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込山洋一

怖い卒業生たち

10月31日。今日は10月最後の日でハロウィーンの日。

昨晩は帰宅して、京都映画村で買った芸者のカツラをかぶって「パパは明日これで会社に行く!」と勇ましく家族に宣言したのに、今朝になっていざ自宅を出る段になると気後れしてしまいカツラを置いてきた。情けない。

昨晩はライトハウスの元副編集長で、今ではロサンゼルスやカリフォルニアの観光局のPRを一手に引き受けて活躍している森真弓さんと、現編集長で、昔は森さんの部下であった川嶋くんと3人でトーランスで弟がやっている居酒屋「WAKYO」で飲んだ。

ボクは9時過ぎには席を立ったけど、残業していた中山くんやハンくんも合流して、閉店後12時半まで盛り上がっていたようだ。川嶋編集長は森さんにずいぶんハッパをかけられたらしい。

ライトハウスのまわりには森さんを始め、元メンバーの編集者やデザイナーで、独立した今もライトハウスの仕事を手伝ってくれている仲間が大勢いる。

段取りやツメが甘かったら、彼らはメンバーにピシャリと叱ってくれているようだ。

ゲンコツをたくさんもらってやっと編集長やマネージャーになっても、社外の先輩たちから未だに雷が落ちるのだから堪ったもんじゃないだろうけどこんなありがたいことはない。

卒業生にはいつまでも怖い先輩で良きパートナーでいてもらいたい。

10 31, 2007

ペニーの旅立ち

朝7時17分。会社の前のパーキングでブログを書いている。

人に預けた鍵を返してもらうのを忘れて会社に入れないのだ。

おかげで、朝の空いているバーガーキングで、数えてみたら71枚の1セントを含む小銭を使ってコーヒーを買うことができた。たまってきた1セントが一時に有効活用されるのは気持ち良い。

レジの女の子にはちょっと怪訝な目で見られてしまったけど。

と、ここまで書いたところでもうデザインの西村くんが到着。3分足らずでオフィスに入ることができた。

昨日に続いて、今朝の朝焼けもとってもキレイだった。車を停めてそこでずっと眺めていたかったくらい。

今日もなんだか良い一日になりそうだ。

10 30, 2007

決断に必要なこと

なにか新しい構想を練ったり、大切な決断が迫っている時というのは、床に着いても頭が冴えてなかなか眠れるものではない。

暗い天井の一点を見つめてさまざまなシュミレーションをする。

「!!!」

閃いては書斎に走って帳面に書きなぐり、図形に起こし、電卓を叩き、数字を並べて比較したりする。

「やったぜ、ベイビー!」(古い)とひとりの部屋で肘を引いてコブシを握る。

が、たいていヨロコビも束の間。整理してみると、実は堂々巡りであったりする。

それでも、この思考の延長に、きっとすぐそこに「名案」とか「打開策」が来ているような気がして、もうちょっと、もうちょっとと知恵を絞るんだけど、翌朝見たら何でもないようなアイデアをただ書き並べているだけだったりする。

大切な決断をしなくてはならない時も同じで、掘り下げても掘り下げてもますます混乱するばかりだ。

そんな毎日だけど、たまたま今日、車の中でこんなヒントをもらった。

運転している時、ボクはたいてい京セラの稲盛さんの講話(CD全63巻)を流しているんだけど、物事を判断する時にはどうしたらよいか。その答えとも言える講話が流れてきた。

「物事を判断する時は、自分というものを除いて考える習慣をつけなくてはならない。

決して自分の利益とか、会社の利益を中心に考えてはならない。欲望の窓から見たら曇った判断になる。

自分を愛すること、自分の欲得で考えることは一番良くないことだから。

世のため、人のために何が正しいかを考えたら必ず正解が見つかる。」

すっごく難しい。とても難しいことだけど、まず心がけてみたい。

10 28, 2007

生かされて

久しぶりにブログを更新。

ご存知のとおり先週末からの山火事で、ライトハウスが事務所を置くサンディエゴでは、避難生活を余儀なくされたメンバーや、また直接取引やご縁はなくとも多くの方が不安や不自由の中で生活を送っていることを思うと、どうしても日常の出来事を楽しく綴る気持ちになることができなかった。

また重なる時は重なるもので、組織的な弛みが原因で、このままエスカレートすると出版事業の継続そのものに影響がでるような出来事があった。

まだ決して安心はできないのだけど、取り戻しつつある日常の中で思うのは、

「人は生かされている」

のだということ。

改めて、宇宙とか、今ふつうに空気を吸っているこの世の中で、人間なんて本当に脆(もろ)くて儚(はかな)い存在なんだよなあと思い知った。

そしてもうひとつの意味で、人と人とのつながりの中で生かせてもらっているのだということを感じた。詳しくは書けぬが、今回も人に、そして人のつながりに助けられた。

自分たちが頑張るのは当たり前。目に見えぬつながりとか思いやりへの感謝を忘れてはならない。

「謙虚にして驕らず」

前を見て、上を睨んで生きているけど、足元を見つめさせてくれる一週間だった。反省ばっかし。

10 28, 2007

忍者ハッ○リくん

朝7時10分、会社から今日のスケジュールのことで、片山の携帯にメッセージを残そうとしたら、すぐに電話に出て、もう7時からお客さんとミーティングしていると言う。なかなか一日を有効に使っている。

ここしばらくの小さな出来事をパラパラ。

一昨日、学生インターンの女性がある取材でインタビューに来てくれた。

放っとけばいいんだけど、目がチカチカするネイルが気になった(キレイなんだけどね)。聞けば、就職活動中なのだと言う。

「たぶん、面接の担当者は言ってくれないと思うけど、そういうネイルが面接でプラスに働くとは思わない。パーティやバケーションや週末じゃないからね。自分を伝える前に、服装や身なりで判断されるのはもったいないことだと思う」

「あなたはその質問の用紙にそって聞いているけど決して自分の言葉じゃない。取材のコツを言っておくね。取材をするならできる限り予習をすること。仕込みが大切だ。これは営業でもなんでもそうだけど、相手に興味を持つこと、もっと言うと相手を好きになるくらいの勢いでのぞむと、引き出せる言葉の深さや幅がぜんぜん違ってくるんだ。真剣勝負でいかないと。まず懐に入って。そして視界を共有するんだ」

なんだか取材を受けているのか、カウンセリングをしているのかわからなくなってきた。朝の忙しい最中に一時間以上を費やしてしまった。うまく伝わっていたら良いんだけど。

こんなボクだからカミさんにはよく「説教オヤジ」と言われる。「カタリ(語り)ーナ」とも言われる。

その傾向は飲むと顕著なようで、若い人をつかまえては語って聞かせるようだ。ボクの方はと言うとどこ吹く風で、若い人に伝えていくことが使命だと思っている。もう開き直りなのだ。

もちろん、「言うだけ番長」であってはいけないので、常に自分を省みては反省と反省と反省の毎日だ。

一昨日のことがあって、昨日はすぐに幹部メンバーを集めて電話対応や接客について弛みがないか確認した。そのへんのクオリティの確保を強化するためにいくつか手を打った。うちこそがまだまだなのだ。

取材や営業にしても「あの会社は社長がブログで一人前のこと書いてるけど、いよいよ社員の態度が悪いなあ、デタラメや」ということが決してないようにせねばならない。

「謙虚にして驕らず」全社員がそうあらねばならない。

さて、昨日は早めに仕事を切り上げてジムに行ったら、ちょうど初心者向けのヨガのクラスをやっていたので飛び込み参加してみた。

以前にうちで特集を組んだし、LCEでも最近その方面の大手の学校が2件立て続けにお客さんになったので少しどういうものか体験しようと思い立ったのだ。

ヨガ専門のスタジオの中は、男性インストラクターと、全員女性で20名近くの生徒がいる。

むむむ、やるなヨガ。うまくやっていけるかもしれない。

インストラクターの指示にそって呼吸法に注意しながら様々なポーズを取っていく。動き自体はゆっくりなんだけど、ふだん使わない筋肉を使ったり伸ばしたり、これがなかなかハードな全身運動。おしまいの15分は照明を落として、リラックス系のCDを聞きながら毛布をかぶって寝転んだまま瞑想する。いや、寝ちゃったけどね。

終わってみたらカラダすっきり、マッサージを受けたあとみたい。

なるほど人気の秘密はこういうところにあったのか。もうこれでボクもヨガ博士。なんでも聞いてください。

家に帰って夕食の席で「ヨガ道」を語っていたら、カミさんに「あなたって一回聞いたりやったりしたら、何十年も知ってるみたいに語れるよね。ふつうのヒトにはできないよ。さすが忍者ハッタリくん!!」

ハッタリくんになってしまった。

10 18, 2007

反面教師

ちょっと考えさせられる一日だった。

ボクは今日の午後、約束の1時ちょうどにその社長のオフィスを訪ねた。前のミーティングが延びているようで、そのままソファーで待っていた。

待つのは慣れっこだけど、20分過ぎた頃、今日の目的を考えた時に決して良い話し合いをすることはできないと思い、受付に言付けて静かに席を立った。

仕切り直そう。

ミーティングが押すことは常だし、待つこと待たせることはお互いさまだと思っている。むしろ待つより待たせる方がイヤだしツライと思う。

ただ今日はちょっと事情がちがった。

世間でも評判のその会社は、従業員が数百人になる成長著しい飲食業なのだけど、社長夫妻から「自己資金での成長スピードには限界があるので投資家を紹介してほしい」という相談を受けていた。

そもそもライトハウスは「日系企業への投資が促進して、そこに雇用が生まれ、日系社会にお金が循環して活性化拡大する」ことを目指しているので、その相談を受けた時、単にビジネスではなく微力ながらもこの会社が伸びるようチカラになりたいと思った。

そんなところに先の出張で、(ボクの実力とはまったく関係のないところで)細く長いつきあいだった投資家の知人から、アメリカでちょっとまとまった額の投資をしたいという相談を受けたのだ。1億2億の話ではない。

これって運命?

そのくらい絶妙のタイミングだった。頼りにしてくれる両者を引き合わせればきっと良縁になる(なってほしい)。内心その社長夫妻を喜ばせたかった。

もちろん、自分の信用を担保するわけだから、一方で厳しい審査の目も持って訪問した。矛盾するようだけど、今日はいろいろな角度から質問してもっと人となりを知っておかなくてはならないと密かに思ってもいた。

が、それ以前の話で、自分の都合で早めたアポイントを放ったらかしで20分待たせている状況に、(何度もボクの中に傲慢はないか自問自答したうえで)もしここにクライアントがいるとしたらやはりあまりにも失礼な話だと判断して席を立った。

「お待たせして申し訳ありません」あるいは「もうしばらくお待ちください」その一言がない組織に疑問を残し。

それでもこのあたりまでは、後で社長の「すまぬ」の一言があったら水に流せると思っていた。

帰社すると、その社長秘書からうちのメンバーにえらい剣幕で「社長のアポイントがあるのに勝手に帰ってしまった(ボクのこと)。うちの社長が今待っているから携帯電話の番号を教えて。そうでなかったら至急電話をさせて」と2回も電話があったそうだ。外部の人に使う言語に「うちの社長」も「至急」もないよなあ。

報告を受けた瞬間、潮が引くようにこの会社への思い入れが失せて消えた。

それにしてもボクは見る目がない。

自分にも非があるやも知れぬと時間が経って考え直し、きっと来客のケアを怠ったことで社長に叱られるのが怖くて、この秘書はヒステリックになってしまったのだろうと前向きに解釈しようと試みた。

それにしても。

非礼を詫びるどころか、秘書に電話させるトップの神経も理解できなかった。

やっぱりメンバーとトップは鏡なんだよなあと不思議な感心をした。

きっと会社が大きくなる過程で進言してくれる人材を失い、絶対君主の裸の王様になってしまったのだろう。

決して同じ轍を踏まぬよう身を引き締めた。

それにしてもこんな会社を紹介したら大恥どころか信用失墜だったろうから、急遽神さまがメッキを剥いで見せたのだろう。感謝すべきことなんだよなあ。

傲慢は見るに耐えない。

電話一本、来客一件の対応で将来を左右するかもしれないような機会損失につながることを身を持って知った。

また、お客さんに対してはもちろんベンダーさんや裏方さんに対してこそ、温かく謙虚に気持ちをこめて接しなくてはならないと改めて感じた。

態度を使い分けるような、人間として卑しいことがあってはならない。

加えて、まちがってもトップの顔色を見て仕事をするような集団になってはいけない。見るべきはお客さんの顔色でもない。見つめるべきはお客さんの課題とその解決法だ。もちろんそれは礼節のうえに。

しみじみ我が身を省みて、今は2つの会社を合わせても40名足らずだけど、100人になっても200人になっても、この仲間たちがそういう恥ずかしい振る舞いをせぬよう、やさしい心で小さな心配りを大切にできるよう、また自分自身が決して裸の王様にならぬよう思いを新たにする一日だった。

10 16, 2007

ふつうの火曜日の朝に

先週までオフィスでは時間帯によってクーラーをかけていたのが、週明けには暖房をかけているではないか。そういうボクも、先週はオフィスでは半袖で仕事をしていたのが、厚手の長袖で出勤している。

昨日、偶然にブログを読んでくれた懐かしい友人から手紙が届いた。ミシガンに赴任しているらしい。

卒業以来だから20年以上会っていない。10代の若者も時を経て40代になっている。

「40代も悪くないな。今までの経験があって実現させるチカラもあるから」

確かにそう思う。

体力、気力、知力のすべてが充実している。

散々と失敗や挫折、失望も経験することができた。

そして他人を傷つけたり、結果として見捨てることもしてしまった。今の自分なら許せたり、助けられたこともあったろう。

逆に今の自分ならもっと早く見切りをつけたり、曖昧にせず絶対に許さなかったということもある。

それもこれも含めて40歳までは助走の人生であったと思う。

「きっと(ブログに)書けないこともたくさんあるだろ」

確かにそうなんだけど、正確には「書く必要がないことを書かないようにしている」というのがより正しい。

例えば、その時に経営のことで苦悩していたり、極めて困難な状況に置かれていたり、あるいは辛酸を舐めるような仕打ちを受けていたとしても、それを文章にすることは文字の垂れ流しでしかないと思っている。それはボクが黙って乗り越えたら良いのだ。泣き言やまだ克服できてないことは書く必要がない。

だってこの世に生まれて生きている限り、すべての人が苦悩とか困難とか辛酸にまみれて生きるのが当たり前で、だから磨かれるし、だから成長できるんだから。

泣きたい気持ちになったり、つっかえ棒が欲しくなるのは国のトップから乞食まで60億人みんないっしょだ。

そもそも自分だけ不幸と思うことが不幸なんだ。

感謝すべきことは身の回りにゴロゴロころがっている。

朝、目が覚めること自体当たり前のことじゃない。

無事に目が覚め、顔を洗う水の冷たさを感じ、笑顔でおはようを言う相手がいて、交差点で道を譲れば笑顔が返ってきて、自分を必要とする仕事(家事、学業)があって、そういう小さなことひとつひとつに感謝できたなら、もうそれはシアワセ以外のなにものでもない。シアワセも不幸も、脳味噌のシワのフォーメーションに過ぎない。

日常の大小のハードルは「必然」であり、自分自身の「磨き砂」だから、声高に「やってまっせ」とアピールするのではなくそれぞれが粛々と取り組んだら良いのだ。

こえられない試練なんてないんだから。

10 16, 2007

アメリカンドリーマー

会社のメンバーはランチを会社まで届けてくれるサカイ(310−697−9299)でよく注文をする。毎日、日替わり弁当があって、それ以外にも幕の内や唐揚げ、シューマイ弁当などそこそこメニューも豊富で重宝している。そんなにたくさんの数でなくても届けてくれるので、サウスベイに事務所を構える人にはありがたい存在だろう。ちなみに味付けは濃いめ、ボリュームは多め。今日のオムライスなんかボックスを持ち上げるのにズッシリ。これが体重になるかと思ったら、半分で気持ちもお腹も満腹になった。料金は基本5ドル50セント(一部、4ドル50セント)。

これだけ宣伝したらシュウマイの2つくらいオマケだな。

メジャーを目指して独立リーグでプレーする野茂選手を訪ねて、友人で制作会社をやっているKさんがベネズエラにテレビ取材で飛んだ。

(ベネズエラは「こちらは摂氏27度とちょうど過ごしやすい気候ですが、ロスよりもひどい交通渋滞にびっくり」だそうだ)

それを聞いてさっそく、実現するかわからないけど、ライトハウスの新年号の企画「アメリカンドリーマー」の取材をお願いしてみた。

毎年ライトハウスでは、ビジネス、学問や先端技術、芸能芸術、スポーツなど様々な分野で活躍する「アメリカンドリーマー」をインタビューして新年号の巻頭特集で紹介するのだ。

身分が保証されてアメリカに渡ったのではなく(それはそれでとても立派なことなんだけど)、何の約束もないところから挑戦して、挫折を乗り越え、カラダひとつで「夢」を追いかける人。「夢」を燃料に、「才能(技能、技術)」を武器に、異国に地で成功し、それに甘んじることなくさらに努力をする人。自分の仕事が好きで誇りを持っている人。国を背負ってきているという気概のある人。そういう人たちを取り上げてきたし、これからも発掘していきたい。

そして新年号を読んだひとりでも多くの方が、

「よし、新年は僕も頑張ってみるか(東京出身者)」「オレも志持ってアメリカ来たけん、負けれんが(香川県出身者)」「本気で生きんといけまぁが(岡山県出身者)」
「うち、あきらめへん、泣いたらアカン(大阪で生まれた女)」「がんばるとぉ(福岡県出身者)」「目指すはアメリカンドリーマーじゃけんのぅ(広島県出身者)」

というような具合に、年末年始に思いを新たにしてもらうことができたら、情報誌の発行する身としてこんなシアワセなことはない。

小さな出版社だけど、本誌やウェブを通して、世界のどこかで誰かの心に小さな勇気を灯せるかも知れない、大きな未来へつながる種火を提供できるかも知れない、そういう尊い仕事をしていることをボクらは誇りに思っている。

カタチはちがうけどLCEも同様だ。

人様の未来に関わりたいし応援したい。仕事を通して世の中を善くしたい。

野茂さんに話は戻るが、全盛期の野茂さんも格好良かったけど、メジャーはおろか3Aにもお払い箱にされてなお、南米の独立リーグで若い選手に混じってメジャーを目指して汗を流す今の野茂さんにボクは憧れ尊敬する。

彼のように、荒野や山岳に不器用であっても自らが道を切り開く人生を送ってみたい。舗装された道路を選ぶのではなく。

10 15, 2007

あかるくやさしく

ボクは元来ポジティブが過ぎる性格だけど、中学の頃にモノの本で、自分の発するマイナスの言葉が、どれほど自分自身の潜在意識や未来に悪い影響を及ぼすかを学んでから、決してネガティブな言葉を使わないよう心がけている。自分の言葉を侮ってはいけないのですね。

例えば、

「疲れた」ではなく、「力が入った」「これはビールがうまいで。もうひと頑張り」。

「キツい」「できない」「無理」ではなく、「歯応え満点」「チャレンジやないか、いいねえ」。

「苦しい」時はむしろ「面白くって仕方ないなあ」「うわっ、成長しそう」。

ちなみに、「苦しい」時こそ、他人を労い思いやると、不思議と自分自身の苦痛がやわらぎ、チカラと勇気が湧いてくる。神さまのご褒美かもしれない。(いつもできていないけど)

そんなふうに、前向きな言葉、やさしい言葉は、自分だけでなく、まわりもハッピーにしてくれる。

「面白い」「楽しい」「チャレンジ」「ラッキー」「ついてる」「ワクワク」「ありがとう」「ヤッホー(使わないけど)」。なんか書いてるハシからうれしくなるではないか。

表情も大切で、ボクは洗面所の鏡の前でなるべく笑い顔をこしらえる。すると自分のアホ面につられてホントの笑顔になる。笑顔の効能は素晴らしくって、まわりにも伝染して新たな笑顔を呼び、場の空気を和ませる。お互いの気持ちをやさしくしてくれる。

逆にマイナスの言葉はいただけない。

「無理」「できない」「もうダメだ」「どうぜ」「だって」。書いていると地べたに吸い付きそうになる。

そういう言葉って、自分はもちろんまわりの気も下げてしまう。「できない」と言った瞬間、自ら可能性や未来を放棄してしまっているのだ。いかんいかん。

ボクは自分自身が使わないだけでなく、そういう言葉の人とは距離を置くようにしている。時間と情熱は未来を肯定できる人たちと費やしたいからね。

人はひとりで生きていない。

お互いの存在によって成り立ち、その職場や家庭、地域や国の「作り手の一員」だ。「明るくやさしい」世の中に住みたいならば、自らが明るくやさしい気持ちで人に接するのが一番早い。他人が変わるのを待つんじゃなく、自らが先ず変わるのだ。

まわりの環境は自分自身の鏡だから。

10 13, 2007

熱い茶を飲もう

10月12日の夜。

息子の剣道の帰り道、ウィンドウを小雨が濡らした。洗車をした当日に久しぶりの雨だ。草木はさぞ喜んでいるだろう。その後も雨は勢いを増していった。

はてさて。一泊二日でサンディエゴに出張に行ってきた。

昨日の朝出発したのだけど、メールの返事を書いたりしていたら、いつもよりほんの10分遅く出発しただけなのに、110フリーウェイの渋滞で出ばなを挫かれ、405フリーウェイは最初から渋滞。オレンジカウンティを抜けるまで2時間近くも費やし、サンディエゴに着くのに3時間近くかかってしまった。これ、いつもより40分くらい余計にドライブしたことになる。

幸いアポイントには支障はなかったけど次回はもうちょっとゆとりを持って出ねば。

いきなりしびれる話を書いたけど、うれしい出来事があった。

「あなたがコミヤマさんですね」

ランチで入った高級住宅街のラホヤの寿司店。メンバーに紹介してもらった、少し緒形拳に似たオーナーシェフは、懐かしいような親しみのこもった笑顔でボクを眺める。

初めて会うはずなのにどうしてだろう。

「ワタシはオサガワセ(創刊時の名称)の頃から知っているんですよ。

20年近く前だったなあ。ガリ版刷で。とにかく個性的だったからよく覚えてる。それまではゲートウェイとブリッジくらいしかなくってねえ(注:実はブリッジUSAの創刊はライトハウスの半年後)。

当時ワタシはラスベガスで握ってて、時々ロサンゼルスに仕入れにいってはヤオハンでピックアップしてたんですよ、オサガワセをね。

それがライトハウスになってピックアップの度に確かに厚くなっていく。当時、ワタシもいろいろキツかったけど、オタクが分厚くなっていくのを見て、ああ頑張ってるな、やってるなって。よし!オレも頑張らなくっちゃって勇気づけられたもんですよ」

話し切ったTさんは少し照れくさそうに視線を落とした。ボクは心の中で手を合わせてお辞儀をした。こういう方たちにライトハウスは支えられている。同時に、浮沈の激しい異国の地で、お互いにフィールドがちがっても生き抜いていることに強い連帯感を感じた。

「冷たいスーパードライ一本!」

は喉まできて止めた。まだ昼だから。

「すみません、お茶いただけますか・・・熱いの」

10 12, 2007