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込山洋一

週末100マイルの感謝

久しぶりに来客のないのんびりした週末。

土日は息子の運転手と化し、昨晩は、友人の高津さんのピアノ、息子のドラム、ボクのギターのビミョーなセッションで盛り上がった。

おかげで今朝も目覚まし時計がなる前にスッキリ目が覚めた。気分爽快。

昨日(日曜日)の午前中は、7月にラスベガスで開催される全米剣道選手権に備えて、南カリフォルニアの2つの剣道協会が合同で主催する強化練習に、息子の付き添いで半日スタジオシティの道場で見学。学年で一番チビの息子は、大きいおにいちゃんたちに混じって4時間みっちり試合と稽古。

剣道に加えて、土日は両日とも午後からサッカーの試合(観戦)で北へ東へ走る走る。2日で100マイル(160キロ)は走ったか。

これ、うちが特別というわけでもなく、車社会のロサンゼルスでは、子どもの手が離れるまでは親が子どもの運転手状態。

学校や塾、図書館、スポーツ、プレイデート、買い物、何をするにも送り迎えが必要で、親の送り迎えは365日途切れることがない。

そんなアメリカ生活で、ボクには土日を問わず出張や来客があるから、カミサンに任せてしまうことが多いのだけど、可能な限りやり繰りをしてわずかな時間でもいっしょに過ごすようにしている。

この送り迎え。高校生(16歳で免許取得可能)で車を買い与えない限り、大学進学まで続く。

不便にして不自由だけど、この送り迎えが親子の絆を強いモノにしているとボクは思う。というか、ボクはこの環境に心から感謝している。

公共交通機関が発達して、たいていは自転車でも用が足せる日本だと、親子のコミュニケーションの機会は学齢が上がるほどに希薄になるだろう。

塾や習い事で、親子の食事や生活の時間がずれ、帰宅してもすぐに自室にこもり、携帯やインターネット、ゲームに耽る子どもが少なくないと聞く。

そんなだと親子喧嘩をして気まずくなっても、仲直りをする機会を逸してしまうだろう。

また、子どもが思い悩んだり、言葉遣いが荒れたり、その場しのぎのウソをついていても、ふだんからのコミュニケーションを取っていなければ、悩みを汲み取ったり、変化を見抜くことはむずかしいだろう。

加えて、子どもの成長期につきあう友人やその周辺の人間関係が、その後の人生に影響を及ぼすことは多い。

ラクな方に流され、大人や社会を恨み、他人に責任転嫁する集団に身を置けば、自然と性根は腐るだろうし、逆に、誠実で努力家の友人や先輩を持てたら、多少本人が頼りなくても、まわりに引っ張られ、磨き合い、頑張ることが当たり前の感覚で成長する。

人は脆(もろ)いものだから、ちょっとしたキッカケで人生が良い方にも悪い方にも左右する。

そんな子どもの交友関係や環境も、日頃からコミュニケーションを取っていたら、仮におかしな方に流されそうになっても、早めに軌道修正ができるだろう。

そう、不自由でたいへんだけど、実はとってもありがたいことなのだ。

そんな理由と、もうひとつ。日々親離れをしていく彼らに、わずかな時間でも(お手本か反面教師かはさておき)ボクの生き様や、哲学、思想を伝えてやりたい。

経営や数字と悪戦苦闘する毎日だけど、彼らの成長のそばで過ごせる日常は人生の宝でありゴールデンタイムだ。

03 31, 2008

母親とご主人のIさん

3月29日土曜日。今朝もサイクリングと水泳。

パロスバーデスの丘のてっぺんに近い自宅から、スピードにまかせてビアコロネル通りを約10分、海を眺めながら、麓(ふもと)のパロスバーデス西通りまで一息に降りる。

早朝の風のシャワーでいっぺんに目が覚める。

そこで軽いストレッチをして、今度は降りてきた道を再びゆっくりと時間をかけて登る。

行き交う車も少なく、鳥のさえずりや、その美しい姿とは不釣り合いな、孔雀(くじゃく)の潰れたような鳴き声に耳を傾けたり、ふと視界に飛び込むマスタードの群生に目を奪われながら、早朝の自由な時間を楽しむ。

先週の土曜日から昨晩まで、日本の母親とご主人のIさん夫妻が来米。慌ただしくも賑やかで楽しい一週間だった。

到着翌日の日曜日は、弟の家で、誕生日が同じ時期の義妹と家内、長女の合同誕生会。

火曜日と水曜日は一泊でラスベガスに観光。

木曜日はディズニーランド観光。

そして最終日の昨晩は、再び弟家族と我が家に集まり、娘の誕生会と夫妻の送別会を楽しんだ。

空港でチェックインを済ませた後、夫妻の仲の良い様子と笑顔にふれることができて、ボクはひとまず胸を撫で下ろした。

出発までのわずか一ヶ月の間、「二人で行く」(ウキウキ)>「ひとりで行く」(アナタのお父さんの方がまだマシ)>「行かない」(離婚する)>「二人で行く」(この人しかいない)>「行かない」(あんな人とはやっていけない)>「音信不通」>「二人で行く」(ひとりじゃお土産を運べないから)と、例によって母親の気まぐれとワガママに、家族だけでなく、旅行会社の担当者は出発直前まで振り回された。都合5回の変更依頼に身が縮み、ボクはとうとう鬼太郎のお父さんくらい小さくなった。

それでも、ふだん親孝行できない分、弟家族とスクラムを組んで、万全とは言えないまでも、心をこめて二人の楽しい思い出づくりに努めた。

元気な孫の顔を見せることができたし、新社屋やスタッフも見てもらえた。

ラスベガスでは、フンパツして夜景を眺められるレストランでフレンチをいっしょに楽しんだ。カジノもちょっとだけ味わってもらい、アウトレットで二人が行方不明になっても根気よく見つけ出した。

ピックアップの待ち合わせ時間からきっちり一時間以上遅れて出てきたけど、二人きりのディズニーランドも満喫してもらえた。

ただひとつ、最終日まで胸に引っ掛かることがあった。

到着3日目の月曜日、せっかく会社に来てくれた二人を、ボクはメンバーに紹介しなかった。

ネクタイで正装のIさん、メルヘンチックで不思議な格好だけど、目一杯おしゃれをした母親。うれしそうに玄関や社内のなんでもないところまで記念撮影する二人。

そんな二人が社内でメンバーと行き交うたび、紹介に備えて背筋を伸ばすのをボクは黙殺して、さっさと先に歩いた。

「はい、こんな感じ」

二人は喜んで、家内の車で会社を後にしたけど、心にずっとザラザラしたものが残っていた。

パートとはいえ、父親(法事で帰国中)も働く空間に、別れた母親の夫婦を案内する複雑な思い。「母親とご主人のIさん」という言葉への違和感。

だけど、それは自分を肯定するための言い訳に過ぎない。

自分の母親と、そのご主人なのに、家族のようなメンバーに対して、ボクはきちんと紹介しなかったことが後からじわじわ悔やまれた。

そんな思いを、メンバーの西川に吐露したら、

「そんなことにこだわらなくたって良いじゃないですか。お母さんなんだから」

そんな言葉だったと思う。暗い雨雲が覆ったようなボクの心を、彼女の言葉がスカッと晴らしてくれた。

昔からボクは、いろいろな言い訳をつけては、自分の母親を大切な人たちにきちんと紹介してこなかった。父親のこともそうだ。

今回そのまま帰しては取り返しがつかないことになってしまいそうな気がした。

「母さん、Iさん、こないだはごめんな。会社案内したとき、キチンと紹介もできんで。帰る前に、もう一回つきおうて!みんなに紹介したいから」

最後の金曜日、再び正装の二人が弟の車で会社に来た。

出版の多くのメンバーは会議中だったけど、少しだけ中断してもらって二人を紹介した。ボクの声も態度もモソモソしていたと思う。

総務の女の子にも、LCEのメンバーにも、奥村事務所の山崎さんにも、段々と大きな声で「母親とご主人のIさん」と紹介した。メンバーたちは明るい笑顔で礼儀正しく応えてくれた。

その度、昔の時代を生きた二人は深々とお辞儀をして、母親は、担任の先生に話すように「息子がいつもお世話になっています」ともう一度頭を下げた。

03 29, 2008

地球は狭い

日曜日の夜に書いている。

今日はソフトボールの開幕戦。

昨年、レギュラーシーズンで唯一の土をつけられたIACEトラベルを相手に26−6のコールドゲームで快勝。

3番バッターのボクは、40歳以上の部門で首位打者を狙っているのだけど、いきなり5打数5安打でホームランも1本飛び出した。

こりゃ年齢に関係なく、リーグ首位打者も狙えるぞとちょっと欲が出てきた。

1番を打つ弟の雄三も5打数3安打2四球で全打席出塁。1番の役目を果たした。これでふたりともひとまずは打率10割をキープしている。

それはさておき、青空の下、大声で笑ったり、(身内に)野次を飛ばして、そのうえグランドを走り回るのだからこんなストレス解消はない。

ボクは会社の仲間とソフトボールを追いかけていたらそれだけでご機嫌だ。

おまけに、夜は夜で、息子のドラムとボクのギターのセッションで、思う存分に歌い倒した(だから喉と指が痛い)。いやはや今日は一日好きなことをして過ごした。

寝る前にメールをチェックしたら、尊敬する先輩で、親友のKさんからメールが来ていた。

「このメール、ボルネオ島にあるマレーシア・サラワク州ビンツルという小さな町から発信しています。地球は狭くなりました」

まもなくKさんは8年半のロサンゼルス駐在を終え、マレーシアの国を挙げてのプロジェクトに参加するため、リーダーの1人として6月から赴任する。今はそのための準備で太平洋を行ったり来たりしている。

寂しくなるけど、仲間が世界中に散らばるということはそれもまた素敵なことだと思う。

地球儀を回すと、世界中の地域、国で活躍したり、充電(?)している仲間の顔が浮かぶ。

今、ハワイは晩ご飯の食卓を囲んでいる頃で、NYは夢の中、ロンドンは朝の6時。日本や中国は3時のおやつの時間だ。毎日、メールやスカイプのおかげでふつうにキャッチボールができる。

Kさんの言う通り、本当に地球は狭くなった。

03 23, 2008

掃除をしよう


3月22日土曜日。

今朝も早起きをして、自転車仲間で歯科医のKさんと、パロスバーデスをサイクリング。海から吹き上げる朝の冷たい空気は気持ち良い。

坂道を立ち漕ぎで登っていたら、野生の孔雀(くじゃく)が、たぶん求愛のポーズだろう、羽をいっぱいに広げて、目の前の雌にアピールしている。目を凝らして見ていたけど、あっさり雌の方は走り去っていった。孔雀の世界でも雄は苦労しているんだなあ。

Kさんの紹介で、以前にライトハウスでも取材させてもらったOさんは、フェラーリのデザイン部門の責任者をしていたのだけど、昨年退職して、自分の自動車メーカーを立ち上げるらしい。

すでに、ロータスの車体をベースに作った車を、オートショーにコンセプトカーとして出展したようだ。日本人がいろんな分野で活躍している話を聞くとうれしくなってしまう。

帰宅してシャワーを浴びて、ひとりでガレージを2時間近くかけて大掃除した。もう自画自賛。惚れ惚れするくらいキレイになった。

もともとボクは、掃除や食器洗いは苦手なほうだったけど、例えば、帰宅したら靴を並べたり、退社時にデスクまわりを整理整頓したり、カミさんが用事のときは食器洗いをしたり、そんな小さな習慣をつけていったら、だんだんと大掃除も苦にならなくなった。

そしていつの間にか、散らかっているとキモチが悪い。

習慣化ともうひとつ、「カロリー消費と実益の一石二鳥」と、ゲーム感覚でやるとさらに楽しめる。ガレージの大掃除で約300kcal=ビール2缶分、みたいに。

とにかく身の回りがすっきりキレイになるのは気持ち良いからね。
仕事も捗るし。

ボクの学生時代を知る仲間が聞いたらビックリするだろう。

小学校の頃は、給食のパンやテスト、宿題、授業参観のお知らせ、見られて困るものがすべて机に詰まっていた。カチカチのパンはすでに凶器だったし。

中学を出て寮に入ってからも、ロッカーを開けたらモノが雪崩のように落ちて来たし、練習が終わったら、泥と芝生に塗(まみ)れたラグビージャージのまま平気でベッドに倒れ込んだ。

衣類は畳まずにそのまま引き出しに詰め込んだ。

洗濯物がたまって億劫になるとルームメイトの服を着て凌いだ。

重要なもの、必要なものは必ず出てこなかった。

今では編集長のデスクや、副社長の車の中を指差して、生活指導しているんだから、人間、変わるもんである。

当の本人が一番ビックリしている。

03 22, 2008

勉強会の目的

今週はほぼ毎朝7時10分に出社。

メンバーが出揃う9時までに、メールの返信や、昨日からの持ち越し案件のジャッジをこの間にできるだけ済ませてしまう。

早朝の数時間は、電話も来客もなく、頭も冴えまくっているので、一番仕事が捗る。

社内勉強会も週に3回、この時間帯(8時半から9時までの30分)に実施している。

ひとつが月曜日の「経営塾」。

まだ始まったばかりだけど、幹部社員と経営を学びたいメンバーが参加して、「素晴らしいリーダーであるために」「心をベースにした企業とするために」「真の経営を行うために」「事業を伸ばすために」「経営の王道を歩むために」そういったテーマについて、稲盛和夫さんの著書をテキストにしてみんなで学ぶ。

「みんなで学ぶ」と書いたのは、ボク自身が一番の学び手で、一番反省と改善が必要な人間だから。ボクはすぐに慢心したり、怠け心が出たり、私心が入ってしまうから常に自分を戒めねばならない。

そして水曜日が全体での「勉強会」。

テキストはボクが選んで、コミュニケーション、プレゼンテーション、タイムマネージメントなど様々なテーマについて掘り下げる。

時にはお題を設定して、新規事業のアイデアをブレストしたり、ライトハウスの弱点を議論したりもする。講師をお招きしてセミナーをすることもあるし、こうでなくてはというスタイルはない。

以前にも書いたけど、現在は日本でベストセラーになった本田直之さんのレバレッジシリーズをテキストに、社内のフォーマット化、システム化、あるいは個々人の業務効率を上げるために何ができるかなど、実務と直結した内容を深堀している。

かれこれこの勉強会は10年以上続けていて、実務の流れに入っていないボクにとって、この場がボクの経営哲学や思い、会社のビジョンやミッションを、メンバーに直接伝える「場」でもある。

続いて木曜日は「営業勉強会」。

これは顧客事業開発部(営業部)のメンバーを対象に、心構えや実践的なスキルについて勉強する。とくに心構えについては耳がタコまみれになるくらい伝え続ける。

毎回テキストを使ったり、メンバーの疑問に対してみんなで解決策を考えたり、こちらもスタイルはさまざま。

例えば、メンバーのひとりが、あるお客さんに対して、広告営業がうまくいかなかったとしたら、その原因と考えられるのは、ターゲットの問題か、立地か、予算か、同業他社との価格差、あるいは関係の強さか、はたまたライトハウス自体の評判(評価)か、本人のスキルの問題か、事前の準備やアプローチの仕方は万全であったか、さまざまな角度から検証して、「広告を出さない」ことにしている心理的なハードルが何かを探る。

また新規開拓だけでなく、それぞれのメンバーが持つ顧客の成功事例、失敗事例を持ち寄り、なぜその仕掛けが成功したか、あるいは失敗に終わったかを検証・共有して、成功事例は輪を広げ、失敗事例は繰り返さぬようみんなで学ぶ。

そうでなくても忙しい、残業の多い出版業で社員に勉強ばかりさせるには理由がある。

ひとつは、20年の拙い経営で学んだこととして、「チーム」とは、どこかの読売巨人のように、4番バッターを節操なく寄せ集めるものではなく、愛情を持って育てるものだと思うから。

もちろん、結果として同業他社のクリーンアップで活躍していたメンバーもいるけど、決して特別扱いせず、この「大家族」の一員(息子や娘)として同様に学ばせている。

自分のことは棚に上げてばかりだけど、ただ広告を取るのがうまい、書くのがうまい、作るのがうまい、「うまい」だけの集団に「背骨」はない。

「背骨」とは、事業を通してこんな世の中を創りたいという情熱とか思い、自分たちのメディアに対する誇りとか愛情のことだ。

強い組織は背骨がしっかりしている。

もうひとつは、万が一、この会社がなくなることがあっても、全員がどこででも食っていける強い個人であるため。

どんな時代でも、世の中がどうなっても、このメンバーや家族は生き抜かねばならないから。

そのために生き抜く「智慧」を学ぶ場がこの勉強会だと思っている。

今日は最後まで自分のことを棚にあげてしまった。

03 21, 2008

写真で見る新社屋

新社屋への引越から一ヶ月余り。
ようやく、家具も揃い、落ち着いて来たので、今日は新社屋のフォトギャラリー。

まずはビルの正面の写真
トーランス市役所から車で1分の距離。



ここは玄関ホールから、ライトハウス(出版)のフロアに抜ける「青の洞窟」(自称)
海底を抜けるイメージです。


玄関ホール横の社長室
ここは応接やデリケートなミーティング時に使用
ふだんはメンバーのフロアにデスクを置いて仕事をしてます。


社長室のデスクから玄関ホールを眺めた景観です。


一昨日届いたビリヤード台
ランチタイムや仕事の合間の気分転換、あるいは残業後、ビールを飲みつつ


二階のエンターテイメントデッキから広がる箱庭
玉砂利にライトボールが浮かぶ。


二階デッキから眺めた出版のフロア(手前はLCE)


一階のデスクから眺めた二階デッキの方を眺めた景観


二階デッキは、食堂、クラブ、コンパ、応接、パーティ、セミナー、スポーツに使える多目的ホール


卓球はハンくんがライバル
ちなみにパーティの時には、卓球台に白いテーブルクロスをかけて、バフェのテーブルに早変わり。


ここでアフターに、メンバーや仲間が集い、夢を語ったり、バカ話をして、絆を深めたり、リラックスできる空間にしたい。冷たいビールとワイン完備。


TWIインフォーテックの高津さん寄贈のダーツ

自動的に得点を計算してくれる。
ダーツのレベルが高い会社を目指す。

ライトハウス新社屋のフォトギャラリーにおつき合いいただきありがとうございました!

03 20, 2008

理性と情

 土曜日の朝。書斎から眺める外庭の木立が春の風に揺れている。

今朝は雑巾で念入りに便所掃除をした。

ゲストルーム、リビング、ベッドルーム、ふだん世話になっている便器を自分の手で磨いてやると、不思議なもので心までスッキリ掃除できたような気分になる。

だから、会社でもアタマの整理がつかないときやモヤモヤした時は、密かに便所掃除をしている。

これは本誌コラムを執筆いただいている阪本さんに教えてもらってから実行している。

さて。朝から便所をゴシゴシしてみたのも、ここしばらく、経営において自分のとった言動があまりに冷徹ではなかろうかと思うところがあるから。

自分では信念を持って行動しているつもりなのだけど正論過ぎやしないか。

「大善は非情に似たり、小善は大悪に似たり」

相手や組織全体のことを思いやる大きな愛、本当の愛は、一見すると非情にも見える。一方、自分可愛さの、良く思われたい小手先の行動は、実は相手(あるいは組織全体)を甘やかせて、その成長を妨げたり、大切な決断を先送りにして、結局はみんなを不幸に招くことになる。

そういつも思っている。だけど、理性と情けの間で揺らいでしまう自分がいる。自分のことを棚にあげていないか、自己嫌悪になる自分がいる。

そんな思いから、手元に置いて行動の指針にしている稲盛和夫さんの「哲学」(PHP)を開き、最初のページから自分が線を引いたところを読み返す。

西郷(隆盛)は義と情にあふれた、私にとって心の軸となる人です。しかし、私は情をほだすような話を持ってくる人間を受けつけません。そういう意味では冷たいのかも知れませんが、それは京セラを創業して間もないころ、「西郷のような情が私の中心にはあるけれども、事業をやるには大久保利通の理性と冷徹さがいる」ということに気づいたからです。
(中略)
理想とする「全(まった)き人」とは情で動く西郷的なものと、理性で動く大久保的なものの両方が結びついて成り立つことがわかりました。
(中略)
「大久保利通と西郷隆盛が融合調和する形で、稲盛和夫はありたい」と思い、今日までやってきたつもりです。
事業を展開していくときに、情で判断し、情で行動したら、収拾がつかなくなります。また、情で判断して、理性で行動しても道を誤ります。かといって、理性で判断して、理性で対応したら、誰もついてきません。
大事なことは、最初の段階では理性で考え、実際の対応においては情をつけることだと思います。

この一節を読んで、モヤモヤが晴れる思いがした。

そして、自分の取った行動や考えていることが、決してそんなに外れていないものだと思うことができた。

こんな小さな会社だけど、打ち込むほどに経営は難しいと感じる。
もっともっと学び、自分を磨かねばならないと痛感する毎日だ。

それは、幹部のメンバーも同じことで、実は、来週からライトハウス、LCEの幹部、および希望者(ちなみに、瀬尾くん、ハンくん、西村くん、滝井くんが手を挙げた)を対象に、毎週月曜日8時半から30分、「経営塾」を開講する。いっしょになって必死で勉強したい。

03 15, 2008

さらばアドレス帳

ボクの好きな夏時間での出社初日。これから夏にかけて日が長くなる。

家を出た6時45分頃は、パロスバーデスの丘から眺めるロサンゼルス郡はまだ薄紫色の闇のなかにオレンジ色の街頭が灯っていた。

娘を学校に送って、7時過ぎには出社。今日は西村くんより早かった。

はてさて。またまたやってしまった。

アドレス帳を紛失してしまったのだ。つくづくアドレス帳と携帯電話には縁が薄いようだ。みんなボクのもとをすぐに離れていってしまう。

発覚したのは2月末から3月アタマにかけて。なに、すぐ出てくるさと平静を装っていたけど、じわじわと不便している。

幸い、多くのデータは昨年紛失した時に、次回の紛失に備えてノートブックのアドレス帳にバックアップを取っていたので何とかなるけど、その後に手書きで書留めたそれは本人に聞くしかない。本人の連絡先を無くしたというのに・・・・・。

何事も必然と言うけど、なにを神さまは教えてくれているのだろう。

03 10, 2008

娘の卒業に贈る言葉

土曜日は娘の日本人学校、西大和学園補習校の卒業式だった。

そして卒業式当日の中学三年生の最後の授業を持たせてもらった。

この授業は、娘にとって、開学の時から6年間通ってきた西大和最後の授業でもある。

「卒業生のために、彼らの最後の授業で、未来に夢が持てるようなお話をしていただけませんか。将来、大人になることに希望とか勇気を持たせてあげたいのです」

昨年、娘の担任の田中先生から、青空の下のパーキングで打診を受けたとき、自分自身の未熟さ、おこがましさがアタマを過(よぎ)ったが、余計な心配は瞬間で棚に上げて、「機会をありがとうございます」と即答した。

娘やクラスメートたちに、今ボクが持ちえるエネルギーとか知恵とか大切にしているものを伝えたいと思った。そしてやがて大人になる娘の目に、一生懸命なボクを焼きつけたかった。

当日の授業では、田中先生から質問を受けるカタチで進行した。
娘は少し複雑な表情でボクを見ている。

彼らと同じ目線になれるよう、子どもの頃、授業を長く感じて時計ばかり見ていた話や、カリフォルニアの青空が好きになったそれだけの理由でアメリカに来たこと、所持金500円しかなかったことなど、自分のことをありのまま話すうちに子どもたちの表情が輝き出した。

まず伝えておきたかった、すべての仕事に通じる面白さは、「達成感」と「喜んでもらうこと、感謝してもらえること」に集約されることを、いろいろな言葉や例をあげて話した。

そして、卒業生の彼らが立派な大人になるために、素晴らしい人生を送るためにどんなことを心がけたらよいか、自分なりにまとめた、名づけて「西大和学園補習校卒業記念スペシャル、ひかるちゃんのお父さんが贈るシアワセの5つの法則(長いし、くどい)」

人を喜ばせる習慣をつける。良いところを見つけてほめる。してほしいことを先に考えて、見返りを期待しないで何かをしてあげる。心のギフトを身の回りの人に贈り続ける。両親や友だち。そうすると、まわりに人が集まる。実はまわりは鏡。良いことをしたらよい人が集まり、悪いことをしたら悪い人が集まる。良い人と悪い人がいるのではなく、同じ人間の心の中に両方の人格が存在する。自分が良くなれば、まわりの良くなる。相手を変えるのではなく自分から変わる

感謝をする。今日元気なことは当たり前ではない。自分の親や兄弟、友だちが元気で新しい日を迎えられたこと、ゴハンがおいしく食べられること、昨日より進歩していることがあったこと、身の回りのことに感謝する習慣をつけるとシアワセになる。物欲には際限がない

すべて必然。受入れる。その人が越えることのできる試練しか与えない。辛いことも苦しいこともすべて意味があること。何かを気づかせてくれようとしている。決して人のせいにしない。自分に原因はなかったか。そう考える習慣をつける

よく笑う。笑うと実はカラダにもすごく良い。キミたちは笑っている人と、機嫌の悪い人とどっちとつき合いたいか。笑うと人も集まる。運気も上がる。なにより楽しい気持ちになる

夢を持って、自分の未来を信じること。人生は思った通りになる。バカかと思うくらい楽観的に自分の未来を信じて、願いと努力を続けること。そして「いつか」ではなく、「あと何年で」「いつまでに」という目盛りをつけて、それを逆算して、今日、今月、この一年何をすべきか考え、実行することが大切。

ボクがふだん心がけていること、目指していることを、言葉を尽くしてチカラの限り伝えた。どうか彼らが、やさしい心、純粋な気持ちそのままに立派なオトナになってほしいと願いをこめて。

話し切った時、ボクに集まった子どもたちの生き生きとした表情は一生忘れないだろう。

気がついたら教室の後ろで、校長先生や先生たち、生徒の父兄もやさしい顔でいっしょになって拍手をしてくれている。

鳴り止まぬ拍手とともに退場するのは結婚式みたいで気恥ずかしかったけど、教室を出て見上げたら青空が眩しかった。

その夜、日本との会議でボクだけ遅い夕食を取っていたら娘がモジモジ寄ってきた。

「みんな、パパのことおもしろいね、大好きだって言ってたよ」

「どうだった。お話、よくわかったか」

娘は質問には答えずに、ゆっくり抱きついてキスをくれた。

03 09, 2008

大切な方たちを迎えて

3月7日は新社屋のオープンハウスを開催した。

ありがたいことに、このオープンハウスに合わせて、世界中にある花とプラントをすべてここに集めたのではないかと見紛うくらい、新社屋は瑞々(みずみず)しいお祝いで埋め尽くされた。

おもてなしに、BGMにはお琴の奏者に来てもらい、おいしい寿司とイタリアンをたっぷり用意して、サンディエゴからもメンバーが駆けつけ、スタッフ全員正装の気合い満点でお客さんを迎えた。

午後1時に開場して、しばらくすると2階の2400スクエア(220平米)のパーティ会場がいっぱいになるくらい大勢の方が訪れてくれた。

とくに、昔を知るクライアントや友人は「あんなとこから、良くがんばったなあ」と笑顔で労ってくれた。

「アパートの一室から頑張ったもんねえ」「アナタ、みんなが遊んでる夜中の1時2時でもカラオケバーに営業通ってたもん。最後はオーナーが根負けしちゃったよね」「この野郎、うちの方が会社おっきかったのに。今日はすごく刺激になったぞ。オレも負けられない。頑張るぞ!」

共有できる歴史を持つ支援者や仲間からの労いは、もう、盆と正月が20年分セットで届いたくらいうれしい。そう、いっしょにこのコミュニティで、おたがいに辛い時も苦しい時もあったろうけど、ともに乗り越え、ともに歳を重ねたんだもの。

大切な人たちとの歴史こそ、決してカネでは買えない人生の財産だ。

夕方からは、お客さんが入れ替わるカタチで、こちらはコラムライターやベンダーさんを中心に、ふだんライトハウスを縁の下で支えてくれている方たちへのお披露目を兼ねた謝恩会を実施した。こちらも、大勢の方たちと紡いできた歴史を懐かしむことができた。

もっと立派なオフィスに引っ越す会社は世界に数多(あまた)とあるだろうけど、こんなにたくさんの方が祝ってくれる会社は世の中探したってそんなにないだろうと誇りに思う。

本当にたくさんの方たちの温かい心に支えてもらって成り立っている会社なんだ。

たくさんのご縁の方たちと、その中で、一日立ちっぱなしなのに疲れも見せずキビキビと笑顔で動くスタッフを眺め(そうそう、家族も応援に駆けつけてくれて)、こうしてみんなと同じ時代、同じ時間を共有して生きていられることに心から感謝した。これ以上のシアワセはないだろう。

03 09, 2008