ポートランドは今日も雨だった ♫
- 2010.01.19
- 日記

1月14日の日曜日。
雨のポートランドからホノルルへ向かう機中から。
離陸からしばらくしてMacBook Airを開くと、となりの年配夫婦が「なんて薄いんだ!」と覗きこむ。それから話がどうつながっていったのか、しばらく息子さんの話を聞いていた。自慢の息子さんらしい。
それにしてもこの飛行機の乗客にはシニアのカップルが多い。
きっとこの時期寒くて毎日雨の降るポートランドを脱出して、暖かいハワイでのんびり過ごすのだろう。春から夏にかけてのポートランドやシアトルは日が長く、それは毎日爽やかな日が続くというから“良いとこ取り”のリタイヤ生活だ。
ボクはこの木曜日からシアトルとポートランドに出張に来ていた。
目的はいくつかあるのだけど、とりわけ、昨年20周年記念イベントのためにロサンゼルスとサンディエゴで講演をしてくれたミスターアメリカンドリーマー吉田潤喜会長をお訪ねするのが今回の目玉でお楽しみだ。学校の後輩のようにかわいがっていただいている吉田会長に、いろいろビジネスの報告や相談ごとがあるのだ。
それともうひとつ、今年LAに進出予定のP社のオーナーUさんと社長のNさんを訪ねるのも大切な目的。シアトルで成功を治めた同社には、ぜひロサンゼルスでも成功してほしいし、微力ながらバックアップしたい。
せっかくなので、シアトルの日本語メディアの経営者や日系のスーパーも訪ねて、現地の日系社会の様子も勉強させてもらった。やはりこの地域でも日系企業の撤退や日米の不景気、日本企業のアジアシフトの波が直撃して、日系社会に暗い影を落としている。八方塞がりでご苦労されている様子に、ボクらが何ができるわけでもないのだけど求められたらチカラになりたいと思った。こんな時代こそ、日本語メディアが前向きに、元気や勇気を発信しなくては!
吉田会長に話をもどそう。
同氏はアメリカ人なら誰でも知っている「ヨシダソース」の創業者で、食品以外にも、物流、サービス、不動産など、グループ数十社を束ねるオーナー経営者だ。
オレゴン州知事をはじめ、州の政財官のリーダーとの親交も厚く、オレゴン州の商工部門のアドバイザーも長年務めている。その一方で難病の子どもたちのために毎年先頭に立って寄付を集め、自らも多大な時間とお金を投じてきた。
ただ単にビジネスの分野で成功しているだけでなく、アメリカ人に最も尊敬され、慕われている移民のひとりだろう。
同氏は幼い頃に片目を失明し、さらに在日韓国人として差別を経験し、やり場のない怒りからケンカに明け暮れ、関西でも手がつけられない不良だった。
当然大学受験にも失敗して、片道切符でアメリカに語学留学。その後に起業と3回に渡る絶体絶命の倒産のピンチを乗り越え、その度に数少ないチャンスを奇想天外の力技で制して、今日の地位を築いてきた。その決して平坦でない、決して学校では学ぶことのできない波瀾万丈の半生は、多くの人に感動と勇気を与えてくれるにちがいない。
今回またまた厚かましくも、創刊間もないハワイと日本の大学での講演をお願いして快く引き受けていただいた。
例えば吉田会長の講演の一節を披露するとこうだ。
「事業(夢)とは、地図もなくガソリンの入っていないバスを動かすようなものだ。
多くの人は、地図やガスがないことを理由(できない理由を探す)をアタマで考えて行動しないだろう。それでは永遠に目的地にはたどり着けない。
動かなければ、バスを降りて後ろからひとりでも必死になって押せば良い。
最初はみんなその姿を見て指差して笑うだろう。
それでも押し続けるんだ。決して諦めず、狂ったように血と汗をにじませて押し続けたら、やがてひとり、ふたりと隣で押すものが現れるだろう。そしてさらにひとり、さらにふたり。
それを見ていた傍観者たちもやがて袖をまくり、いっしょになってバスを押し始めるんだ。
そうするとバスは本当に動き始めるんだ。夢とか事業とはそういうものなんだよ」
初めて吉田会長のその話を聴いた時、ボク自身の創業当時と重なって、不覚にも涙がぼろぼろ止まらなかった。
本当にそういうものだと思う。
決してボクひとりでは動かせなかったバス、ライトハウス。
それが大勢の人たちがいっしょになって押してくれたおかげで今日のライトハウスが存在する。それが今につながっている。狂人と見紛うような信念と情熱、感謝と謙虚さを一生忘れてはならないと思った。
今回シアトルから3時間弱、P社のオーナーUさんの運転で、ポートランド国際空港に隣接する吉田グループのビルの駐車場に正午過ぎに着いた。となりの大きなビルもそのとなりのビルも、向こうに見える立派なビルも吉田グループの所有だ。
そこにプリウスを自ら運転する吉田会長が到着。
「どうよ社長(ボクのこと)、元気でやってんの!!」
車から降りてくるなり会長の大きな笑顔が弾けた。
そのまま会社を案内していただき、みんなでベトナムソバを食べてから、テレビで観た吉田邸にお邪魔した。
市内から15分、山の手に位置する敷地15エーカー(2万坪くらい)の邸宅はまるでリゾートホテル。あっちにゲストハウス棟、その隣もゲストハウス(かと思ったら公衆便所)、その向こうには道場。本宅はホテルそのもの。
玄関で靴を脱ぐと、奥さんのリンダさんやお嬢さんが温かく迎えてくれた。
リンダさんは吉田会長自慢の奥さんで、ロサンゼルス出張中もしょっちゅう電話しては「スィートハート」を連呼する。隣でハンドルを握るボクの方が赤面してしまう。
会長にさっそくツアーをしていただく。
フォーマルダイニングは16人掛けの特別注文。地下には映画の試写室。庭には森と池。道路を挟んで敷地の向かいには、300人規模のパーティができる高級(my)レストランまで。でももう驚かない。
夕食はそのレストランでごちそうになった。地ビールと土地の食材をたっぷり使った料理に舌鼓。
いつも話題は、前向きなビジネスの話で本当に楽しい。
テーブルを囲む5人はみんな経営者だから、自然ビジネスのアイデアが飛び交う。こんなことできないか、こんなことやったら絶対に喜ばれる(助かる)、対象が毎年○名で単価がこのくらいなら粗利益が○%は見込める、それ私が顧問をしている大学の研究者にすぐ調べさせよう、今年は大不況のおかげで家賃も会社(買収)も何でも安くてチャンスが溢れとるよ、こんな具合に、もうテーブルにポジティブオーラがいっぱいに溢れるのだ。
夕食後、内陸に向かって1時間のスキー場に隣接する吉田会長の別荘に、わざわざ会長自らの運転で連れて行っていただいた。
道中、今まさに目の前の事業展開や、頑張った幹部社員やメンバーの報い方やそのタイミングについて、マンツーマンで“レクチャー”を受ける。会長のアドバイスは常に実践的で、そのままボクの血肉になる。
実は今回みんなで山荘に一泊する予定が、翌朝の飛行機が早いボクのために、深夜に会長は仲間を残して、空港の側にあるホテルまでボクを送り届けてくれた。
リンダさんが用意してくれたワインで、暖炉を囲んでゆっくりされるつもりだったのに、イヤな顔のひとつもせずに若造のボクを気遣ってくれた。こんな心遣いのひとつまで今回もまたまた学ばせてもらった。ボクもはやく立派な経営者にならなくては。もっともっと「利他の心」で。
さあ、ハワイと日本、元気だしていこう!