社風
- 2009.06.23
- 日記

時計を見たらもう7時だ。
学生時代のアルバイトや授業って、時計を眺めても5分しか経ってなかったりするのに、社会人になると2、3時間がビュンビュン音を立てて流れていく。
だから歳をとるのって加速するのだろうか。
今朝の経営勉強会(幹部と幹部予備軍の週イチの学びの場)では、「思想を共有する」というテーマで、うちの社風ってなにか、また、みんながどんな社風づくりを目指すのか、グループに分かれて話し合った。
「うちは全員が猛烈に頑張るのがスタンダード。誰かに火を点けてもらうのを待つのではなく、自ら燃えることのできる個人の集団でなくてはならない。
“教えてください”ではなく、答えを自ら“掘り起こせなる人“しか居場所をなくし振り落とされる」
「社内でいくら仕事ができても、また立派なことを言っても、私生活で言動が矛盾していたら意味がない。外でも良き社会人としてポジティブに行動できる個人の集団であるべき。(某川嶋編集長)
社外からの評価と、自分たちの評価のギャップがあってはならない」
ハイ。聴いてるボクのほうが背筋が伸びる。
「私たちの仕事は、編集も広告づくりもクリスマスカードひとつとっても創造性に満ち溢れている。その一方で、優しさとか、思いやりの気持ちが欠かせない仕事。
ひと言でいうなら、“創造性あふれる人情系集団”ってどうよ!(某西川編集局長)」
とっても良いと思います。
「うちは、失敗は良し。言い訳せず素直に謝って、改善することを大切にする社風。
失敗を恐れたり、隠したりしない風通しの良い雰囲気を大事にしよう」
大事にしよう!
前向きな失敗なしに、成功も打開策も生まれない。
一方、後ろ向きで打ち手が遅れたような失敗は問題外。
決して繰り返さぬよう、反省したら即改善すべし。
それでもやらかすのが人間。それでも隠さず、言い訳せず、カミナリを受けたら反省して改善するのだ。
そして、ポジションが上になっても、歳をとっても、過ちを犯した時は、若い人や社歴の浅いメンバーにも「素直に」「誠実に」謝ることのできる人であり続けてほしい。
謝ることは恥ずかしいことではない。
隠したり、責任転嫁したり、自分の非を認めないことこそが卑しいことだ。
とくに幹部連中には、部下の失敗をすべて背負い込む度量がほしい。
毎回、勉強会は答のある話ではないけど、自分の言葉で伝え、みなが言葉を重ね、反省と実践を繰り返すことで、メンバーの血肉となり、普遍性のある社風づくりにつながるのだと思う。
今日は司会の出番がなかった。