爆笑の国
- 2012.12.06
- 日記

微笑みの国タイの入国審査官は微笑んで言った。
「あんたビザは?」
「持ってない」
「じゃあ、1ヶ月のビザをとりなさい」
「えぇっ、1日しか滞在しないのに?」
「じゃあ、いいや。ガチャン(スタンプの音)」
「???」
「1日だけど、1ヶ月あげる(微笑む)」
「(最初からくれよ)」
空港のタクシーでは、
「ホテルまでは1600バーツです」
「えぇっ、あっちの客引きは1100バーツで行けるっていったよ」
「じゃあ、いいよ、1100バーツで」
爆笑の国タイなのだ。
ホテルには、バンコクではナンバーワンの情報誌「ワイズ」の親分の西岡さんが迎えに来てくれた。
「ひとまずビール?」
「ダメダメ、先仕事の話を済ませてから(笑)」
西岡さんとのつき合いは、彼がロサンゼルスで日本の進出企業の現地責任者をしていた10数年前に遡る。
タイ人に父親を持ち、神戸で生まれ育ち、顔に似合わずUCバークレーに留学。大手のコンサルファームや前職の日系企業を経て、7、8年前にバンコクに渡った。
それからほとんど間を置かずに、日本語情報誌の会社を起業。競争の激しい現地で、瞬く間にトップメディアに登り詰めた。
メディアの経験も十分な資金もなく、異国の地で徒手空拳の創業は生半可ではなかったろう。
そんな彼は、世界の日本語メディア経営者の勉強会の熱心な仲間でもある。
各地のメディアの良いアイデア、成功事例を学ぶと、半年後の勉強会ではさっそく実践している。時には、手本というよりコピーやんかというメディアを立ち上げていたりした。
その貪欲なくらいのバイタリティが好きだ。
上海ジャピオン(週刊)が1号当たり80ページになった話をしたら、負けん気の強い笑顔をのぞかせて、ウチも88ページになりましたよ!と最新後をカバンから出して見せてくれた。
「もう間もなく90ページですよ」
ズシリ。確かに前回会った時より分厚くなっている。
「(いいねぇ〜)」
暴動や洪水の被害は甚大だったと聞いたけど、試練の度にこの人は強くなる。
ヴァレットパーキングに、スポーツカーや高級車ばかり並ぶデパートのカフェで、さっそく僕がアジアに広げようとしているビジネスモデルの話をする。案の定、嗅覚の鋭い経営者らしく、シャープな質問がバンバン飛んでくる。
で、1時間半後にはガッチリ握手。ベトナムでの導入を待って、タイではタッグを組むことで話はまとまった。
このスピード感が良い。
その後はお決まりのタイ式マッサージで呻きをあげて、生ビールのジョッキを激しくぶつけ合った。
そうそう。10数年前に西岡さんと出会った時、彼はライトハウスの広告主だった。大胆に値切ってくるけど、笑って聞き流したのが懐かしい。
僕は彼が客さんの時にも、ほんの少しだけその後に力になれた時にも、また今回ビジネスと提案する時も、ずっと態度も姿勢も変わっていないと思う。
長く事業に携わっていると、こちらがお客さんの立場だったのが、次に会った時に逆になっていたり、またその逆のこともよくある。
メンバーには、
「仕事をお願いするベンダーさんも、仕事をいただくお客さんもどっちも大切な大切な存在だ。相手の立場によって態度が変わることほど卑しいことはない。とくに人が威張る姿は醜いものだ。媚びることなく、威張ることなく、誰に対しても感謝と謙虚な気持ちを持って生きような」
と言い続けてきた。
人のご縁って面白いし、有り難い。