萩を訪ねる

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2月3日、伯母と親父が暮らす萩の郷里に来ている。

*飛行機から眺めた富士山!

 

朝一番、といっても羽田から一日一便の飛行機に乗って、萩・石見空港に着いたのが朝の9時。せっかくなので、伯母や親父をあちこちに連れて行こうとレンタカーを借りた。

カーナビが着いている車を借りて住所を入力。

最初の説明で「昔のカーナビです」と言っていたが、昔気質(かたぎ)なのか走りはじめても何もしゃべってくれない。

画面の地図は動くものの、ちっとも音声の指示がないので、見送ってくれるレンタカー会社のおねえさんに「無口なカーナビですね」と窓を開けて言ったら「そのうちにしゃべります。肝心なところでしゃべるのです」という。

ふだんは寡黙にして、肝心な時にアドバイスをくれる。カーナビも長州魂のようだ。

不慣れな国道までの道も地図を表示するのみで不親切にも思えたが、アウェイの身なので余計なことを考えずに見当をつけながら走った。

それでも萩市内に入る頃、ひと言も発しないので試しに「確認」ボタンを押したら、初めてペラペラとしゃべりはじめた。操作を誤っていたらしい。

不自由ではあったけど、時間に追われることなく、右手にずっと広がる日本海を眺めながらドライブするのは気分の良いものだった。

昼前に伯母の家に到着。伯母と親父が元気に迎えてくれた。

少し伯母のことにふれると、伯母は今年で84歳になる。
旦那さんには数年前に先立たれたけど、たくさんの友人や良きご近所さんに囲まれて、土いじりや短歌を趣味としてイキイキと暮らしている。

土いじりと言ってもこれがなかなか本格的で、食卓にあがる野菜や果物のほとんどは庭の畑で作るオーガニックもので、春蜜柑、ネーブル、オレンジ、ポンカンなど柑橘系は10種類近く、ゴーヤも大根も葱もなんでも自家製。作っては、ご近所さんや友だちに配る。そんなだから、家にいると毎日いろいろな人がアワビや総菜のお裾分けを届けてくれる。

伯母は若い頃に、萩では少し知られた料理屋に嫁いだが、旦那さんも長男も、腕は良いがたいへんなギャンブル好きでずいぶんと苦労をしたらしい。

親父とはひと回りも歳が離れていて、貧しい中から親父を水産学校まで出してくれたのもこの姉だった。

ものぐさで自分のことは何でも人任せでオッケイの6男坊の親父と、世話好きで、人の苦労までみんな背負って立つ伯母とは正反対の性格だ。

“ありがたいね”が口癖で、よく冗談を飛ばし、よく笑う。そしていつも人を思いやる。

ボクが到着した時、今日は雛祭りだからと、太巻きを数十本もこしらえている。
そんなにどうするのと尋ねたら、ご近所さんや友だち10件ほどに配って回ると言う。人に何かしてあげられることを本当に楽しんで生きている。

それにしても親父は、社会との関わりを持って、自立した生活を送るために帰国したのに、昼に夜に一杯やって、ほとんど家にこもっていると言う。帰国したら、釣りを楽しみ昔の友人にコンタクトすると、少しは建設的な言っていたクセに話がぜんぜんちがう。
(多少家事を手伝っているみたいだけど)

伯母の爪の垢を大量に煎じて、よっぽど親父の喉に流し込もうかと思う。

これではイカンと、午後からはまずお墓参りをして、釣具屋に行って親父の釣り道具を一式揃えた。そして近所に暮らす従兄弟に、釣りに引っ張り出してもらうよう頼んだ。「そのうちに」では先延ばしになるから、日程も決めて。

そして、夕食の時に従兄弟夫婦と伯母の前で、「二度と昼時から酒を飲まぬこと。晩酌は夜だけ」と約束させた。それも5回くらい念を押して、最後に握手までして「ホンマやで」と力を込めた。

明日は親父の昔の友人にコンタクトをするぞ。
そのあとは3人で津和野にお参りに行くのだ。親父を外に引っ張り出さねば!