少年タスク
- 2007.08.21
- 日記

「パパ、電話だよ」
娘に手渡された受話器からタスクの声。
「こんばんは」
「タスク、元気だったか!しっかりやってるか。自己紹介しっかりできたか」
「なんとか。書いてもらったの(自己紹介用のフリガナ付き原稿)使わなかった」
「そうかそうか。なんとかなったんだな。ルームメイトとはどうだ」
「うん」
「サッカーの方はどうだ」
「たいしたことない」
「なんだ。そんなレベル高くないのか」
「うん」
「一生懸命やれよ。友だちできたか」
「ひとり。・・・、住所もらった」
「オマエ、すごいじゃないか。目標はひとつ達成だ。メールでも、住所でも良い。仲間ができたら必ず交換するんだ。そうしたら、英語を使って手紙やメールを書くキッカケができるからな。そうしたら、英語を勉強するのが楽しくなるから。オジさん、様子見に行くからしっかりやるんだぞ。ところでベッカム、会えたか」
「ううん。ベッカム会えるの?」
「わからん。ベッカムアカデミーだからなあ。会えるかも知れないし、会えないかも知れない」
「ハハハ」
驚くくらい(タスクとしては)饒舌で明るい様子に胸を撫で下ろした。
タスク(祐)は名古屋の友人から預かった中学1年生の少年。
英国からの貴公子ベッカムが主宰する「ベッカムアカデミー」の一週間のサマーキャンプに参加するために、初めてのアメリカに飛行機を乗り継いでひとりでやってきた。一年生の一学期が終わったばかりで英語はまだ限りなく理解できない。そもそも勉強が大の苦手らしい。
そんなことで先週の金曜日、空港に迎えに行ったのだけど、待てど暮らせど出て来ない。到着から1時間過ぎた頃、いよいよ心配になって、予めもらっていた写真を思い浮かべて、その辺を歩いている人や出てくる人に、目でも鼻でも、とりあえず耳でも似てたら片っ端から声をかけた。が、オール空振り。おいおいおい。
結局、到着から2時間を過ぎた頃、日本航空のファミリーサポートのスタッフの方に連れられて出て来た。荷物で引っかかったらしい。
何事もなかったように、あいさつをするでもなく、ニンマリと初めて出会ったタスクが立っている。なんじゃコイツは。
(空港のガレージに向かいながら)
「大丈夫だったか」
「うん」
「飛行機で少しは眠れたのか」
「うん」
「うんじゃないだろ。何時間眠れましたとか具体的に応えるの」
「6」
「・・・・・」
その後、ランチに連れて行った時。
(ウエイターに水を汲んでもらって)
「タスク、何かしてもらったらセンキューってお礼を言うんだ。わかったか」
「センキュー」
「そうだ。いいぞ」
(店を出て)
「タスク、食事をご馳走になったら何て言うんだ」
「センキュー」
「オジさんには日本語でいんだよ」
ちょうど週末は家族が日本に里帰りをしていて、花の独身生活はタスクとの不思議な二人暮らしになった。
タスクは言葉は足りないけど、気持ちの良い少年で、言えばよく手伝いもするし、慣れると良く笑う。素直な少年だ。
「晩メシ、何にしよう。一番好きな食べ物はなんだ」
「カレー」
「何が入ってるカレーが良いんだ」
「タマネギとジャガイモ、ニンジン。それと肉」
「よし。タスク自分で作ったことねえだろ。オジさんが教えてやるよ。自分で作ってみな」
耳慣らしに映画館でアクション映画を観て、二人で買い物のカートを押してカレーの材料とスーパードライを積み込んだ。
(キッチンにて)
タマネギはこうやって切るんだ。フライパンにオッケイって言うまでオイルを入れてみな。そう、その調子で飴色になるまで炒めて。その間にその皿は洗って。
なんとかかんとかタスクが初めて作ったカレーが完成した。なかなか美味そうだ。
クラスで2番目に大きいタスクは「うまいうまい」と大盛りで瞬く間に2杯のカレーを平らげた。自分で作ったカレーはさぞ美味かろう。
ボクは別にチャンコ鍋をこしらえてビールでやっている。
「昨日のアイスクリーム食べないのか」
「もうダメだ。入らん」
到着から3日目の日曜日、ライトハウスチームのメンバーとしてソフトボールの練習試合に参加した。
メンバーに紹介する前に、言葉遣いにはウンと注意した。
「いいか、お兄ちゃんたちには大きな声であいさつすること。絶対に先にあいさつするんだぞ。元気よく、タスクです。よろしくお願いしますって」
「オッケイ」
「オッケイじゃあねえだろ」
約束通り、タスクは元気にぎこちなくあいさつができた。筋の通ったことは気持ち良く実践できる。
タスクの凡打の後、メンバーが打撃のコツを教えている時に座ったまま聞いているから、走りよって背中を引っ張り上げて立たせた。
「立ってキチンと返事くらいしろ!それが人に教わる姿勢か」
ボクの剣幕にメンバーの方が驚いた。
ボクは根っからの体育会系で上下関係や礼儀にムチャクチャうるさい。
それでもタスクはケロッとしていて、その後のクリーンヒットやファインプレーの時はみんなの歓声の中で両手を挙げて無邪気に笑った。
そしてゲームが2試合終わる頃にはすっかりメンバーに溶け込んでいた。
その日(日曜日)の夕方、英語がさっぱり理解できないタスクをベッカムキャンプに連れて行く道々、めずらしく不安げなタスクに言った。
「ピンチになってどうしようもなくなったらオジさんに電話しろ。飛んで来てやる。
だけど、できるとこまでひとりで頑張ってみろ。
自己紹介がヘタクソで笑われても、ひとりだけみんなが何言ってるかわからなくっても、決して目をそらさないで、逃げないで踏ん張ってみろ。
そんなのちっとも恥ずかしくない。知らないことは恥ずかしいことじゃないんだ。ごまかしたり、逃げることが恥ずかしいことなんだ。
いいか、負けるんじゃないぞ。オマエ、絶対大丈夫だから。
それにタスクが、悔しい、英語しゃべりたいって思えたらそれだって収穫だ。
タスク、ひとりでも友だち作ってみろ。住所交換してみろ」
タスクは泣きそうな笑いそうな複雑な表情だった。その場を後にするのが辛かったけど、ことさら明るく笑って部屋を
後にした。
そんなタスクからの2日後の電話だった。
2日目にしてボクと立てた目標の、仲間の住所を手に入れた。
この一週間あまりの体験がタスクの人生をいっそう豊かなものにしてほしい。
教室で広げる英語の教科書と世界がつながっていること、生まれた国がちがっても心は通じ合えることを学んでほしい。
いつか誰かを受入れる時、その人の孤独とか不安を汲み取って、温かい手を差し伸べられる優しさと勇気を持ってほしい。
気持ちの良い大人になっていつかオジさんに酒おごれよ、タスク。