カレンダー

2009年5月
« 4月   6月 »
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

what's new

込山洋一

ハッピーエンドがいいや

土曜日の夕方、娘は試験勉強、息子は遠足。映画でも見に行くかと、ちょっとお洒落をして、カミさんとロングビーチの小さな映画館まで「The Soloist」(*あらすじ)を観に行った。

音楽家を目指すも、挫折して心の病いを抱えたままホームレスになったナサニエル。彼が、ロサンゼルス・タイムスのコラムニストとの運命の出会いを通して、立派に社会復帰していく人間ドラマかと期待していたのに、主人公はトラウマに打ち克てなかったうえ、そのチャンスを懸命に与えようとしたコラムニストを、逆ギレしてぶん殴ったうえ、踏んづけてしまうという「現実は甘くない」ことを学ばせてくれる身も蓋もない物語(実話)だった。

たぶん、観客の誰もが、ナサニエルの更生を最後まで信じていたけど甘かった。

最後の方は諦めてたけど、ラストシーンは、ホームレスの施設で主要なキャストが納得顔で、シアワセそうに抱き合ったりダンスをする強引な終わり方だった。がーん。「それも選択、それも人生、そういう現実がある」ってことを伝えたいのだろうけどちっとも解決してねえじゃん。と、ちがう意味の涙がこぼれた。

身も心もすっかり重くなってしまって、なかなか立ち上がれない。

創り手に創造の自由があるように、観る側にも自由がある。
ボクはやっぱり現実が厳しい世の中なんだからこそ、それを克服して“みんなバンザイ”のわかりやすいハッピーエンドが好きだ。

ボクは帰りのドライブで映画を選んだカミさんを責めた。

本人、ケタケタ笑ってたけど。

*あらすじ

http://www.cinemacafe.net/movies/cgi/22310/
 

05 31, 2009

世代交代

29日の金曜日の朝。
今朝は昨日とルートを変えて、アムトラックの駅のある辺りに向かって散歩する。

 


 

 

 

駅の構内は遠足らしき小学生のグループや、旅行客ですでに賑わっていた。
これから新しい風景に出会える期待感、そんなウキウキしたムードが溢れていてこっちまで楽しい気分を分けてもらえる。

昨晩は、サンディエゴの飲食店やゴルフコースの経営者仲間と、評判の居酒屋「おとん」で飲んだ。

ロサンゼルス出店プロジェクトや、経営・近況の情報交換、サンディエゴの日系社会盛り上げ作戦など、前向きな議論に盛り上がる。やっぱり経営者と飲む酒は、刺激やインプット盛りだくさんで人生を豊かにしてくれる。

ボクらのところには、市場に出ていない売却や投資の情報がいち早く入ってくることが多いので、その地域の特性(日本人人口の規模、構成、年齢層、同業他店の傾向など)と合わせてアドバイスをすると喜ばれる。
 

やがて酒が進み、「オレたちの世代がこれからのサンディエゴの日系社会を盛り上げていかないとダメだ。世代交代!」という思いにベクトルが重なっていく。

つい数週間前、ハワイの同世代経営者たちと同じ会話を交わした記憶が甦る。

いいぞいいぞ。

オバマも、明治維新の主役たちも、歴史に残る革命や偉業の主役はみな若い。
ご年配の方たちには後方支援していただいて、そろそろボクらがコミュニティを背負って立つ転換期なのだ。

そして酒宴の最後はお決まりで「コミヤマさんは早くこっちにコンド買って、サンディエゴに引っ越してこなくちゃダメよ」に行き着く。

それも悪くないかも。


 

05 31, 2009

ジャカランタの下で

5月28日、昨日からサンディエゴに来ている。

今朝は、ホテルから数ブロックの港まで、i-Phoneで風景の写真を撮りながら散歩した。

サンディエゴでは、青紫色の可憐な花を咲かせるジャカランタが盛りで、この花が大好きなボクは根元に立ち止まっては涼しげな色の花を見上げる。

そして、この花に最初に出会った80年代後半の、お金もステイタスも定職と言えるシゴトも、お見事に何も持たなかった頃を思い浮かべる。

当時、持っているのは、どこから手をつけたらよいのかわからないくらい欠陥だらけのボロボロのフォードと、それにすべて収まってしまうくらいのわずかな荷物だけだった。

それでも悲壮感の欠片もなく、何を描いても良い真っ白な大きなキャンバスの前に立っているようシアワセを毎日噛みしめていた。「今」は「今」しかないから、若さもビンボーも不確かさも引っ括めて、楽しんで生きていた。

持たないことやビンボーなことは不幸じゃない。人と比べたり、不足を数えて生きることが不幸なことだと思う。

人生の残り時間を勝手に逆算して「もう遅い」「今さら」と決めつける人は、子どもの頃から「ピアノを始めるには遅い」とか「受験の準備が遅かった」と悔やみながら生きてきただろうし、「あの大学、あの会社に入れていれば」と、それを肴に
一生悔やんで生きていける人だろう。ある意味、立派。

「5年後、10年後に始めるより、今気づいてスタートを切ることが最善最速」と思える人は、70で失敗しても「失敗は糧」と死ぬまでチャレンジし続けられるステキな人だと思う。

あの時にジャカランタを見上げた頃から20年余り。

目のフチが赤くなる級の失敗だけで、両手両足じゃ足りないけど、すべて「糧」になっている。失敗が、未来の大きな失敗を塗りつぶしてくれたと思ってる。

カミサンは涙ながらに「糧はこのくらいにしておいて」と言うけど、そうはイカの塩辛でお茶漬けサラサラなのだ。

ボクには「未来を信じる」というスバラシイ才能と、最強のメンバーがいる。チャレンジし続けない手はない。

いつおしまいが来るかわからない、また巡ってくるかわからない“人生”なんだから、人が見ていようがいまいが、成就しようがしまいが、一生懸命やったもん勝ちだ。

生まれてこれたこと自体、何兆匹のオタマジャクシの中から選んでもらったわけで、ロトで100回連続当たるよりよっぽどありがたいし尊い。もしも、自分を不幸と感じていたり、人を羨んで生きている人がいたなら、生まれてこれた我が身の引きの強さにガッツポーズをしてほしい。ロト100回以上ですよ。

不況も豚インフルも、かかと落しで撃退するのだ。

そしてボクはジャカランタの下で鼻の穴をふくらませた。

05 29, 2009

出たがりではありません

先々週のハワイに続いて、先週も人様の前で2回も講演(もどき)をさせてもらった。

ひとつは火曜日の夜に女性の経営者とビジネスマンの方の会で。

ほとんどがボクより人生経験豊かな先輩方なので、始まる前はチカラが入りまくって緊張したけど、いざ始まってしまうと自分の言葉で話すことができた。

講演内容の通信簿にあたるアンケート結果も、全員が「たいへん良かった」にマルをしてくれたそうだ。編集局長の西川の補助と、気迫に2ポイントくらいオマケしてくれたのだと思うけど、主宰者が創業当時からお世話になっている方だったので、ひとまず胸を撫で下ろした。

また、今回もたくさんの方とご縁をいただけて本当に良かった。日系社会があってこそ成り立つボクらの事業において、こうしてたくさんの方との絆を深めることは地面に深く根を張ることなのだと思う。深く強い根を張らないと、地上に大きな木は育たない。

もうひとつは、日本語補習校の西大和学園での月イチ「キャリアの授業」。

今回は、“旅のプロ”近鉄インターナショナルの岩沢さんにゲストで登場いただいた。旅行商品の開発(川上)から、時にはガイド(川下)まで一貫して見てきた同氏に、旅行業界全体の構造や役割、やりがいとたいへんなこと(苦労)、適性などについては話していただいた。岩沢さんは日本の大学でも観光学について長く教えてきた方だから話も明快で面白い。進行役のボクもラクチンだった。

このクラス。中学生の全員が参加しているのだけど、教室のいちばん後ろの方で困ったような照れくさいような顔で息子がこっちを見ている。少しはわかっているのか後で聞いてみたら、まあまあ面白かったよと素っ気なくいう。こっちは必死なのにかわいくねぇヤツだ。

来月もクライアントの依頼で、ビジネスの勉強会にお呼びがかかっている。

ホントは勉強会で勉強しなくちゃならないのはボクだけど、少しでもライトハウスを知ってもらったり、ライトハウスが目指す世の中づくりに共感してくれる人を増やすために、恥を忍んで、緊張に涙しながら伝えていくのだ。

あの、決して出たがりではありませんので。ご理解いただきますよう。

05 26, 2009

スィート16

5月24日の日曜日の朝。
息子の剣道の試合で、ロングビーチの体育館に来ている。

今朝は、ジョギングと散歩(途中から息切れして歩いただけだけど)と水泳をたっぷりして運動不足を解消。内蔵を休めるために朝食は抜き。

再来週の息子の運動会までに、8ポンドくらいしぼってベストコンディションに持っていかねばならないのだ。教員と父兄の対抗リレーがあるからね。

来春で息子は中学を卒業だから、ボクにとっては最後の運動会になる。決して後悔しないようにせねば(って主役は息子なんだけど)。

はてさて。昨日は娘にとって記念すべき“スィート16”の誕生パーティ。

日本ではあまり馴染みがないけど、こっちでは子どもからレディになるお祝いとして、娘を持つ家庭ではそれぞれ趣向を凝らして盛大に祝うのだ。

我が家は自宅で開催したのだけど、(父親不在の中)数週間前から段取りや飾り付けで、それはもう大事であった。

準備期間の貢献ゼロだったボクは、パーティの前にプールに浮かべる浮き輪やビーチボールの空気を懸命に入れて存在をアピールした。それだけだけど。

パーティには娘の16歳を祝う友人50人余りが駆けつけてくれた。
みんな明るく元気で、なかなか礼儀も正しい若者たちで、親としてもひと安心。

プール及びその周辺で、年頃の男女が楽しそうに盛り上がる様は、オジさんには眩しすぎる。同じ時代を、男子校全寮制大ビンボー生活を送ったボクの青春と比べていかがなものか。ボクの時代は、まわりの女性と言えば、お袋よりずっと年配の寮母さんと食堂のおばちゃんだけだったよ。

いかん。腹が立ってきたから話を戻そう。

パーティの目玉には、友人で世界的なマジシャンのシュート緒川さんに、とっておきのマジックを披露してもらった。

シュートさんは、マジシャンオブザイアに4回も輝いた超一流のマジシャンにもかかわらず(だからこそ?)、子どもたち相手でも一切手抜きなして、そこにいるすべての観客を狂喜乱舞&拍手喝采させてくれた。

技のキレ、観客とのコミュニケーション、よどみない流れ、どれを取っても一流の仕事、一流の矜持を見せてもらった。

おかげでボクの株まで騰がって、パーティが終わっても、娘はボクの回りを通る度にありがとうとハグしてくれた。よほどうれしかったようだ。

実は豚インフルの影響で、日本からの研修事業はかつてないハードパンチを受けているけど、昨晩の子どもたちの飛び切りの笑顔と笑い声のおかげで、ふただび気力と活力が溢れるように湧いてきた。お父さんは負けないのだ!

05 26, 2009

オレンジの照明

5月14日(木曜日)

ハワイ4日目。
日中はハワイの日系社会の様子を勉強するために、アロハストリートの社長の上野さんの案内で、ニジヤマーケット、マルカイ(2店舗)、ドンキーホーテなどを視察して回る。食材はロサンゼルスに比べていくぶん高いものの10年前、20年前に比べると格段に手頃になっている。牛乳がちょっと高め。いいんだけど。
客層は、平日の日中ということもあるけど、高齢の日系人が多かった。

夕方からは、アロハストリート主催イベントで、ビジネスサークルのみなさんに、南カリフォルニアの日系市場についてレクチャーをさせていただく。

 

ハワイの慣習で、レイ(花でつくったネックレス)をして話すのだけど、鏡に映ったボクはボルネオ島の議員みたいだ。いけてるかも。

50名近い参加者は経営者が多く、30代から40代が中心。30%くらいの方は本土での留学、もしくは就業経験を持っていた。

多くのみなさんが、次の市場として本土を意識していて、子どもの教育環境についても「ハワイよりロサンゼルスで受けさせたい」と考えている方が多かった。

今回のイベントは、先週ロサンゼルスで開催した「世界メディア交流会」(世界のメディア経営者が、各地でのビジネスや生活環境をパネルディスカッション形式で解説した)の「ロサンゼルス版inハワイ」といった感じ。

ハワイから本土にビジネスを広げたいという方に、ロサンゼルスやサンディエゴの様子を紹介させてもらった。

ボクは世界中で、人や企業がもっともっと自由に行き来できるようになってほしい。
働く地域、暮らす国を自分の意志で自由に選ぶことが当たり前の世の中になったらステキではないか。

みなさんの興味に応える話ができるか不安だったけど、会場はどんどんヒートして、時間いっぱいまで質問が途切れることはなかった。いや、あっという間の2時間であった。ふぅ。

ここからがお楽しみで、そのまま歩いて近所の洒落たレストラン(貸し切り!)に流れて交流会。

ハワイ在住のみなさんはみな気さくで、昔からの仲間と話しているような感覚でとても楽しかった。

2時間余りの間に、半分(20名)近い方と話すことができたうえ、何人かの方とはけっこうシゴトや人生の深い話まですることができた。オトナの世界だから、毒にも薬にもならない薄っぺらな話より、一期一会で本質的な話がしたい。もちろん、男同士のバカ話も大好きだけど。

こうして一時に大勢の方と話せたことで、ここで事業を営むみなさんが、何を目指して、どんなことに困っているか、また、何に興味や感心を寄せているかを学ぶことができた。

何よりこんな短い時間で心通わせる仲間が得られたことがうれしかったなあ。
同世代の経営者仲間がいっぱいできた。

ますますハワイが好きになってしまったよん。

ということで、この感動をメンバーにも。
今年の社員旅行はハワイに決めたのだ!

5月15日(金曜日)

午前中、再びアロハのみなさんにレクチャーをした後、ご褒美に上野さんが観光案内をしてくれる。

大好きなノースショアでは裸足で海に浸したり、画廊やショップを散策した。
ドールの記念館では、パイナップルのソフトクリームを頬張って完全に観光客になったよ。思えば、郊外に出るとどの店も、買い物をしてもしなくてもみんな親切で自然体。“構え”が見返りを求めたり、値踏みをするところがない。

こんなことを言うと叱られそうだけど、ニューヨークからハワイに向かうにつれて店員さんは大らかで親切になっていく気がする。

夕食は上野さんのアパートに、スタッフのみなさんと招いてもらって、パートナーが朝から時間をかけてこしらえてくれたご馳走に舌鼓を打つ。

今回はアロハストリートのみなさんともすっかり親しくなれた。
みなさん、それぞれ熱く、時に波乱に満ちた人生があるのですね。

観光地を訪ねて歩くだけでは記憶や記録が残っても、その地に心は残らない。
やっぱり、人との絆が生まれて、旅はいっそう豊かになるのですね。
って、オレ出張だった。

食後、上野さんの運転で、タンタラスの丘からワイキキの夜景を眺めた。

島の起伏を浮かび上がらせるオレンジの照明が20数年前の記憶を鮮やかに甦らせた。

そうだ、ボクは86年の2月、運輸省航海訓練所の実習生として、帆船日本丸に乗って初めて訪れた海外がこのハワイだったのだ。

冬の北太平洋に針路を取って、ひたすら風力だけで40日間かけて到着したハワイ。上陸の前夜、沖に錨を下ろして、遠くから眺めるハワイはオレンジ色の照明が印象的だった。この照明の下でどんな人たちがどんな営みをしているのだろう。手に届くところまで辿り着いた外国に思いを馳せた。

あの時の夜景を今は丘の上から眺めている。

ハワイで出逢った人たち、上野さんとのつながり、オレンジ色の夜景、ハワイが大好きと言っていた弟の顔、これまでの人生とこれからの残り時間、バラバラのパーツが頭の中で大きなサークルになってつながったような気がした。

5月16日(土曜日)

晴天の朝、上野さんとパートナーがプリウスでホテルまで迎えにきてくれた。
出発前に朝市に連れて行ってくれるのだ。

ダイアモンドヘッドの中腹で週末に催される朝市は、観光客にも広く知られているようで、笑ったり感心したりする日本語がまわりから聴こえてくる。あたりはオーガニックの野菜や果物、蜂蜜や食べ物屋のテントが軒を連ね、地元に人にも人気のスポットらしい。

さっそく上野さんお薦めのジンジャエールを入手(って奢ってもらったけど)。

ジンジャエールと言えば、日本では“海の家”で幅を利かせていたカナダドライと思っていたけど、ジンジャー(生姜)のジュースだったのですね。ピリッとシャープな口当たりで、その美味しいこと!

小学校の時、東京で(四国では売っていない)ドクターペッパーに出会って、初めて飲む人工的で毒々しい味に驚いたけど、この“生”ジンジャエールは、その正反対の清廉潔白直球勝負という趣で、心もカラダも浄化してくれそうな清々しい味わいだ。

何の土産も買ってないのを思い出し、ジャムと魚のジャーキーをいくつか購入。名物のトマトのフライ(なかなかの美味)やスパムおにぎりをつまんでいたらお腹もいっぱいになってきた。

ホテルへの帰り道、海岸沿いに車を停めてハワイの海に向かって深呼吸。
なかなか有意義な滞在であったなあ。

と、横で関西弁のグループが、枝にカメラを据えてタイマーで記念撮影している。

だけど逆光。

気になる。放っとけない。

おせっかいで、ボクが1番ナイスと思うポジションでポーズをとってもらってパチリ。関西の若者たちはいかつい顔をほころばせて喜ぶ。笑うとかわいいやんけ。

これまでよりうんと身近になったハワイの風がやさしく頬を撫でて通り過ぎていく。

05 24, 2009

10倍にアップグレード完了

5月13日(水曜日)
この日は午前中、アロハストリートの営業のみなさんに、牛角のお弁当をいただきながら情報交換会&レクチャーをさせてもらう。

午後からはいったんホテルに戻って、日本とのスカイプ会議。

夕方からは今回のハイライトでもある稲盛和夫さんを囲んで、ハワイの盛和塾準備委員会のみなさんとの懇親会。

ここでもハワイだけでなく全米の経営者と深い話をすることができた。
とりわけ、ロサンゼルスから参加しているM社長の話は参考になった。

「盛和塾に入る前、雇う側と雇われる側の対立の経営をしている時は訴訟やトラブルの毎日だった。盛和塾に入って気づいたのが、金儲けは手段であって、目的ではないこと。目的は本来、従業員やまわりの人をシアワセにしてあげること。不思議なもんで、社員のためにやってあげようと姿勢が変わると、問題も少なくなって、社員が会社やボスのためにチカラになろうって変わるんだねえ。それがわかるまで1年半もかかったけどね」

「利益率が5、6%では危ないよ。ちょっと業績が落ちたら吹き飛んでしまう。少なくとも10%はあげないといかん」

「野球は9人でやるものではない。ベンチに入った16人でやるものだ。必ず代打やリリーフが備えている。経営もいっしょで、金と人は余裕が必要。とくに人はバックアップが必要で、その人間にしかできないとなると、その人間は傲慢になって成長しないし、組織も乱れる。すべての人間にピンチヒッターがいることで、強い経営もできるし、その人を不幸にすることもない。だから、店も多い方がいい。人が育つ」

ゼロから150億円の事業を作り上げたM社長の体験から滲み出る言葉は説得力がある。

盛和塾(稲盛さんの経営哲学を学ぶ経営塾)に参加する経営者は熱心な方が多くって、「稲盛教」なんて揶揄する人もいるけど、その実、こうして先輩経営者が経験から学んだエッセンスを後輩たちに語って聞かせたり、迷ったり、行き詰まった時にアドバイスをしあう学びの場だ。もともと大勢で行動するのが苦手なボクだけど、この会だけは例外でいつも新鮮な気持ちで学んでいる。

稲盛さんの方に目をやると、ずっと人垣ができてみんな熱心に耳を傾けている。

頃合いを見計らって、ごあいさつに言った。

「2年前にロサンゼルスで発表をさせていただいたライトハウスの込山です!」

「おぉ、元気でしっかりやっとるか!商売はどうや」

柔和な笑顔で握手をしてくださった。

「はい、この不況でたいへんですけど、しっかりお客さんは増えています。必死で踏ん張ってます!!」

「そりゃ、ええこっちゃ。がんばってな!」

そう言って背中をさすってくれた。1分くらいのやりとりだけど、5000人もいる塾生の中でボクを覚えていてくれて、そのうえ温かく励ましてくれた。感激したボクは窓をそのまま開いて月面宙返りをしそうになった。

懇親会がお開きになって、山の中腹にある料亭からの大型バスの帰路、先頭の席にひとり座っている稲盛さんに、ボクがどうしても教えてほしかったことを訊ねに席を立った。

座席の通路に膝をついて、

「どうしても教えてほしいことがあるのですがよいでしょうか」

稲盛さんを見上げると、変わらぬやさしい目で、ここに座りなさいと隣の席に導いてくれた。

「私の業界にもたくさんの競合他社がいます。ライバルを廃刊に追い込むくらいの気迫を持たねばならないという方もいますが、ライバルを憎むことすらできない。自分や組織を奮い立たせるために、意識して口にするのだけど、自分の中で折り合いをつけることができないのです。私は経営者として甘いのでしょうか」

稲盛さんの眼がメガネの奥で光ったような気がした。

「まわりがついてこられないくらいに、結果として潰れてしまうくらいにやることは良いんです。ただし決して卑怯な手を使わず、フェアーな勝負でなくてはならない。誰にも恥じない経営でとことんやりなさい」

そんな内容だったと思う。“思う”というのは、もう頭がポーッとなってしまって、一言一句キチンと覚えていないのだ。ただ、再び握手して背中を撫でてくれた稲盛さんの手のひらから、熱がすっと入ってきて、これまで未完成のままのパズルが完成したような、そんな吹っ切れた気持ちになれた。もっと言うと、コンピュータの容量で例えるなら10倍にアップグレードされたような、そんな感覚を覚えた。

その夜は、この感触と言葉を忘れないように、ひとりホテルのバーで深夜まで波を眺めて過ごした。

05 22, 2009

ハワイでの市民フォーラム

前回、ブログを更新したのが5月10日。
それからの10日間は楽しく激しくドラマチックな日々だった。
ちょっと今回は日記風に更新してみたい。

5月11日(月)
朝8時53分のユナイテッド航空でホノルルに飛ぶ。

あいかわらず、気合いの入った荷物チェックで、ウカツにもでっかい歯磨き粉を取りあげられてしまった。「この場で、1/3まで捨てるから、見逃してくだされ」と懇願したが、恰幅の良い黒人のオバちゃんは「もう一回列(なら)びたかったらね」と却下。以前、土産に買った高い焼酎を取りあげられたにもかかわらず、またやってしまった。しかし空港や移民局、DMVあたりの職員は、横柄で威張れるように研修でも受けているのだろうか。社員教育が徹底されているのには毎度感心する。

はてさて。今回の出張は、大きくは(1)ホノルルで開催される京セラ名誉会長の稲盛和夫さんの市民フォーラム開催のお手伝いと、(2)ハワイ在住の経営者やビジネスマンの方たちに講演をさせていただくのと、(3)そういったみなさんとの交流を通して、ハワイの日系社会についてリサーチをすることだ。

ビーチ沿いのホテルにチェックインしたらその足で、地元日本語情報誌大手のアロハストリート(ウィンキュービック社wincubic.com)を訪ねる。

同社の社長の上野さんは、海外メディアの経営者の中でも大親友のひとり。つい先週ロサンゼルスで開催された世界メディアアライアンスの発足メンバーでもある。

さっそく同社の編集会議に参加して、うちが持つノウハウや気づいた点をアドバイスさせてもらう。みんな、より良い誌面づくりを真剣勝負で目指していて熱心に耳を傾けてくれる。

実はライトハウスも、上野さんからウェブ開発や会計システムなどでノウハウを提供してもらったり、アドバイスを受けている。

自分たちだけでやると5年も10年もかかることを、おたがいに協力することで時間やコストをセーブして、より強い会社、より良い誌面づくり、より元気でまとまった日系社会ができたらというのがボクらの思想だ。

夜は、明日開催される市民フォーラムの段取りについてのミーティング。

今回のフォーラムはハワイの地元商工会議所主催だけど、稲盛さんの経営塾「盛和塾」の塾生が、ニューヨークやシリコンバレー、ロサンゼルスから応援に駆けつけて、イベントが成功するようお手伝いをさせてもらっている。ボクも盛和塾で学ぶ経営者のひとりだ。

5月12日(火)
この日は市民フォーラム当日。

会場には3時間前に入って準備のお手伝い。
ボクの役割が「トランスレーション」と聞いて、一瞬戸惑ったのだけど、何のことはない。「トランスレーション」の器具を、IDと引き換えに来場者に渡すだけのことだった。預かったIDをもとに、名簿にある名前にマーカーで線を引くのだけど、これはライトハウスのイベントの時にメンバーやインターンの学生が担ってくれている仕事で、あらためてこういう地味な仕事のうえにイベントが成り立っていることを思った。ありがたいことだ。

偶然出会ったボランティアのひとりに、ボクのブログを読んでくれている方がいてビックリ。この向上心の塊みたいなTさんは、従業100名余りの中堅広告代理店でただひとりの日本人として働き、日本の広告代理店とのコンペで、日本の観光客誘致の大型プロジェクトを受注したり、ハワイに留まらない活躍をしているそうだ。
今回初めて知ったのだけど、ハワイにはこういう志や向上心を持った日本人がいろんな分野で活躍しているのだ。

さて、ほぼ受付が完了して、いよいよフォーラムが始まるというタイミングで会場に滑り込んだ。そして、厚かましくも最前列から5列目に1席だけ空いているシートを目ざとく見つけて素早く腰をおろしてメモを広げた。

テーマは「従業員を大切にするパートナーシップ経営」。

1969年に創業以来、京セラやKDDIを合わせ、全世界で売上4.6兆円、経常利益5000億円の一大企業グループを築いた稲盛和夫さんが、自らの経営体験に基づいて経営の在り方について講演をしてくれた。

ポイントを箇条書きすると、

・ 人の心が重なった時に、信じられないくらいの大きな力が生まれる。それは私利私欲ではなく、みんなが共感できるものでなくてはならない
・ 信じられる仲間(苦楽をともにできる人の集まり)をつくり、心をベースにした経営が大切
・ 同様に、経営者と同じ気持ちのリーダーをつくることが重要
・ 会社とは、従業員やその家族をずっと守っていくためにあるもの
・ 企業は高収益でなくてはならない。売上は最大に、経費は最小に抑えなくてはならない
・ 「原理原則」(倫理観、モラル)を貫く経営を実践しなくてはならない。公明正大に、人間として何が正しいかを判断基準にする。そして、本当に相手を幸せにしたいという純粋な気持ちが大切

そんなことを学ばせてもらった。

実践しているつもりで知らぬ間に弛んできてたり、棚に上げてしまっていることが多々ある。もう一回ネジを巻き直さねばと反省ばっかりのフォーラムだった。いかんいかん、勉強し直し!

05 22, 2009

ワールドメディア・アライアンス

息子を日本語学校(西大和学園補習校)に送り出し、ひとりプールサイドでノートブックと向き合う静かな週末の朝。

しばらく来客が続いて自転車をサボっていたから、今朝の坂道はカラダがしっかり重かった。来月の息子の学校の運動会(父兄対抗リレー)でしっかり足が上がるように、鍛え直さなくては!

さて。今週はロサンゼルスのライトハウス社屋を会場に、第2回目の「ワールドメディアアライアンス」が実施された。

この「ワールドメディアアライアンス」は、ボクが音頭をとらせてもらって集まった世界13都市の日本語情報誌の経営者5人の“同志の会”で、「情報を通して各地の日系社会の活性化拡大」と「日本から世界に飛び出す個人や企業の足場づくり」というミッションのもと、思いを重ねる日本語メディアの連合体だ。

現在、アメリカは、ニューヨーク、ロサンゼルス、サンデイェゴ、ハワイをカバー。
アジアでは、香港、上海、北京、大連など中国の主要都市とタイ(バンコク)をカバーしている(都市と国がごっちゃだけど)。

外務省の海外在留邦人統計によると、ボクらのメディアがカバーする地域は、ベスト10のうち6都市、ベスト5にしぼると上位4都市(1番からロス、NY、上海、バンコク)を占めている。

そんなボクたちのメディアの読者数を合わせたら、海外在留邦人の70%前後をカバーできているのではなかろうか。

余談だけど、「ウォールストリート・ジャーナル」や「FOXテレビ」を抱える米メディア大手のニューズ・コーポレーションが、第一四半期(1〜3月)の決算で、営業利益を47.5%下げたと発表した。

ボクらの会社は、規模的にはきっとニューズや米大手の何百分(何千分?)の1で、従業員の数を合わせても、やっと200人くらいの規模だけど、財務体質や経営の底力なら絶対に負けていないと思う。

ボクらは頭でっかちのエリートじゃない。みんなゼロからスタートして、移民のハンデを乗り越えてきた雑草集団だから、根本的な「生命力」がちがうのだ。

話を戻そう。

1回目に東京で集まった昨秋は、発足したもののこの会の意義・目的が少し曖昧だった。それが今回、経営会議(1)だけでなく、広告主を含む読者との交流イベント(2)や、ライトハウススタッフとのコンパ(3)をやることで新たな価値と方向性を見いだすことができた。

経営会議(1)では、ボクら経営者同士、経営の判断ミスや不況のダメージ、困っていること、悩んでいることを赤裸々に語り合う。ノウハウや事例を持っている経営者が惜しみなく助言をするし、経営努力が足りないのであればそれも指摘し合う。

もちろん、提供できるアウトプットの個人差はあるけれど、目先の損得ではなく、持っている人が提供して、お互いが経営を磨き高め合えば良いのだ。自分ひとりでは、行き着くのに5年、10年かかることを、瞬時に経営に反映させることができたら、そのメディアが発行される日系コミュニティにもより大きな価値が提供できるだろう。

言い換えたら、1社(1人)の経営者の脳味噌に入っている“誰かをシアワセにできる智恵”は、海外に暮らす70%の読者とシェアすることができるのだ。秘伝のタレじゃないんだから、おたがいにジャンジャン蔵出しして実践しない手はない。

タイのワイズの西岡さんなんか、半年の間にメンバーのノウハウや人脈をフル活用して、年刊誌やクーポン誌、新コラムを次々とスタートさせた。それもさらに進化させて。

自分たちのノウハウや人脈が世界中で活かされて、知らない誰かの人生を豊かにできたら、そんな気持ちの良いことないではないか。

交流イベント(2)も、ライトハウスの2階ホールが満杯になるくらい盛況だった。
初めての試みだったのだけど、将来、海外(あるいは他地域)への展開を考えている経営者向けに、パネルディスカッション形式で、今回集まってくれた経営者のみんなから、各地で商売をするために必要な情報を話してもらった。

同じアメリカの中でも、ハワイ、ニューヨーク、ロサンゼルス、サンディエゴではずいぶん勝手が違う。ましてや、中国やタイとなると、商習慣も法律も採用環境もまったく異なる。家賃や人件費の相場もまったく想像がつかない。

そのあたりを、それぞれの地域のことなら、たぶん誰よりも幅広く知識を持っている(とくにスモールビジネスの立ち上げノウハウをたっぷり持つ)ボクらメディア経営者が、事例をあげながらわかりやすく解説できたと思う。

 

イベント後のアンケート結果も上々で、パネルディスカッションについては、1名「ふつう」以外は、全員(約50名)が「たいへん満足」「満足」と回答してくれた。

このイベントを通して、ロスからハワイや東海岸、あるいはアジアへの展開、あるいはその逆の他地域からロスやサンディエゴへの進出など、ボクらの活動が、国際間の人や企業の流動化を、草の根レベルからもっともっと促進できる手応えがつかめた。

ちなみに来週は、ハワイの経営者のみなさんにロスやサンディエゴの魅力を伝えるための講演をさせていただく。ボクらのメンバーの上野さん(ハワイのアロハストリート社長)の声掛けだ。そして秋には、次回のメディアアライアンスと合わせて、上海の経営者のみなさんとの交流イベントが実現しそうだ。

最後のライトハウスのスタッフとのコンパ(3)も素晴らしかった。
読者との交流イベントが終わって、今回のメディア経営者を囲んで、ロスのメンバー全員が会食をさせてもらったのだけど、それはそれは魅力的な話を聴かせてもらえた。

面白いくらいキャラクターが被らないそれぞれの経営者が自分の体験から滲み出た言葉で、仕事や人生、失敗談や苦労話を語ってくれる。価値が理解できるメンバーはすぐに帳面を取りに走る。トップメディアの経営者と酒を酌み交わしながら直に話が聴ける機会なんてそうそうないのだ。

アジア4都市で日本語情報誌と中国人富裕層向けの情報誌を発行する大西さん。

NYとハワイ、中国3都市で情報誌を発行する新谷さん。

ボクにとって親友でライバルの二人は、ともにリクルート出身の経営者だけどタイプがまったく異なる。

スタッフに話してくれたリクルート時代のエピソードが二人の個性を物語る。

「新人は一日100枚キャンペーンといって、朝から晩まで飛び込み営業をして名刺を100枚もらわなくてはならなかった。なんの意味があるのだろうと思ったけど、継続しているうちに、社内を見渡すだけで、この中で誰が名刺をくれるかわかるようになった」という大西さん。その後も在職中はトップセールスマンで有り続けた。起業後は、その強烈なリーダーシップで会社をぐいぐい引っ張ってきた。

*「熱いハートを持つブルドーザー」大西さん

一方、新谷さんは、
「ボクは人見知りで、3日間回っても2枚しか名刺が貰えなかった。自分は人前で話すのが苦手だから、どうしたらそんな自分でも受注できるか考え続けた。そのおかげで、効果の出るニュースレターや、お客がお客を紹介してくれる仕組みをつくることができた」と自ら物語るように、経営手法も独特で、基盤と仕組みを作ったら、後は信頼のおけるパートナーに完全に任せてしまって、会社を大きくしてきた。

この話にはオマケがある。

新谷さんを空港に送る車の中でこんな会話が交わされた。

「新谷さん、ホントに3日で2枚しか貰えなかったの」

「そんなのウソはつきません。ホントです。だけど、必死で名刺を貰いに回ったとも言ってない。サボってただけです。あの空気の中で求められる回答をしてみました」

だって。煮ても焼いても食えないところがある。

*「初めて自動車の運転をしたのが小3」の新谷さん。今もヤンチャなまま。

縁あって気持ちを重ねる仲間たち。

この仲間たちと1社では成し得ない価値を世の中に提供していきたい。

そして、お互いに磨き合いながら、高め合いながら、成長していきたい。

05 10, 2009

今できること、今すべきこと

新聞の一面から「新型インフル感染拡大」の文字が威圧的に飛び込んでくる。

不況に追い討ちをかけるように、豚ウィルスの波状攻撃が、大海に浮かぶ木の葉のような日系社会の経済を直撃しつつある。半年一年の覚悟は必要だろう。

アメリカでの教育研修をもうひとつの生業とするライトハウスでも、わずかこの数日で、直近の日本からの研修が、立て続けに延期やキャンセルになった。事業部の売上がゼロになるかもしれない。

10年近く、地道にコツコツ信用と改善を積み上げて、ようやく事業として上昇気流に乗りはじめた矢先、砂でこしらえた城を波がさらうように、有無を言わせずさらっていく。

報告を受けた時、珍しく動悸が激しくなった。
何ごとにあまり動じないと思っていた自分が不思議だった。オレって弱くて臆病だなあ。

だけど、しばらくすると、心の底の方から大きめでツルツルのゆで卵みたいな「負けん気」がプクリと浮かんできて、腹が固まった。

「来るなら来い、ナンボでも乗り越えて強くなってやる」

試練は会社やメンバーを磨いてくれる。乗り越える度に、パワーアップさせてくれる。

そうだ。むしろ、試練は後で並んでくるより、早めにお迎えしておきたい。お迎えの準備をしなくては。

良いことばっかりの人生なんて有り得ないし、面白みがない。
思い通りに行かないから、乗り越えた達成感を味わえる。

急速に冴えるアタマの中で、ワーストシナリオを思い描き、それに一年間耐えるためのシナリオを書く。まだまだできる工夫と改善。ムダもある。将来の仕込みもできる。

おっと、てめえのことばっかり考えていてはならない。

ピンチの業種のお客さんや、不安に包まれた日系社会にボクらは何ができる。

今できることがある。今すべきことがある。自分たちのことはその後だ。

05 01, 2009