卒業生

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12月3日。日付が変わったサンフランシスコのホテル。

弟分のような経営者夫妻と楽しい会食を終えて、ひとり部屋でメールの返信が一段落。

近頃、「卒業生」からのうれしい報告が続いた。

飲食未経験でフードトラックの経営に身を投じたSくん。

保健所の認可で、離陸にずいぶん苦労したが、創業2周年を無事に迎えることができ、初めての休暇は、尾道の両親をハワイに呼び寄せるのだと報告してくれた。

「以前会長宅に泊まらせていただいたときに、お父さんやゆうぞうさん(弟)と連れて南米旅行されている写真を見せてもらい、ボクも自分で商売を始めたらきっと家族を連れて旅行するぞという願いがようやく叶いました。」

生意気なことを言う。

うれしくて、鼻の奥が加熱した。

つい先々週は、名古屋でHくんの婚約祝いをした。

Hくんも、Sくんと同じ時期にライトハウスの営業部を支えた男で、3年前に単身ベトナムに渡ってホテルを開業。今ではホーチミンとハノイで5つのホテルを経営する。

ちなみに奥さんになる女性は、国際教育事業部の元インターンの可愛いSちゃんだ。ライトハウスの独身男性はさぞ怒っていることだろう。

そして昨夜。

26年前、僕が情報誌を始める前から家庭教師をしていたRの夫婦が、ベンチュラに飲食店を開業して1周年を祝う会食だった。

小学校の時分は鼻水で鼻が塞がっていたし、高校では大きめの騒動を起こして謹慎ばかりの悪童だった。両親には散々心配をかけた。

それでも、商売を始めたら、単月で7勝(黒字)5敗(赤字)というから大したものだ。

貯金がもう少しで空っぽになる手前で、ゆるやかに浮上できたという。

軍資金がジリジリ減っていく地獄も経験できて良かった。

まず最初の3年、生き延びればいい。次が見えてくる。

自分の給料を取れなくっても、必ずみなの給料を期日に支払って、家賃と光熱費を払って、卸屋さんへの支払いが滞らなかったらそれで上等。

不義理をせずに、冷蔵庫の残り物で命をつないで、そのうちに自力と信用をつけたらいい。

だから昨夜はうれしくって飲み過ぎた。

それにすっかり酔っぱらっている隙に、不覚にも奢られてしまった。

そんなライトハウスも、あと1ヶ月で創業25周年を迎える。

こうして円満に送り出して、笑顔でつき合える卒業生ばかりではない。

どこでボタンを掛け違えたか、もう何年も経つのに、夢に出たり、交差点や寝室で思い出す苦い結末もある。

自分から迷路を辿ると間違っていないのに、相手の立場から辿ってみると、自分のエゴや未熟さに辿り着く。

後輩たちに一人前のことを言ってるけど自分が一番半人前だ。