一念発起
- 2009.11.27
- 日記

サンクスギビングディの早朝のスターバックス。
コンセント付きのテーブルを確保して、ボクは朝のコーヒーとジャズを楽しんでいる。
午前中ボクは、オレンジカウンティのスケート場でレッスンをする娘の運転手なのだ。
そんなことで朝の自転車はお休み。
自転車の相棒のKさんもちょうど今日から東京に治療のため出張。
Kさんは日米でクリニックを営むボクと同世代の歯科医。
手先が器用で、かなり腕が良い。
ボクの家がパロスバーデスの頂上に近いところにあり、そこから西へ、海を眺めながらまっすぐ自転車で降りたところにKさん邸がある。
朝ひと仕事終えたボクがKさんに、SMSで「そろそろいこか」と送信すると、ほどなく「OK」の返信が返ってくる。先に頂上を出発するボクがふもとに着く頃、Kさんが合流して山頂までいっしょに走る。
これが朝の日課。
「昨日、先生に褒めてもらったよ」
いつもに増して機嫌が良いKさん。
実はKさん、子供の頃からフェラーリのデザイナーになりたいという夢を持ち続けていて、自動車デザインでは世界最高峰のパサデナアートスクールに、40歳を過ぎてから学生として夜学で通い始めた。
「その先生は滅多に人を褒めない厳しい人で、学生時代のOさんが発表したスケッチをその場で破り捨てたくらいなんだ。その先生がボクのスケッチを良いデザインだって言ってくれたんだよ」
会話のOさんとは、その後に日本人にして同スクールの学部長も務め、フェラーリなど数多くのデザインを手がけた世界的な自動車デザイナー。現在は自ら自動車メーカーを立ち上げて、Kさんにとっては神様のような存在だ。
その“神様”の先生に褒めてもらったのだから気分が悪いはずがない。
「そりゃチャレンジしない手はないね!」
ペダルを踏み込む力が増すボク。
先週、こんな話があった。
三味線のお師匠さんのご主人のA先生が亡くなって、お葬式の手伝いから帰ってきたカミサン。
「A先生、大往生だしみんなに慕われてたから良いお葬式だったわ。お坊さんの話が型通りだったこと以外ね。
それよりワタシ初めて知ったんだけど、A先生って40過ぎまで薬局の薬剤師さんだったそうなの。
それが一念発起してロースクールに通って、弁護士になったのが40代の後半。自分の事務所を持てたのは50を過ぎてからだったんだって。スゴイよね。ご家族はたいへんだったみたいだけど(笑)」
ボクの会計士のひとりB子さんは、短大を出てデパートの販売員をしていたけど、やはり一念発起して30代で渡米。猛勉強でライセンス取得後、中堅の会計事務所に就職。今は独立を目指して修行している。
会計士としてのキャリアはこれからだけど、下積みが長くて人の傷みがわかるし、常に顧客サイドの視点でモノが見れるからとても助けてもらっている。
知人のドクターCさんは東大の医学部を出てそのまま大学に残って研究を続けていたが、やはり一念発起して30代で渡米。限りなくゼロからステップを踏み、40目前で念願の研究職に就き、心置きなくアメリカの先端医療の現場で研究をしている。
彼らの共通点はみんな「一念発起」なんだけど、
言い方を変えると、
「一回きりの人生だから、自分を諦めなかった」ってことだし、
「リスクを取った」ってこと、
「夢のために何か大きなモノを諦めた」ってこと、
そして、「自らが後に続く人に道を拓いた」ってことだと思う。
彼らは、それまで費やした時間や努力、安定した収入、築いてきた名声や信用、残り時間と体力、自分の可能性・能力、人脈と経験、守るべき存在、貯金の残高、それらすべてを秤(はかり)に載せて、悩んだ末に「一念発起」したのだろう。答えがない人生の難問に、闇を睨み眠れぬ夜を何日も重ねたにちがいない。
大勢の人が歩いていく流れの中にいる方が不安は少ないかもしれない。
大きな流れを逸れると、往々にしてルートマップもガイドブックも存在しない。
それどころか舗装もされていなかったり、道がなかったりする。
クモやコブラが落ちてくるかもしれない。クマに襲われてゲームオーバーになるかもしれない。
だけど、いや、だからこそ(!)、自分の「夢」を諦めないで、いくつになってもチャレンジすることって大切なんだと思う。今、舗装されている道も、もともとは無かった道を誰かが切り開き、その上を人が踏み固め、やがて道になったのだ。ボクらも道の「作り手」でいたいじゃないか。
トヨタの車の善し悪しを「批評」するのはカンタンだけど、「作る」のは500兆8000億倍以上ムズカシイ。
プリウスの出来具合の議論はランチタイムでとどめて、人生の午後からは自分で図面を引いて、ヘタクソだって「自作」の自動車をこしらえよう。もしも、作りかけで夜が来ても、後に続くヤツがきっと完成させてくれるさ。
そんな熱い気持ちでペダルを踏みしめながらKさんに言った。
「そうだよ、Kさん。チャレンジしなよ。いつか誰かがKさんのインタビュー記事読みながら、あのKさんって45まで歯医者だったんだって!って驚いてるかもよ」
Kさんが振り向いて笑った。