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込山洋一

フラッグスタッフからラスベガス・250マイル自転車の旅(後編)

標高2200メートルに位置するアリゾナ州フラッグスタッフの朝の気温は2℃だった。

夏用の手袋の指先はかじかむし、しばらく走っても身体が温まらない。昨日までTシャツ短パンで過ごしていたロサンゼルスの気候からは程遠い。とにかくユニクロのダウンで寒さをしのいだ。

低く垂れ込める鉛色の雲、道路の両脇をゆっくり流れる寒々しい森林の風景に目を向けると、野生の鹿や小動物の屍(しかばね)が転がり、それにコンドルがたかっている。

いかにもクマが出てきそうな景観。
と、突然「BEARIZONA」という大きな看板が目の前に現れた。アリゾナってクマが有名だったんだ。「勘弁してくれよ」とため息をつき、用心しながら強くペダルを踏んで一帯を走り抜けた。

2日目以降は一転して気温が30℃近く、1日で真っ黒焦げになるくらい強い日差しの暑さだった。

バケツの水を浴びたように流れる汗。その横1メートルの距離を、時速130キロの大型ロレーラーが駆け抜ける。トラックの跳ねた小石が稀にヘルメットを直撃する。

クシャクシャになってひっくり返った乗用車が進路を塞いでいることもあった。炎上して黒くなった車体は元の色がわからない。

僕らが走ることのできるフリーウェイの路肩のコンディションも劣悪で、ネバダ州に入るまでの多くの区間はひび割れ、剥がれ落ち、パンクしたトラックのタイヤの残骸が散乱していた。路面の凹凸は自転車を通して振動となって身体に伝わる。

しまいに走れる状態ではなくなって、自転車を抱えてフリーウェイを降りた。土の道を走ると今度は足場が不安定で、タイヤが流される。そのうちに二人とも転倒して、全身を激しく地面に叩きつけた。

ある時はローカルの道を迂回しながら、その日のゴールにじりじり距離を詰めた。知恵を絞り、止まらない限りはゴールが近づくことを僕らは知っているのだ。

たいへんなことばかりのようで、実は自分たちがコントロールできない出来事や環境を、僕たちは素直に楽しんでいる。

想定通りのことばかりじゃ面白くない。

例えば、すべての旅がそうだけど、旅先で出会う人と交わす会話や心の動きを計画することはできない。

売店では、女主人が売り物のペットボトルの勘定を受け取ってくれなかった。

隣のテーブルに座った屈強な運転手は、トラックでも過酷なそのルートに「心理カウンセラーに相談してから来たのか」「誰に金をもらって走ってるんだ」と冷やかすけど、ラズベガスに抜ける道のコンディションを丁寧にアドバイスしてくれた。

母親くらいの歳のウエイトレスは、水分をしっかり摂るようにと何度も水を注ぎに来てくれた。

ネバダ州に入って、フーバーダムからラスベガスへ向かう最終日は、ローカルの人しか知らない日の出が美しいバイクレーンを、出会ったばかりの地元バイカーが案内してくれた。

同じ道を走っても、二度と同じ出会い、同じ経験をすることはできない。だけど旅に出るとそこに必ず新たな出会い、新しい経験が待っている。

自転車でしかできない不自由な旅。次の計画に思いを巡らせるその時間もまた人生を豊かにする旅の一部だ。

05 21, 2017