わらず言葉は通じていないようだけど、こっちにパスしろと合図をしたり、シュートや良いプレーが出るとチームメイトといっしょに喜んでいた。いくらかアクションも大きくなったみたいだ。

いいぞ、タスク!

08 27, 2007

来客に感謝しつつ

「客の多い家は栄える」と親に言われて育った。

栄えるかどうかはともかく、一年中公私に来客が絶えることがない。仕事の関係も含めると日本からだけで100組はゆったり越えるだろう。

家族が里帰りしていたこの2週間の間にも、慰めや冷やかし、偵察を含めて4組の客が入れ替りでゲストルームに寝泊まりしてくれた。泊まらぬ客も2日空けずに方々から訪ねてくださる。

ありがたいことである。人生のヨロコビであり最高のゼイタクだと思う。

逆に訪問者からは「日本にいらした時にはぜひお立ち寄りを」「日本に来たら絶対に顔出せよ」と声をかけていただく。

本当にうれしい限りで、願わくばすべての方たちを訪ねて歩きたいのだけど、現実には数日間の滞在、あっという間に会食から埋まって行き、夜の会食を二階建てにしてもとても追いつかない。結果、ほとんどの方たちに知らせずに日本を後にすることが多い。

ホテルに帰るタクシーに突然「来てるんだって!」の電話には、うれしさと申し訳なさとバツの悪さが思い切り混在する。

大切と言えば、みな大切な関係だし、とても順番なんてつけられない。
もっとゆとりを持って日本に来ればと言われるけど、アメリカでの時間にゆとりがある訳ではない。

そんなことで今は不義理に身を縮めつつ、いつか仕事をすっかりメンバーの任せてしまえる身分になったら、ゆっくりと時間をかけてお世話になった方や大切な仲間を訪ねて歩きたいと思っている。

訪ねて歩くと言えば、来年からは合間を見て海外の日本語メディアとのアライアンスにチカラを入れたい。

世界中のメディアと協力して、世界各地の暮らし方、働き方、学び方に関する精度の高いタイムリーな情報が日本、あるいは世界中のどんなところでも居ながらにして得られる環境を創るのだ。

もうひとつは日本各地の個人や零細企業が、実力のある商品やサービスを持っていたら、回り道をせずに海外に進出できるような情報インフラを創りたい。

今この瞬間はガレージやボロボロの雑居ビルで命をつないでいるけど、将来トヨタやグーグル、リクルートになれるような企業を見出し、土台踏み台になれたらどんなに豊かだろう。

やっぱり、仲間をゆっくり訪ねて歩けるようになるのはずいぶん先になりそうだ。

08 21, 2007

少年タスク

「パパ、電話だよ」

娘に手渡された受話器からタスクの声。

「こんばんは」

「タスク、元気だったか!しっかりやってるか。自己紹介しっかりできたか」

「なんとか。書いてもらったの(自己紹介用のフリガナ付き原稿)使わなかった」

「そうかそうか。なんとかなったんだな。ルームメイトとはどうだ」

「うん」

「サッカーの方はどうだ」

「たいしたことない」

「なんだ。そんなレベル高くないのか」

「うん」

「一生懸命やれよ。友だちできたか」

「ひとり。・・・、住所もらった」

「オマエ、すごいじゃないか。目標はひとつ達成だ。メールでも、住所でも良い。仲間ができたら必ず交換するんだ。そうしたら、英語を使って手紙やメールを書くキッカケができるからな。そうしたら、英語を勉強するのが楽しくなるから。オジさん、様子見に行くからしっかりやるんだぞ。ところでベッカム、会えたか」

「ううん。ベッカム会えるの?」

「わからん。ベッカムアカデミーだからなあ。会えるかも知れないし、会えないかも知れない」

「ハハハ」

驚くくらい(タスクとしては)饒舌で明るい様子に胸を撫で下ろした。

タスク(祐)は名古屋の友人から預かった中学1年生の少年。

英国からの貴公子ベッカムが主宰する「ベッカムアカデミー」の一週間のサマーキャンプに参加するために、初めてのアメリカに飛行機を乗り継いでひとりでやってきた。一年生の一学期が終わったばかりで英語はまだ限りなく理解できない。そもそも勉強が大の苦手らしい。

そんなことで先週の金曜日、空港に迎えに行ったのだけど、待てど暮らせど出て来ない。到着から1時間過ぎた頃、いよいよ心配になって、予めもらっていた写真を思い浮かべて、その辺を歩いている人や出てくる人に、目でも鼻でも、とりあえず耳でも似てたら片っ端から声をかけた。が、オール空振り。おいおいおい。

結局、到着から2時間を過ぎた頃、日本航空のファミリーサポートのスタッフの方に連れられて出て来た。荷物で引っかかったらしい。

何事もなかったように、あいさつをするでもなく、ニンマリと初めて出会ったタスクが立っている。なんじゃコイツは。

(空港のガレージに向かいながら)

「大丈夫だったか」

「うん」

「飛行機で少しは眠れたのか」

「うん」

「うんじゃないだろ。何時間眠れましたとか具体的に応えるの」

「6」

「・・・・・」

その後、ランチに連れて行った時。

(ウエイターに水を汲んでもらって)

「タスク、何かしてもらったらセンキューってお礼を言うんだ。わかったか」

「センキュー」

「そうだ。いいぞ」

(店を出て)

「タスク、食事をご馳走になったら何て言うんだ」

「センキュー」

「オジさんには日本語でいんだよ」

ちょうど週末は家族が日本に里帰りをしていて、花の独身生活はタスクとの不思議な二人暮らしになった。

タスクは言葉は足りないけど、気持ちの良い少年で、言えばよく手伝いもするし、慣れると良く笑う。素直な少年だ。

「晩メシ、何にしよう。一番好きな食べ物はなんだ」

「カレー」

「何が入ってるカレーが良いんだ」

「タマネギとジャガイモ、ニンジン。それと肉」

「よし。タスク自分で作ったことねえだろ。オジさんが教えてやるよ。自分で作ってみな」

耳慣らしに映画館でアクション映画を観て、二人で買い物のカートを押してカレーの材料とスーパードライを積み込んだ。

(キッチンにて)

タマネギはこうやって切るんだ。フライパンにオッケイって言うまでオイルを入れてみな。そう、その調子で飴色になるまで炒めて。その間にその皿は洗って。

なんとかかんとかタスクが初めて作ったカレーが完成した。なかなか美味そうだ。

クラスで2番目に大きいタスクは「うまいうまい」と大盛りで瞬く間に2杯のカレーを平らげた。自分で作ったカレーはさぞ美味かろう。

ボクは別にチャンコ鍋をこしらえてビールでやっている。

「昨日のアイスクリーム食べないのか」

「もうダメだ。入らん」

到着から3日目の日曜日、ライトハウスチームのメンバーとしてソフトボールの練習試合に参加した。

メンバーに紹介する前に、言葉遣いにはウンと注意した。

「いいか、お兄ちゃんたちには大きな声であいさつすること。絶対に先にあいさつするんだぞ。元気よく、タスクです。よろしくお願いしますって」

「オッケイ」

「オッケイじゃあねえだろ」

約束通り、タスクは元気にぎこちなくあいさつができた。筋の通ったことは気持ち良く実践できる。

タスクの凡打の後、メンバーが打撃のコツを教えている時に座ったまま聞いているから、走りよって背中を引っ張り上げて立たせた。

「立ってキチンと返事くらいしろ!それが人に教わる姿勢か」

ボクの剣幕にメンバーの方が驚いた。

ボクは根っからの体育会系で上下関係や礼儀にムチャクチャうるさい。

それでもタスクはケロッとしていて、その後のクリーンヒットやファインプレーの時はみんなの歓声の中で両手を挙げて無邪気に笑った。

そしてゲームが2試合終わる頃にはすっかりメンバーに溶け込んでいた。

その日(日曜日)の夕方、英語がさっぱり理解できないタスクをベッカムキャンプに連れて行く道々、めずらしく不安げなタスクに言った。

「ピンチになってどうしようもなくなったらオジさんに電話しろ。飛んで来てやる。

だけど、できるとこまでひとりで頑張ってみろ。

自己紹介がヘタクソで笑われても、ひとりだけみんなが何言ってるかわからなくっても、決して目をそらさないで、逃げないで踏ん張ってみろ。

そんなのちっとも恥ずかしくない。知らないことは恥ずかしいことじゃないんだ。ごまかしたり、逃げることが恥ずかしいことなんだ。

いいか、負けるんじゃないぞ。オマエ、絶対大丈夫だから。

それにタスクが、悔しい、英語しゃべりたいって思えたらそれだって収穫だ。

タスク、ひとりでも友だち作ってみろ。住所交換してみろ」

タスクは泣きそうな笑いそうな複雑な表情だった。その場を後にするのが辛かったけど、ことさら明るく笑って部屋を後にした。

そんなタスクからの2日後の電話だった。

2日目にしてボクと立てた目標の、仲間の住所を手に入れた。

この一週間あまりの体験がタスクの人生をいっそう豊かなものにしてほしい。

教室で広げる英語の教科書と世界がつながっていること、生まれた国がちがっても心は通じ合えることを学んでほしい。

いつか誰かを受入れる時、その人の孤独とか不安を汲み取って、温かい手を差し伸べられる優しさと勇気を持ってほしい。

気持ちの良い大人になっていつかオジさんに酒おごれよ、タスク。

08 21, 2007

ひとりシャンパン

本日3本目のブログ。ハットトリック、あるいは猛打賞とよんでも良いのだろうか。

午後は3時頃から仲間とテニスでたっぷり汗を流して、その足で(ひとり)ジムに行って、体重の半分くらいの補助のウエートをつけて懸垂を80回、肘の懸垂も80回。それからウエイト付で腹筋を100回、スクワットはウエートを徐々に落としながら100本。最後に時間をたっぷりかけてストレッチで仕上げた。気持ちイイ。

家に帰ってから、風呂に湯を溜めながら、家内と娘にそれぞれ国際電話をする。

息子は四日市の牧場でインターンをさせてもらい、いろいろな体験を通して学ばせてもらっているようだ。糞の掃除もたっぷりさせてもらったようで良かった。

同様に娘は台湾で英会話をレクチャーさせてもらったり、友人家族の家で得がたい経験をさせてもらっているようだ。ありがたい。

気分が良いので、近所のママレードカフェで、大好物の茸がたっぷり入ったクリームソースのパスタを持ち帰りして、ひとりシャンパンであけた。

「シュポン!」

仲間としんみり、あるいはワイワイやる酒も楽しいけど、ひとりで昔に思いを巡らせたり、好きな本をパラパラめくりながらマイペースでやる酒もうまい。

今晩は池波正太郎さんの昭和30年代のエッセイを肴にちびちびやった。

食べてすぐに眠ると、内蔵が非常時に備えるので、これからポールニューマンとロバートレッドフォードの「スティング」を見て寝ることにする。この映画は大好きで何回も観ている。

映画も人生もハッピーエンドが良い。

08 11, 2007

立って寝るか、逆立ちするか

独り暮しのボクを心配して、台湾にいる娘は毎日のようにメールや電話で元気づけてくれる。どっちがしっかりしているのやら。

木曜日から金曜日にかけてはサンディエゴに泊まりの出張に行っていた。

今回はLCEからライトハウスに移動になった滝井くんの同行研修と、同じくLCEからライトハウスのサンディエゴ支社の責任者に復帰した大野くんと作戦会議や営業同行のため。

サンディエゴでは後発のライトハウスだけど、メンバー全員の頑張りで春先からガンガン調子を上げている。

まだ8月真ん中にして、年内に契約している売上合計が昨年の売上を突破した。

ここからは伸びる一方だ。

サンディエゴ版はまだ全体の売上が小さいこともあるけど、今期の2桁成長はもちろん、来年は50%くらい売上を伸ばせるだろう。それは広告主や読者モニターの声から手応えを感じている。

決して突然良くなったのではなく、創刊からコツコツやってきたことがちょっとずつ実り、ようやくサンディエゴ在住の方たちに支持をしていただけるようになってきたのだ。

読者の支持を得られれば、多くの広告主は読者の中にいるから数字は後から追いかけてくる。これからも価格破壊に翻弄されることなく、誠実に「コツコツ(大)作戦」の継続だ。

営業同行の現場では、「某社は半額にしてくれた(倍のサイズにしてくれた)」「半値にしてくれたら出す」「誰にも言わないから負けて」と言った根拠のない不毛な投げかけに気絶しそうになりながらも、迎合せず、気持ちを切らさず、次につながる空気を残して席を立つようにしている。

その扱いが今のわれわれの実力なのだからこればっかりは仕方がない。

一方で、真剣に商売の相談をしてくれるテーブルは気持ちが良い。今すぐに広告が出るとか出ないとかは後の話なのだ。

今回もあるホテルオーナーから相談を受けて、温めておいた、稼働率と利益をしっかり伸ばせるビジネスモデルを提案したら「こんなに具体的に、プロフェッシュナルな提案をしてくれる会社は初めて」と大いに喜んでくれた。

早ければ数ヶ月内に世に出るだろう。このプロジェクトが成功したら、日本からの進出企業や、これから商売を始める人たちに大きな助けになる。

目算通りに成功したらロサンゼルスや全米の主要都市への展開を後押ししたい。そうすれば、放っておいてもボクらの商売である広告出稿は大きくなるし、HR(人材業)もついてくる。みんながウィンウィン。

これも、営業、企画、制作の連携で実現したライトハウスの「勝利の方程式」(ちょっと古い?)だ。

それとは別に、サンディエゴに暮らす永住者、駐在員、主婦、学生・・・。異国であるが故に生じるさまざまな悩みやストレスを、誌面を通して少しでも解決できないか、評判の精神科の先生に相談したら、来月から新コラムを書いてくれることになった。

難しい心のメカニズムを、子どもが読んでもわかるようにやさしく、人間味たっぷりに書いていただくよう依頼した(オマケに広告もついてきた)。

金曜日の最後のアポイント。筑波で按摩(あんま)師を目指す人に按摩技術を教えていた岩本先生は、一念発起してサンディエゴに家族で移住してきた。40歳からのチャレンジだ。

全盲の岩本さんは、盲導犬のメドが立ったら、こちらで按摩師として開業したいとライトハウスに相談をしてくれたのだ。

待ち合わせのスターバックスに岩本さんはひとりでバスでやって来た。どこにだって杖一本で行ってしまう岩本さんにボクはいきなり勇気をもらった。

いろんな会話の中で、「ボクが障害を持つのは意味があり、運命だと思っています。障害があっても、外国に渡ってやっていけることを証明して、障害者だけでなく多くの人を勇気づけたい」そんな話を、イチローのような語り口で聞かせてくれた。

岩本さんは、スキャナーで読み込んだボクのブログを点字にして愛読してくれていると言う。もうひとつの会社「LCE(ライトハウスキャリアエンカレッジ)」のビジョンにも強く共感してくれた。ありがたい。

大野とボクで、思いつく限り開業がスムーズに行くためのアイデアを出した。できるだけ移動のロスをなくして稼働率も上げたい。ブランドも守りたい、育みたい。大野がさっそく週明けから日系のクリニックやホテルでタッグを組めそうなところを打診することになった。この男のネットワークは熱くてネバいから侮(あなど)れない。

「まだ何にもないうえ、広告も出せるかわからないのにありがとうございます」

「ぜんぜんオッケーです!」

ボクらはチカラいっぱい応えて、両手の握手を交わして店を後にした。

そうなのだ。そんなことはぜんぜんオッケーなのだ。

自分たちを頼りにしてくれる人がいるシアワセ。期待に応えて喜んでもらえるシアワセ。仕事の醍醐味ではないか。

最近ボクはメンバーに数字の話ばっかりしているけど、会社で一番大切なのは事業を通して、人様のシアワセとかヨロコビを追っかけることだと思う。

「絶対、成功してもらいましょう!」

突然となりで人相の悪い大野がコブシにチカラを込める。そして続けた。

「社長、ブログみんな見てくれてますよ。サンディエゴにも足向けて寝れませんね」

「ホンマやのう。あっちにもこっちにも向けられん。立って寝るか、逆立ちするしかないのう」

大笑いしながら、温かい気持ちでサンディエゴを後にした。

08 11, 2007

土曜日のカリフォルニアロール

土曜日の朝。

毎朝のように、スケジュール管理ソフト(サイボーズ)をチェックすると、帯(来客)も予定もなく真っ白け。こういう日は一年に何日もない。

貯まっている仕事を片付けたら、ジムに行って、そうそう、テニスで思い切り汗を流そう。

さっそく近所に住む友人のトシさんに電話をすると寝起きの声。

ハッと思って「今、どこですか」と聞いたら、「ハワイ(出張先)です。ちょうど起きようと思ってました」だって。ごめんなさい!!ハワイはまだ午前6時前であった。

先週の月曜日から娘は、現地の子どもたちに英語を教えるボランティアで台湾に行ってしまった。火曜日からはカミサンと息子が日本に里帰り。

そんなことでボクは独りで留守番をする毎日。

「独りの身分」>「独身」>「デビルウィング」なんて邪(ヨコシマ)な連想をしてひとり笑っていたけど、ドッコイそうはいかず、今週も、来客、会議、営業同行、来客、会議、出張の連続で、毎日(細切れで)4〜5時間の睡眠時間だった。

それは忙しさもあるんだけど、パラレルで練っているLCEとライトハウスの事業構想、相談を受けているクライアントの事業立て直しが、四六時中アタマから離れなくて、床についても気分が昂(たかぶ)って眠れないのだ。

それは決して苦痛ではなく、閃き(ひらめき)の波が不規則に押し寄せ、その度に帳面を開いて書き込むのを繰り返しているのだ。

もうオールナイトでハイテンション。そんなことであっという間に朝が来てしまう。仕事のことを考えていると楽しくて仕方ないのだ。

さすがにこれではカラダが持たないので、サンディエゴの出張から戻ってきた昨晩は、マッサージチェアで入念に全身をほぐして、睡眠補助のピルを飲んで泥のように眠った。

おかげで今朝はずいぶん体調が良い。

お客さんに恵まれて、大好きな仕事を、背中を預けられる仲間や、頼もしくてかわいいメンバーたちと、クタクタになるまで取り組む日常の連続。

少しでも世の中に役に立てているという実感。

調子が良くても悪くても何ら変わりない友人。

健康でいてくれる家族。よく笑う家族。

強靭なボク自身のカラダ。

身の回りには感謝しかない。感謝を忘れてはならない。

ボクは感謝に包まれたカリフォルニアロールだ。

08 11, 2007

配達ができる人

8月1日。朝7時半のスターバックスから。

昨夜はヘンな時間に目が覚めて、そのまま明け方まで帳面に思い浮かぶアイデアを書き続けた。あんまり寝ていないけど体調はすこぶる良い。

8月の最初の日にこんなラッキーもあった。

スターバックスでいつものようにアイスコーヒーを頼んだのだけど財布には100ドル札しかなかった。いや、札束じゃなくて一枚きりね。そうしたら、お釣りがないと若いお兄ちゃんにオンザハウス(お店からサービス)にしてもらった。

今朝は一昨日の午後にライトハウスの配達をした時のことを書こう。

その日は四半期に1回くらいまわってくる配達の当番日で、新人の営業マンの西田くんと、夏休み中の息子の玄(はるか)といっしょに大きな業務用のバンでウエストロサンゼルスを配達した。

今回、娘は参加できなかったけど、ボク同様に子どもたちも配達が大好きだ。

「配達」は、すべてのメンバー、ライターさん、協力業者が精魂込めて作った一冊の「ライトハウス」を、一番最後に読者に届ける「アンカー」走者だ。

そんな重要な役割だから自分の当番の時は、自らキビキビと、笑顔で爽やかに(なっているカナ)、小走りで配達をする。これは営業同様に、メンバーに対して自らが手本を見せる大切な場でもある。

だらだら、イヤイヤ、苦しそうに配達している情報誌なんて誰もピックアップしたくないからね。

たまの機会だけど、小さい時からボクの配達を見て育った息子も「笑顔で走って」配る。チビが一生懸命やっていると、褒められたり、コーラをもらったりするものだからますます楽しんでやっている。

配達の仕事も、レストランのウエイター(ウエイトレス)の仕事も、お客さんとの接点という意味ではよく似ている。

地味な仕事だけど、その会社(店)の印象を大きく左右し、そこがイキイキしている会社はきっと繁盛している。そういう仕事を厭(いと)わず、その中に意義や意味を見いだし、工夫と改善ができる人は何をやってもうまくいくと思う。逆にそういうことがキチンとできない人をボクは信じない。

入社してまだ一ヶ月。なかなか自分の立ち位置を見つけることができずに悩んでいる西田くんは言われなくても走って配った。ボクが新しくオープンした店を見つけて突然車を突っ込むと、彼は走ってライトハウスを届けて、責任者の名刺をもらって来た。当たり前のことを当たり前にできる。一見不器用そうだけど真っすぐだ。

彼の芽を出してやることができなかったら、ボクや片山の責任は重い。

おっと!時計に目をやるともうすぐ会社が始まる。今日もメンバーに会うのが楽しみだ。

08 01, 2007

サンディエゴから

まもなく午前4時。サンディエゴのホテルでこの原稿を書いている。

昨日はライトハウスとLCEの組織変更の発表とキックオフのためにサンディエゴに入った。

日中は営業の同行にもまわったのだけど、ある二人の経営者の言葉が耳についたまま離れず、数時間寝たところの夜中の一時半にパッチリ目が覚めた。

「オタクの大野さんは出店の前から親身にチカラになってくれた。広告の話の前に、どこに出店したら良いか、どんな市場の傾向があるか、私が困っていることを助けてくれた。他所はお金(広告料)の話だけ。だから二度と出さない。うちはこれからもライトハウスだけ」

「サンディエゴの支店開設の前の、右も左もわからない時に助けてもらった恩は忘れない。ライトハウスの方に足が向かないよう枕の位置を変えたよ(笑)。これからもお互い地域に根ざして商売頑張りましょう」

とてもありがたいお言葉だし、ライトハウスが一番大切にしてきたことがその言葉に現れている。その言葉を追いかけてボクらは事業をやってきた。

しかし恥ずかしいことだけど、すべてのお客さまにそういうサービスが行き届いていないのも事実でありこれからの課題だ。

ロサンゼルスとサンディエゴを合わせると400件を超える広告主が毎号ライトハウスの広告を掲載してくださっている(不定期のお客さまを合わせると600件強)。このペースで推移すると来年の後半にはレギュラーで500件を超えるペースだ。

売上を伸ばすことも大切だけど、本来それ以上にバリューがなくてはならない。

われわれのバリューってなんだろう。

白い天井を睨んでいたら闇に目が慣れてきた。そのうちに湧き上がるように言葉が出て来て、急いで灯りを点けて帳面にメモをする。

昨日のお二人のような経営者(支援者、ファン)を増やすにはどうしたら良いか。

すべてのお客さんに同じだけの時間と手間をかけることは物理的にできない。「お役に立ちたい」ハートの部分をシステムに落とし込むことはできないものだろうか。

経験や技術に差のあるメンバーの提案力やサービスの質をどうやったら標準化できるのだろう。

「直接的な広告効果」ももちろん大切だけど、行き着くところは「経営課題の抽出と解決策の提案」の標準化ということになる。

平ったく言うと、「なんかあった時にライトハウス(あるいは担当者個人)なら何とかなる」「わからんことは(まず)ライトハウスに聞いてみよう」そういう存在になることだ。

(これはLCEにも置き換えられる)

解決の仕方は自社だけで完結する必要はない。長年育んで来た人脈や取引先の「引き出し」を駆使すれば良い。

そして客観的な立場でコミュニティを知り、(顧客の)同業他社との接点があるからこそ見える部分をアイデアとして伝えれば良い。実践するのはあくまでお客さんだ。

課題解決の守備範囲も「広告」まわりだけであってはならない。

地元日系社会はもとより、ローカルのアメリカ人、あるいは中国系、韓国系のお客さんをどうやって呼び込むか。そのためにはローカルペーパーや他のコミュニティとのアライアンスは組めないか。それは誰が開拓して管理をすればシステム化できるか(そういう機能を持つことはメディアとして急務だ)。

ウェブサイトを駆使して、日本や他地域からの集客はできないか。

お客さんの組織の中間管理職から店員や職人まで、LCEとの連携で、人材の部分の課題解決はできないか。

もっと進化させて、LCEで米国進出企業の掘り起こしをして、出店、人材、マーケティングをパッケージでサポートすることはできないか。

帳面が真っ黒けになって来た。

地に足をつけよう。謙虚になろう。自分たちのチカラと可能性を信じよう。

できることは無限にある。朝が待ち遠しい。

08 01, 2007