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込山洋一

同業からの援護射撃

 326日の金曜日。23日のサンディエゴの出張から帰ってきた。

サンディエゴは午後早くに発ったのだけど、途中大変な渋滞に巻き込まれ、しばらく車が止まったまま動かなくなった。やれやれ。

車がぴたっと動けなくなると不思議なもんで小用が足したくなる。

左は草原と太平洋、さらに高いフェンスがそびえる。

右は小高い山並み、人工物が何一つない風景がどこまでも続いている。

逃げ場も死角もない。この状態、どうしたものか。

あと1時間、いや30分とても持たない。

大きな声で歌を歌って気持ちを紛らわそうとしてけど、サビでお腹に力を入れた分、余計近くなった。

風景は少しずつ色あせて白黒の世界に変わる。

「ピコンピコンピコン。。。」

カラータイマーが耳の中をこだまする。

車外に飛び出し恥辱に耐えるか、

車内をこのまま地獄に変えるか、

いよいよ最終判断を迫られる頃、ようやく車が流れ始めた。

間一髪セーフ。

そんなこと(どんなこと?)でドラマチックなサンディエゴ出張だった。

 

それにしても、出張前は経営の舵取りで少し凹むこともあったけど、サンディエゴでメンバーやクライアントと作戦会議をしたり、大口を開けて笑っていたら、すっかり元の元気を取り戻している。いや、ホント楽しかった。

近頃ではサンディエゴのメンバーや馴染みの人たちに再会すると、ホームタウンに帰ってきたような気分になるから不思議だ。ボクのもうひとつのホームタウン。

そうそう。今日、うれしいことがあった。

ある新規のクライアントから、吉野家の牛丼(並)が1万杯も2万杯も買えるほどの受注をいただいた。とても食べきれない。

受注自体ものすごくありがたいのだけど、それ以上にありがたく、シアワセを感じたこと。

それは、広告予算を握る担当者(アジア系)から「もうひとつの日本語マガジンとどっちにしようか迷ったけど、おたくの評判が素晴らしかったから決めた」と褒めていただいたこと。

それも、他でもない同業(ネットメディア)の営業マンが、「紙(情報誌)は圧倒的にライトハウスが人気」とベタ褒めで推薦してくれたのだと言う。

ひとつの会社はローカルの日本語情報サイトの雄「びびなび」。

さらにもうひとつの会社は、昨年までうちのサンディエゴ版の責任者の大野くんが社長を務める「サンディエゴタウン」。

本当にありがたい。今すぐ牛丼をご馳走したい。彼らの「推し」がなかったら、もうひとつのメディアにその予算はそっくり流れていたかも知れない。

ライトハウスはこんなふうに同業他社や元メンバー、友人知人の援護射撃に助けられることが本当に多い。というか「おかげ」ばっかりで今日まで来れた気がする。

うまくいっても、いかなくても、感謝を忘れちゃいかんなあ。心の中で手を合わせた。

03 28, 2010

明日の予感

月曜日。日本とのスカイプ会議が終わったのが午後10時半。

オフィスには、まだ編集の西川と川嶋、営業のひろしが残って版入の最後の追い込みをしている。

ボンヤリ頭で帰宅して冷えた白ワインとペリエをゴクリ。もう考えるのも億劫なくらいに電池切れ。使い切ったマヨネーズ状態(絵の具でも良いんだけど)。

そんなボクのところへ、今週末17歳になる娘がやってきて、チョコンと膝に腰掛ける。

「仕事ってムズカシイなあ。わかったつもりでわかってなかったことや、伝わってるはずなのに伝わってないことばっかりだ。パパ、時々わかんないや。」

不完全燃焼のボクの気持ちを酌みとったようにやさしく体重を預ける娘。

ボクを癒そうとする気持ちが体温を通して伝わってくる。これまで彼女のやさしさにどれほど救われたろう。

「私ね、パパと性格そっくりだよ。すごく似てる。だからパパが人と話してる時、ホントは怒ってたり、嫌がってるのもすぐわかるもん。顔が笑っててもね」

だって。バレてるらしい。

膝の上の娘をギュッと抱きしめた。

と、何に凹んでいたのか、忘れてしまった。

明日はもっともっと良い1日になりそうな予感がする。

03 24, 2010

得した200ドル

 321日、日曜日。

昨日はカミサンの誕生日だったけど、日本から友人家族が来てくれてたり、少年剣士のアテンドでこれといってお祝いもできなかった。

ならば今晩は美味いもんをこしらえて家族でお祝いしようと、娘はケーキの、ボクはカロリー低めの食材を買い揃えて、午後からはキッチンに立った。ついでに作り置きできる今週のおかずも数品仕込む。

一段落して時計に目をやるとまだ4時過ぎ。

ダイエット対決の最中でもあるし、ゴルフクラブを車に積み込んでパロスバーデスカントリークラブへ走る。

この週末はすでに3時間近くも自転車で山道中心に走っていてスポーツ三昧。体重も激減(か?)

ゴルフは仲間とのラウンドも楽しいけど、ひとりで気を使わずにプルカートを引いて回るのも良い。とくに心静かに考えたい時、ひとりのゴルフは良い。

ふかふかの芝生の上を、足の裏で感触を確かめながら一歩一歩踏みしめるように歩く。

毎日が慌ただしいと、つい感謝や反省が疎かになる。思いやりや気配りが足りなくなる。

こうして足が上がること、カラダのどこもイタくないこと、家族や社員が健康でいられること、すべて当たり前のようで当たり前じゃない。ふだん自覚しないけど本当にありがたい。感謝を忘れると思いやりも足りなくなる。

今、経営で抱えている問題が頭に浮かぶ。

相手の非にばかり頭がいっていたけど、果たしてこっちにも非はなかったか。仮になくても、もし相手が自分の親兄弟だったら、あるいは家族のように愛した部下だったら、もっとシンプルに答えを出しているのではないか。もともとそういう気持ちでつき合ってたんじゃなかったか。損も苦い過去も飲み込んでしまったらいいじゃないか。順調にうまくいくことばかりじゃない。むしろ、恵まれていることばかりじゃないか。

自問自答しながら歩く。

ゴルフの方はミスショットをしたら打ち直し、打ちにくかったら置き直し、マイペースで淡々と打ち続ける。

8番ホールを終えてスコアを数えたらもう50も叩いている。こんなに下手クソだったっけ?

仲間と回ってたら、完全な一人負けで今晩の晩メシは奢らされてたな。晩メシ代の200ドル、得した気分。

03 23, 2010

かわいい来客

 日曜日の午後、夕食のおかずを作りながら「のむりんご酢」をペリエで割って飲んでいる。

カミサンと息子はベニスの道場で剣道の稽古。日本から剣道の選手団が訪米していて、合同練習をしているのだ。

我が家では、選手団の滞在中(3泊)、息子と同級生(4月から高校一年生)の2人の少年を預かっている。

広田くんと曽我くんという、やんちゃ盛りのかわいらしい子どもたちなのだけど、剣道の腕前は相当なもので、中学生の全国大会の団体戦優勝チーム(九州学院)のメンバーなのだ。何しろ広田くんは小学校の時に個人戦で全国優勝して、九州学院に引っ張ってもらったそうだ。

「剣道のことだけはお父さんにもお母さんにも叱られたことがありません」

「すごいじゃないか」

「お父さんもお母さんも剣道のことはわからんもんで」

愛嬌のある顔を崩してみせた。

彼らは何を見ても、何に触れても響くから張り合いがある。

今朝は家族といっしょに、ボクのゴルフコースのサンデーブランチに連れて行った。

目の前で焼いてくれるオムレツに感動し、サーバーや回りの客が英語でしゃべっていることに感心し、溢れんばかりに盛った料理をペロリと平らげた。

そしてうちのカミサンに、

「ぼくの知ってる英語は、サンキューとハローとリベンジの3つです!」

と力強く訴えた。

勉強は「ぜーんぜんダメです」と言ってたけど、まんざら謙遜ではないのかも知れない。

03 22, 2010

切磋琢磨の仲間たち

 319日の金曜日。

今朝はNYから出張中の「NYジャピオン」(週刊日本語情報誌)の大西社長に講師をお願いして営業勉強会をした。

ボクの知る限り、世界中で日本語情報誌が同一地域に10誌以上存在する都市は、ロサンゼルス、ニューヨーク、上海、バンコクの4都市。これは、外務省の海外在留邦人人口調査の上位4都市そのまま。

(ちなみに5位以下は、ロンドン、シドニー、香港、バンクーバー、ホノルル、サンフランシスコの順番)

推定200誌以上ある海外の日本語メディアの中で、NYジャピオンは激戦区のニューヨークNo.1であるのはもちろん、クライアント数、広告売上、情報量で間違いなくトップ5に入る優良メディアだ。

誌面の質もさることながら、営業力は海外の日本語メディア経営者の間でも広く知られていて、そのエッセンスをぜひシェアしてくださいとお願いした次第。

もちろん、大西さんは二つ返事で協力してくれた。

詳しい内容は「秘伝のたれ」なので書くことができないけど、リアルに状況設定したロールプレイングによるトレーニング(営業スキル向上)や、効果的なキャンペーン手法、ライバルと自社メディアの(強み弱み)分析の仕方など、今この瞬間から活かせるノウハウを学ばせてもらった。ありがたい。

ボクが世話役を務めるワールドメディアアライアンス(WMA)の経営者仲間は、共有できるフィロソフィーを持っていて、互いの持つノウハウや知恵を惜しみなくシェアする。

ギブアンドテイクではなく、ギブアンドギブの気持ちで、自分が10年掛かって得たことを、仲間に無償でインストールすることで、その仲間は10年回り道をしなくてもすむ。経営、編集、制作、営業、回収、配布、社員教育、イベントなど、情報誌経営に必要な要素をお互いにシェアすることで経営や誌面作りがどんどん研ぎ澄まされていく。

ボクらが磨き合うことで、お互いが根を張る日系社会にさらに良い情報誌を届けることができるだろう。それはより住み良い日系社会づくりにもつながるし、世界中で個人が活躍するための足場を作ることにもつながる。

WMA仲間の間では、それ以外に、連載コラムや特集記事のシェア、イベントの講演者の紹介、良質な業者の紹介などをワールドワイドにやっている。

こんなふうにお互いの信頼の上に成り立つ切磋琢磨の集まりだから、経営がうまくいっていても、謙虚さや誠実さに欠ける経営者、行儀や評判の悪い経営者は仲間に入れない。規模の大小や経営の善し悪しではなく、フィロソフィーと人柄が一番大切だ。

大西さんが帰ってからさっそくLAは片山と、サンディエゴは廣田と、それぞれ今日の勉強会で得た知恵やノウハウをどうやって実務に落とし込んでいくか作戦会議をした。

もっともっとライトハウスは改善できる!さらにさらにライトハウスに磨きをかけるのだ!

03 21, 2010

座ぶとんを一枚

 いつもは朝5時過ぎに起きて、ひと仕事してから散歩や自転車に出る。それからストレッチをして、ゆっくりシャワーを浴び、朝食をしっかり採ってから(チビを高校にドロップして)8時過ぎに出社する。これが毎朝のリズム。

それが昨日は寝坊して7時半に起床。朝ご飯だけかき込んで、慌てて家を飛び出したから1日のリズムが最後まで崩れた。

8時半の勉強会での進行も歯切れがイマイチ。経営会議もその他のジャッジもすべてシャープさに欠けていた。情けない。

あんまり能率が上がらないから、陽のあるうちに仕事を切り上げ散髪をして帰宅した。

やっぱり、出社前にやるべき仕事を集中して片付け、海や森や空を眺めながら、その日1日向き合うべき案件についてゆったりと思考する時間がボクには欠かせない。

始業時間はウォーミングアップを始める時間じゃなく、肩ができてるのがプロだ。いかんいかん。

はてさて。

そんな話とはちっとも関係のない、熱く情けない話。

今朝、編集長の川嶋くんと男同士の賭けをした。

ダイエット。

再来月の51日、都ハイブリッドホテルで結婚披露宴の晴れ舞台に立つ川嶋くんからの申し出だ。川嶋くんが美少年だったのは今は昔、着ぐるみを着たような今の体型では記念写真を飾るのも憚(はばか)られるだろう。気持ちはわかる。

かわいいメンバーの申し出を受けて立たないわけにはいかんだろう。

実は川嶋くんとの勝負はこれが初めてではない。

2年前に20ポンド(約9キロ)目標のダイエット対決をして、最大瞬間風速30ポンド(約13.5キロ)の減量にお互い成功した。さすがの精神力、あの瞬間の達成感、カラダの切れ。自画自賛。どれほど自信を持ったか。もうどれだけ太っても戻れると確信した。

そして案の定、互いに完全なV字回復をした。

カルロス・ゴーンもアゴを落とすリバウンドぶりだ。

今回はタイムリミットまで6週間しかないので限定10ポンド一本勝負。

何が一本かはどうでもよい。

実現したら互いにお祝い200ドル。敗れるとペナルティ200ドル。負けたら、昼休みしばらくは公園の水を飲んで過ごさねばならない。菓子パンも買えなくなる。これは真剣にならざるを得ない。

いちおう川嶋くんの立場でいうと、ダイエットに失敗してボクに成功されたら、400ドルの出費の上、披露宴では着ぐるみのまま。さらにボクがこの話をスピーチで暴露するだろうから、泣きっ面にハチである。

川嶋くんにとって一生に1度か2度の披露宴だからぜひスマートになってほしい。ましてや、今回ほどステキな奥さんを迎えることは二度とないだろうし。

それにしても、今回のダイエット後にリバウンドしたらVが2つで「Wの悲劇」だ。

座ぶとん、一枚もらってもいいでしょうか。

03 19, 2010

食べ物のはなし

 今日は自分で弁当を詰めた。

里芋の煮っころがし、パスタ、ピクルス、白いご飯。

バランスが悪いのは弁当ではなく、昨晩のおかずの残りだから仕方がない。

箸はもちろんマイ箸で、弁当箱も出入りの弁当屋さんのパッケージの再利用。

地球にやさしくとか、環境問題を考えてとか大袈裟なものではない。

そういうことはもちろん大切なのだけど、食べ物や道具をムダにしないこと、ある中で工夫して暮らすのがただただキモチ良いのだ。

冷蔵庫の食材を使い切る。使えるモノを最後まで使い切る。使わなければ、喜んで使ってくれる人に譲る。使えるものを余分に抱え込まない。

ただ何でも削るのではなく、締めるところは締めて、使うべきところは使う。人生やまわりの人が豊かになることにはあまり出し惜しみしない。

そんなふうにありたい。

食事でいうと、自分が食べる分にはカップ麺でも残り物でもボクはいっこうに気にならない。ただ注意してほしいのは(誰に?)晩酌のビールかシャンパンがよく冷えていることで、それ以外はあまり執着がない。

だけど、会社の連中や若いヤツらにはちょっと贅沢をしても美味いものを食べさせたい。たまに社長とメシを食うのに、カップ麺やファストフードをつき合わされたのではたまらないもんなあ。

ボクがまだ会社を興したばかりの20代前半の頃、今もライトハウスのコラムを執筆いただいている阿木先生によく食事に連れて行っていただいた。

いろいろな店でご馳走していただいたが、ボクは止めなければバケツほども食べるので、寿司屋には一回行ってそれきりだった。

また、イタリアンのサラダバフェでは「店も商売でやっているのだから、そのくらいにしておきなさい」と3回目か4回目をおかわりする頃に嗜(たしな)められた。

あの頃はいつもお腹を空かしていたし、自分の給料が取れないことなんてしょっちゅうだったから、「メシでも行くか」と誘っていただいたら、できないバク転もトリプルアクセルもやっちゃうくらいにうれしかった。

だから時代が変わっても、若い連中の気持ちはわかるような気がするし、バクバク美味そうに食っているのを眺めるだけでシアワセな気持ちになれる。

しかしながら油断をすると、若者は「特上和牛カルビ10人前」とか「土瓶蒸しと大トロ10人前」とか冒険を始めるので、先にスペシャルでお腹をいっぱいにさせたり、ハッピーアワーを狙っていく努力は決して怠らない。

阿木先生のお気持ちが今よくわかる。

03 19, 2010

ソフトボール開幕

 314日の日曜日。

今日は待ちに待ったソフトボールリーグの開幕戦。

開会式では昨年優勝した我らチームライトハウスが優勝旗を返還し、IACEトラベルの小宮支店長が選手宣誓をした。

見渡すと、オートバンクさん、伊藤忠さん、ラジオ局のTJSさん、みんな馴染みの顔ばかりだ。去年より1年分そっくり歳を重ねたオジさん(おねえさん)たちは、少年少女のようにウキウキと晴れやかな表情を浮かべている。そう、みんなこの日を待ちわびていたのだ。

始球式は元メジャーリーガーの伊良部投手が務めた。ちょっとゴージャス。

ライトハウスは開会式直後の第1試合。対戦相手はロビンス。攻守にバランスの取れたチームで、過去3年間で1度だけど敗れたこともある。

うちの連中、どうも応援に来てくれた女性メンバーの華やかさに力んだか、3回までにエラーや凡打を積み重ね、0−7のビハインド。動きも全体にやや緩慢。シーズンオフ、いかにカラダを動かしていなかったかが伝わってくる。

が、4回あたりからようやく目が覚めたように打ち始め、終わってみたら何とか13−9の辛勝。いや、おっかなかった(汗)。今年の先行きが思いやられそう。

リーグ創設から、優勝、準優勝、優勝と来れたけど、リーグに加盟する8チームの実力はますます拮抗している。

その一方で、ライトハウスはレギュラーの過半数の6人が38歳以上(404人)。パワーとスピードじゃ若い連中やパワフルなアメリカ人にかなわないから、技と口(ヤジ)、愛嬌に磨きをかけて今年も優勝旗をモノにしなくては。

ちなみに開幕戦のボクは4打数2安打。ホームランも1本飛び出して大満足。

 

(オマケ話・その1)

試合が始まる前に、うちの若いヤツら(元陸上部を2名含む)4人と短距離の競争をして1番になった。密かに還暦くらいまでなら若いヤツらに負けないと思った。くふふ。

 

(オマケ話・その2)

試合後、メンバーと応援団でベトナムソバを食べに行った。 熱い麺の上に、生モヤシやちぎった葉っぱを乱暴にのせて食べると、みんなの笑顔がボロリとこぼれ落ちた。かなりシアワセな気分。

03 15, 2010

会食とか時間のはなし

 ひとつ前のブログで会食話を書いたけど、ボクは大人数での食事はあまりしない。

また、目的やテーマのないテーブルはあまり好まない。

別に堅い話好きということではない。

「情報交換」「構想(ブレスト)」「顔合わせ(関係作り)」「絆の強化」「チームビルディング」「士気高揚」「感謝のお礼」「迷惑のお詫び(関係修復)」「癒し」「発散(ストレス解消)」「奉仕」

集約するとこんな感じか。

これらの意味がキチンと見出せない時間、例えば、「とりあえず一杯」とか「惰性でひとまず」の時間をなるべく過ごしたくないのだ。けっこう居心地いいし、楽しかったりするから、油断するとそういう時間が人生を埋め尽くしかねない。

だって、人生の残り時間はこうしている間にも減っているわけで、与えられた時間を1秒だってムダにしたくない。ボクは1秒に重みと感謝を感じて生きたい。

会食だけでなく、電話も同様。

ボクはとりあえずの電話や長電話はなるべく掛けないようにしている。

手紙やメールと違って、何かをやっている相手の時間に割って入るのが電話だから、電話をする時は気を使うし、要件は完結に伝える。

メールで済むならメールで送るし、メールの方が記録に残るからメリットも多い。ただし、気持ちを乗せる話は絶対に電話の方が良い。メールでは送れない温度を伝えることができる。もし会えるなら会うのが一番良い。会わないと伝わらないことがある。そして会えばたいていのことは解決してしまう。

会議やブレスト、勉強会は、必ず30分とか1時間、お尻を決めて、耳から煙が出るくらい短期集中が望ましい。ボクが集中力がないからなのだけど。

ちなみにライトハウスの週に一回の幹部会は30分で終わらせることを目標にしている。読んでおくべき資料は事前にメールで共有しておくべきで、準備も意見もない幹部はいただけない(っていうか脳天チョップだ)。会議はそもそも意見と決断、確認の場だ。

ボクはこんなふうに考える。

例えば、仮に幹部一人当たりが価値にして年間に50万ドル稼がねばならないとすると、1時間あたりのコストは1人250ドル。7人だと30分で875ドル。その会議に1000ドル近いコストを掛けてやる価値はあったのか。そのくらいシビアに時間あたりのコストを考える。その分残業するとか、自分の時間を削ればいいという話ではない。

再び会食の話を少しだけ。

会食はできたら2人、せいぜい4人、少ない人数で深い話や本質的な議論がしたい。

みんなで話をすることが目的になって、人の噂話や芸能人がクシャミしたとかの話を聞かされると、ボクはすぐに幽体離脱しそうになる。

飲食店とかで飲んでると、となりの会話が聞えてくることがある。

「ジャニーズの誰それ、ホントは破局したんだって!」(お客A)

「マジで!」(お客B)

何が一体「マジ」なのかわからない。誰それが別れようが背が伸びようが洟(はな)を垂れようが、Bさんにはあまり関係ないと思うんだけど。

まあいい。

やっぱり夢のある熱い人、人生を前向きに楽しむ人、感謝と謙虚さを持つ人、遊び心とユーモアのある人、老若男女に関わりなく、そんな尊敬できる人と囲むテービルがシアワセで楽しい。

03 15, 2010

学びがてんこ盛りの一週間

 413日、土曜日の朝5時半。

娘のスケートリンクの側にあるスターバックスでコーヒーを飲んでいる。

昨晩はオレンジ郡で会食があって帰宅が遅かったのだけど、アラームなしで4時過ぎにはスッキリ目が覚めた。明日からは夏時間だから時計を1時間前に進める(冬時間より1時間早起き)のだけど、このリズムを大切にしたい。

昨日晩ご飯をごいっしょしたYさんは、日本を代表する電機メーカーの(南米も含む)米国法人の社長を務める。

Yさんとはまったく業界も会社の規模も違うけれど、ためになる経営の話をたくさん伺うことができた。

とくに、1000人を超える多国籍の従業員とどうやってベクトルを重ねるか、その工夫や努力の実例は大いに参考になった。

経営者自らが夢や思いを膝詰めで伝えること、小さな声に耳を傾けること、やっぱり基本は変わらない。

ライトハウスに当てはめるとどんな方法があるか考えながらメモをとった。

Yさんが過去に、事業部横断で、各事業部から2名優秀な人材を引き抜いて「モノ作りプロジェクトチーム」を作って実際に機能させるまでのエピソードも面白かった。

ライトハウスは、編集、制作、顧客事業開発(営業)、国際教育、たった事業部は4つしかないのに、ともすると「その中だけで考えて完結してしまう」ことがある。

それぞれの事業部(メンバー)が持つ経験、知恵、人脈、これらの経営資源すべてをクロスオーバーで活用できないと、これからの時代は生き残れないし、無いところから新しいモノは生み出せない。

世の中のみんなが「もっと速い馬がほしい」と考えた時代に、フォードが自動車を世に送り出したように、ライトハウスだって今この世の中に存在しないモノを送り出したいし、作りたい。そして次世代に残したい。

Yさんとは、5月あたりにカミサン同伴で再会しましょうとパーキングで別れた。

帳面にはメモがぎっしり。今週も学びの多い一週間だった。

 

そう。先週カミサンが日本に里帰りしていたこともあって、今週は月曜から金曜まで毎日会食で人と会っていた。

月曜日と火曜日は、日本から出張中のパートナー木田と事業をどう育てていくか、事業を通してどんな世の中を創りたいか議論した。また、木田自身が、大学や専門学校の経営まで踏み込んで営業をしているので、日本の学校経営の現状をアップデートすることができた。

水曜日はS先生との会食。日本の私立大学の教授を務めるS先生は、10年前に自ら立ち上げた新設学部を中部地区屈指の学部(偏差値が私学でNo.2)に育て上げた。S先生の学部は日本で最も成長している同大学のシンボル的な存在だ。

ライトハウスはその新設学部の設立前からコンテンツ作りに関わらせてもらっていて、S先生はクライアントであると同時に同志のような存在だ。ボクらはずっと夢を重ねて歩んできた。そんなS先生も来年で定年退職。S先生は今、大学への置き土産に様々なプロジェクトを仕込んでいる。まさに教職者にして経営者。S先生との時間は常に前向きで、大学経営のエッセンスが溢れている。

木曜日に会ったNYNo.1の日本語情報誌社長のOさんからは、お互いの地域の情報交換だけでなく、ライトハウスにはない営業戦略やトレーニングシステムを教わった。さっそくライトハウス式にアレンジしてみたい。

ちがう業界、ちがう地域、ちがう世代の人との交流からは学ぶことが多い。

学びと気づきがてんこ盛りの一週間だった。

03 15, 2010