前を向こう

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朝、サマースクールに通う子どもたちをペニンシュラ高校にドロップして、車を走らせたところに、向こうから娘の親友のEが暗い表情で歩いてくる。

「オーイ、E」

窓を開けて手を振るといつもの笑顔が戻った。

Eは両親が離婚して母親と障害を持つ姉と3人暮らし。

母親はMITを首席で卒業した優秀な技術者で、その血を引くEは、娘が「Eは全然勉強しなくたってできちゃうんだから」と羨むくらいに勉強がよくできる。

そのEが最近落ち込んでいるという話を家内から聞いた。
なんでも、再婚しないと思い込んでいた父親が再婚したことが、相当にショックだったらしい。

小さな胸にその事実を受け止められるのには時間を要するだろう。

ボクが小学校の時、リストラになった親父が失業と転職を繰り返して、家庭の雰囲気は最悪だった。

ペースを取り戻せない親父。尽くしても報われない母親。

やがて母親には好きな人ができて、父親は外で愛人と暮らしはじめ、ボクは毎晩2階の窓から脱出して朝帰りを繰り返し、弟はコタツで丸くなっていった。

どうも特殊な家庭環境、しょっちゅう変わる保険証、笑うと露出するヘンなところから生えた右の前歯、肘(ひじ)にできたイボ、限りなく手遅れだった英語。

傍から見たら何でもないことなのに、他人とのちがいや“個性”が、ボクにとっては暗黒重大機密事項で、明るく話せるようになったのはずっと後のことだった。

その頃はいつも頭の上に雨雲があって、心底笑ったりはしゃいだりできなかった。

あの頃から30年。
ついぞペースは取り戻さなかったけど、マイペースで生きる父親。
再婚して、新しいダンナさんに報われた母親。

同じ屋根の下に暮らしていた頃より親子の絆は強いし、両親には感謝しかない。

幼い世代に伝えたい。

いろんな家族のカタチがあって良いし、よく見ると同じ花や葉っぱがないように、これというスタンダードなんてない。全部正解なんだよ。

失って戻らないものはあるけど、生きていたら得るものも気づくこともいっぱいあるから人生は面白いんだ。前を向こうE。