ガラス細工

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幼少は荒くれ者やろくでなしの多い漁師町で揉まれ、10代をガサツで汗臭い男子校の寮生活と船の中で揺られて生きたせいか、男社会しか知らず、女性と接するのに自信がない。

学生時代、女性の多い家族で育った仲間たちは、オンナってのはあつかましくって図太い生き物なのだと訳知りに語った。

えっ、おまえのあの姉ちゃんがそんなこと!?なに、あんな顔してそんなこと考えてたのか!?みな遠い宇宙の話だった。

数少ない女友だちは一様によそいきの顔しか見せてくれないし、規格外の母親はさっぱり参考にならないから、何十年経った今もボクの中で女性は複雑でデリケートな存在だ。

言うなれば、女性はガラス細工、オトコは象が踏んでも壊れないモンだと思ってる。

そんなことだから、カミサンとケンカして勝てるはずもなく、「一勝九敗」のユニクロ状態で、雲行きの怪しい時は自転車に乗ってできるだけ遠くに走ることにしている。

はてさて。

それは娘との父子の関係も例外ではなく、ちょっと弱くてちょっと甘い。

もちろん、お天道さまに恥ずかしい言動やマナー違反、言葉遣いの乱れには瞬時にカミナリを落とすボクだけど、そういう必要も心配もあまりない。

そんなことで、カミサンと息子が里帰りしているこの10日余り、娘のペースで毎日が進んでいる。また、そのほうがうまくゆくようだ。

一昨日のふたりの食卓で、近頃の学校の様子や直近のテストのスコア、志望校や将来の進路について尋ねた。

娘は小児科のドクターか、虐待を受けた子どもたちのカウンセラーを目指している。

難易度が高いのは本人もわかっていて、それは感心するくらい勉強するし、高校生になってからは毎週のように母子で病院のボランティアに入っている。
(病院には、彼女のようなインターンの志望者が多く、親もボランティアで一定時間奉仕することがボランティア参加の条件なのだ)

自分の夢を実現するために今できることに全力を尽くすのが学生の本分だ。
もちろん、その課程で進路変更もいいだろう。
目標をもって邁進したからこそ、得た発見も、失望や挫折もある。

ただボクは何の職業でも良いけど、誰をどんなふうにシアワセにすることが、自分自身がやりがいを感じることができ、自分を社会の中で活かせるか、その軸(基準)は決してブレてはならない。そうやって決めた仕事、選んだ仕事なら絶対に折れないからね。

目先のお金とか、会社の看板やブランドで仕事を選ぶことがいかに無意味であるかは、耳のタコを売って暮らせるくらい伝え続けてきたから本人もよくわかっている。看板やブランドはそこに乗っかるものじゃなく、そこで神輿(みこし)を担ぐ一員となって自らが育み創るものだ。大きな組織でもいっしょ。

チカラが入って、そんなことをつい一方的に話してしまう。

「おまえはどう思う?」

しばらく天井を見た後、

「これだけ頑張って勉強してきてホント良かったなって思える仕事に就きたい。」

娘は言葉を選ぶように言い終えてから、にこっと笑って少し肩をすくめた。

「知識だけじゃなく、頑張り抜いた経験は必ず自信になって身につくんだ。

社会に出て、自分が越えられないかと思うくらいの壁がたくさん出てくる。

越えても越えてももっと高い壁が出てくる。その時に、きっとできるって背中を押してくれるのが、今こうして毎日コツコツ頑張ってる経験なんだ。

頑張ったこと、良いこと、悪いこと、辛いこと、み〜んな自分の血肉になって、人生のどこかで生きてくるんだよ。だから、いつか何かの仕事に就いた時にも、これからの人生の中でも、あぁ、あの時頑張っておいて本当に良かったなって思えるから。大丈夫だ。今のままで良い。」

真剣な娘の眼に笑顔がもどる。

「さっ、片付けるか。一気にやるぞ」

キッチンに並んで食器を洗う。

ガラス細工に見えてけっこう芯が強い。あと、気も強い。

あっちに似たんだろうか。