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込山洋一

再会

水曜日。昨日は久しぶりの営業同行で、ハンくんとサウスベイからサンタモニカ、小東京を回った。

重なるときは重なるもので、10年を越える再会が1日に3つもあった。

とりわけ、元ライトハウスの副社長のYちゃんとは退社以来の再会。

もともと創業前からの友人で、当時駐在員だったYちゃんが会社を辞めて、創業間もないライトハウスに番頭さんとして合流してくれた。

本人は言わなかったけど、給料なんか半分どころじゃないダウンだったと思う。

初代編集長のKさん、2代目編集長のFさんと並んで、創業期の礎(いしずえ)を築いてくれた仲間だ。

退職に至る経緯は、決してスカッと爽やかなものではなかったので、ずっとボクの心に引っ掛かっていた。

帰ってこない時間、取り戻せない関係とわかっていても、あの頃、Yちゃんが地味な仕事ほど一手に引き受けてくれていたのを、ボクは心から労えなかったことや、方針や思惑のズレに、正面から向き合わなかったことが悔やまれた。

あの頃ボクは自分の思い通りの幹部が良い幹部だと信じて疑わなかった。

会社の持つ経営哲学や良心に対して忠実であることが大切だとわかったのはずっと後だ。

そんな後悔の時空を経て、ばったり昼時のスーパーのレジに並ぶYちゃんを見つけた時、懐かしいたれ目の困ったような笑顔にふれ、鼻の奥の方が思わず熱くなった。

人を待たせていたので握手で別れたけど、後から、キチンとありがとうを言いそびれたことに気づいた。
 

06 26, 2009

前を向こう

朝、サマースクールに通う子どもたちをペニンシュラ高校にドロップして、車を走らせたところに、向こうから娘の親友のEが暗い表情で歩いてくる。

「オーイ、E」

窓を開けて手を振るといつもの笑顔が戻った。

Eは両親が離婚して母親と障害を持つ姉と3人暮らし。

母親はMITを首席で卒業した優秀な技術者で、その血を引くEは、娘が「Eは全然勉強しなくたってできちゃうんだから」と羨むくらいに勉強がよくできる。

そのEが最近落ち込んでいるという話を家内から聞いた。
なんでも、再婚しないと思い込んでいた父親が再婚したことが、相当にショックだったらしい。

小さな胸にその事実を受け止められるのには時間を要するだろう。

ボクが小学校の時、リストラになった親父が失業と転職を繰り返して、家庭の雰囲気は最悪だった。

ペースを取り戻せない親父。尽くしても報われない母親。

やがて母親には好きな人ができて、父親は外で愛人と暮らしはじめ、ボクは毎晩2階の窓から脱出して朝帰りを繰り返し、弟はコタツで丸くなっていった。

どうも特殊な家庭環境、しょっちゅう変わる保険証、笑うと露出するヘンなところから生えた右の前歯、肘(ひじ)にできたイボ、限りなく手遅れだった英語。

傍から見たら何でもないことなのに、他人とのちがいや“個性”が、ボクにとっては暗黒重大機密事項で、明るく話せるようになったのはずっと後のことだった。

その頃はいつも頭の上に雨雲があって、心底笑ったりはしゃいだりできなかった。

あの頃から30年。
ついぞペースは取り戻さなかったけど、マイペースで生きる父親。
再婚して、新しいダンナさんに報われた母親。

同じ屋根の下に暮らしていた頃より親子の絆は強いし、両親には感謝しかない。

幼い世代に伝えたい。

いろんな家族のカタチがあって良いし、よく見ると同じ花や葉っぱがないように、これというスタンダードなんてない。全部正解なんだよ。

失って戻らないものはあるけど、生きていたら得るものも気づくこともいっぱいあるから人生は面白いんだ。前を向こうE。
 

06 24, 2009

社風

時計を見たらもう7時だ。
学生時代のアルバイトや授業って、時計を眺めても5分しか経ってなかったりするのに、社会人になると2、3時間がビュンビュン音を立てて流れていく。

だから歳をとるのって加速するのだろうか。

今朝の経営勉強会(幹部と幹部予備軍の週イチの学びの場)では、「思想を共有する」というテーマで、うちの社風ってなにか、また、みんながどんな社風づくりを目指すのか、グループに分かれて話し合った。

「うちは全員が猛烈に頑張るのがスタンダード。誰かに火を点けてもらうのを待つのではなく、自ら燃えることのできる個人の集団でなくてはならない。

“教えてください”ではなく、答えを自ら“掘り起こせなる人“しか居場所をなくし振り落とされる」

「社内でいくら仕事ができても、また立派なことを言っても、私生活で言動が矛盾していたら意味がない。外でも良き社会人としてポジティブに行動できる個人の集団であるべき。(某川嶋編集長)

社外からの評価と、自分たちの評価のギャップがあってはならない」

ハイ。聴いてるボクのほうが背筋が伸びる。

「私たちの仕事は、編集も広告づくりもクリスマスカードひとつとっても創造性に満ち溢れている。その一方で、優しさとか、思いやりの気持ちが欠かせない仕事。

ひと言でいうなら、“創造性あふれる人情系集団”ってどうよ!(某西川編集局長)」

とっても良いと思います。

「うちは、失敗は良し。言い訳せず素直に謝って、改善することを大切にする社風。

失敗を恐れたり、隠したりしない風通しの良い雰囲気を大事にしよう」

大事にしよう!

前向きな失敗なしに、成功も打開策も生まれない。

一方、後ろ向きで打ち手が遅れたような失敗は問題外。

決して繰り返さぬよう、反省したら即改善すべし。

それでもやらかすのが人間。それでも隠さず、言い訳せず、カミナリを受けたら反省して改善するのだ。

そして、ポジションが上になっても、歳をとっても、過ちを犯した時は、若い人や社歴の浅いメンバーにも「素直に」「誠実に」謝ることのできる人であり続けてほしい。

謝ることは恥ずかしいことではない。

隠したり、責任転嫁したり、自分の非を認めないことこそが卑しいことだ。

とくに幹部連中には、部下の失敗をすべて背負い込む度量がほしい。

毎回、勉強会は答のある話ではないけど、自分の言葉で伝え、みなが言葉を重ね、反省と実践を繰り返すことで、メンバーの血肉となり、普遍性のある社風づくりにつながるのだと思う。

 

今日は司会の出番がなかった。
 

06 23, 2009

父の日

近頃では5時半くらいには外が明るくなるので、目覚まし時計がなくても、カーテンを透ける日差しだけで気分良く目が覚める。

そのまま書斎に向かい、PCのスイッチをオンにすると脳味噌もスイッチが入る。

大切なジャッジはこの時間帯に集めて決めるようにしている。朝が早いと、一日も長く有効に使えるのが良い。

昨日は父の日。

ということで、ボクの3大好物のハンバーグ、ポテトサラダ、カレーライスで、父の日を祝ってくれた。なんか、小学生の好物みたいだけど。

めずらしく親父からも電話があった。
弟家族もいっしょだったので、孫の元気な声も聞かせようと、受話器の家内に集まったら、花が届いたと要件だけでさっさと電話を切ってしまった。

日本に帰国して、郷里で姉と暮らしていた父がアパートで一人暮らしを始めた。

酒の量や、だらしない生活を咎める姉が疎ましくて、逃げるように引っ越したことは想像がつく。観音様みたいな伯母を避けてどうするよ。

もともと、家庭の中での肝心な話し合いや、やりたくないことは避けて通るし、人の世話をしたり、人に干渉されることが苦手な親父だから、落ち着くところに落ち着いたのかもしれないけど。

来月様子を見に、日本に行くことにした。
九州に小さな旅行に行って、好きな野球を見せたり、温泉につかろうと思う。

これが最後かも、と覚悟しながら毎年引っ張りだしている。
 

06 23, 2009

硬いドーナツ

肉離れから一週間。

すぐに氷で冷やしたのが良かったみたいで、ずいぶん回復した。
もうそろそろバイクもいけそうだ。

昨日は朝と晩、プールで感触を確かめるようにして泳いだ。

今朝も家族が目覚める前に、9ホール回ってきたけどちっとも痛くない。

ハワイの社員旅行では、地元チームとソフトボールの対抗戦があるのだけど間に合いそうだ。

ゴルフから帰ってきて、靴磨きと便所掃除をした。

毎日、幅広のペリカンみたいなボクの足を包み、重たい身体を支えてくれる靴。
こうしてたまに、キュッキュッ、キュッキュッと磨いてやると靴も機嫌が良さそうに見える。いつもご苦労さん。

便所も、雑巾で手を入れて、便器の裏側までピカピカに磨きあげると、不思議なもので心まで清々しくなる。

子どもの頃、おふくろがしょっちゅう便所をピカピカに磨いては「便所のキレイな家と、人がよく来る家は栄えるんよ」と言っていた。

少し歳をとって、おふくろや昔の人が言ってた、退屈すぎるくらい当たり前のことが、実は真理であることに感心する。

天動説を体現するような破天荒でマイワールドな母親だけど、良いこともいっぱい教わった。

ボクら親子は弟が生まれる前は、風呂もない、お湯も出ないような長屋暮らしをしていた。

新聞チラシの10円のキャベツを求めて、気が遠くなるような距離を、おふくろはボクを乳母車に乗せて大遠征していた。

毎日がビンボー大作戦だったけど、工夫に満ちた生活で、よくドーナツや手づくりの菓子をこしらえてくれた。

近所のビンボー友だちが大勢で遊びにくると、ちり紙にビスケットや飴玉をくるんで等しく持たせた。当たり前のことなんだけど、よその子も自分の子も決して分け隔てしない親だった。

それにしても、あのドーナツはどうしてあんなに硬かったんだろう。

大きくなってお店で食べるどのドーナツも失敗しているのかと思っていたら、我家のドーナツが独自製法だったようだ。
 

06 22, 2009

もうすぐ社員旅行

歩き続けたら必ずゴールに辿り着ける。
そんな金言を思い起こさせてくれるキッチン大掃除であった。

無事、完了。

どの引き出しも整理整頓されて、それを見るのが楽しいこと。
引き出しや戸棚を開けたり閉めたり。

カミサンに、その勢いで食料庫とガレージもいってみるかと促されるが、エベレストを登ったその足で、南極を単独走破したという話は聞いたことがない。

来週は待ちに待った社員旅行。
今年はハワイに行くのだ。

今年の前半戦は、ロスもサンディエゴも、抜けたメンバーの補強がままならず、そのうえ大不況が重なり、クオリティと業績を維持するのに、2倍も3倍もパワーがかかった。

加えて、20周年のイベントの連発で、文字通り創刊20年、記録的な忙しさの前半戦であった。

愚痴や泣き言も言いたい毎日だったろうに、メンバーはおたがいを思いやり、連日遅くまで頑張り抜いてくれた。

近頃20周年ということで、いろいろなところで話をしたり、各方面から誉めてもらったりするのだけど、とんでもない。ボクは旗を振ってるだけで、動かしているのはメンバーだ。

メンバーのコツコツ地道な努力のうえに、今日のライトハウスは成り立っている。
それも、お客さんや読者の支えがあってこそだ。

幸い補強も順調で、後半戦は戦力がほぼ整った状態でスタートできる。

金曜日の朝発って、翌週の月曜日の明け方には帰ってくる強行スケジュールだけど、みんなには南の楽園で羽を伸ばして、後半戦に向けて英気を養ってほしい。

ホントの勝負はこれからだから。
 

06 21, 2009

頂上を目指せ!

土曜日の朝。
日本に引っ越す弟の食器を引き取ったのを機に、思い切ってキッチンの本格的な整理を始めたものの、やるほどに収拾がつかなくなっている。

ふと、山登りを思い出した。

途方もなく高い山。歩いても、歩いても、風景が変わらず、自分が前進していることが確かめられなくって、泣きそうな気持ちになることがある。あの感じだ。

このまま遭難するのではなかろうか。

コンセントのない揚物器、洗ったまま捨てられずにいる牛乳瓶やスシボーイのパーティトレイ、釜飯弁当の陶器の器、ペットボトルのふた、ふたのないパッキン、パッキンのないふた。

さぬきの里のお節の重箱は5年分あった。

いただき物のカキ氷器、アイスクリーム製造機はそれぞれ2つある。

たこ焼き器、最後に使ったのは子どもが幼稚園の頃か。

ドラえもんのポケットもこんなに入ってなかろう。

残すもの、サルベーションアーミーに寄付するもの、仲間に引き取ってもらえそうなもの、捨ててしまうもの、分別作業は続く。

頼りになるねとカミサンが明るく励ましてくれる。

逃げよかな。(って、書斎に逃避してるんだけど)
 

06 21, 2009

デザートは先に出さないで

今朝は、うちの社屋の2階で7時半から(南カリフォルニア日系)商工会議所主催の名刺交換会をやっている。朝早くから50人くらいのビジネスマンが集まって、活発にネットワーキングに励んでいる。

ロサンゼルスは、この日商とJBA(日系企業協会)の2つの大きな団体があるんだけど、そのどちらも、会員企業やその家族が異国の地でうまくやっていけるよう様々な催しをしてくれている。

世界のあちこちの日系社会を見て回ったけど、事業を営む者にとって、このロサンゼルスはもっとも恵まれた都市のひとつだと思う。感謝すべきことだ。

一方ボクらは、1階の社長室で営業メンバーを集めて、後半戦に向けて、個々人のシフトチェンジとパワーアップを呼びかけた。

「お願い営業」は営業マンが摩耗してしまう。
「値下げ競争」は消耗戦で誰もが疲弊してしまう。

だから、謙虚さや礼儀正しさの範囲を超えた、みっともない姿勢はさせないし、言ったもん勝ちみたいな値下げ要求は請けない。

じゃあ、キレイごとでなく、どうやって我々の存在意義を見いだし続けるのか。

モノを作れば売れた時代はとっくの昔に終わってしまった。

日本語で対応できるだけで、ありがたがられて商売が成り立つ時代でもない。

ましてや、日本語の対応すらままならないクライアントを、どうやって繁盛に導くか。

商品(サービス)力、価格競争力、立地、人材、資本力、すべてがバッチリ揃っているお客さんなんてなかなかいない。企業も人間と同じで必ず得手不得手がある。

例えるなら、広告営業って、お客さんの冷蔵庫に入っている限られた食材で、実現できる最高最善の料理を作る共同作業だ。とてもクリエイティブで、豊富な知識と経験が求められる。

その豊富な知識も経験も十分ではないメンバーだからこそ、必死でアンテナを張って勉強をしてそれを補わなくてはならない。

広告が売れるのはプロセスや結果であって、目指すのはお客さんの商売の繁盛なのだ。相手がその「商品(サービス)」のプロなんだから、こっちは「日系社会」という「市場」のプロでないと話は噛み合ないし、相手の業種についても、対等に話せるくらいの知識を身につけなくてはならない。

その上にさらに、

目の肥えた現代の消費者を振り向かせる「企画力」や、それを実現するための「表現力(デザインやコピーのチカラ)」、広告主との「調整力」が求められるのだ。

本を読め、新聞を読め、本屋に並ぶ雑誌の表紙を眺めろ、お客さんの声に耳を澄ませろ、全身をアンテナにしろ、そんな思いを伝えた。

日々の自己研鑽と地道な努力の積み重ねのみが、我々の存在意義を見いだし続ける唯一の手段なのだ。

毎号の売上、その年の決算で成果を残すことは企業としての使命だ。
利益を上げてこそ、質を高め続けられる、メンバーを守り続けられる。不測の事態に備えられる。

しかしそれは、プロセスや結果であって、目指すのはお客さんの繁盛であり、メンバーの成長とシアワセなのだ。そこがブレなければ、最後に数字もついてくる。

その順番を間違えてはならない。

最初にデザートとコーヒーが出てきたら、お客さんはクビを傾げながらお腹を空かせて帰ってしまうからね。
 

06 20, 2009

今この時を大切に

7時40分、オフィスから。
今朝はオフィスに一番乗りできた。

週末の肉離れで自転車はしばしお休み。
5時半に起きてから出社までの間は、メールの返信を書いたり、昨日決めきらなかった案件をフレッシュな頭でジャッジする。朝の時間は濃密だ。

営業メンバーの日報に目を通していたら、ある会社から、本社の決定で、日米すべての広告を7月以降キャンセルしたいという通達がきたそうだ。ここは、大口のクライアントのひとつで、うちにとってもイタいけど、間に立つ現地責任者の方はもっとツライだろう。

今年に入って、大きな会社ほど、東京本社の電話一本で年間予算が大幅カットになったり、まったくゼロになってしまうところが出ている。なかには駐在員を日本に帰して、現地で採用したスタッフだけになってしまう会社もめずらしくないが、こればっかりは自分たちの努力の及ばぬところの話だから仕方がない。

幸いにもライトハウスの取引先のほとんどは、地場に根を下ろして、これまでもこれからも、この社会と一蓮托生の経営者が親分の会社や商店ばかりだ。

そこで働く方たちもほぼ永住組。言ってみたら、同じ長屋に暮らす住人でご近所さんだ。

多くは、不況や天災に一喜一憂せず、粛々と事業に、そして人生に向き合っている方たちだから、決算の出来不出来だけで関係をバッサリ断ち切ることはしない。

それはいい。

近頃、強く思う。

自分の置かれた環境の好不調にかかわらず、それぞれの時代、瞬間を楽しもうと。

達成した時やお祝いの時、ご褒美の時間だけが人生ではない。

その何倍もの時間の、いや、人生のほとんどと言って良い、仕込んだり、もがいたり、迷ったり、回り道をしたり、頭を抱えている時間も、実は大切な人生の一部なのだ。

この時間すらも味わい尽くし、楽しむことができたなら、人生がどれほど豊かだろう。

子供の手が離れたら、とか、仕事から解放されたら、とか、ローンを払い終わったら、とか、そんな考え、先ばっかり見ててもったいないと思う。

今、家族や友人が元気でいてくれることに感謝しよう。ともに戦ってくれるメンバーに手を合わせよう。もし、自分が健康でいられたなら、もう一回手を合わせよう。
そして、夜になったら、キンキンに冷やしたシャンパンかビールで、立ち上がって腰に手をあててカンパイと言おう。風呂上がりならなお良い。

仮にどんな苦境にあっても、大切な人が元気でいてくれるだけで、幸せの方がはるかに勝っていると思う。100対1くらいで。だから、取り巻く環境で心の灯りまで消してほしくない。

自分の未来さえ信じてやることができたなら、今、身の回りの苦労やピンチも、越えねばならない壁も、すべてが自分の磨き砂であり、人生を豊かにするスパイスなんだから。越えられない試練はない。

うまく言えないけど、予めハッピーエンドと知ってるディズニーの映画を見る時、ボクらは、主人公がどんなピンチでも心のどこかで安心して見られるみたいに、自分の人生のこともそんなふうに信頼してやりたい。

自分が信じてやらなくって、誰が信じてくれるよ。

ハッピーエンドなんだって信じ切ってやれる人が、やっぱりハッピーな人生を送れるんだと思う。

そうそう。今朝はもうひとつ、うれしいニュースを書いておきたい。

ボクは応援している若者がたくさんいる。自分が半人前なのに、若いヤツを育てることを使命だと思っている。

そんな中で、長年かわいがっているMくんの就職が決まった。

良い大学に入ったけど、決して順風満帆の学園生活ではなかった。ここには記さないけど、地球の彼方まで回り道をして、暗黒の世界に片足を突っ込んだけど、すべてを乗り越えて、ようやく今に至る。

みんなに気を揉ませて、心配させて、ようやく社会のスタートラインに立つ。
こいつは絶対に成功して、世の中に貢献しなくちゃならないし、必ずそうなると信じている。

入社後は研修を経て、インドに3年赴任することが決まっている。
またひとつ、訪ねていけるところが増えた。

最後に彼のメールを記します。

彼にはボクを越えてほしいし、ボクも彼が越えられないくらい成長したい。
それは応援している若いヤツらみんなへの思いです。頑張らねば。

「社長の支えがあり、人生にポジティブになることができました。
感謝しております。感謝の言葉が足りないくらいです。本当にそう思います。

社長がおっしゃったようにどんな物事に取り組むにも全力で行く姿勢でこれからも向かっていきます。

手を抜いたり、適当に済ませることは簡単ですが、絶対に一つ一つの物事に真剣に向き合って 人生を豊かにしていきたいです。

そして様々な人の支えになれるようになっていきたいです。
今学校の授業一つ一つが良い練習だと思っております。そしてインドで自分を磨いてきます。全てをかけてがんばります。」
 

06 19, 2009

ヘイ・ジュード

なんてこった。

ソフトボールの試合中に肉離れをしてしまった。
オマケにリーグ設立から負けたことのなかったチーム伊藤忠に、逆転サヨナラを喫してしまうし。泣きっ面にスズメバチ。

午後からはアイスノンをふくらはぎに充ててひっくり返っていた。

となりの部屋では「好きなことばっかりやってるから、バチが当たったみたい」とカミサンが電話で話している。オレのことかい。

それにしても、運動会が終わってからで良かった。
いや、息子の学校のリレーが終わってからで良かったと。

夕方、広告代理店のオーナーで友人のAさんが遊びに来るので、近所の中華を注文。息子とドライブがてらピックアップにいった。

息子がボクのi-Podを勝手に引き抜き、自分のそれをつなぐ。こらこら。

スピーカーから、ジョー・アンダーソンがカバーするヘイ・ジュードが流れる。

「パパはビートルズのコンサート行った?」

「いや、ビートルズが現役でバリバリ活躍していたのは、おばあちゃんの時代なんだ。世界中が熱狂していたらしい。日本にもコンサートに来たんだぜ。コンサート中に興奮して気を失う女の人がいっぱいいたんだって。パパがビートルズを聴くようになったのはもう少し後からだな」

おふくろも、息子も、ビートルズが好きで、サザンも聴く。

ヘイ・ジュードを息子と口ずさむ。いっしょに口ずさめる曲があるって悪くない。

フロントガラスに夕陽に染まる海が流れる。

ボクがハンドルを放して、ドラムを叩く仕草をすると息子がクスッと笑った。
 

06 15, 2009