1年に1回輝く日
- 2009.06.08
- 日記

日曜日の朝、書斎から。
今朝は、思い立って、家から10分弱にあるパロスバーデス・カントリーでバック9をラウンドした。
太平洋から丘を登ってくる早朝の風は爽やかで、深呼吸をするとカラダが中から浄化されるように思える。
途中、コースメンテのメキシカンのおじさんと世間話をしながら、誰に急かされるでもないコースを2球ずつ(失敗したら3球も4球も)打って回った。ひとりのラウンドも気兼ねがなくって良い。
実質18ホール分(9ホール×2球)を1時間半でラウンド。
クラブハウスでシャワーを浴びて、帰り道に丘の上から写真を撮りながら帰った。この風景は、夜景がゴージャスなネックレスのように美しいことから「クィーンズ・ネックレス」と呼ばれる。早朝も夜もボクの大好きな風景だ。
帰宅したら、家族はまだ床の中。時計を見るとまだ8時半だ。
ボクは休みの日も早起きをして、一日をめいっぱい使う。
一日が長いとシゴトに勉強に遊びに、たっぷりと使うことができるからね。
今朝は貯まっているペーパーワークを片付けて、午後からは町のお祭りで演奏する息子のコンサートを観に行くのだ。
はてさて。
昨日は息子の学校(西大和学園カリフォルニア補習校)の運動会だった。
中学3年生の息子にとってはこれが生徒として参加できる最後の運動会。
そしてボクにとっても、もう一回子づくりをするか、養子をもらうか、あるいは息子をダブらせない限り、父兄・教員対抗リレーに参加できる最後の大会でもある。
気合いの入り方がちがう。明日があるおとうさんとはちがうのだ!
毎年、対抗リレーは午後最初の競技だから、ボクはみんなが家族で弁当を囲む団らんの間も、入念にストレッチをして、腿上げやスタートダッシュの練習に黙々と励む。靴だってスパイクを履いてのぞむ。求道者なのだ。
ボクは子どもの頃から、運動会その一日だけが、一年の中で学校に通う価値であり、人生であり、モチベーションだった。
娘、息子が補習校に通うようになってからもそれは変わらない。立場が親であること以外。
で、本番。
毎年アンカーを走ってきたけど、今年は走る順番がくじ引きで、ボクの順番は「2番」。慣れない順番だけど、1番走者のバトンを待った。他チームの2番走者をぐるり眺めると、みんな鍛えている感じのメンバーでワクワクする。そうこなくっちゃ。胸が高鳴る。いいねぇ、運動会。
ボクだけではない。チカラの入りまくったおとうさんたちがフライングを連発。4回目のスタートで6人の教員チームと父兄チームがいっせいにスタートを切った。
ボクの黄色チームの最初の走者が6人中6番目で入ってくる。
バトンを受けて、まず3人を追い抜くが、先頭の2人はまだ遠い。ゴールまでに間に合うか。
少しずつ距離が詰まる。(顔も服も黒い走者がボク)
5メートル、3メートル、1メートル、最後は「ちょっとスミマセン」と謝りながら、2人の間に割って入って追い抜き、辛うじて次の走者に1番でバトンを渡すことができた。やった、5人抜き!!
優勝は逃したけど、同じチームの仲間たちとおたがいの健闘を讃え合った。
もう思い残すことのない最後の、そして最高の運動会だった。
あ、ボクではなく主役は息子。主役は子どもたち。スミマセン。
ヤツも徒競走は1等賞でテープを切ることができた。
この日だけは親子で1年の1回、輝く日なのだ。
帰り道、いつもは生意気な息子がちょっと尊敬顔だ。
「パパ、みんなパパのこと、すっごく速いって言ってたよ」
「そうか、カッコ良かったろ」
「ううん、そういう感じじゃないけど。でもパパすごいよ」
ボクは難しい顔をして応えなかったけど、うれしくてそのままハンドルを抜いて、フォルクローレを踊ろうかと思った。