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ライトハウス会長・込山洋一
1965年生まれ。国立弓削商船高等専門学校 航海学科卒。1986年、国交省航海訓練所の練習船(日本丸、大成丸)での1年間の航海実習で、ロサンゼルスの青空と自由闊達な風土に魅了され、卒業と同時に渡米。学習塾経営を経て、1989年、日本語情報誌ライトハウスを創刊。2016年、ビジネス・ブレークスルー大学大学院(BBT大学院)経営管理修士課程を修了。

司会ならおまかせ

以前にブログで書いたけど、ビバリーヒルズに住むO夫妻が、日米の様々な分野で活躍する若者のために毎年主宰する「ヤングエリートパーティ」(自分は該当しないので活字にすると恥ずかしい)の司会を仰(おお)せつかった。

この集まりはすべてO夫妻のスポンサーで、これまでロサンゼルスの夜景が一望できるO夫妻の邸宅や、大型クルーズ、ヨットクラブ、高層ビルのペントハウスなど、毎回会場も趣向を変えて、ネットワーキングだけでなく、われわれ参加者の「社交」の世界を大いに広げてくれた。

Oさんは一代で大会社を築き上げ、60半ばでリタイアしてからは、ビバリーヒルズと東京を拠点に、毎月のように夫婦で世界中を旅したり、ゴルフをして悠々自適のシニアライフを送っている。

そんなOさん夫妻とは、プライベートバンクの紹介で知り合って以来、狭い世界しか知らない山猿のようなボクを、息子のようにかわいがり、応援してくれている。

ある時は「大きな商談をまとめたり、大切な方をもてなすための応接間にお使いになると良いでしょう」と、日本でたぶん一番国際的で格式の高いプライベートクラブに推薦入会してくれた。

また日本の財界人で構成される勉強会にもデビューさせてくれた。

例えば、新橋のお座敷やリビエラカントリークラブで、経営や人生を教えてくれることもある。酒を好むが、決して乱れずきれいな酒を飲む。

言ってみたらボクのメンターのような存在のひとりで、Oさんからは何を頼まれても二つ返事で受けることに決めている。

それにしてもの英語の司会。どうしたもんか。

以前に気軽に受けて、なんの準備もしなくって火だるまになったことがあるもんなあ。そもそも人前は大の苦手だし。

進行表に沿って、司会のセリフをまずは日本語で書いて、「洗練された英語で頼む」と編集長の川嶋くんに丸投げしてカッコいい原稿をこしらえてもらった。

棒読みではマズいので、今回は映画の授賞式の司会者をイメージして、

「さぁ、ここで日米協会専務理事のRさんから乾杯の音頭とあいさつをいただきましょう」

「みなさんお待たせしました。いよいよお楽しみのA教授のレクチャーの時間です。今晩は先生から、国際社会における日本の在り方についてお話いただきます。盛大な拍手をもってお迎えください」

てなことを、少し眉間にシワを寄せて、片方の口を持ち上げてしゃべったり、大袈裟に頷きながら語る練習を車の中でしていたら、隣のドライバーと目が合ってギョッとされた。司会者風に決めの表情で見つめられると困るよなあ。

はてさて。本番のパーティは無事成功。

川嶋くんの原稿とトレーニングの甲斐あって、お世辞半分、O夫妻からもアメリカ人の参加者からも「さすが司会慣れしているね」と褒めてもらえてちょっと気を良くしている。

02 29, 2008

グッドニュース

今日は4年に一度の「2月29日」。

そう、今年は閏年(うるうどし)で、地球の公転周期を調整するために1日オマケの日がついてくる年なのですね。4年に1度のオリンピックの年がその年。

ついこの間、紅白を見て年が明けたと思ったらもう2ヶ月も経っている。

1月の東京で雪がうっすら積るのを眺めて、数週間後のロサンゼルスで沿道の桜に目を奪われ、あと一週間ほどでサマータイムに変わる。もう夏時間かと思いきや、その一週間後、社員旅行(マンモス)でスキー合宿。なんだか季節を行ったり来たり。

「紅白」と言えば、グッドニュースが舞い込んだ。

現在、B’z(日本のミュージシャン)の映像や、日米のTV番組、コマーシャルなどを手掛ける日系の制作会社nosco(ノスコ)に、ライトハウスの創刊20周年記念映像をお願いしているのだけど、その番組が、今年の大晦日の「紅白」(UTB/南カリフォルニア最大の日系テレビ局)に続いてオンエアされることになったのだ。

すなわち、当地に暮らす多くの方たち(たぶん、10万人とかもっとたくさんの方)にとって、新年始め(1月1日午前0時)のまっさらな時間に、ライトハウスの20年の軌跡をお伝えする機会を得ることができたのだ。先輩メディアでもあるUTBに大感謝。

ちょっと先ですが、ライトハウスの20年、今日のライトハウスを創るメンバーたちの奮闘ぶりにご期待ください!

02 29, 2008

卒業

木曜日。夕方早めに帰宅して、自宅の書斎から日本(LCE役員会議)とスカイプで会議。役員会後のブレストも白熱して、午後8時にタイムアウト。

LCEは創業期の混沌から抜け出せるのにもう一息。一人前の会社になるのはこれからだけど、一方で、天井知らずの大きな可能性や成長性も秘めていて、「信念」と「妄信」と中間くらいの光を頼りに手探りで走る毎日だ。

会議が終わって、家内と息子が見当たらないので、娘に尋ねると地元の楽団のコンサートに行ったらしい。

家内の作り置きと、シャンパンに合いそうな肴をフライパンで手早く拵(こしら)え、娘と二人の食卓を囲んだ。

娘の最近の学校の様子や、今現在の志望校や職業の希望を聞く。

数学が好きな娘は、科学者か生物学者、あるいはメスを使わない医者になりたいのだそうだ。それが学べる大学を自分の中でいろいろ調べているようだ。少しずつ現実的に将来を考えるようになってきた。

それもそのはずで娘は来月で15歳。

そして来月、6年間もお世話になった西大和学園補習校を卒業する。

あと学校は3日だけ。

教科書にフリガナをふったり、漢字の宿題をワープロで拡大して説明することももう無くなってしまう。子どもが成長するということは、親がチカラになってやれることが無くなっていくことでもあるんだなあ。すごくすごくすごくサミシイ。

ボクは、娘を育ててくれた西大和学園に強い思い入れがある。

ここは先生も職員も熱い。教育に情熱と誇りを持った学校だ。

娘は、補習校の設立と同時の小学校4年生で入学した。4年生が4人、6年生が2人。全校生徒がなんと6人。

12の瞳で漕ぎ出した小さな補習校が、今では全校生徒300人を超える海外有数の補習校に成長した。

生徒が6人の頃、一度授業を任せてもらって「職業」の話をしたことがある。

その授業でボクは、子どもたちが知っている職業を黒板いっぱいに書き出した。そしてその職業はどんな仕事で、世の中にどんなふうに役に立っていて、すなわち世の中はいろいろな職業で成り立っている、キミたちのお父さんやお母さんはそんな世の中を創るひとりだから尊敬と感謝を忘れないでほしい、そんな話をさせてもらった。

あれからもうすぐ6年。図らずも、娘にとって最後の授業を、担任の田中先生から任せていただいた。

「大人になること、社会に出る魅力を子どもたちに話していただけますか」

身にあまる光栄で、娘のクラスメイトの子どもたちが将来に対して少しでも希望と勇気を持ってもらえるような話ができたらと張り切っている。そして、そういう一生懸命なボクを娘のまぶたに焼きつけたい。

最後に、娘の卒業文集に書いたボクの拙い作文を添付したい。

西大和を巣立つ君たちへ

みなさん、卒業おめでとう。

在学期間、滞米期間が、長かった人も、短かった人も、現地校との両立は本当に大変だったでしょう。土曜日の前の晩に眠い目をこすって、宿題と奮闘した人も少なくないでしょう。本当によくがんばりました。私は先に大人になったけどみなさんのことを尊敬します。すごいと思います。
一方で、みなさんががんばりぬけたのが、自分ひとりの力ではなかったことを、いつかこの文集を読み返した時に思い出してください。
つい最近まで日本で勉強してきた人と、家庭では日本語以外の言語で生活している人、その両方が同じ教室の中にいるのが海外の補習校です。
その両方の人たちに力がつくよう、決して肩身のせまい思いをしないよう、先生たちは授業の準備に、そして授業の進行に努力と工夫と愛情を重ねてくれました。一時間の授業より、その授業の準備やフォローの方がうんと時間を要するのです。
君たちを一週間ぶりに迎え、また送り出すために、駐車場に立っていてくれた先生や職員の方たちの思いやりを知っていてください。
そして、時々、泣き言をこぼしたり、挫けそうになることもあったであろう君たちを、励まし、応援し、送り迎えをし、授業料を払い続けてくれた親の愛情を知っていてください。
そう、君たちは、自分ひとりの力だけではなく、たくさんの人によって支えられ、「おかげ」の中で生きているのです。
少し視野を広げてみると、道路やお家も洋服も食べ物もすべて誰かが作ってくれた「おかげ」です。飛行機を発明し、作り、操縦する人がいなかったら今君たちはここにいませんよね(船で来てもいいけど)。

どうか、君たちが大人になっても、まわりへの感謝の気持ちを忘れずに、いつかこの社会の「創り手」のひとりになってください。
そして自分の未来を信じて、夢と勇気をもって生きてください。
大人になるということは毎日がチャレンジでとても楽しいものです。

込山洋一

02 22, 2008

読者モニター

ライトハウスの誌面は、アメリカ(南カリフォルニア)在住者の不自由や不便、要望を集めることから始まる。

その中から誌面にする優先順位や伝え方(企画、切り口)を、編集長の川嶋くんを中心に熱い議論を交わし、最終的に自分たちの足で取材して誌面は作られる。

ボクたちが伝えたいことや、やりたいことは尽きないけれど、決して独り善がりであっては、読者が読んでくれないし、支持が得られない。

一生懸命は当たり前の話で、それが本当に読者の生活に役立ち、元気が出るような誌面にならなくては「紙のかたまり」で終わってしまうのだ。読んで、使ってもらってこその命。

そのためには、読者のニーズ(市場のニーズ)と、発信される情報の間で誤差がないよう、常に客観的な目で誌面を評価してもらう存在が必要だ。

それが数年に一回の大掛かりな読者アンケート(毎回1000件を超える協力を読者からいただいている)であったり、毎号、長くて細かいアンケートに親身に協力してくれる読者モニターの存在だ。

読者モニター(3ヶ月ごとに交代)には、表紙や特集記事、連載コラム、掲載広告、ライトハウス誌面のすべての要素について、毎号評価やコメントをいただいている。

励ましや応援の言葉にはPCの前で手を合わせる。それがボクらのガソリンだ。

辛辣なコメントには涙目になることもある。でも誌面改善の一番の良薬だ。

そう、読者モニターのすべてのコメントが誌面づくりにつながる珠玉の言葉なのだ。

アンケートのやり取りを一部、ご紹介しよう。
(下記は、アンケートの担当者からのメンバー向け一斉メールとアンケート回答の一部を抜粋)

第4回読者モニターアンケートを転送致します。
こちらは在米10年、30代の専業主婦の方です。


Q3. 第2特集「老後資金を蓄える」の感想をお聞かせ下さい。

●よかった点はどんなところですか?

(早く貯金を始めることで お金が膨らんでいくということに着目させてくださったことに感謝。
老後にこんなにたくさんのお金が必要だという危機感をもたせてくださったことに感謝。
日本の年金は 加入期間不足でもらえないものとあきらめていたのに 状況が変わってることを初めて知りました。
こうやって 読者が知っていたら役に立つという情報をこまめに提供してくださる貴誌に大感謝です。)

こんなふうに、読者に喜んでもらえた時、しみじみとシアワセを感じるし、こんな感謝の言葉を追いかけ続けたいと思う。

とくにこの特集の企画会議では、今ここに暮らす多くの日系の方たちが、将来困らないだけの蓄えと備えができるよう本当に役立つ情報を発信しようと、ボクも加わり納得がいくまで議論したので、こういうコメントをいただくと思わずコブシを握ってヒジを後ろに突いてしまう。

「ビンゴ!!」

02 21, 2008

ボクらは移民

今朝も7時10分に出社。
誰もいない静かなオフィスは仕事が捗(はかど)る。

と、すぐに制作の西村くんと営業の瀬尾くんが出社。8時にはけっこうデスクが埋まっている。

本来仕事はできるだけ朝早くにスタートダッシュを切って、雑務やメールの返信は午前中(できれば始業前)に終わらせて、始業時間(午前9時)というのはトップスピードで通過するのが望ましい。

そして、仕事の「質」と「成果」はしっかり高めながら(これ、絶対条件)、残業時間の圧縮を両立したい。

そこで浮いた時間は、社外の人脈を広げたり、自分を高める本を読むなど、人生を豊かにし、かつ自分を磨くための時間を確保できるよう組織的に取り組んでいる。

その取組みのひとつとして、朝の勉強会のテキストに「レバレッジ(てこ)・シンキング」(東洋経済/本田直之氏著)を使って、「いかに少ない労力で多くの成果を得るか(Doing more with less)」を学ぶとともに、朗読後、具体的に社内でどんな業務をマニュアル化、フォーマット化できるか、グループに分かれて議論している。

来週は各チームから具体的な提案の発表があって、良いアイデアは実際に日常業務に反映させる。

良い会社、良い人生を創るのは決して経営者だけの仕事ではなく、社員ひとりひとりが当事者であり作り手だ。

昨今不景気がささやかれるけど、好景気だったり、追い風のときはつい努力や工夫の手が緩んでしまう。こういう厳しい経営環境こそ、個人と会社が成長するチャンスだ。

こんなときこそ、ライトハウスもLCEも大躍進したいし、こういう時期の成長にこそ価値がある。

差別や、母国との戦争を乗り越えてきた先人の血の滲むような努力と苦労を思えば、ボクたちの頑張りなんてまだまだ甘っちょろい。

そもそも、移民という大きなハンデがあって、アメリカ人と同じ努力で同じ収穫を得られるわけがないのだ。

もっともっと頑張らないと、縁あって国境を越えてきたのに人生がもったいない。

隣の芝生を眺めるのではなく、今立っている足元を掘るんだ。答えは足元にある。と、思う。

そして、ボクら移民は、自分のことだけ考えるのではなく、先人が道をつけてくれたように、ボクらの後に道を残さねばならないと思う。たいへんだけど責任は重いのだ。

02 20, 2008

2円の切手貼り

一昨日の土曜日に日本から遊びに来てくれたNさんが、我が家に二泊して今朝(月曜日)ロサンゼルスを発った。

昨日はパロスバーデスカントリークラブで午後からゆっくりラウンドして、夜はジャグジに浸かって、仕事や人生の話を遅くまで語り合った。

久しぶりに良く笑ったし、多少のグチもこぼし合ってスッキリした。

Nさんはボクより4つ年上。40近くまで大きな会社で働いてから、8年前にロジスティックの会社をつくって独立した。

今では年商10数億円、従業員数を25名抱える会社の親分だ。

業種はちがうけど、会社の規模も、経営哲学や人生観も似ていて、経営の課題や悩みをたがいに話せる希少な仲間だ。

Nさんの創業当時の話がおもしろい。

大手企業での退職前、年間20億円の商いをあずかる部署の責任者だった。

900万円の貯金と300万円の退職金をあわせた全財産を資本金に会社を設立。銀座に家賃13万円の事務所を借りた。自分の給料を15万円と設定したものの、赤字ではもらえるはずもない。最初の2ヶ月は入金ゼロ。資本金は目減りする一方。

そんな船出の中、最初に受注した仕事は、ダイレクトメールの切手を一枚2円の手間賃で600枚貼付ける仕事だった。

複雑な気持ちで家に持ち帰り、時計の音だけが聞こえる自宅マンションで奥さんとふたり黙々と切手を貼り続けた。

時計が深夜を過ぎた頃、奥さんがぽつり。

「ねえ、この仕事っていくら貰えるの?」

Nさんはあまりにも安すぎる受注に、一瞬恥ずかしくて3万円とか答えようかと思ったそうだ。

だけど、ウソをついても仕方がないので、意を決して、一枚貼って2円しかもらえないことを正直に話した。

「へえ、けっこう貰えるんだね」

無邪気に、出産間もない奥さんが手を動かしながらそう返した。

Nさんは奥歯を噛んで必死で涙が溢れるのを堪(こら)えた。

「もしその時に、なんでそんなに安いのか、どうしてそんな仕事を請けたのとカミサンから言われていたら、きっとあの時オレは折れていたと思う。カミさんの言葉に救われた」とNさんは訥々と語った。

そしてその時、やっと経営者として頑張り抜こうと腹が決まったそうだ。

ボクも、家内の明るさや、「なにかあったら、アパートの一室(創業時のオフィス)からやり直したら良いじゃない」という言葉に、何度も励まされたし救われた。

実はこの話にはオチがある。

それからも、日中の業務が終わると家に持ち帰って、来る日も来る日も夫婦で切手を貼り続けたそうだ。

3ヶ月経った頃、あまりにも安いのでもう一度担当者に掛け合った。

「これじゃあんまりにも(採算が)合いません。料金を上げさせてもらえませんか」

「うん、そりゃそうだ。その値段じゃムリだよね。確かに安いわ。ありえない」

値切り倒した同じ担当者の口から出た言葉にNさんは思わず力が抜けた。

それからほどなく、その担当者から電話があった。

「Nさんには良くしてもらいました。今度、H社の移ることになりました。またそっちでもお世話になることがあるかもしれません。その時はよろしく」

Nさんは気にもとめずにいたが、半年経った頃、その担当者が転職先から電話をくれた。

「またお願いしたいんだけどチカラになってもらえますか」

それから7年以上、同社との取引は安定して続いている。

取引額を聞いて唸った。

年間4億円。

Nさんの会社の売上の3割を超える。

ヒトの縁はおもしろい。

多くの成功者を見ていて共通するのが、「(儲けが)合う、合わない」「つき合って損か得か」目先で判断しない。

近頃はソロバンでばかり物事を考えて、テイクアンドギブ(もしくはテイクアンドテイク)のヒトが多いけど、まず四の五の言わずにやってみることって大切だと思う。

チャンスをくれた相手に誠実に尽くす。

やってみて、意味のないことやムダなことなんて何一つない。

まずアクション。一歩踏み出したら、視界は変わるし広がる。

一生懸命に頑張っている人間、誠実な人間をまわりは放っておかない。

と、ボクは思う。

これは経営とか、創業時に限った話ではなく、すべてのことに当てはまるような気がする。

Nさんの創業時のエピソードを聞きながら、近頃自分自身がソロバンやアタマ(理屈)で物事を考えてはいないか我が身を省(かえり)みた。

02 19, 2008

目の前のお客さんの世界一にはなれる

土曜日の朝、日本から友人のNさんを迎えに空港に行く。

今日は時差調整も兼ねて、パロスバーデスの南岸、不動産王ドナルドトランプ所有のトランプナショナルゴルフコースで今年初めてのラウンド。

振り方も忘れそうなところへ持ってきて、意地の悪いコースレイアウトの四苦八苦。スコアの方は二人とも3桁をゆうに叩きさんざんだったけど、晴れた空と180度のオーシャンビュー、青々した芝のうえでカラダを動かす気持ち良さはお釣りがたっぷり来るくらい気持ちよかった。

ゴルフは足を引っ張り合い、カートではお互いの近況や事業の話をする。

Nさんは40歳半ばで会社経営の傍ら経営大学院で真剣勝負で学んでいる。

いろんな話の中でも、とりわけ経営理論の話は面白い。

「会社を伸ばす、業績を上げる一番重要な要素は社員教育」という話には膝を打った。まだまだ不十分で不出来だけど、社員教育はボクの中で経営者としてとりわけチカラを入れている。

「規模で大手に勝つことはできなくても、目の前のお客さんにとって世界一の会社になることはできる」という話は目からウロコで、そこがライトハウスやLCEの目指すべきところだと思った。そうなんだよなあ。

Nさんからたくさん教えてもらったお礼に、夜は家内が腕をふるった手料理と、息子(ドラム)とボク(ギターと美声)のセッションのフルコースでもてなした。料理はともかく、無理矢理聞かせれて迷惑な話である。

最後はドラムとギターに挟まれて気絶するように眠ってしまったけど。

02 17, 2008

溶けるチョコレート

今日はバレンタインディ。

不在がちの印象を払拭すべく、今日はいつもより早く帰宅。

息子と並んでキッチンに立って、今日は家内と娘にとっておきのディナーをプレゼントした。

と言っても、ただのパスタなのだけどね。

ボクが刻んだタマネギと豚バラを、息子が別々のフライパンで炒め、一方のコンロで、パスタを茹でるためのお湯を大鍋でコトコト沸かす。

アペタイザーには、出来合いだけど、ローストビーフとチーズ、ゆで卵の酢漬けを小皿に盛りつける。

料理が一段落して、買っておいたシャンパンの栓を抜いたところで家族みんなを呼んでテーブルを囲む。

「美味しい、パパ凄過ぎ。何でもできちゃう。男前で天才」

とは、照れもあって言えなかったみたいだけど、めずらしく全員おかわりをしてボクへの尊敬、あるいは憧憬の気持ちを体現した。

食事が終わる頃、娘から手作りのチョコレートを貰って、なんとなくバレンタインディらしい気分になれた。

そう言えば、結婚した頃、家内にむかってボクの母親が「うちのヨウイチは、毎年バレンタインにはチョコレートが段ボール箱に溢れるくらいもろとった」と宣(のたま)った。

(おふくろの記憶はいつも肥大して化学反応を起こし原型を留めない)

オーマイジャニーズ。

ありえない。

思い出しては、意地悪そうに「さすがだね、大したもんだ」とからかう家内の前で、ボクは毎度のようにチョコレートのように溶けて流れる。

02 14, 2008

新社屋初日

今日は2月11日。記念すべき新社屋での仕事始めの日だ。

朝7時10分には会社に到着。一階受付から「青の洞窟」(通路の上下左右からブルーにライトアップされた通路)を抜けると、天井まで10メートルくらいある吹き抜けのフロア。ここがライトハウス(出版)。ガラス越しにとなりの部屋がLCE。

社長室とは別に、ふだんボクが仕事をするデスクは、このフロアのコーナーにあって、ライトハウス、LCE両社のメンバーの顔が見渡せる。

この環境を作りたかったんだな。

メンバーひとりひとりが、元気な日も、落ち込んでいる時も、SOSを発信してる時も、顔色や仕草で汲み取ってやれるくらい「近い」環境。

こんな恵まれた環境に移ることができたのも、これまで支えてくれた広告主や読者の方たち、ライターさんやベンダーさん、そしてこのメンバーのみんなのおかげだ。

本当にたくさんの方たちへの「おかげ」に尽きる。

ライトハウス(出版)で言うなら、広告を出してお金を払ってくれる方がいて、ライトハウスを読んでくれる(同時に広告を利用してくれる)方がいて、記事やコラムを書いたり、デザインしたり、暑い日も寒い日も重たいライトハウスを届けてくれる方たちがいて・・・・・、そういうすべての方たちのおかげでライトハウスは成り立っている。

この新社屋で紡(つむ)いでいく新しい時代を「第二創業」と位置づけ、もっともっと世の中に役に立てる、誰かの元気や勇気や転機に貢献できる集団を目指したい。

02 11, 2008

白い銀座を眺めながら

日曜日の明け方。
東京の空に雪が舞っている。

ホテルからの風景は、ふわふわと舞う粉雪。

山手線や銀座のビルの屋上が白く染まり、その輪郭を滲ませた水墨画のような美しさにしばし見とれてしまった。

なんでも昨晩のタクシーの運転手さんによると今日は雪が記録的に積もるらしい。

ロサンゼルスでは滅多に使う機会のない傘を、今回はスーツケースにつめて密かに持って来たので、使って帰れるのが実はうれしい。

今日はこれから神谷町に集合してLCEの役員会議。

たぶん今日が連日の役員会の最終日になるので、決定しなくてはならないことがたくさんある。原理原則で正しいジャッジができるよう気力を充実させてのぞみたい。

02 02, 2008