四日市のもうひとつの実家
- 2008.07.16
- 日記

土曜日のお昼。
JR四日市駅では、小柄な家内の両親がピンと背筋を伸ばして改札で待っていた。春にアメリカに来てもらって以来。笑顔いっぱいで顔色も良さそうだ。
「おいしい鰻を食べよう」とその足で専門店へ。
九州産の鰻の蒲焼き。
ダイエット中の川嶋くんの顔が浮かんだけど、ビール大ジョッキーとともにできたての蒲焼きを頬張った。うまい。今年76歳になった父親は食欲旺盛で、同じお重をぺろりと平らげた。
家に着いたら、家内から頼まれていたPCの使い方を父親にレクチャー。
といっても、すでにセットアップ済みのPCで、インターネットが使えるようにすること、そしてボクのブログを「お気に入り」にいれて、いつでもアメリカの様子がわかるようにするのが目的。
最初のうちはクリックの要領がうまくつかめなかったけど、いっしょにマウスを握って操作するうちに、ひとりでも起動してブログに辿り着いたり、ニュースを開いてスクロールもできるようになった。
しばらく目を細めてボクのブログを読む父親。
その空気の中にいっしょにいるのもコソバユイので、ビールが効いてきたボクはひとりで二階に上がり昼寝をした。
夜は家内の伯父や従兄弟も合流して夜中まで酒を飲んだ。
思えばこの家に結婚のあいさつに来たのが20年前。
四日市駅に、家内と車で迎えにきてくれた父親は、むずかしい顔をしたまま家に着くまで口をきいてくれなかった。
うちの実家が5つくらい入りそうな広い庭を抜け、玄関を開けると、まだ若かった母親が正座をして両手をついてあいさつをしてくれてすごく恐縮した。
今はボクら家族の写真が壁を埋め尽くす応接間で背筋を伸ばして待っていたら、難しい顔のまま父親が入ってきた。
ボクはなんて切り出したかわからない。お嬢さんをくださいと言うと「モノじゃない」と叱られそうで、とにかく結婚したい思いを伝えた。
それからしばらくして父親が口を開いた。
「本人の意志も固いようだし、二人が決めたことだから」
「歓迎!」というより「観念」、いや「残念」という空気だったけど、かまわず父親の気持ちが変わらぬうちに大きな声でお礼を言った。
それ以来、ボクはカミサンがいなくても出張で近くまで行ったら里帰り(?)している。
お母さんいつもありがとうございます!と言葉は礼儀正しいけど、貯まった洗濯物を洗ってもらいパンツも畳んでもらっているし、暑いですねとパンツでうろうろしている。用がないのに冷蔵庫を開けるのもどうかと思う。
たぶん結婚してからは家内よりボクの方がこの家で過ごしているだろう。
そんなことを考えているうちに気分の良い眠りについた。