iPodを聴きながら

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ここしばらくはジムや自転車をサボり気味。

先週の月曜日に、メタボ編集長川嶋くんとダイエット対決を始めたものの、この一週間は昼に夜に会食の二階建てが続いて、しぼるどころかバックスピンの毎日。

これではいかんと、昨日(土曜日)の午後は息子をサッカーに送ってからジムへ直行。長袖のフリースを着て、ジムの階段(昇降運動のマシン)、懸垂と腹筋、ストレッチを90分、タライで水をかぶったくらい汗を流した。

そして、またまた今朝も目覚めたその足でジムに直行。
昨日とほぼ同じメニューで汗を流した。

実は(今さらながら)ジムに通うのが楽しくなるツールを手に入れた。

「iPod」

スバラシイですね。なんでもっと早く手に入れなかったのだろう。

ボクは車の移動中に、京セラの稲盛さんの経営講話をよく聞いているのだけど、iPodだともう場所を選ばない。いつでもどこでも学べるし、好きな音楽もいっしょにいられる。

ジム、自転車、散歩道、中庭、ビーチ、登山、空港、飛行機や新幹線の中、ベッドの中、まだまだあるぞ。

こりゃ世界中で流行るわけだ。

講話の途中でも、大切なポイントはボタンひとつで繰り返し聴けるし、音楽であれば、CDやレコード(古いか)とちがって、嫌いな曲やつまらない曲はじゃんじゃんカットして、目的別に編集したり、選抜チームを編成することもできる。

ボクのストライクゾーンが狭いのかも知れないけど、好きなアーティストのアルバムでも、良いなあと思える曲って2、3曲がせいぜいで、あとはどうでもいい曲ばっかりだもんなあ。

そう言えば、昔ラジカセの時代には、どうでもいい曲をパスするための「頭出し機能」というのがあった。

音楽業界全体にとってはたいへんだろうけど、欲しい曲だけをダウンロードして買える今の世の中というのは、ある意味まっとうだと思う。

欲しいもの、必要なものだけを、生活者が取捨選択できる時代の到来。

好きな音楽だけを選んでiPodで聴く。

同様に情報も、「欲しい情報、必要な情報」だけしか存続できなくなるだろう。

便利だ便利だと手放しで喜んではいられない。

舵取りを間違えたら、自分たちの事業そのものも淘汰されてしまうんだから。

日系のスーパーのフリーペーパーが並ぶ棚の前でしばらく立っているとわかる。

昔は10冊(種類)でも置いてあったら全部のペーパーを持っていくヒトが多かった。

今はどうだろう。

ほとんどのヒトは数冊、あるいは1冊しか手に取らない。

例え海外であっても、インターネットでなんだって情報が得られるこの時代、日本語であることはそれほどのアドバンテージにはならないのだ。

ボクたち海外メディアの本当の競合は、加速するライフスタイルの変化であり、新たにライフスタイルに割って入ってくるであろう「便利・快適(快楽)・元気・コミュニティ」に他ならない。

時代に呑まれて淘汰されるか、波に乗って時代や世の中の創り手になれるか、タフだけどチャンス盛りだくさんの面白い時代に生まれてつくづく良かったと思う。