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込山洋一

R太の絵日記とプロレスの頃

明日から3泊、テネシー州のメンフィスで高校の新米教師で奮闘する娘を訪ねる。

3ヶ月前にメンフィスに引っ越し、朝から晩まで座学の研修を受けていた頃は少し元気がなかったけど、実習が始まったあたりから声に自信と明るさが戻ってきた。

そしていよいよ今月から新学期が始まり、高校2年生の6つのクラスで数学を教え始めた。毎日が楽しくて仕方ないようだ。

最貧困層の子どもたちが通うその高校は、銃やナイフを持ち込めないよう校門に空港顔負けのセキュリティチェックがあり、生徒のほとんどが入れ墨をしているらしい。

1クラス35人の教室には、小学校の1年生レベルの問題が解けない子が当たり前にいて、まだ出席したことのない子、留年ばかりしている子も珍しくないそうだ。

それでも彼女は、大学の頃から貧しい地域の子どもたち、それも大人が匙を投げてしまったような子どもたちのハートに「火」をつけることを人生の真ん中に置いている。

僕もライトハウスを創業する前、まだ22歳の頃にアーバインのアパートの一室で学習塾と家庭教師を始めた。生きていくためでもあったけど、子どもの瞳を輝かせるのが元来好きだった。

開高健さんに憧れて「開高塾」と名づけたその塾はわずか半年で80人を超える規模になった。面白いように成績が伸びる子もいたら、そうでもない子もいたけど、みんな個性豊かでのびのびとしていた。

中には「オレの父さん東大だけど、先生どこ?」なんて訊く世間知らずもいたけど、その場でプロレスの世界の厳しさを教えたらすぐに謙虚で礼儀正しくなった。

週末になると子どもたちが寝袋を持って集まり、狭いアパートで大鍋を囲んだり、ジャグジーに入って夜中まで騒いだ。どいつもこいつもかわいかった。

今も何人かの生徒とつながっていて、たまに便りをくれる。

小学校の3年生から教えたR太はいつも鼻が詰まっていて、毎日日記を書かせるのだけど絵日記ばかりだった。文字はほんの少し。いたずら好きで大人が顔をしかめる事ばかりしでかすけど、どこか愛嬌があって人を惹きつけるところがあった。

そんな腕白坊主はそのまま大きくなって手がつけられない不良になった。高校も騒動を起こして退学になった。やがて警察沙汰を起こして相談に来た。最初は悪い仲間に巻き込まれたような口ぶりだったけど、詳しく話を聞くと当事者のど真ん中だった。

そんなR太を時々引っ張り出しては、会社のイベントを手伝わせたり飯を食わせた。まだドラッグやってるなと思うこともあった。瞳の奥でだいたいわかる。

R太にどんな転機が訪れたのか知らないし聞かない。話したいことは放っておいても本人から話すだろう。

R太が料理人の道に進んでいくつか転職した後に、ビバリーヒルズの高級店「K」に入ったあたりから頭角を現した。

もともと手先が器用でバイリンガル、悪さの限りを尽くしたから肝が据わって気っ風もいい。さらに長身で顔立ちも端正。招待されて数年ぶりに会ったR太は、カウンターの真ん中で堂々と腕をふるっていた。その姿の頼もしいこと。声をかける常連客は、彼を知っていることが誇らしそうだ。

その数年後に客のあしらいが確かな可愛い奥さんとベンチュラに自分の店を構えた。場所柄ハリウッドの関係者や富裕層でよく賑わっている。予約をしないと簡単に座れない高級店のオーナーシェフだ。

邪魔にならないように特別な日にだけたまに顔を出す。味のことはわからないけど、心がこもっていることだけわかる。

最初に出会った鼻垂れ坊主との歴史はもうすぐ30年になるが、R太はいつも謙虚で礼儀正しい。早いうちからプロレスの厳しさを教えたことが多少生きているのかもしれない。

08 13, 2015