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込山洋一

仕事をする背中

昨日は娘にとって特別な日だった。

卒業を来月に控え、USCの学長の招待でディナーをごいっしょさせていただいた。たった4名のテーブル。感想を聞きたいのに電話がない。

大学生活の4年間、地元の高校生や小学生に、毎日のように勉強を教えてきたことを評価してもらえたという。中学高校時代もずっとボランティアを続けてきた彼女。その小さな積み重ねを、見てくれている人がいたことを有り難いと思う。

彼女が高校生の頃から、僕は会社でインターンをさせたり、日本の出張にもよく連れていった。
商談したり、講演をしたり、仕事の関係者と食事をする横で、彼女はおとなしく座って話を聞いていた。

僕が仕事をする背中を見せることで、何かを感じ取ってくれたらいいと思った。

そんな娘が来月の末には、高校の数学の教師としてテネシーに赴任する。
僕は休暇を取って、ロサンゼルスからテネシーへの1600マイルの道のりを、娘と二人でドライブする。

どんな旅が待ってるだろう。

04 29, 2015

謙虚にして驕らず、さらに努力を

日付が火曜日になった。
11時前に帰宅して、思い立って仏壇の大掃除をして、焼酎の湯割でひと息。

午前中の出来事が、遠い昔に感じるくらい盛りだくさんの一日だった。

幹部やメンバーといかに事業を良くするか、終日その会議と話し合い。

誰もが同じビジョンを思い描き、根っこでは互いに感謝や尊敬をしているのに、しばしばコミュニケーションが乾燥してうまく伝わらないことがある。

出番が少ない僕こそ、そこの潤滑油にならんといかんなあと反省。動きが足らない、気が回ってない。行き着くところ自分が原因だし責任なのだ。

「謙虚にして驕らず、さらに努力を」

ふと、稲盛和夫さんのそんな言葉が心から湧き出てきた。

04 28, 2015

冷たいビール3分前

まもなく日付が変わる。

息子がオレゴンの大学に進む時、自分にできる親孝行は何だろうと訊ねられたのを思い出していた。

「たぶん、時々ママに元気な声を聞かせてあげることじゃないか」

そんな会話を交わして以来、週に2、3回必ず電話をしてくる。

あれからもう2年が流れた。

いつも元気なはずなどないのに、決まって明るい声で掛けてくる。

さっき電話で話した時は、起業家の講座を取ったそうで、自分でビジネスの構想(妄想?)をするのが楽しくて仕方がないと声を弾ませた。

「今年の夏休みはできるだけパパと過ごしてビジネスの話を聞かせてほしいんだ」

「おう、任せとけ。パパは何だって答えられるぞ」

そんなはずないけど、うれしくて風呂敷を広げた。

重なる時には重なるもので、どすんと歯応え満点の出来事が続くここしばらくだけど、それもこれも全部乗り越えてやる、そんな元気と勇気が満ちてきた。

冷たいビール3分前。

教科書は閉じて、明日に向けて充電だ。

04 20, 2015

レモンの木

土曜日の正午過ぎ。

金曜日の夜から、大学院の課題図書「ハイコンセプト」(ダニエル・ピンク著、大前研一訳/三笠書房)を貪るように読んでいる。面白過ぎてあんまり寝てないけど、頭はシャープだ。

その読書に重ねながら、自分は何者なのか、世の中はどこに向かっているのか、そして、日々追われがちな事業は何のために存在するのか、そんな気づきをペンで次々書き留めるうちに、気づいたらダイニングのテーブルが赤いメモパッドで溢れてる。

ひとつの仮説が生まれた。

自分たちのメディア事業や国際教育事業はどちらも、ユーザー(海外在住者、大学生や専門学校生)への情報や機会提供を通して、人生の意義や目的を考えるキッカケが作れるんじゃないか。

文中に、ダライ・ラマの言葉が紹介されていた。

「私は人生の目的は、幸福の追求と信じています。これははっきりしています。宗教を信じていようといまいと、あるいは、どの宗教を信仰していようとも、誰もが人生に何か良いことを見出そうとしているのです。ですから、生きるという行為は、まさに幸福を目指しているのだと思います」

誰もが人生や仕事の意義や目的を一生かけて探求する。誰もがシアワセになりたい。

そこに自分たちの事業がほんの少しでもかかわれて、ほんの少しでも助けになれたらすごく素敵な事業だし、メンバーやその家族もきっと誇りに思ってくれる。そしてそれ自体が、僕の人生の意義であり目的足りえる。

中庭に目を移すと、レモンがたわわに実っている。

今日もロサンゼルスの空は青い。

04 18, 2015