5時までたっぷり
- 2010.01.29
- 日記

1月28日の木曜日。
新大阪から新山口に向かう始発の新幹線から。
昨日で今回の出張のすべてのアポイントを終えて、山口県の萩に暮らす父親を訪ねている。
いつものようにPC の電源がある指定席(通常、車両の先頭の席)を確保。新幹線が走り出すと同時に、今回の出張中のメモ書きからTO DO LISTを作成する。なぐり書きの帳面はヒントとチャンスの宝庫だ。
とくに今回は、取引先の大学や旅行会社から、新設学部の切り札になるような研修企画の宿題をたっぷりいただいたから張り合いがある。エッジの立ったオリジナルの研修を開発をして、学生の人生の転機になるような体験を提供したい。
また、いくつかの大学の海外の校友会設立の話も具体化してきた。
海外の校友会の存在は、卒業生や在校生が将来海外で活躍するための「応援団」であり「足場」だ。
海外での会員募集から運営までワンストップでサポートできるライトハウスとしては、大学や専門学校の黒子として積極的にお手伝いをしたい。これは県人会も同様。
はてさて。
昨夜は、大阪のリクルート教育事業部のTさんとHさん、制作会社バードランドの親分、近藤さんと本町で久しぶりの再会。深夜まで盛り上がった。
みんな、今から10年前にライトハウスが国際教育事業を立ち上げた時から今日まで、ひたすら応援し続けてくれた戦友(正しくは恩人)だ。
お互いの夢や挑戦、ヨロコビ、苦労、試練、恥、どツボ、涙、時々達成や成功、そういうのを分かち合い、共感できる数少ない仲間は人生の中でそう得られるものではない。
ボクよりちょっと先輩の近藤さんは、ハワイ版を創刊したばかりのライトハウスの参考になればと、友人のHさんが1985年から99年にかけて取材してまとめた(百科事典くらい分厚くて重たい!)ハワイの移民史を2冊、わざわざ店まで持ってきてくれた。
ハワイの温暖な気候や華やかな顔だけでなく、そこで日本からの移民がどんな足跡をたどり、また何を思い描いて生きたのか、そういうことをよく理解せずしてホンモノの情報誌なんて創れないゾ、そんな近藤さんの思いやりが伝わってくる。経営者である前にクリエーターの近藤さんはモノ作りを本質で考える。そしてその根底には常に温(ぬく)い血が通っている。
移民史に登場する多くの日系人はすでにこの世にはいないけど、モノクロの写真の表情は驚くほど豊かで生き生きとしていた。
それもそのはずで、取材者兼カメラマンのHさんは、彼らにカメラを向けるまでに3年も4年もかけて人間関係を育んだのだそうだ。
図らずも、効率やスピードにばかり意識がいく我が身を反省。
もっと丁寧に。さらに愛を吹き込んで。
2件目、ナンバのカクテルバーに向かうタクシーで「コミヤマさん、明日は朝何時?」と近藤さん。
明日は6時の始発ですと答えると「良かった。ほな、5時までたっぷり飲めるな」とにっこり笑った。