人生最良の夜
- 2011.12.24
- 日記

昨夜は会社のキックオフとクリスマスパーティ。
特別な一年の最後に、きっと人生最良の時を過ごせた。
46歳の誕生日まで3日を残し、ボクは昨日3回も涙腺がゆるんだ。
この一年を振り返ってさまざまな思いが交錯したのもある。
最初はデザイナーNくんの2012年宣言。
「私はこの会社に入って9年になります。
入社した頃は右も左もわからず、ついていくのに必死でした。徹夜や2、3時間の睡眠の日もザラでした。先輩に怒鳴られ叱られる日々。それでも失敗も苦労も困難も、努力と工夫で乗り越えました。おかげで今ではたくさんの知識と経験、技術を身につけることができました。2012年はボクが得たすべてをもっとみんなに分かち合いたいと思います。営業のみなさん、どんどん踏み込んでください。わからないことは何でも訊いてください。新しいことにチャレンジしてください。いつだって、ボクがみんなの後ろにいます」
人の成長にふれた時、すべてが報われた気持ちになる。。。
2つ目は編集のSちゃんの言葉に。
「この会社で働けて本当にシアワセです。みんなとそう話していたんです。今年もありがとうございました」
深々とお辞儀してくれるSちゃんに、「こっちこそありがとう。今年はタフだったけど、よく頑張ってくれたね」そう言おうとして鼻の奥が熱くなった。。。
3回目はパーティの最後にサプライズでボクの誕生日を祝ってくれた後。
みんなの拍手。ケーキのロウソクを吹き消して、みんなからのプレゼントをもらった時はへっちゃらだったけど、後で自分の部屋でみんなの寄せ書きを読み始めたら、文字がにじんで読めない。。。
いっしょに乗り越えた仲間たち。ついてきてくれた仲間たち。
今年は家業から企業に脱皮するための「過去最大の変革の年」だった。
二人の幹部を三顧の礼で他社から迎え、長年放置してきた負の遺産と正面から向き合い、社員の意識改革、組織の再構築、人員の大増強(50%増)、誌面パワーアップ、新規事業、在米アジア系メディアとのアライアンス、それらすべてに着手した。
負の遺産。ライトハウスは創刊以来20年以上順調に成長し続けられたことで、個人技に依存(=教育を疎かにする)し、苦手科目を放置する傾向があった。
その結果、悪習やブラックボックス、組織の硬直や成長機会の損失という負の遺産を増殖させ続けてしまった。僕の不徳である。
時間をかけて蝕まれた病巣はちょっとやそっとで完治しない。大手術の一年でもあった。
今でこそ言えるけど、一時的に機能不全に陥った2月から4月までは過去最大の角度で数字を落とした。
「日本人以外に日本語メディアの営業部はマネジメントできない」というネガティブな声も耳に入ってきた。その怒りは、外にではなく、前に推進する馬力に変換した。
その間も、冷静にワーストシナリオを描き、リスク計算は日々アップデートしたけど、決して感性的な悩みはしないように心がけ、粛々と改革に取り組んだ。
5月に入って一転、いろいろな打ち手が噛み合い始め、それ以来真っすぐに数字を伸ばした。
次第にこれまで扱えなかった大型のプロジェクトが次々と舞い込み、一時離れていったクライアントが帰ってきた。
過去に劣等生のレッテルを貼られていた営業マンはガッツポーズで帰ってきて、天井の高いオフィスに拍手がこだますことも日常になった。
新規契約も契約更新も、どこか「当たり前」の感覚になっていたのが、「大病」を患ったおかげで「有り難い」ことだとみんなが学び、心から喜び感謝し合えるようになった。
みんなが助け合い、思いやりがいたるところで見られるようになった。
去る者は去った。
幹部候補への指導は、ムンクが叫ぶくらい毎週毎日厳しくなった。
営業には毎日のように雷が落ちた。
それでも笑い声が格段に増えた。
そして、、、「V字回復」した。
僕らは、今年を起点にまっすぐエベレストを目指す。
たぶん、メンバーにとっても、僕自身にとっても、今までで一番タフでチャレンジでエキサイティングな一年だったろう。
今年こういう一年を過ごすことができて本当に良かった。
「やり切った」平安な気持ちで、今日仕事納めの日を過ごせている。
昨日のあの余韻と感謝に浸りながら。