萩より
- 2009.09.15
- 日記

9月13日の日曜日、朝から快晴。
徳山駅から新山口までは新幹線で15分。
東萩駅行きのバスには10分待たずに乗ることができた。
瀬戸内側の新山口駅から日本海側の東萩駅に向かう路線バスは1時間40分。
途中のバス停で3分間時間調整に停まっている時、運転手さんがボクのところへ困ったような顔で歩いてくる。
「言おうかどうしようか迷ったけど」
「!?」
「アンタのシャツ、裏表が逆とちがうの?」
「!」
赤面して礼を述べた。田舎の人は親切なのだ。
新山口には従兄弟のアキラさんがバンで迎えに来てくれていた。
笑顔で一週間ぶりの再会。
その足で親父の暮らす施設に車を走らせる。
アキラさんが週に1回、親父を訪ねては病院のリハビリに連れたり、買い物に連れて行ってくれているのでずいぶん助かっている。
道中、アキラさんが昔話を聞かせてくれた。
若い頃、外国航路の船乗りだった親父は、アキラさんへの土産にいつもオールドパーを下げて帰ったそうだ。今でこそ少し手頃になったけど、当時はたいへんな高級酒でアキラさんは今でもそれを恩義に感じてくれている。
そう言えば、高専に入った頃、親父が宝物のようにとってあった洋酒を、こっそり味見しているうちにとうとう空けてしまった。我にかえったボクは、一番安いレッドかなにかを詰めてセロテープでグルグル巻いて元の場所に戻しておいた。
それから半年も一年も経った頃、寮内放送で親父から電話がかかっていると当直室へ呼ばれた。はて、親父から電話なんてなんだろうと受話器を取って初めてそのことを思い出した。多くはしゃべらない親父が電話口で激怒している。その場にいたらぶん殴られていただろう。いや、危ないところだった。
そんなことを思い出しているうちに施設に着いた。
親父はテレビをつけたまま雑誌を読んでいた。
部屋には先週買った電動ベッドとタンスが置いてある。
けど、ただ置いてあるだけで片付けはしていない。散らかったまま。
「ボチボチやるわい」
昔、抜き打ちで部屋に来て、片付いていなかったらポカポカ殴った親父。
なんとまあ都合の良いことか。
アメリカに暮らす最後の方と日本に来てからは、酒ばっかり飲んで痩せる一方だったけど、施設に入ってからは3食規則正しくキレイに平らげ(!)、酒量も減ったおかげで、わずかな間にすっかり顔色が良くなり頬もぷっくりしてきた。顔見知りもけっこうできたようで、ゆるやかに新しい生活に馴染んでいるようだ。
「ワシは(胃癌で胃を切ったから)もう食べられん」「酒は栄養があるんで」とうそぶいていたのは誰だろう。ひとまずはありがたいことである。
「あの背の高い美人のオンナはようやってくれる」と、毎日親身に世話を焼いてくれる事務長のAさんの名前もまだ覚えないし。
この日は伯母も拾って4人で温泉に行った。
親父の心労から解放されつつある伯母の表情も明るい。
温泉の帰り道、「道の駅シーマート」で親父と伯母が土産に萩の名物「紫蘇ワカメ」を大量に持たせてくれた。もうバッグに入らんよ。