カレンダー

2010年7月
« 6月   8月 »
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  

what's new

込山洋一

青空の東京から

 昨日、日本入りした。

日曜日の東京の空は朝から快晴。

そう時差もなく6時半に目が覚めて日比谷公園を1時間くらい歩いた。

ちょっと歩いただけでじわっと汗ばむ。

 

出張には履き慣れたジョギングシューズを持って飛ぶ。

早朝や深夜の隙間の時間にぶらりと歩くだけで土地勘もつくし良い気分転換になる。

1年のうちのほぼ4ヶ月は出張だから、出張自体が特別なことではなく「日常」だ。

家だとカミサンが栄養のバランスに気を配ってくれるけど、出張中は偏らないように気を使う。

昼夜は必ずと言っていいほど会食が入っているから、朝はできるだけ軽めか野菜ジュースくらいに抑える。

屋台のラーメンなんか見ると引き寄せられそうになるけど夜食も厳禁(稀に酔った勢いで自爆するけど)。翌朝の疲れの取れ方が全然ちがってくる。

一本一本のアポイントが一期一会の真剣勝負だから、自分自身の不摂生で「質」を落とすようなことがあってはならない。大切な時間を費やしてくれてる相手に対しても失礼だし。

20代、30代の頃は若さと体力勝負で夜中の23時まで飲んで、数時間の睡眠でもいけたけどそういう体力は残念ながらもう残っていない。

今日は9時と13時から2人の方の面接がある。

ご縁のものだからいっしょに仕事ができるかわからないけど、ボクと会った30分、1時間がライトハウスという会社の印象を決めるから、少なくとも日々頑張ってくれているメンバーに恥じない自分でありたい。

さあ、そろそろ身支度をしなくては。

 

自宅に電話したら、カミサンが慌ただしくパーティの準備をしていた。

なんでも今日は自宅を開放して、友人の50歳の誕生日をサプライズパーティで祝うのだそうだ。今まさに40人以上の友人家族が集まって、飾り付けや料理の準備でてんてこ舞いしているようだったので早々に電話を置いた。さぞ喜んでくれるにちがいない。Kさんがびっくりする顔が目に浮かぶ。

07 18, 2010

パパのことは棚に上げて

 土曜日の朝、娘のスケートの練習からの帰り道。

「パパ、来週いよいよ運転免許の実地テストの日だよ。通るかなあ」

不安そうな娘。

「通ったら良いけど、合格しなかったらまだ免許を持って運転するには早いってことだから、もっとしっかり練習してからもう一回受けたら良いんだ」

「え〜、イヤだよ。受かりたいもん」

「ダメダメ(笑)、実地テストに受かることはゴールじゃないんだ。そのテストを楽々クリアするくらいじゃないとまだまだ危ないってこと。

実地テストの目的は、安全にマナーを守って運転できる技術をつけることで、テストに合格することじゃないんだよ。

よくみんな目的と手段、あるいは目的と要件がごっちゃになってるんだ。

例えば、SATで良い点数を取ることも、良い大学に入ることも、良い会社の入ることも、「手段」であって、「目的」でも「ゴール」でもないんだ。

人生そのものの「目的」は、自分自身が幸せな人生を送ること。

それはどういうことかっていうと、「お金儲け」とか「社会的な地位」とかじゃなく、人生や仕事を通してまわりの人に「価値」を提供して、それによってみんなに感謝されたり喜ばれる生き方、言い換えると、お客さんや仲間や家族に愛してもらえる生き方をするってことなんだ。

お金や地位はそのご褒美としてついてくるもので、決して「目的」ではないんだ。

お金はうんざりするくらいあるけど誰も信じられない孤独な人や、一生かけても使い切れないような財産を兄弟で争うような人もいるけど、それって悲しい人生なんだよ。

それはいいとして「目的」の話をすると、

テストで良い点数を取るのは、それだけ努力をして若い今の時期に知識と力をつけるため。

良い学校に入るのは、(1)良い学校ほど、それだけ努力してきた仲間や才能を持った仲間が集まっているから。そこで得た仲間は一生お互いを磨き合い高め合うことのできる財産になるから。(2)もうひとつは、それだけ高い教育を受けることができるから。良い学校には優秀な学生が集まるように、優秀な先生とお金、環境も集まる。そういう環境のなかで学ぶために今頑張るんだ。テストの点数のためじゃないんだよ。それは会社も同じ。(3)最後に、将来の職業や生き方の選択肢を増やすため。

それと、忘れちゃならないのは、人生のなかで勉強をするのは学生の間だけじゃないんだよ。

むしろ、大人になってからの方がうんと勉強し続けなくっちゃならない。

努力も勉強もし続けない大人、会社にぶら下がって生きてるような人はあっという間に錆びてしまう。会社を放り出された途端に生きる術がなくなってしまう。

とくにこれからの時代は、過去の延長で物事を判断するだけではダメなんだ。面白いけど難しい。

ものすごい勢いで変化するこの時代には、変化に対する柔軟性とか創造力、それと、みんなに協力してもらえる人間性とリーダーシップ、さらにお互いが力になる良質な人脈が大切なんだ。

良い仲間、尊敬できる仲間に囲まれて人生を送りたいなら、自分自身がそう思ってもらえる人にならなくてはならない。そのために今頑張って勉強をしてるんだよ。別に高い点数や有名な大学に入ることが目的ではないんだ。

それと、忙しい毎日のなかでも時々立ち止って、そもそも「目的」ってなんだっけって考えることが大切なんだ。これはずっとね」

横で娘は感心したように頷いている。車窓に早朝の風景が流れていく。

じゃあパパは学生時代どうだったのよと訊かないところが娘はエライ。

パパは気づくのが遅かったからなあ。はい、昔の自分のこと、棚に上げてます。

それはさておき。。。

そのままやさしい心で健康でいてくれたら120%というのが根っこのところの本心。

07 11, 2010

「私にもしもの時は」

 73日、土曜日の朝。

友人でハワイ在住のピアニスト、CHIYOさんのアルバム「JACARANDA」を聴いている。

このアルバムを休日の朝やちょっと凹んだ時に聴くとじゅわっと心が安らいでゆく。

 

昨日はカゼをもらったようで久しぶりに早退。12時間眠り続けた。まだ頭がぼうっとしている。

この1月あまりで、サンディエゴ>シカゴ>サンディエゴ>ハワイ>サンディエゴと遠征続きだったから、身体の方もひっくり返るタイミングを見計らっていたのかも知れない。この連休はしっかり充電に充てよう。

母親から「悪性の腫瘍が見つかって緊急で手術をすることになった」とメールが入ったのが1週間前。

ギクッとしたけど、気を引くためなら手間と時間を惜しまない母親。真意が読めない。シリアスなのか気を引くためか。

ボクが3歳の頃か、退屈した母親は「もうお母ちゃんは出て行くから。ひとりで暮らしな」と、風呂敷に荷物を詰めて背中に担いで出て行くフリまでした。うちは父親が船乗りでふだんは母子家庭だったから、泣いて出て行かないでほしいと懇願した。

その前後、「実は母ちゃんは山の神様なんや。アンタが5歳になったら山に帰らんといかん。母ちゃんがいなくなっても元気で暮らすんよ」とここでも思い切り泣かされた。母親はそんなウソしっかり忘れてたけど、それからの毎日、遊んでいる時、紙芝居を眺めている時、夜寝入る時、ふと我に帰っては残りの時間を想い幼い胸を痛めた。

ハッタリのネタは尽きなかったし、約束の反故は日常だった。

そうやってエスカレートする「人騒がせ」や、同時進行で加速する家庭崩壊に、やがてボクの心は伸び切ったゴムのようになってしまい、中学に入る前後からだんだん「家族」と距離を置くようになった。

時を経て、ボクが中学を卒業して全寮生の高専に入った夏、母親は子宮にできた腫瘍を摘出するための手術を受けた。

世の中の多くの母親はきっとそんな場面で「大したことはないから」「心配をかけてごめんね」と慮るのだろうが、うちの場合は「確率は五分五分かそれ以下や。かなり危ない」「人生最後のチャンポンが食べたいから出前して」「棺桶には、名古屋のウイロウと白いバラをいっぱい入れてね。ウイロウは今食べれるけど」「お父さんとはお墓は別にしてよ」と心配させたり困らせた。

手術の前、ボクは徳島の日和佐から高知の室戸岬までお遍路さんを歩いて、アスファルトの照り返しの中で手術の成功を祈り続けた。

そして結局助かった。

あれから30年近い時間が経過した。その後の物語を記すには百科事典の文字量を要するからここでは省略する。

今回も話半分、ダマされんぞと思う自分と、もうここまで引っ張られたら最後までダマされようと諦める自分がいる。生きたくて生きられない人が溢れる世の中で、もしも気を引くために誇張していたとしたら許されないことだと思う。

ボクへのメールにあった「私にもしもの時は」の文字にはザラリとした気持ちにしかならない。飽きるほど見てきたから。

それでも今月の日本出張中、弟と母親を訪ねることにした。

またハッタリやったかとため息をつきながら安心したい自分がいる。

無事だったらいい。助かったらいい。

新しいダンナさんに任せきりでちっとも母親をかまってなかったこと、実は心の底で反省してる。

07 04, 2010