マウントホイットニー登頂

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週末、アラスカのマッキンリーに次いで北米で2番目の高山マウントホイットニー(標高4400メートル)に登頂した。土曜日の夜11時から徹夜で14時間50分歩き続けて達成。今回はひたすら歩き続けた体力勝負の話をお届けします。

8月19日午前11時に山の相棒高津誠氏のトーランスの自宅を出発。

高津さんはTWI INFOTECH(www.twiit.com)という技術系の人材会社の経営者。大学時代は山岳部で、雪山もロッククライミングもやった根っからの山男。年齢は一回り上だけど、公私のつっこんだ話もすれば、酒を飲んでピアノとギターで夜更かしをしたり、時には焚き火を囲んでキャンプをする仲間だ。

ホイットニーの麓の町までのドライブの間ひたすらライトハウスのウェブサイトの活性化についてアドバイスをもらう。新しい技術、とりわけそっち方面に疎い私が、外で恥をかいたり、そのことで会社が乗り遅れぬよういつも知恵を授けてもらっている。今回も横でスイスイとペンを走らせる私。いやホントありがたい。

ビジターセンターには午後3時過ぎに到着。あらかじめ予約しておいた入山許可証をピックアップしてから近所のレストランで腹ごしらえをする。登山の前はすぐにエネルギーに変わる炭水化物を多めに摂取するのだ。とくにこの一週間は多めにご飯類やパスタでローディングをしておいたし、準備という意味では半年前からこの日に備えて、ジムや自転車でカラダを作ってきたのでコンディションは万全だ。

実はホイットニーは今回が4回目。

10年くらい前に、高津さんや数名の仲間で初めてワンデイアタック(一日で頂上を踏み、その日のうちに下山すること。多くの人は1〜2泊かけて高度に身体を慣らしながら頂上を目指す)をしたときはメンバーの高山症状と体力不足で4000メートル手前のところで断念して下山した。

その翌年、選抜5名でアタックして、高津氏と石川氏(ブログのヨーロッパクルーズで登場)と私の3人が19時間かけて頂上を踏むことができた。2名は高山症状で途中断念。その時は早朝5時に出発して帰ってきたのが深夜0時。ワンデイの標準タイムが17時間なので不満が残るもひとまず達成。

5年くらい前に登ったのは、ビギナーを含む仲間を連れて、テントを張りながらのアタックだったので、どちらかというと遠足の引率のような感じだった。なるべく多くのメンバーに頂上を踏ませるとか、安全にみんなが下山することに頭がいって、自分のことどころではなかった。高津さんは隊長だから輪をかけてたいへんだったろう。

そして今回。

目的ははっきりタイムトライアル。40歳代になった自分が、20歳代、30歳代の自分に体力でも負けていないことを証明するための挑戦だ。と、何でもエエ話にするのは習性か。

食事を済ませて早めに登山口へ。パーキングに車を停めて出発予定の午後11時に備える。

高津氏の車はトヨタのシエナなんだけど、2列目のシートを外して、3列目のシートを床下に収納すると、大人二人が横になってもゆったりの広々空間ができる。こういう登山やキャンプ、自転車などのアウトドアでは無敵の車だ。ちなみに会社の車も家内の車も同じシエナを愛用している。

お互い足の向きは逆に、寝袋に足を突っ込んで本を読んだり、昼寝をしてリラックス。数時間熟睡できたので頭もスッキリ。

着替えながら、装備をもう一度チェック。ヘッドライト、地図(防水)、食料(パワーバーなど)、水3.5リットル、帽子、サングラス、タオル、頭痛薬、防寒着、簡易トイレ(自分のモノは自分で持ち帰らねばならない)、ゴミ袋、しめて約7キロ。靴下は分厚いものを。靴は底が固くて、ハイカットの足首を守る頑丈なもの。疲れて足が上がらなくなってくると、誤って岩を蹴飛ばしたり、着地で足を挫きやすいので靴は重要だ。この靴は最初にホイットニーを登った10年前からのつきあいだ。腕時計(カシオ)にはコンパスと高度計がついている。

午後11時、予定通り出発。

高津さんが前を歩きペースを合わせる。グループで登るときは通常30分に一回の休憩を入れながら、一番遅いメンバーを先頭にしてそのペースに合わせていくのだけど、今回は二人とも体力が溢れているので休憩は思いついた数時間に1回。ペースも競歩をしている感じ。

「なんですか、この星空は。空に星が溢れとるじゃないですか」(私)

「月が出ていないのかなあ。この明るさは星明りみたいだね」(高津さん)

「満天の星に、天然のクーラーみたいなこの空気、あちこちから聞こえてくる涼しげなせせらぎの音。あぁ、最高だなあ。ありがたいですねえ」

「そしてこうして登れる健康。本当にありがたいねえ」

「ありがたいありがたい」

ありがたいありがたいと年寄りのようなことを言いながらオッサンふたりはズンズン歩く。

山道はスイッチバックで登ったり、飛び石や丸太で川を横切ったり変化に富んでいる。途中の滝ではコップで直接水を汲んで喉にゴクゴク流し込む。4400メートルの山から湧き出る天然水はヒンヤリと冷たくて、甘くて、もうクラクラするくらいに美味しい。たぶん人生前半戦の「水部門」でナンバーワンだろう。

しばらくして振り返ると、彼方の稜線から少し上の辺り、夜空にナイフを入れたような薄く鮮やかなオレンジ色の月が浮かんでいる。天頂では天の川がゆらゆらと流れている。オリオン座やカシオペア座もいつもより賑やかだ。なんて贅沢な時間を過ごせているんだろう。ありがたい。

夜空を背中にウキウキ登っていたんだけど、歩き始めて4時間くらいすると、快適な[天然クーラー」は冷蔵庫のように寒くなり、6時間経って高度が4000メートルを越えたあたりから冷凍庫のように冷たくなった。

防寒着と言っても、薄手のウィンドブレイカーと長袖のシャツだけなので気温の変化に追いつけない。気温は100メートル高度を上げると0.8度下がるのだけど、夏とはいえこの寒さは想像を超えていた。杖を持つ手のひらの感覚も薄れていく。ココアを沸かして飲んでも二口目にはコップが冷たいくらい。「ありがたい」時代は終焉を告げ、氷河期を迎えた二人であった。遭難している場合ではないので、冷気を弾くように身体の芯に力を入れて強く歩く。後で思うとここだけが唯一最大のピンチだった。

それからしばらく。漆黒だった東の山の稜線がゆっくりと朱を帯びて来る。もうしばらくで日が昇る。お日さまが昇ったら気温も上がる。もう少しの辛抱だ。眼下にあったオレンジ色の月はいつの間にか白く変化し、見上げる高さまで昇っていた。地球の自転に合わせて空は一時間に15度動くから相当時間が経ったのだろう。

歩き始めて7時間経った午前6時7分。朱に染まって燃える雲海のまん中に、ぽっと朝陽が点った。その後は力で押し上げるように一気に昇った。ありがたい。ありがたい時代が返ってきた。あまりに神々しい光景に二人して思わず感謝の手を合わせた。少し弱ってきた身体にも再び力が漲(みなぎ)ってくるようだ。

それから一時間あまり。

高山症状で手はグローブのようにパンパンに浮腫(むく)んでいる。薄い空気の中で頭も回らない。考えようにもゆっくりとレコードを回してるみたいな感じ(それは今もいっしょか)。それでも頂上に向かう意志だけはハッキリしている。いくつかの峠を越えて、目印になる山頂の小屋が見えてからが精神的にも距離的にも長かった。無心で歩いている間は何のプレッシャーもなかったのに「あとどのくらい」と考え始めると気持ちが息切れをし始める。深呼吸をしても酸素が入ってこない。それでも一歩、それでも一歩、足を前に出す。出し続ける限り頂上は確実に近づいていくから。

午前7時45分登頂成功。

その瞬間高津さんと笑顔でガッチリ握手する。じゅわっと涙腺がゆるんだ。頭の中ではアドレナリンのクス球が豪快に弾けブラスバンドがマーチを奏でた。

頂上の岩をグルグルまわると360度の風景が視界の中にある。カメラにそのでっかい風景を収めて家内に携帯で電話する。

「おい、着いたぞ。頂上からだ」

「おめでとう。無事着いてよかったね。よく電話つながったわね。体調は大丈夫なの?」

電話を短く切り上げて、岩の上に大の字に寝ころがってしばらくその充実感を噛み締める。

30分くらいゆっくりして8時20分に下山する。途中で何人ものハイカーとすれ違う。道はひとりしか通れないところが多く、難所になると、足を滑らしたら即死という危険なポイントもけっこうある。だからみんな真剣勝負だし、必ずどちらかが道を譲らなくてはならない。多くの場合、われわれ日本中年選抜は相手に譲るのだけど、そんな時に交わすちょっとした会話が空気を和ませる。労う言葉、励ます言葉、お互いをやさしい気持ちにさせる。

一方でリボンをした花瓶に花が挿しているのを難所で見つけたときは胸が痛んだ。

下りの山道は膝にくる。なるべく段差の少ない岩や石を選んでダメージが少ないよう慎重に歩を進める。時々バランスを崩したときは杖が良い仕事をしてくれる。下りに入って頭の端っこの辺りがズキズキ来たけど、タイラノ−ルを飲んでしのぐ。

途中で冷たい小川の水でゴシゴシ顔を洗って、水をすくって飲んだらまた元気が湧いてきた。なんて爽やかで気持ちいいんだろう。もうひと頑張り。

スタートから12時間を過ぎると、両足の親指と小指の外側にできた靴ズレの痛みがじわじわと尖ってきたが、こればっかりはどうしようもないので無心で歩く。最後は体力でなく気持ちだ。

午後13時50分。往復22マイル。高度差1800メートル。出発から14時間50分で無事に登山口に帰ってきた。

再び高津さんとガッチリ握手。記録も大幅更新!!

つま先は火鉢に突っ込んだみたいに熱いし、膝もグラグラだけど、心の中は幸福感と充実感でいっぱいだ。若い時の自分に勝った。体力で勝った。それもタイムが19時間から14時間50分に大躍進だ。

大喜びしながら、一方の頭で次のチャレンジを企んでいる二人であった。