カレンダー

2008年5月
« 4月   6月 »
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  

what's new

込山洋一

おかげの人生

日頃の不義理を反省する出来事が続き、善は急げで、昨日の午後はお世話になった方たちにひとりひとり電話をした。

お礼や近況を伝えたい方は尽きないが、まずは創業の頃からの恩師の方たちに。

アドレス帳を捲りながら気づいた。

実習生(学生)時代からお世話になっているビルさん夫妻も、本誌コラムライターの阿木先生も、ライトハウス創刊時のアパート兼オフィスの大家の小川夫妻も、初めてのオフィスを格安で提供してくれた大家の秀さんも、みんな20年前の一文無しのボクに対して見返りなんて一切求めない無償の愛で応援してくれたんだよなあ。

ゴハンや酒を何杯お替わりしても、いつもにこにこ(時に呆れながら)ご馳走してくれたし。(恥ずかしいくらいタダメシ人生を送っていました)

そう言えば、資金繰りが厳しくて、すぐに金になりそうな話に飛びつこうとした時、阿木先生に顔を真っ赤にして叱られたこともあった。「キミには志がないのか」と。

また、やはり創業間もない頃、風俗系の広告が4、5件入りはじめたとき、ある広告主に呼ばれて「苦しいだろうが、そういう業種の広告は歯を食いしばっても載せてはならない。キミたちが一生懸命作るライトハウスの品格を落とすことになるんだ。どうしてもたいへんなら私の会社が肩代わりするから頑として断りなさい」と諭してもらったこともあった。あの時は「貴様、訴えてやる」と脅かされながら、一件一件お詫びして掲載をお断りした。

トレーナーでリトル東京を営業している時に、一度何かで名刺交換をしたビジネスマンに呼び止められ、遠慮がちの困った顔で「そんな格好じゃ、相手に信用してもらえないんだ。自分の商品を営業するなら、まずキチンと身なりを整えないとダメだよ」とアドバイスしてくれた。言う方が辛かったろう。営業はおろか会社勤めもしたことがないボクだったから、そんな当たり前のことすら知らなかった。

なにも知らないと言えば、初めて広告を受注した保険のエージェントのKさんの自宅に営業に行ったときのこと。120%お情けで広告の契約をしてくれたのだけど、広告の制作や支払いの話を先方がしてもボクはトンチンカンプン。話せば話すほど何にも知らないことがバレて終いには呆れられてしまった。
それでも、オレンジカウンティが見渡せる広い裏庭に招かれ、「汗と涙とナニクソ(肥料の意味)という努力の積み重ねでカネの成る木が育つんです。あなたもせっかくこのチャンスの国アメリカに来たのだから頑張りなさい」と励まされた。

思い返せばきりがないくらい、たくさんのご恩に導かれて生きてきた。
忘れてしまっているご恩や不義理もたくさんありそうでまったくもって情けない。
それは辞めていったスタッフや今ここで働いてくれるメンバーも同様だ。

少しでも私心を捨てて、気持ちを真っすぐに据えて、この日系社会や後輩たち、世の中にその恩を返したい。

ちょっとは応援したりチカラを重ねた甲斐があったと思ってもらえるように。

05 28, 2008

ネジを巻き直そう

「来月の21日(土曜日)はサンノゼにたぶん泊まりで行くことになると思う」

「アナタその日って、Oさんの77歳のお祝いの日よ。参加するって言ってたじゃない」

「Oさんの誕生日は個人的にもお祝いできるけど、サンノゼの経営塾の結成式はその日なんだよ。オレもこっち(ロサンゼルス)の世話人だし、行ってみんなで盛り上げないと」

「アナタは先ばっかり見てるけど、お世話になってきた人との関係をもっと大切にしないと」

カミサンからあまりに図星の指摘に、一瞬憮然としてしまったけど、言われてみたらそのとおりで、近頃ボクは忙しさや仕事を理由に、お世話になった方や大切な人との関係を疎かにしている。

「そんなんわかっとる。こっちもいろいろあるんだよ」

受話器を置いた後、イヤな人間だなあと情けない気持ちになる。

そんな会話の後の今日のランチは、偶然にも、過去にお世話になったまま疎遠だったAさんとの数年ぶりの再会だった。それもこちらのお願いごとで。

「さんざんお世話になっていながら、不義理をしてしまって申し訳ありませんでした」

まず最初に非礼を詫びた。

「いいんだよ、チカラになれないことはチカラになれないけど、チカラになれることは応援するから」

しばらく見ないうちに、少し背中が小さくなってしまったAさんとの空白の数年間が悔やまれた。

詳細は書けぬが、疎遠になったキッカケを思い起こし、多少の損やリスクを取っても、人との絆こそ大切に守らなくてはならないとつくづく感じられた。

今朝のカミサンとのやり取りといい、少しボクはネジを巻き直さなくてはならない。

もっとていねいに生きよう。

Aさんを見送った後、気合いを入れるために男子便所を雑巾でピカピカに磨いた。

が、気合いが入り過ぎて、踏ん張った拍子にズボンの尻の縫い目が豪快に破れてしまった。

“パンツ丸見え”状態。

さっそくバチが当った。

05 27, 2008

穴を開けないで

昨日は夕方に健康診断に行ってきた。

前回の検査の時は怪しい数値が出たようで、「もう一回検査を」が5回くらい続いて、結論から言うと問題なかったのだけど、一年余り病院に「再」検査で通うのは楽しいものではなかった。

そんなことで、今回はドクターを変えて、ちょっとおっかなびっくりで臨んだ。

この日は血液や尿検査の他に、試験薬を飲んで胃の検査もトライ。
すぐに結果が出るのはありがたいけど、さっそく「ピロリ菌」が見つかってしまった。

名前だけ聞くと、笛を吹く妖精のようなイメージだけど、そういうものではないらしい。胃癌のリスクがウンと高くなるそうで、若い女の先生に胃カメラも飲んでおいた方が良いと言われた。

胃カメラはすでに学生時代にデビュー済みだけど、あの時は順番を待つ自分の前で、オバさんが嘔吐(えず)いては暴れるのを、看護婦に押さえつけられてカメラを飲まされるのを見て、自分までいっしょに身悶えて、そのうちに裸足で逃げて帰ろうかと思った。

記憶は甦る。そうか、また受けるんだ。

ついでに“痛かったジマン”を披露すると、同じく学生時代のラグビーの試合で、よその選手と顔面から激突して頬骨を複雑骨折したことがある。あの時は激痛だけでなく、冷凍庫に入ったみたいに体温が急激に下がっていくのがわかった。

だけど“魔法の水”をかけると起き上がるとみんな信じているから、ビショビショになってもヤカンの水をかけ続けられた。芽が出るくらい。

この話にはオチもついている。

後日、医者が顔の骨が折れていないか確認するために、鼻の奥の骨に穴を開けて、そこに細いカメラを差し込んで頭蓋骨の内側からレントゲン写真を撮ると言う。

「マジですかっ」

くわっと目を見開いた。

で、撮影。

「クシャッ」

痛くはなかったけど、その音で気が遠くなった。

撮影後、レントゲン写真を前に医者が解説をしてくれた。

「ほら、ここ。これ複雑骨折ですよ。こりゃ酷い」

(がーん)

「先生、どうしたらいいんですか!」

「いやあ、包帯巻いたりギブスを充てるわけにもいかないから、放っとくだけですなあ。そのまま」

じゃあ開けるなよ、穴!!(怒)

05 22, 2008

カラーボールの上で笑う

週日は朝7時過ぎに出社して帰宅が9時10時の毎日。

さっき7時だと思ったら瞬く間にランチ時だし、次から次へと舞い込む相談事や作戦会議に対応したり、企画や構想に打ち込んでいたらいつの間にか日が暮れている。

つくづくシアワセだなあと思う。

好きなことをしてあっという間に日が暮れるというのは子どもの頃からの理想だった。

小学校の低学年の頃は、校庭を流れるオルガンの音をぼんやり聴きながら、時計と窓の外を交互に眺めてはどうしてこんなに時間が経つのが遅いんだろうと、休み時間以外は泣きそうな気持ちで一日を過ごしていた。

高専時代も、クラスメイトに代返を頼んでは、浜辺のテトラポットで風景の変わらない瀬戸内海を眺めて、何だってできそうなこの人生の大切な時間にオレは何をやっているのだろうかと、どんより不完全燃焼のカラダを持て余しながら部活(ラグビー)が始まるのを待った。

だから一文無しでアメリカに渡るときも、自由を手に入れたヨロコビと開放感以外、1ミリの不安もなかった。

ライトハウスを創刊して3年くらいは給料なんか取れず(塾と家庭教師でしのいだ)、考えてみたら世の中で言うビンボーだったけど、屋根のある部屋で、冷蔵庫にビールは入っていたし、困ることなんてなにひとつない。毎日楽しくてしょうがなかった。

あれからもうすぐ22年、あの頃カリフォルニアの青空を見上げて感じたワクワクはしぼむことなく成長するいっぽうだ。

少し知恵がついてわかったのだけど、シアワセは、物質や置かれた環境のカタチではなく、心の中、日常の感謝の中にあるもんだと思うようになった。

感謝は身の回りに溢れている。

* 座って仕事をするだけで、腹回りがみるみる締まる(はずの)カラーボール。
楽しく痩せて18ドル。最寄りのスポーツ用品店でお求めください。

05 21, 2008

オトコの手料理

夕方ジムで思い切り汗を流して、久しぶりにキッチンに立った。

先日、日経新聞の青沼さんにもらった「作っておいしい、アメリカン・ビーフ」(日経BPムック)をパラパラめくっていたら、「牛肉の塩包み焼き」というのがあって、カンタンで美味そうなのでさっそく試してみたくなったのだ。

公私にお客さんが多い家なので、「大人数対応」で「ワクワク楽しい」レパートリーを増やしておきたい。そう、実験台は家族ね。

手頃なコストで美味しくできてこそ「お値打ち」と、ポンドで3ドル台のかたまり肉3ポンド(7〜8人分)を購入。

まず、常温にもどった肉塊を、熱々のフライパンで焼き色をつける。

それからスバヤク、粗挽きの黒こしょうをふって粗熱が取れるのを待つ。

その間に、塩1.5kgに卵白(3個分)、小麦粉(60gくらい)を混ぜた生地をこしらえて、粗熱のとれたビーフを、粘土細工の要領で包み込んでいく。(サランラップを使って伸ばすと分量もセーブできるし、手も汚れない)

はて、レシピには「200℃のオーブンで20分」とあるけど、200℃って何度(華氏)よ?

心配要りません。

こんな時にもライトハウスのホームページ!

トップ画面の「暮らす」のコーナーの「日米単位換算」に数字を入れるだけで、摂氏(℃)から華氏(F)に自動で換算できるのですね。

オーブンを390Fに設定して待つこと20分。

それから5分蒸らして、塩竈(しおがま)から割り出して、5分経ったらお皿に取り分けてできあがり。

カンタンでしょ。

そのままでも美味しいけど、醤油とホースラディッシュ(西洋大根おろし)、あるいは柚子胡椒(ゆずこしょう)で召し上がるとさらにアメリカンビーフの旨味が引き立ちます。

週末「オトコの料理教室」でした。

05 18, 2008

出社前の遠足

今朝は4時に起きて、メンバーの瀬尾くんとハンくんとエンゼルフォレスト国立公園の滝に打たれてきた。

トーランスのオフィスで待ち合わせて午前5時に出発。国立公園内の駐車場まではドライブで1時間。そこから、山道を早足で歩くこと30分でその滝が現れる。

朝一番の森の空気は、いかにもマイナスイオンが充満しているようで、時々足を止めて深呼吸すると、カラダまで浄化される気分。

今日が滝デビューのふたりは、冷たい冷たいと子どものようにはしゃいでは何度も泳いで滝の下で打たれた。


ボクは近頃、ちょっとしたことで気持ちが乱れたり腹を立てる自分にウンザリ気味だったので、長めに浸かって反省した。

瀬尾くんもハンくんもニコニコ「煩悩が落ちました」と笑っている。

ホンマかいなとボクは笑ってしまったけど、出社前にちょっとした遠足気分を味わうことができた。

05 16, 2008

iPodを聴きながら

ここしばらくはジムや自転車をサボり気味。

先週の月曜日に、メタボ編集長川嶋くんとダイエット対決を始めたものの、この一週間は昼に夜に会食の二階建てが続いて、しぼるどころかバックスピンの毎日。

これではいかんと、昨日(土曜日)の午後は息子をサッカーに送ってからジムへ直行。長袖のフリースを着て、ジムの階段(昇降運動のマシン)、懸垂と腹筋、ストレッチを90分、タライで水をかぶったくらい汗を流した。

そして、またまた今朝も目覚めたその足でジムに直行。
昨日とほぼ同じメニューで汗を流した。

実は(今さらながら)ジムに通うのが楽しくなるツールを手に入れた。

「iPod」

スバラシイですね。なんでもっと早く手に入れなかったのだろう。

ボクは車の移動中に、京セラの稲盛さんの経営講話をよく聞いているのだけど、iPodだともう場所を選ばない。いつでもどこでも学べるし、好きな音楽もいっしょにいられる。

ジム、自転車、散歩道、中庭、ビーチ、登山、空港、飛行機や新幹線の中、ベッドの中、まだまだあるぞ。

こりゃ世界中で流行るわけだ。

講話の途中でも、大切なポイントはボタンひとつで繰り返し聴けるし、音楽であれば、CDやレコード(古いか)とちがって、嫌いな曲やつまらない曲はじゃんじゃんカットして、目的別に編集したり、選抜チームを編成することもできる。

ボクのストライクゾーンが狭いのかも知れないけど、好きなアーティストのアルバムでも、良いなあと思える曲って2、3曲がせいぜいで、あとはどうでもいい曲ばっかりだもんなあ。

そう言えば、昔ラジカセの時代には、どうでもいい曲をパスするための「頭出し機能」というのがあった。

音楽業界全体にとってはたいへんだろうけど、欲しい曲だけをダウンロードして買える今の世の中というのは、ある意味まっとうだと思う。

欲しいもの、必要なものだけを、生活者が取捨選択できる時代の到来。

好きな音楽だけを選んでiPodで聴く。

同様に情報も、「欲しい情報、必要な情報」だけしか存続できなくなるだろう。

便利だ便利だと手放しで喜んではいられない。

舵取りを間違えたら、自分たちの事業そのものも淘汰されてしまうんだから。

日系のスーパーのフリーペーパーが並ぶ棚の前でしばらく立っているとわかる。

昔は10冊(種類)でも置いてあったら全部のペーパーを持っていくヒトが多かった。

今はどうだろう。

ほとんどのヒトは数冊、あるいは1冊しか手に取らない。

例え海外であっても、インターネットでなんだって情報が得られるこの時代、日本語であることはそれほどのアドバンテージにはならないのだ。

ボクたち海外メディアの本当の競合は、加速するライフスタイルの変化であり、新たにライフスタイルに割って入ってくるであろう「便利・快適(快楽)・元気・コミュニティ」に他ならない。

時代に呑まれて淘汰されるか、波に乗って時代や世の中の創り手になれるか、タフだけどチャンス盛りだくさんの面白い時代に生まれてつくづく良かったと思う。

05 11, 2008

土台を創ろう

昨晩はトラベルオリエンテッドのオーナー社長の久保さんと久しぶりに飲んだ。

www.traveloriented.com

久保さんには広告主としても創刊当時からお世話になっているのだけど、その間、バブル崩壊(日米)、湾岸戦争、暴動、同時多発テロなど、異国で事業を営む者に取って幾多のダメージがあったけど、共に乗り越えてきた戦友のような存在。

ボクが89年に創刊した時に26社あった日系メディアは、今では半分になってしまったし、その間に約4、50社の無料紙、日刊紙、ラジオ、テレビの会社ができては姿を消していった。

久保さんの旅行業界も同様で、89年当時にあった会社で、今も元気に残っている会社は決して多くない。

旅行業界やメディアに限らず、淘汰の激しさはすべての業界にあてはまることだろう。

異国で事業を営み、継続するというのは生易しいものではないと思う。

日本でアジアや諸外国からの移民が身を立てていくことを考えたら、その難しさも当然だろう。

ライトハウスが生き残れているのも決して特別能力があったわけではなく、運とまわりの人に恵まれたことに尽きる。

ボクらは自分たちの事業の繁栄だけでなく、日系人や日系企業が今の礎を築いてくれたように、後に続く若いヤツら、次世代の子どもたちのために、しっかりとした土台(足場)、恥ずかしくない日系社会を創らなくてはならないと思う。

自分が死んでしまった後でも良い。

世界中のさまざまな地域と分野で、日本からの個人や企業が大活躍(貢献)し、その国の人たちに心から愛され尊敬される、そんな世の中づくりに人生を費やしたい。

05 08, 2008

愚直にコツコツ

コミュニティ誌づくりに完成はない。と、思う。

前号より「さらに」「もっと」面白い(役立つ、熱い)特集記事や連載コラム、インタビューを発信したい。

そして、どこかの食卓やリビングで、あるいはラーメン屋さんのカウンターの片隅で、誰かの「助かった」「クスクス」「オレ(ワタシ)も頑張るぞ」にチカラになりたい。1ミリでも人生に貢献したい。

毎号、インパクトがあって、わかりやすくて、ワクワクするような広告を作り続けることで、このコミュニティに暮らす読者と広告主をつなぎたい。

それによって、読者の暮らしを豊かになって、広告主の商売が繁盛してほしい。日系社会にお金が循環してほしい。

この日系社会は少しずつ高齢化している。若い世代はPCの文字が苦にならない一方で、短い文章やわかりやすい表現、ビジュアルなレイアウトをより受入れる傾向がある。

そういう大きな波、静かな変化に伴って、見やすくてスッキリしたレイアウトや文字の大きさ、飽きさせない切り口(企画)と表現力が求められる。去年のベストと今年のベストはイコールではない。

ボクらのメディアは、読者に手に取ってもらって初めて、その一冊に命が宿る。

ラックに設置しておしまいではない。他社のメディアも含めて、キチンと整理整頓されているか。前の号が残って(意図的に前号を置くポイントもある)、雨や風に晒されて無惨な姿になっていないか。

地べたに置かれたり、ラックのまわりにヒモやゴミは落ちていないか。
積み過ぎによってラックが倒れて、小さな子どもやお年寄りがケガをする危険性はないか。設置ポイント全体の美観は許容範囲か、置かせていただいているお店の景観を損なっていないか。

また配った後も、深夜や明け方に、(古紙回収業者に持っていこうと)盗みを企てる輩もいるから、まったくもって油断ならない。

「ひとつひとつ」が、「ひとりひとり」による、漆(うるし)を重ねるような小さな工夫と努力、情熱と愛情の積み重ねだけど、それはたぶん世の中のすべての「仕事」に共通することなのだと思う。

「仕事」のところを、「人生」に置き換えても良いかも知れない。

夜中に閃いて帳面に書き留めるけど、朝読み返すとたいていショボイ。

仕事や人生において、「ウルトラC」も「ショートカット」も、ましてや「攻略本」や「裏技」なんてなくって、回り道のようでも「愚直」に「コツコツ」が一番大切だと近頃とくに思う。

「愚直」に「コツコツ」が一番強い。

05 07, 2008

ふたりの誓い

月曜日の朝、メタボ編集長の川嶋くんと賭けをした。

おたがいに5月末までに10ポンド、6月末までに20ポンドのダイエット。

夏までにスリムになって、レドンドビーチを二人で歩いてモテまくろう。

というような浮ついた動機ではない。

キレのある思考と行動力を取り戻し、成人病リスクを根絶し、履けなくなってしまったズボンやシャツをクローゼットから解放するのだ。

有言実行ということで、さっそく「使用前」の川嶋くんをデジカメでパチリ。

二ヶ月後の変身ぶりに乞うご期待!

05 05, 2008