日本での隔離生活はじまる
- 2022.01.25
- 未分類

昨日の夕方成田に着いて、日本での隔離生活が始まった。
(政府指定のホテルで6日間、勝どきの社宅で4日間、合計10日間の隔離)
この状況下なので、確実に日本の地を踏むまでは日本に来ることをあまり知らせなかった。実際、昨年の末に外国人の渡航が原則禁止になったのを受けて、日本出張を延期していたのだ。
隔離先の品川のホテルの29階の部屋からは、一歩も出られないけど、向かいにはマイクロソフトの本社ビルや品川駅、わずかに海も見える快適な環境。
空港からホテルまでの長い手続きや待ち時間も(派遣やバイトであろう)現場の若いスタッフの明るく誠実な対応に救われた。
昨年12月に帰国した仲間は、成田空港周辺のホテルのスーツケースも開けない狭い部屋で、息子と2人で2週間隔離された(奥さんと娘は別の部屋で面会不可)。同じ飛行機で感染者が出たため、その当時は同じ飛行機に乗っていた全員が「濃厚接触者」扱いだったのだ(その後、周辺の席のみに修正)
そのホテルでの滞在中は、ペットボトルの水は1日に1本の支給。ウーバーイーツは配達されても、部屋の届けられるのは翌朝という不思議なルールだった。「まるで犯罪者扱いです」という声は、今も耳に残る。
コロナが蔓延し始めた当初、僕自身も空港の警備や職員の対応が犯罪者扱いのように感じられたから、多くの入国者も同じ情けない思いをして、そういう声がようやく届いたのだろう。
それにしても2週間から短縮されたとはいえ、10日間の隔離は負担が大きい。
アメリカには80万人の日本人が暮らすが、3回ワクチンを受けていても、多くの日本人がこの隔離期間のハードルゆえに日本に行けない。
遊びに行きたいのではないのだ。
親兄弟親戚の死に目に会わないギリギリの決断をしたのは、私のまわりに一人や二人ではない。
経済への悪影響は言うに及ばず。
海外からの留学生、そして留学に出れない日本国内の学生にとっての「2年間」の意味を、日本の指導者たちは理解しているのだろうか。彼らの2年も返ってこない。
いかん。
自分のコントロールできないものに目を向けるのではなく、自分のコントロールできることを精一杯頑張ろうと、常々話しているのに。
明後日はホテルのこの部屋から、新潟の開志専門職大学の事業創造学部の学生に2コマ講義をする(本当はオンラインではなくライブで話したかったのだけど仕方がない)。幸いWi-Fi環境も安定している。
事前に全員から僕の講義の感想と質問の入った手紙をもらった。読むのに骨が折れたけど、一人ひとりを思い浮かべながらパワポをこしらえた。
心が弱っている学生にこそ、勇気や元気が出る話をしたい。