SF−LA 500マイル・自転車旅行記(その6)

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 出発前に、昨日の話を書いておこう。

カーメルの朝は、カモメの強烈な“騒音”で目覚めた。

あんまりうるさく、催促でもされているような合唱に、一瞬ワシはやつらの食事当番だっけと錯覚した。

今日の目的地は、サンシメオン。カーメルから94マイル(150キロ)

僕は小学生の頃から自転車小僧だけど、そんな距離は走ったことがない。まして玄にとっては、毎日が初めてでチャレンジだ。

実際走ってみると、20マイルおきくらいの間隔で宿はあったのだけど、Expedia で検索した限りでは、カーメルから40マイル以降は、サンシメオンまで宿泊施設はなかった。

野宿の備えはない。自転車の故障、体調不良や怪我、様々なリスクが脳裏をかすめる。チャレンジは大切だけど、無謀であってもいけない。

午後5時の時点で、その日のうちに到着できるメドが立っていなかったら、自転車を2台積める車を見つけて、拝んで頼んでヒッチハイクに切り替えよう。

何マイルかおきに展望ポイントがあるから、そこなら車も必ず日没までに見つかるだろう。

そういう作戦で出発した。

この日は、1号線を西海岸に沿って一直線。

距離は長いけど、道を探したり迷ったりする心配はない。

断崖に低く垂れ込めた雲海。その中を潜ったり、太陽の下に抜けてを繰り返す。

一日絶景が続くけれど、同時に一日強烈な坂も続く。

玄が気づいたのだけど、この一帯の観光客は、州外やヨーロッパからの人が多い。ネバダやオレゴンは序の口で、ニューヨークのナンバープレートも見かける。レストランでは、耳を澄ますとフランス語や聞き慣れない言葉がよく耳に入ってくる。

それだけ、カリフォルニアは世界から人を惹きつける観光資源を持っているのだ。

景色のいいポイントで休憩している時に、玄がポピーを指差して言った。

「パパ、あれ何か知ってる。カリフォルニアの州の花のダンデライオンだよ」

「おまえさ、これはポピー。ダンデライオンはタンポポでこれじゃねえよ」

玄が顔を赤くする。

「言った相手が、お前の未来の嫁さんじゃなくって、パパでよかったな。そんなの知らなかったら逃げ出すと思うぜ」

足腰はふらふらだけど、毎日笑いには事欠かない。

夕方の7時の時点で、道沿いにロッジを見つけた。

すでに75マイル走っている。残り17マイルをこのペースで走ると、9時を回るだろう。膝も痛そうだし、これ以上を無理はさせられない。

「玄、ここで泊まろう。今日はもう十分に走った。明日に疲れも残るし、今日はここでゆっくりしよう」

「パパ、僕なら大丈夫だよ。頑張って走り切ろうよ。最初の二日ともゴールまで行けなかったから悔しいんだ。ゴールまで諦めないで走り切りたいんだ」

よし!何時になっても走り切る腹を決めた。その時点でサンシメオンに宿の予約もした。

幸いにも、そこから急な坂はもう無かった。

「パパ、頑張るぞーっ!」

それまで、プレッシャーが掛かると、僕の前を走りたがらなかった玄が先頭を切って走り出した。

どこに残っていたのだろうという驚異的なペースで。

夕焼けに自転車を漕ぐふたつの影が伸びていく。

丘陵と太平洋が夕焼けに燃えて、幻想的な風景が広がる。

息子の背中を眺めながら、だらしがない坊主とばかり思っていたけど、少しは骨があるのかなと思えた。

そして今自分は、人生でもっともシアワセな時間を過ごさせてもらっているんだと感謝した。

70分後、トップスピードのままロッジに到着して、ハイタッチをした。