生きるスタンス
- 2018.01.09
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西野亮廣さんの「革命のファンファーレ(現代のお金と広告)」という本が面白かった。
その中でもとくに心に残った言葉が、
「未来は覚悟に比例する」
「他人と競った時点で負け。自分だけの競技を創れ」
「お金を稼ぐな。信用を稼げ。『信用持ち』は現代の錬金術師だ」
「常識に屈しないだけの裏付けを持て。それが『行動力』と『情報量』だ」
まだ若い芸人さんが書いた本で、人に勧めてもらわなかったら知ることもなかったし、仮に知ったとしても“芸人嫌い”の僕はむしろ遠ざけていたかもしれない。
もちろん芸人すべてが嫌いなわけではなく、北野武さんを始め、尊敬する芸人さんや好きな芸人さんは何人もいる。又吉直樹さんの「火花」には心を揺さぶられ、その才能を羨んだ。
ただ多くの芸人の、人を弄(いじ)ったり、茶化(ちゃか)してとる笑いは、「芸」ではなく卑しいことだと思っている。
また彼ら(芸能人、御用学者も同列)が他人の過ちや不幸を、ご意見番のごとく批評する様は、見ていているだけで気持ちが悪くなるから絶対に見ない。
話を戻そう。
今回、西野さんの本がきっかけで、先入観で学びの機会損失があってはならないと少し反省。食わず嫌いをやめて、アンテナを広げることにした。
そこでさっそく、先入観で遠ざけていた一番手、堀江貴文さんの「本音で生きる」を本屋さんで買った。
が、結論から言うと、途中まで読んで諦めた。最後まで読めない。
当たり前だけど、これだけ多くの支持者のいる方の本だから参考になることも賛成・共感することもあった。だけど読み進めるほどに違和感が増大してギブアップした。
なんだろう、この違和感。
しばし考えてそれは生きるスタンスだと思った。あまりにもちがう。
堀江さんの考えには整合性があるし、極めて合理的だ。ただギブアンドテイク、利己的で自分と利害が一致する人間以外は関係ないというスタンスに見えた。(もちろん、この一冊で決めつけないけど)
日本人に、またとくに若い人たちにそういう考え方をしてほしくないと思う。
地球には74億人暮らしていてその人口は急速に増え続けている。この“同居人”とどうやって折り合いをつけて、みんなが少しでも幸せに生きられるようにするか、知恵を絞り行動することが今を生きる僕らの使命ではないか。
それが才能のある人ならことさらだろう。
そのことを僕が地球で一番尊敬する稲盛和夫さんはこう説いている。
「才能を私物化してはならない」
「世のため、人のために生きるのが最高の生き方」
そう心がけようとしても、僕はすぐに忘れて欲やエゴが出る。
だから絶対忘れぬように会長室の便所の壁に大きく貼り付けている。