一斉メールは止めようよ
- 2010.06.12
- 日記

サンディエゴから帰って来た。
オーシャンサイドからしばらくは道が太くて真っ直ぐだから油断するとすぐに100マイルくらいスピードが出てしまう。要注意。でもキモチ良い。
昔取引のあった若い方から独立の挨拶と今後の事業計画が熱く綴られたメールが届いた。
申し訳ないけど、斜め読みして「ゴミ箱」に捨てた。
どうしてそんな大切な話(宣言、思い)を「一斉メール」で送るのだろう。仮に「要件」「情報」の部分はコピペでも、せめてメールの頭と最後にパーソナルなメッセージを入れたら良かろうに。
「こいつ程度には一斉メール」という扱いなら理解できるけど、それにしてもその神経がボクにはわからない。
誰がこのメールを読んで心に火が点くのだろう。応援したいと立ち上がるだろう。
どんなに素晴らしい事業モデルが明かされていたとしても、ボクはそんな感覚の持ち主に大切な仲間の経営者や資産家や投資家を絶対に紹介できない。こっちが恥をかくのは火を見るより明らかだもの。
クリスマスカードや季節の便りで同じグッタリ感を持つことがある。
面識はそんなにない方からサインだけのカードが送られるのは仕方がない。逆の立場でもメッセージの書きようがないから。
だけど、ふだん会ったら言葉を交わす関係なのに、サインだけとか、ましてや印刷物のまま送られる便りには心がヒンヤリしてしまう。だったら出さなきゃいいのに。
そもそも年賀状とかクリスマスカードって、「本来なら直接会いにいってご挨拶すべきところを書中で失礼します」ってもんじゃないんだろうか。それを印刷物とか一斉メールで済ますことって、大切な人に自動音声で電話するようなもんだ。ふつう気分を害すると思う。
それと、けっこう多いのだけど、子どもの写真だけのカードにも困惑する。つき合ってるのは当人だから。その人の近況とか決意を知りたい。
仕事をいただいたり、お願いしている間柄では、当たり前だけどそんな感情は顔にも言葉にもしない。だけどそこにその方の「姿勢」を見るし、我が身を振り返ってヒヤリとしたりする。
独立した彼の話の戻ろう。
どれほど名刺を貯め込むのが好きな人でもアクティブな人間関係はせいぜい1000人だろう。
そもそも「独立します。未熟ですがみなさんの力を必要としています。助けてください」
そういう話なんだから、せめて1人に10分はかけてメッセージを書きなよと。
1時間で6人。
創業期なんだから寝ないでやれば少なくとも1日18時間で108人の方へのメッセージを書き上げることができる。
そしたらわずか10日で1000人の潜在応援団を作ることができるのだ。
全然話が逸れるけど、ボクは89年にライトハウスを創刊するとき、電話帳を中心に(自作)アタックリストの2500件すべての会社(お店)に電話とファックス、飛び込みをした。お忙しい経営者の方にはご迷惑だったけど、知恵も人脈もないボクにはそれしかなかった。(結果は1件の受注)
若いその方はすでに大手企業に在籍している時に交換した山のような名刺があるだろうに、なぜこんな時こそ大切にていねいに活かさないのだろう。
ビジネスの成功に、自分のアイデアや才能、努力なんて要素の一部でしかないと思う。ほとんどはまわりの引き立てや応援。「ご縁」のおかげなのだ。
どうして一番肝心なところで手を抜くんだろう。
すごくすごくもったいない。