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込山洋一

親父帰国

アメリカは今日、オバマ新大統領の就任演説に、米国民の、自らも変革に加わりたいと熱い想いと期待に包まれているだろう。

そんな中、ボクの親父は、還暦を過ぎてからほとんどの時間を過ごしたアメリカを静かに後にした。これからはボクら息子家族と離れて、故郷の萩を拠点に暮らす。

それが本当に最善なのか、何が老いゆく親父にとっての幸福なのか、自問自答の10年でもあった。

空港に送った弟から電話で、

「(空港での別れ際も)声かけたけど、振り返らんとスタスタいったで。とくに感極まるでもなく。父ちゃんらしいの。

なぁ、にいちゃん。長い間、ありがとな。お疲れやったな」

弟が労ってくれたけど、ボクにありがとうって言われる資格があるんだろうか。

旅行や行事に連れて行ったり、何かを「してあげた」つもりでいたけど、本当は逆だ。

ボクが「ありがとう」って、「長いこと、いっしょにおってくれてありがとう」「健康でいてくれてありがとう」って、ボクが親父に労わなくちゃならなかったんだ。

本来、短気で人づきあいが苦手な親父が、辛かったり、面白くないこともあったろうに、邪魔にならない脇役に徹してくれていた。

会社で請求書の仕分けも担当していた親父は、ドライブでいろいろな店の前を通ると「あのお客さんは毎月○○ドルも使ってくれとる。ありがたい」とつぶやいた。ボクが感謝と謙虚さを忘れぬように口にしてくれたのだろう。

何でもっとやさしくできなかったんだろう。

明日こそ、電話でありがとうを伝えよう。いつもちょっと遅いけど、まだ生きててくれて良かった。父ちゃん、ありがとう。

01 21, 2009

20年

土曜日の朝。
昨晩は、ライトハウスをふだん裏方で支えてくれているライターさんやベンダーさんをお招きしての創刊20周年謝恩会を社屋の2階で行った。

冒頭のあいさつでも話したのだけど、今は20周年の達成感なんかより、これからの30年、50年へのワクワク感の方が大きい。

自分たちを育ててくれた日系社会にどんな恩返しができるだろう、次世代の若者たちに何を与え、どんな道がつけられるだろう。

謝恩会では、元メンバーで今もライトハウスの編集制作を外部から助けてくれている森真弓さんと安部陽二くんと久しぶりに話すことができた。彼らはライトハウスでそれぞれ10年余り働き、その後フリーランスとして独立。今ではともに売れっ子のクリエーターだ。

創刊20年を振り返ると、その時代その時代のメンバーすべての存在が欠かすことができないのだけど、前半の10年においては二代目編集長の福田恵子さんとこの森さんの貢献無しに、現在のライトハウスは有り得なかっただろう。時が経つほどに感謝の思いが大きくなる。

先日、弟と酒を飲んだ時にも前半10年(というか、現在の礎を築いた)MVPはフクダさんで一致した。在職中はぶつかることもしょっちゅうだったけど、どっちも良い誌面を作りたい一心だったから決して尾を引かなかったように思う。

良いものを作るためには摩擦も厭わず、それは現在の社風として継承されている。

そして今現在。

ロサンゼルス、サンディエゴともに過去最強のメンバーが揃った。
近年はデスクに座って、考えるフリばかりしているボクだったけど、今年はガンガン現場に出ようと思っている。ひとりでも多くの読者の声、広告主の声に耳を傾けたい。そして力になりたい。人生や事業の助けになりたい。

ボクは20年もかかって、大きなことを成し遂げるためには、目の前の人を本気で思うこと、足元のほんの小さなことに全力を尽くし続けることだとやっとわかってきた。

01 18, 2009

創り手

午前8時40分、サンディエゴ到着。
今朝の経営勉強会と朝礼は片山に任せて、事務所の近くのスターバックスで一息。
130マイルを一気に運転してきたので、大きく伸びをして、いつものようにアイスコーヒーを飲みながら徐々にシゴトモードに入っていく。これサンディエゴでの習慣。

コーヒーを待っている間、新聞スタンドに目をやると、地元紙のサンディエゴ・トリビューンともうひとつはNYタイムズだった。そうか、この街はとなりのロサンゼルスよりNYを見ているんだ。確かに経済への直接の影響力はニューヨークの方が大きかろう。小さな発見。

はてさて。

日本の仲間や、日本から帰ってきた人たちが口を揃えて言うのが、どんより重い日本の閉塞感。もう、テレビも週刊誌も電車に乗っても、ネガティブな情報と暗く思いやりのない空気が溢れていて、あれでは気が滅入ると言う。

気持ちひとつでいくらでも伸びる若い世代への影響を考えても、日本のその種のメディアの無責任でネガティブな情報の垂れ流しは即刻止めてほしい。あれは業界関係者自身の不安やコンプレックスが黒い水飴のようになって、日本列島の空全体を暗く覆っているように見えてならない。実はその上には青空が広がっているのに。

深刻さではアメリカの方が上手をいってるだろうに、日常のコーヒー一杯頼むやり取りでも、近所付き合いの中にも、多くのアメリカ人は笑顔とユーモアを絶やさない。そういうとこ、好きだ。

この世に地獄と天国があるのではなく、心の有り様が同じ環境を天国にも地獄にもするのだと思う。

朝晩、見落としがちだけど感謝すべきことを拾い集めたり、自分がしてもらうとうれしい心づかいをまわりの人にするだけで、そこは天国になっているような気がする。感謝は溢れるくらい転がっている。朝、目覚められたこと。ゴハンがうまいこと。心配したり励まし合う仲間がいること。

環境が変わるのを待つのではなく、自らが環境の創り手のひとりになる。世の中の創り手のひとりになる。

そういう自分を目指したい。

01 13, 2009

サンディエゴ出張

メールのチェック完了。時間は朝の5時半。
今日はこれからサンディエゴ出張。金曜日に帰ってくる。

すべてのお客さんを回ることはムリだけど、なんとか今回30~40件くらいは回って新年のあいさつと日頃の感謝をお伝えしたい。また不況に元気をなくしているお客さんは一生懸命元気づけたい。

ありがたいことにサンディエゴはこんな景気の最中に昨年も業績をずいぶん伸ばすことができた。メンバーも少ない人数で本当によく頑張ってくれている。

ロサンゼルス同様、ふだんの何倍もの努力と工夫を重ねてこんな時代にこそもっともっと進化成長したい。この時代を越えられたらどんな大不況も怖くない。

今、この時期の気持ちの持ちようと「備え」が次の10年、20年を決定づけると思っている。大事な大事な時期だ。

01 12, 2009

冬休みの宿題

遡ること木曜日の夜、もう布団をかぶって寝ようかというところに、切羽詰まった顔の息子が枕元にやってきた。

「パパ、宿題手伝って」

明後日に提出の日本語補習校(西大和学園)の冬休みの宿題が終わっていないと言う。

算数の冊子を開くとまっさら。

それ、「終わってない」じゃなくて「やってない」って言うんだよ。

お前さぁ、冬休みの間になにやってたの。腕がちぎれんばかりに遊んでいたけど。

この“オレ”にしてこの子有り。遺伝子は脈々と受け継がれている。

で、木曜日金曜日の二日に渡って何とかかんとかやり遂げた。
一次関数にもたつき、角度の計算で流れが良くなったと思ったら、三角形や平行四辺形の証明問題に手こずり、それでもひとまず間に合った。少しはやり遂げるヨロコビを学んだかな。

と思ったら、甘かった。

国語のテキストも、今すぐにブックオフに持っていけるコンディション。

そりゃ、算数白紙で、国語だけ一生懸命やり遂げましたなんてことありえないよな。

で、のどかな日曜日の朝。提出期限は過ぎてしまったけど、息子と国語の宿題をやっている。

集中して少しは考えているのかと思ったら、中庭を横切るクロネコを目で追いかけている。

と、席を立ちネコを追いかけていった。デジャブ。まるで自分。

終わるんだろうか、宿題。

01 12, 2009

シャンパン

まもなく6時40分、ようやく世が明けてきた。
朝焼けで空がオレンジや水色や紫陽花(あじさい)色の水彩画みたいだ。

今朝は目覚ましナシで4時半に起きることができた。
昨日からのメールの返事やみんなへの指示も一段落。

昨日は出社初日。
朝久しぶりのみんなの元気な顔が見られて本当にうれしかった。
おぉ帰ってきてくれたか!!

新年1回目の経営勉強会のテーマは「原理原則で考える」
毎日の数限りない決断・判断を、自分や会社の都合や損得ではなく、原理原則で考えてみよう。第三者が見ておかしくないか、お天道さまに恥ずかしくないか、そういう基準でモノごとを考えられるようにしよう、そんなことをグループに分かれて話し合った。このテーマはボク自身への戒めだ。今年はぶれないでいこう。

無事に初日を終え、遅い晩ゴハンのテーブルでささやかな一人祝いのシャンパンを開けようとしたら、急に冷凍庫でボトルを冷やしたために、コルクが暴発してボクのまつ毛をかすめて、オデコに浅い角度で撥ねたまますごい勢いで天井を打った。

5ミリずれていたら視力を失っていたかも知れない。助かった。

思わぬ幸運に、大きな声でカミサンを呼んで伝えたら、「これからは自分の顔に向けて開けるのを止めたらいいんじゃない」だって。確かにそういう話もある。

01 07, 2009

歌う30年

あと約11時間で仕事始め。メンバーの顔を見るのが待ち遠しい。

日本への帰国組も昨日今日で帰ってきているはずだ。しっかり充電してきただろうか。

ワインを一杯飲んで、少し良い気分で書斎でひとり、年末年始に少しずつ整理できてきた今年の構想を帳面にまとめていたら、親父の部屋の前を通る娘が「おじいちゃん、大っきい声で歌ってるね」と愉快そうに知らせた。

たまたま昨日ブックオフで発掘した「昭和の演歌シリーズ」(ひとけた、20年代、30年代)を親父に贈り、いっしょにCDプレーヤーの使い方を伝授したので、さっそく大音響(やや耳が遠い)で聴きながら歌っているらしい。

こんなことならもっと早くしてあげられたらと悔やまれる。ボクはいつも大切なことが遅い。

娘の話を聞いて、ボクが中学生だったある日を思い出した。

お古だけど、貧しい我が家には不釣り合いなローディ(日立)のステレオがボクの部屋にあって、誰もいない昼間にヘッドフォンをしたボクは(カギをかけて)チューリップのLPを聴きながら張り裂けんばかりの大声で歌っていた。

音楽の方はヘッドフォンで聴いているから、外に響くのは当然ボクの変声期前後のヘンテコなガナリ声だ。

ヘッドフォンの大音響をかき分けて、激しいドアをノックする音が飛び込む。

ハッと気づいてドアを開けると、困ったような照れくさいような複雑な表情の親父が立っていた。船乗りだった親父が休暇で帰ってきたのだ。

無骨な親父と甘え下手な息子は、何とも気まずいような照れくさい空気に包まれてしまった。ボクはきっと不機嫌な顔でやり過ごしたのだと思う。

あれから30年。

ボクが親父の歳になった。

01 05, 2009

日経ビジネス

明日からいよいよ仕事始め。

大晦日には紅白を見て年越し蕎麦をいただき、元旦はさぬきの里のおせちを食べて初詣をして、夜は本気で百人一首をして、しっかり日本的な正月を満喫した。

とくにこの冬休みは、じっくり読めなかったここしばらくの日経ビジネスを貪るように読んだ。

この本には(きっと)「日本を良くしたい」という明確な意志と具体的な提言がある。企画も取材も毎回唸るほど深い。

実は物心ついた頃から親父の影響で読んでいた週刊新潮の定期購読をやめようと思っている。取材は深いのだけど、批判で終わっていて出口が見えない。暗くなるばかりで滅入ってしまうのだ。

日経ビジネスは扱う素材もターゲットも異なるけど、お手本にしている本のひとつだ。
ライトハウスの根底に流れる思想も実は日本を良くしたいという思いだ。

海外の日系社会が元気に活性化して、(日本からの)人や企業の足場になって、世界中で「当たり前に」活躍できる世の中になったなら、日本が良くならないわけがないと思っている。

話をもどすと、新年特大号の特集記事が良かった。

「日本主導(無限恐慌の危機を絶つ)」と「バフェットが語る2009年の世界経済/回復待ちで好機を逃すな」。

読んで学ぶだけでなく勇気が湧いてくる。こういうメディアを創りたい。

01 05, 2009

紅白と20周年記念番組

大晦日は弟家族と仲間の家族が集まり恒例の紅白を見て過ごした。
紅白の出場歌手に難クセつけて見るのが一年の終わりの楽しみだ。

「視聴率が取れるスマップや氷川きよしは事務所の力が強いから、コイツはセットで出してもらっているにちがいない」「この歌だけで30年食ってるんだから大したもんだ」「コイツになら勝てる。オレを出してくれい」等々、茶の間で酷いことを言い合っている。またやめればいいのに、ボクは秋山雅史さんの「千の風となって」はモノマネせずにいられない。身振りをつけてね。

一方で、初めて聴いたけど、森山直太朗の「生きてることが辛いなら」は歌も歌詞も素晴らしかった。それに、黒人歌手のジェロくんが上手なのには舌を巻いた。平井堅も徳永英明も上手かった。平井堅を坊主にしたような木山裕策さんもこれから楽しみだ。白組圧勝はうなずける。

それにしてもテレビの前で好き勝手言うのは楽しいけど、10代の若者からお年寄りまで世代のちがう視聴者(万人)に喜んでもらうための準備は毎年たいへんなものだろう。
そんな中、今年は視聴率が後半は40%を超えたようだからたいしたものである。海外に住んでいると、日本にいる時以上に紅白はありがたく心に沁みる。

紅白の後は、UTBさんのおかげでライトハウス20周年の特別記念番組を1時間も流していただいた。制作は、B’zのツアーを始め、NHKや民放の番組制作でも有名なノスコさんに2年越しで作っていただいた。

以前に日本の「バリバリバリュー」という番組でも紹介していただいたけど、プロが作るとこうなるんだなあと完成度の高さに圧巻。

本人の実力とずいぶんギャップがあるから今年は相当頑張らなくてはならない。

それにしても20年の節目に本当にありがたかった。

今年も「おかげ」で暮れて、「おかげ」で明けた。新年の抱負にあげたように、今年は人様に喜んでいただける一年でありたい。

01 03, 2009

2009年の抱負

大晦日、岐路に立つ友人の経営の相談に乗っていた。一年の終わりに、夢中で打開策を考えるその時間は、「休暇中の仕事」ではなく「人生のヨロコビ」だ。

ボクは経営者の相談に持っているときとか、若者に思いを伝えているときに、自分が生きている意味とか価値を1番感じることができる。

(もちろんそれは、愚痴とか不平不満といった寝言の類いではなく、本気で突破口を模索する人といっしょに向き合って考えることが前提だ。他人任せでオンブに抱っこの人とは同じ空気も吸いたくない)

  • ボク自身が、その最中にいる当事者ではない分、第三者の視点で見えること

 

  • 広告収入を生業にするライトハウスそのものが、業界、業種、規模、人種さまざまな事業をどうやって繁盛させるか、クライアントといっしょに考えることが仕事だから、20年そのことを追求し続けてきたこと

 

  • 自分自身も他業種に手を広げて失敗したり、浮利を追って火傷したことがあるから、何をすると失敗するか、何が欠けていると転覆するか、身を持って経験したこと

これらの理由で、ボク自身、少しは経営者の方に役に立てるような知恵と人脈の引き出しが準備できたと思う。

そして、年末年始ずっと考えてきて、今この時代に、ボク自身が重点に置くべきこと、必要とされることは何か、やっと答えが浮かび上がってきた。

それは、

「ライトハウスの全経営資源をフル活用して、(本当に微力だけれど)この地の経営者の方たちが大不況を乗り越えるためのチカラになること」

うち(ライトハウス)の売上目標とか利益率は二の次、三の次なのだ。

1月5日(仕事始め)が待ち遠しい。

今年はこれまで以上に外に出て、経営者の方たちと膝を詰めて話したい。
経営者のチカラになれる企業、日系社会に勇気と元気をもたらせるメディアになりたい。

2009年の抱負

1)    目の前に人を喜ばせる(利他の心)
2)    支援者(ファン)をつくる・増やす
3)    即行動。明日ではなく今日やり遂げる
 

01 03, 2009