地中海・日食をめざして (後)
- 2006.04.13
- 日記

(3月29日)
10時過ぎに12階のトップデッキに上がると、お母さんとひろみちゃんが日食の場所を確保してくれていた。日食まで2時間以上あるが、トップデッキや船首のあたりは、いかにも天体をやってそうな風貌のヨーロッパ人が、本格的な機材を組み立てている。
今回、日食が見られるのは地中海からリビアにかけてのわずかなエリアに限られるのだが、船長がアフリカ側の天候不順を予測して、より北側の晴天のエリアに舵を切ってくれている。日食の30分前には船の行き足を完全に停止して、今回のクルーズのハイライト日食に備える。
12時27分、船内放送で日食が始まることをアナウンス。
12時32分、いよいよ日食が始まる。首が痛くならないよう、太陽の角度に合わせてデッキチェアに仰向けになり、日食用サングラスと、双眼鏡にフォルムを貼り付けたものを交互に覗き込む。
フィルム越しの太陽は溶けそうに鮮やかなオレンジ色。そのオレンジが少し欠けて、ダイエーのロゴになる。やがてダイエーはマスターカードに姿を変え、次第に三日月のように痩せていく。いよいよ最後は一本の弧になり、あたりの温度が急速に下がる。
弧は加速してその身を縮め、とうとう点となりぽっと消えた。
その瞬間、空は青紫色に染まり、石川氏の指差す先に金星が浮かぶ。
4分後。完全に隠れた太陽が再び顔を覗かせる。それを船が汽笛で応える。再び、デッキは拍手と歓声に包まれ、人々は抱き合い、握手を交わし、それぞれの喜びを身体いっぱいで表現する。言い知れぬ感動で、大粒の涙がこぼれそうになる。いやボロボロこぼれた。プロにして、誰より思い入れの強い石川氏は、胸に穴が開いてしまったと翌日まですっかり抜け殻になった。こんな機会をくれた石川夫妻にしみじみ感謝。
3時頃に「30分で帰ってくる」と部屋を出た息子が、6時を過ぎても帰ってこないのだ。暢気にかまえていたけどあまりにも遅すぎる。卓球場、サッカーゲーム、ゲームセンター、船内の思いつくところをみんなで手分けして探すけど見つからない。不安が暗い焦りになる。何かに巻き込まれたのか。船内の華やかな内装すべてが色を失う。早足でもう一度祈るような気持ちで心当たりを回ったが見つからない。努めて冷静に、あらゆる状況をシュミレーションしながら部屋にもどると、泣きそうな顔で肩を落とし、うな垂れる息子が立っていた。時間をすっかり忘れて、友達と遊び歩いて、最後にゲームセンターにいるところを家内が見つけたらしい。
世界の歌やダンスが続く。みな芸達者だ。いや、私もいけるかな。ふとアイドル衣装の南米女性に目を凝らした。あれま。うちの部屋のメイドのシーラじゃないか。舞台から目が合うとにっこり合図をくれた。うれしいような困った気持ちになる。横目で見ると、まだ鼻の赤い息子が小さく手を振っている。
ゆっくり起きてブランチへ。この日はイタリアンのバフェで、赤ワインをハーフボトル。野菜のラザニアがイケる。
プレイ後、世界中にあるこのクルーズ会社についていろいろ教えてくれた。また、オレは毛皮の商売だから冬以外ずっと時間があるんだと笑った。おいおい。
自然と目覚めてカーテンをめくると薄闇にリビアの町が浮かぶ。
このところ、時差調整やサマータイムで、時計を進めたり戻したりしていて、今何時なのかわからなくなってしまう。カメラを持ってベランダに出るも、低い町並みから誰かがこっちを見ているような気がしてちょっと不気味だ。
オプショナルツアーのバスが20台ほどもタラップのまわりに並ぶ。軍服の役人がうろうろしていて物々しい。英語のガイドが同乗するわれわれののバス(新車のベンツ)には、カダフィの肖像画がフロントガラスに貼ってある。画の背景には、雲の切れ間から太陽が射している。
リビアの町並みや家屋は、ギリシャに輪を掛けて質素なつくりだ。崩れたままの廃墟も目立つ。曇り空のせいか、市場も通りも歩いている人々は何だか疲れた感じで全体に覇気がない。そこへ持ってきて、たまに見かける老女や子供以外、歩いているのはすべて男性だけだから何とも異様な光景だ。
最初は慣れぬ雰囲気に面食らったが、接するとリビアの人たちは素朴で親切だ。ガイドも職員も店員もウエイターも、観光地にありがちな世間ズレしていない。石川氏の元同僚が、夕刻面会に来たときも、警察官のひとりがわざわざトランクに乗り込み、窮屈なパトカーで送ってくれたりした。マスコミの情報や表面的な部分で、彼らに先入観を持ってしまった自分を恥じた。
きっとそれは、毎日進化する、スタッフとの血の通ったコミュニケーションによるところが大きい。少なくともこの船では、毎日のディナーも、部屋の世話も、あるいはジムのトレーナーも、それぞれ同じ担当者が面倒を見てくれるから、自然と、個人対個人の信頼残高が積み重なっていく。一度頼んだ醤油が、毎食テーブルに用意されていて嫌な気持ちがする訳がない。
卓球仲間のアレックスからは、次回うまく連絡を取っていっしょにクルーズに行こうぜと誘ってもらった。ちょっと調子がいいけど、気持ちの良いイタリア男だ。サウナでは、カジノで隣り合わせた男が肩をすくめた笑った。その後ずいぶん酷い目にあったと。聞けばジェノバに住んでいて船は馴染みらしい。こんな日々のやりとりが、心の底に蓄積したザラザラやドロドロをきれいに洗い流してくれる。
今日が最終日。明朝はいよいよ下船だ。
ブランチをゆっくり楽しみ、早めに下船のために荷造り。明朝、サボナに帰港するから、今晩のうちに大きな荷物は出しておかねばならない。荷造りが終わったところでジムへ直行。クタクタになるまで身体を苛めて、予約しておいたエステへ。フランスのブルゴーニュから期間契約で参加しているエリーが、頭皮、フェイシャル、首と肩、ふくらはぎと足の裏を、それぞれ50分掛けて丹念にマッサージしてくれる。だけど、やわらかい指先は筋肉の表面を滑るばかりで、さっぱり効かなかった。踏んでもらった方が良かった・・・。
この夜は、最後のひと時を名残惜しむ人たちでどの盛り場も遅くまで賑わった。息子たちも、船ですっかり親しくなったオランダとサンタモニカの少年たちと再会を約束してメール交換をした。
8時ちょうどにイタリアのサボナに帰港。
2000人以上が大荷物で下船するから、どんなに混雑するか半ばあきらめ気味でいたらさにあらず。実に手際がよく、とくに待たされることもなく、9時15分には船を下りて、荷物をピックアップしていた。これってすごいことだと思う。
明日は早朝のフライトなのでジェノバの空港近くのホテルへタクシーを走らせた。タクシーの窓から、お世話になったコスタ・フォーチュナが小さくなっていく。
さてこのクルーズ。参考までに料金を案内すると8泊9日で1人1200ユーロ。ホテル代の高いヨーロッパで、全食事がついて、これだけのサービスが受けられての料金だから良心的と言えるだろう。部屋を選ばなければその半額くらいからあるそうだ。圧巻は子供ひとりの追加料金110ユーロ。毎晩、大人と同じ本格的なコース料理が出てきたけど採算が合うのかちょっと心配。
午前4時起床。
チェックインの際、ミュンヘン−ロサンゼルス間のチケット予約が入っていないとひと騒動。不安を残したまま7時の飛行機でジェノバを後にする。
いやはや、最後まで油断ならない。
石川氏へのメールでも宛てたのだけど、帰国してから、前にも増してポジティブで、もうひとつ言うと、とても穏やかな気持ちだ。
微量の焦りや迷いがなくなって、やるべきこと、やりたいことが集約された思いとでもいうか。これからは、自分たちにしかできないこと、自分たちがやるべきことだけを追いかけていこう、常に高いハードルを設定して、それを当たり前にクリアし続けたい、その繰り返しによって、自分たちの後に道ができて、世の中が少しでも前に進んだらいいなあ、とそんな気持ちでいる。