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込山洋一

日曜日の朝に

日曜日。今朝は寝坊して7時過ぎに起床。出張をはさんで、自転車も一週間乗っていない。

家内と娘は4時前に起きてスケートの練習、夜更しの息子はまだ起きてこないので、ひとりで朝食。

朝ご飯は、揚げと大根の味噌汁、しめじのソテーと目玉焼き、ジャコおろし、親父が送ってくれた萩の若布(わかめ)ふりかけ、それとイチゴ。久しぶりのイチゴが甘くて美味しい。ご飯は一膳でガマン。茶碗、でかいけど。

食後は書斎で創刊20周年記念連載に添える原稿を書いて、同じく記念DVDのパッケージ原稿に赤を入れる。

それからサイボーズ(スケジュール管理ソフト)を眺めながら、4〜6月で空いている土曜日を探す。

4月から月に1回、息子の通う日本語補習校(西大和学園)で「しごと」をテーマに話をする時間をいただいたのだ。

毎回、いろんな業界で活躍するゲストを招いて、ボクが司会進行で話をしてもらう。世の中には様々な「しごと」があって、その中身ややりがいを伝えることで、将来の選択肢をうんと広げてもらいたい。

本誌(ライトハウス)や教育事業がまさにそれだけど、次世代の、人生や職業、働き方の選択肢を広げることはボクのライフワークだ。

5月には、海外からLAに経営者が集まって世界メディアアライアンス。

6月は、ヨーロッパとアジアへの出張。

その間に、毎月サンディエゴへ1週間の出張。

来客、イベント、会食、ずいぶん先までスケジュールが埋まっている。その合間をぬって、今年は年内に、すべてのクライアントにごあいさつもしたい。
キチンと感謝をお伝えしたい。

こうして忙しいのはありがたいことだ。

ゴルフや自転車やソフトボール。自分の好きなこともしっかりさせてもらっているし。

ホントだよねとカミサンの声が聞こえてきそうだ。
 

03 16, 2009

夜風に吹かれて

「お布団で寝なよ」家内の声。

いつの間にか書斎で居眠りしていた。お気に入りの音楽聴きながら。う〜ん、極楽。

 

今日は午後遅くひとりでゴルフに行った。

ボクのメンバーコースのパロスバーデスカントリークラブで、初顔合わせのグレイグさんと奥さんとラウンド。ボクは息子のサッカーのピックアップがあるので、クラブハウス近くの7番ホールを終わったところでホールアウト。朝のレッスンであまりに調子が良かったので、バーディが連発が出たらどうしようかと心配したけど、ダボとトリプルのオンパレードだった。

で、迎えにいく途中に、夏時間は練習時間が伸びて息子の練習が一時間後になるのを知った。
なんだ、あと4ホールはできたなあ。

夕食は、カミサンと息子がパーティにお呼ばれでいないので、ボクが娘に料理の腕を振う。

カツオのタタキ、ウィンナーとキュウリのサラダ、キノコとポークのソテー。なんか、酒の肴中心だけど。

ボクはシャンパンで娘と乾杯。

学校の様子、進路、職業観、近況。

そうそう。彼女が通う公立高校は、州の予算削減で先生や職員が20人近く解雇されるらしい。
何でも前の州知事が自動車の登録税で大幅に税収を増やそうとしたのを、現知事のシュワルツネガー氏が阻止したまでは良かったが、すべてに優先されるべき教育予算が削減されたしわ寄せが毎年ジリジリ教育現場を蝕んでいるようだ。教育こそが国づくり。ちがう気がするのだけど。

今月で16歳になる娘は、ボクが子ども相手の会話に合わせなくても、自分の言葉で自分の考えを話すことができる。

ボクは、子どもたちに自分のことをちょっと、いや多少、いやすっかり、棚のうえに上げてしまって、仕事を選択するうえで一番大切なことや、シアワセや人生の意味、将来試練に遭った時思い出してほしいことを伝える。

「パパの何でもポジティブに考えるところはスゴイよ」

見てるんだ。うれしかった。

「パパみたいに料理の上手いオトコの人と結婚した方が良いだろうな」

余計なことまで言った。

食後に街灯のない夜道を歩いて近所のセブンイレブンまでアイスクリームを買いに行った。

帰り道、春にはまだ少しヒンヤリとした風の中で、アイスをかわりばんこに齧った。

03 15, 2009

ボクみたい

シゴトが一段落して、朝寝する家族を置いてゴルフのレッスンに行ってきた。

若松さんというPGLAの女子プロに教わって3回になるんだけど、面白いくらいボールがキレイな軌道で飛んでいく。

ウェッジはともかく、5番アイアンなんて当てるのが精一杯だったのに、3球に2球くらいピシッと当たる。

さすがオレ。じゃない、さすがプロ。楽しく、わかりやすく教えてくれる。

ご機嫌で家に帰ってから、息子と国語の勉強。

息子が問題を解いている間、ボクはいろいろな広告のサムネールを鉛筆で描く。
息子にはアソビに見えるようで、「ボクの勉強と変わってくれ」と言う。
確かにこっちのほうが楽しいかも。

息子はちょっと集中したかと思ったら、すぐに余白に絵を躍る。やれやれ。

トイレ。と席を立ち、気がついたらウクレレの音が聴こえてくる。

叱られた瞬間だけ神妙そうに見せて右から左。

う〜ん、昔のボクみたい。

03 15, 2009

潜在意識まで思い抜く

今朝は、相談を受けているクライアントの広告のサムネイル(広告のイラストやコピーの配置を定めて視覚化したもの。カンプの手前の段階)がぐゎんと落ちてきて目が覚めた。

忘れぬうちに飛び起きて、帳面に書き留める。
うん、これなら効果が出そうだ!自画自賛。

昨日は広告掲載が停止した3件のクライアントを訪ね、3件とも復活した。
また、サンディエゴでは10件の予算アップと新規の契約をいただけた。

今年になって目を見張るくらい、ロサンゼルス版もサンディエゴ版も、同業他社への予算をライトハウスに託してくれるクライアントが多い。責任の重さを全身にズッシリと感じる。

すべてのお客さんがギリギリの中から大切な予算を託してくれている。期待と信頼に絶対に応えたい。お客さんと心中する思いだ。

ボクの中で広告はひとつの手段で、クライアントが繁盛するために考えうるすべての方策を提案し、アドバイスする。

愚直なくらい、ボクは全身の細胞で、クライアントの商売の繁盛と、この日系社会に暮らすすべての人たちとこの不況を乗り越えられることを祈っている。ひと回りもふた回りもタフで結束の固いコミュニティになることを願っている。

韓国人や中国人のコミュニティのような、後に続く若者や企業人の強力な「足場」「土台」を創りたい。

潜在意識に透徹するくらい思い続けるんだ。

03 15, 2009

信頼と期待を取り戻す

3月11日の水曜日。
今朝も5時には目覚ましナシで起きられた。この時間はまだ窓の外が真っ暗だ。

今朝の最初のアポイントが早いので、昨晩はクライアントとの会食を終えて、そのままおとなしく10時半にはホテルに帰ってきた。とりわけ出張中はコンディションづくりが重要なのだ。

昨日も3件、それも大きな受注をいただくことができた。

それぞれのオーナーさんにとって大きなチャレンジで投資だけど、最後には全幅の信頼を寄せて任せてくれた。ここからはデザイナーの真心と腕の見せどころだ。

別のあるクライアントには、提案した広告案を心から喜んでいただけた。
たぶん、これまでの名刺みたいな味も素っ気もない広告から、本当に「共感してくれるお客さん、頼りにしてくれるお客さん」からの反応が得られる広告になると確信している。

また別のクライアントのXさんは、創刊当時からずっとサンディエゴ版に広告を掲載してくれていたのだけど、初めてキチンとあいさつをさせていただいた。

Xさんからは、ずいぶんスタッフの対応を褒めていただけたし、広告にも満足していただいて、景気がもう少し回復したらもっと予算を割きたいとも言ってもらえた。きっとこれまで以上に信頼関係を築けたと思う。

小一時間の会話ですっかり打ち解けてきたところで、Xさんが遠慮がちにゆっくりと切り出した。

「ライトハウスさんに以前、広告を掲載していたQ社さんがどうして広告を止めたかご存知ですか?

以前、そちらの営業をしていた方が、オーナーを待っている間、忙しい社内でソファーに足を伸ばして、携帯でふんぞり返って電話してたんですって。

オーナーはライトハウスを応援していたのに失望したみたいですよ。

今はとっても感じが良いけど、それまでってライトハウスさん、人がずいぶん入れ替わってたでしょ。

(常連のお客に対して)こんな新人よく寄越したわって人が来たもの。

良いんですけどね。でもやっぱりトレーニングしてキチンとした方を外に出さないと信用問題よね」

情けないけど事実だ。

Xさんが指摘するとおりで、以前のサンディエゴ版は、スタッフが定着せず、トレーニングもフィロソフィの共有も一番肝心なことが為されないままだったから、外でそういう無礼や不義理がたくさんあった。

実際、長い時期、ロサンゼルスとサンディエゴ間の意思の疎通が十分とは言えなかったし、つい事務的な業務のやり取りに終始していた。

去っていったスタッフにしても、そんな会社に未来や夢を感じろというのが無理な話だし、そういう思いが態度に表れてもそれを攻めることはできない。

すべてボクの責任だ。

その話を聞いて、すぐに手紙(名刺のウラだけど)を書いてケーキを買って、Q社に急行した。

直接お詫びをどうしてもしたかった。ただアポイントも入れていないので、まず手紙とケーキを置いて、あとで連絡をしたい旨を受付の方に伝えて退散した。

何度か連絡を取った後、ようやくオーナーと話すことができた。

「ケーキまでいただいて、何度もご連絡をいただいてすみませんでした。ありがとうございます。いいんですよ、そのことはもう」

「いいえ、今よりももっとペラペラのライトハウスの頃から応援してくれた方をガッカリさせるなんて。

本当に申し訳なかったです。

おまけに今頃そんな大切なことを知るなんて。

経営者として情けないです。電話ではなく、直接お詫びをさせてください」

携帯電話を片手に、直立不動で心からお詫びするボクが、夕暮れのショーウィンドウに映る。

「わかりました。あまりお時間を取れませんが、始業前にお待ちしています」

会っていただけることになった!やった!

ボクの昨日一番の収穫は、信頼を裏切ったままのお客さんの存在を知ることができたことだ。知り得なかったかも知れないライトハウスへの失望や不満を教えてもらえたことだ。

もう少ししたらQ社に伺う。

目を見てお詫びをしたい。心から謝りたい。ライトハウスへの信頼と期待を取り戻すんだ。

03 11, 2009

忘れてはならないこと

サンディエゴの出張初日。
今日は早めの10時半にホテルに帰ってきた。
明日も朝からお昼をとる時間もないくらいアポイントがぎっしり入っているからね。

今晩はしっかり充電して明日に備えるのだ。

それにしても今からもうワクワクしている。シゴトや、目標を追いかけ、クリアし続けるのが楽しくて仕方ない。

今日の営業同行は4件新たに契約書をいただいた。

4件ともこの不景気を乗り越えるために大きな期待をかけてくれている。
4つの事業の魅力を余すところなく引き出して、最高の広告、最大の成果で応えたい。

シゴトはここから。契約書はスタートラインだ。
(メンバーのみんな、頼むな!)

今回も、サンディエゴの営業の責任者の廣田と、「10件受注」を最低ラインの目標に設定している。毎回、一定の成果を上げるために数値目標があると、気迫も内容も全然ちがってくる。「いきたい」ではなく「いく」のだ。

また、この100年に一度と言われる不況にこそ、トップ自らがやって見せる、やればできることを、身を持って証明する貴重なチャンスだ。やればできるんだ。

今日は、レンタカー会社、歯科医、化粧品販売、飲食店の契約をいただいた。
決済待ちだけど、その他に、ホテル、化粧品通販、番組コンテンツ会社とも経営や市場開拓まで踏み込んで話ができた。

高い安いの枝葉の話ではなく、どうやって繁盛させるか、どんなお客さんを呼び込みたいか、どうブランドしていきたいのか、どんな気構えでこの時代(この不況)を乗り越えるのか、短い時間にできるだけ本質の話ができるよう心掛けている。

また、こうして同行を続けるもうひとつの大きな理由は、営業のメンバーを育てることだ。ペコペコ頭を下げたり、太鼓持ちみたいな営業は本人が摩耗してしまう。

やがていいおっちゃんやおばちゃんになる彼らが、「お客さんに頼りにされる」、「苦難を乗り越えながら、いっしょにお客さんと豊かな人生を紡げる」パートナーになれるよう、今しっかり自分を磨いておかねばならないのだ。(もちろんボク自身も!)

ライトハウスの多くの広告主は、従業員の数も10数名に満たない小規模な会社がほとんどだ。実質、身銭に近い感覚で毎月の広告代を支払ってくれている。

ボクらはそういうお客さんの支払ってくれたお金の中から、お給料や外注さんへの支払い、印刷代、家賃(ローンの支払い)、それら会社を維持するために必要な経費を払うことができる。お客さんあって、読者あって、日系社会あっての商売だ。
たくさんの「おかげ」のうえに成り立っている。

その根本を決して忘れてはならない。感謝を決して忘れてはならない。

さあ、明日も脳みそとカラダから煙が出るくらいがんばろう!

03 10, 2009

吉田ソースの吉田会長

3月9日月曜日、サンディエゴのホテルから。
今朝はサマータイムになって2日目だけど、目覚まし時計ナシで5時にはすっきり目が覚めた。

メールのチェックをして、味噌汁と卵焼きの朝ご飯を食べて、6時前には出発。
で、7時半過ぎにはサンディエゴ到着して早めのチェックインをさせてもらった。

今日から木曜日までサンディエゴ出張。
今回も相当に気合いが入っている。

金曜日はライトハウスの20周年記念イベントで、吉田グループ(吉田ソースを中心に18社を経営。年商は200億を超える)の総帥、吉田準輝会長の講演会をトーランスのホリディインで実施した。

ボクの知る限り、裸一貫で日本からアメリカに渡って成功を収めた経営者の中で、吉田会長はトップ5に入るアメリカンドリーマーだ。

ボク自身、講演当日のお昼の会食、講演会、講演後の打ち上げ、翌日の見送り、その間に実にたくさんのアドバイスと励ましの言葉をいただき、ただでさえやる気満々のところへ、信念がカチンカチンに固まった。

その中でも感銘を受けたことは2つ。

ひとつは、

「傍が見て、キチガイに見えるくらいの信念とパッションを持って仕事に打ち込みなさい。

松下幸之助さん(パナソニック創業者)、本田宗一郎さん(本田創業者)、ソニーの盛田さん。

“あの人は狂ってる”と言われた人たちが、

その人たちのエネルギーが、

今の日本を創りあげてきたのです。

“あの人は狂ってる”そう言われるくらい頑張らなくては決して大きな仕事はできないのです」

それを聞いて、ボクはまだまだ格好をつけていると思った。甘っちょろいと思った。

そして、京セラの稲盛さんは、経営を「燃える闘魂」であり「格闘」を表現したこと、また本田さんは「戦争」と言い表したのを思い出した。

これからは闘志むき出しでいこうと誓った。

吉田会長はこうとも言った。
夢は「これほしいです」ではなく、「これはワシのモンや」そう思い込むこと。
そう思った時に「すごいエネルギーが渦巻く」のだと。


*吉田会長とイベントボランティアの学生とともに

もうひとつは、学んだというより、確信が持てたこと。
ボクがずっと思ってきたことを、吉田会長はこんな風に表現された。

「人生をバスに例えるなら、まず動かないとダメ。

どっちに行こう、ガソリンは入っているか、途中で止まったらどうしよう、そんなことを考えてばかりいたら前には進まない。

ガソリンが切れて止まったら、バスを降りてひとりで押せばいい。

ひとりで、これでもかこれでもかと押していたら、そこに人が集まって手伝ってくれる。まわりが放っておかないのです」

そう、ガムシャラに頑張る者をまわりが放っておくはずがない。

今、ボクに必要なのは、ライトハウスやLCEが世の中に突き抜けるために必要なのは、この「ガムシャラさ」であり、「キチガイにも見える信念とパッション」だ。


*講演会打上げ会場の「牛角」トーランス店の前で

吉田会長と二人きりの車中で、

「そのままで、そのまま走れば良い。あなたのやろうとしていることは尊いし、必ず成功するから」と言ってもらった。

ボクのキャパシティがちっちゃいから、今は詰め込み過ぎないように言ってくれたのかも知れない。

でも、ボクは自分でも必ず成功してみせる。

このカラダも人物もでっかいオッチャンに負けないくらい成功してみせる、ボクはボクの後に、そこになかった新しい道を切り拓いてみせると誓った。


*今回のイベントの共催「日本食文化振興協会」会長の雲田さんと吉田会長にはさまれて

03 10, 2009

片山晋呉プロ

一昨日の3月1日。
眩しいくらいの晴天のもと、ライトハウス創刊20周年記念イベントの第6弾「(日本ツアー賞金王)片山晋呉プロに学ぶ!ジュニア・ゴルフクリニック」を開催した。

片山晋呉プロは、ゴルフファンならご存知、弱冠36歳にして日本ツアー賞金王5度獲得、日本ツアー通算26勝(ツアーシード7人目となる永久シード獲得)、世界ランク31位(09年1月12日の時点)の誰もが認める日本のトッププロ。

そんな現役一流選手の指導が受けられると、北はバレー方面、南はサンディエゴから、将来はプロを夢見る(!?)親子120名あまりが、アーバインのワンゴルフクラブに集合した。

イベントが始まり、まず主催者としてボクが参加者のみなさんにあいさつをさせていただく。

子どもたちを前に、いつもとやや勝手が違う(そう、運動会の開会式みたいな感じ)。3歳から17歳のゴルフキッズはみんなあいさつも明るく元気で、こっちもうれしくなる。

やっぱり相手が大人であっても子どもであっても、直に笑顔や感謝の声にふれられるのがイベントの醍醐味だ。イベントの何倍もの時間をかけて準備してきたスタッフが報われる瞬間でもある。

アリゾナのマッチプレーを終えて、前日にロサンゼルス入りした片山プロは、イベントが終わったらその足でフロリダに飛び、今週のHONDAクラシックに参加する。試合後もそのままアメリカに残ってツアー参戦し、来月はいよいよオーガスタが待っている。

そんな忙しい合間をぬって、子どもたちのために、またライトハウス20周年記念イベントのために駆けつけてくれたのだ。片山プロや関係者のみなさんには感謝が尽きない。

続いて参加者の大きな拍手で迎えられ、日焼けした精悍な顔の片山プロは子どもたちにやさしく語りはじめた。

「ぼくは3歳でゴルフを始めてから今日までゴルフがずっと大好きです。

親からは一度も練習しなさいと言われたことがありません。

中学や高校の大会では、負けると親から激しく叱られる選手がけっこういました。だけどそういう選手はやがてゴルフが嫌いになってゴルフから離れていきました。やらされてやるゴルフは楽しくないし強くなれません。

ぼくはどんなに厳しい練習も苦しいと思ったことはありません。好きだからです。好きなことをやり続けたからぼくの今があると思います。」

ゴルフの話だけど、そっくり仕事や人生にも通じると思った。深い。

親にやらされる勉強も、上司の命令でやらされる仕事も、本人の身につかない。

地味で辛い稽古も、受け身ではなく、意味とか意義を自らが考えて、主体的に取り組むことで決して苦痛ではなくなる。やっぱり本人の目的意識だ。

アドバイスの後は、初級、中級、上級のグループに分かれて、片山プロが順番にひとりひとりアドバイスをしてくれる。それもひとり3分から5分もかけて。

片山プロは決して偉ぶらない。真剣な表情で、子どもたちのグリップの握りやスウィングの軌道、スタンス、ボールとの間合いを手取り足取り教える。

 

始めた時以来スランプ(それはスランプとは言わないけど)のボクは、よっぽど子供服に着替えて並ぼうかと思った。

全員のレッスンを終えて、片山プロの最後のあいさつにまたしびれた。

「キミたちがゴルフをできるのは、キミの道具を買ってくれて、送り迎えをしてくれて、ゴルフができる環境を作ってくれているお父さんやお母さんのおかげです。決して親への感謝を忘れないで」

「はい!!」

って、ボクが応えちゃったよ。

レッスンの後、すべての家族との記念撮影やサインも、疲れた顔ひとつ見せず最後までていねいに対応。時にぶっきらぼうな質問にもていねいに応える。

そんな中、順番が回ってきたある参加者が、子ども(孫?)に、

「あんた、どうする、サインしてもらう、やめとく?どっちでもええの?」

敬意のカケラもない年配女性のマイペース・マイワールドの関西弁に、一瞬空気が凍ったけど、プロは一切イヤな顔をせず、サインに応じていた。

「やっぱり苦労人はちがうなあ」

となりのオジさんが腕組みをして感心していた。

多くの参加者親子が晴れ晴れとした表情で会場を後にした。

無事イベントを終えて、飛行機までのわずかな時間、ランチをごいっしょした。

*左から、うちの片山、片山プロ、西川、込山

訊いてみたかった質問をプロに投げてみた。

「日本と欧米、とりわけアメリカ国内は最大6時間も時差がある中で、時差ボケや体調管理はどうされていますか?」

という質問に意外な答えが返ってきた。

「移動の多い生活に時差は身体に堪えます。決して慣れることも秘策もないです。その土地の時差に慣れた頃に移動、移動して疲れているけど眠れない日が何日か続いて、やっと慣れた頃移動。時々、目が覚めるとどこにいるかわからないこともあります」

決して弱音ではない、でも過酷なプロの日常の一端を垣間見た気がした。
それと同じくらい、ひとつひとつの質問に真剣に丁寧に答える片山プロの人としても謙虚さや実直さに感心した、いや、惹かれてしまった。
この方は、人としてもピカイチなんだ。

片山プロとお別れの握手をする時、わずかな指先の感触に影響がないよう両手でやわらかく握ったら、チカラ強い両手の握手が返ってきた。

ファンになってしまった。

 

03 04, 2009

転職の相談

久しぶりに家族で賑やかな食卓を囲んで、ボクは書斎でひとり音楽を聴く。
スピーカーが日本で開発された波動スピーカーというスグレモノで、部屋のどのポジションで聴いても、演奏者の正面に座っているがごとく臨場感を味わえる。
ここはマイコンサートホールだ。

*ボクの書斎の様子

 

 

今日は娘がサラダ、カミサンが主菜をこしらえる横で、ボクがパスタを茹で、空いたコンロで煮物を作った。鍋がクツクツ煮えて、冷蔵庫ではシャンパンが出番を待つ。料理ができるまで、息子は風呂でネコのシャンプーをする。

短い「ふつう」の「当たり前」に見える貴重な時間が心身を癒してくれる。
今日は鍋物の材料を買ってきたから、明日は仲間を集めて鍋を囲むのだ。

夕方、日本の親友の転職の相談を受けた。

Kとは、5年間365日、同じ釜のメシを食った仲間で、考えてみたら30年近いつき合いになる。学生寮の食堂に忍び込んで肉や卵を調達したのも、新入生を海に潜らせてサザエやアワビを採ったのも、コイツはすべて同罪だ。

それでも入学した瞬間から学業についていけなくて、ラグビー一色の10代を過ごしたボクとちがい、Kは努力家で、バレー部のキャプテンで、難しい国家試験も次々とクリアして外資系の企業に就職した。

現在は請われて北欧に本社を置く老舗の財閥系企業に転職して、郊外の一戸建ての家で家族と仲良く暮らしていたが、そんなところへ日本に進出する外資系の企業から「チカラになってほしい」とオファーがあったようだ。

結論からいうと転職は「反対」した。

理由は、
(1)進出しようという企業も、その計画そのものが景気の良かった頃の見立てで、この市場環境の激変で、(その企業の顧客が船会社(物流)であることを考えると)腰を据えて成果があがるのを待つのが難しいのではないかという懸念。

(2)歴史のある現職の企業なら、過去に不況も不祥事もあらゆる試練を乗り越えてきているから、今回のリセッションにも一喜一憂することなく雇用を確保するだろう。その中で会社が期待する以上の成果で応えることが、やがて今回以上のオファーが来た時に、残るにせよ、移るにせよ、自分自身の市場価値を高めることにつながる。

今は時期ではない。自分を磨き抜き、顧客に貢献し、不況を乗り越えるために会社のチカラになる時ではないか。そんな話をした。もちろん、成否はそれらの外的な要素より、本人や家族の覚悟や能力といった内的因子の方が大きいだろう。

イケイケドンドンと人には映る(らしい)ボクだけど、実はすごく慎重だ。

90%大丈夫と思って、うまくいくのはせいぜい五分五分。100%成功すると思っても、それは「はず」で、パズルのピースの調達が遅れたり、サイズちがいやニセモノが来たりする。

「こんな話があるけどどうだろう」なら止めるべきだ。

「どうしてもやりたいけどどうだろう」で、初めて可能性のランプが点灯する。ただそれはぜいぜい登山口で入場券を買ったくらいの話で何の約束もない。
野球が上手な高校生が、イチローモデルのグラブを買ったくらいの話だ。野球でメシが食えるという約束にはならない。

人生に、神風は吹かないし、ウルトラCも必殺技も大リーグボールもない。

それを知って、覚悟のうえで、それでもやりたいのか、それでも好きなのか、それでも折れないなら、絶対ジャンプすべきだと思う。

そんな話をした。答えは本人の中にある。

*石に描いた「笑うヒト」〜身長4センチ〜

03 01, 2009

シゴトダイエット

ランチタイムに娘の勉強を見ながら、サンドウィッチを食べる。もう一個、もう一口。

なんでこんなに美味しいんだろう、近ごろ。

高らかに「シゴトダイエット」を宣言した今年の元旦。
シゴトに打ち込み、外に出て飛び回ることで、がんがんカロリーを消費して、みるみる痩せながらシゴトも人生も充実する。

はずだった。
はずだったのにリバウンド。

誤算だったのは、毎日が充実することでメシや酒がいっそう美味くなることだった。

今日もよく頑張ったよな、と「カンパイ」
それにしてもゴハン美味し過ぎ、と「おかわり」
一日の閉め括りに「もう一杯」

明日から3月。

このあたりで、だらしない流れを打ち切らねば。

それにしても、食品業界全体が申し合わせて食品に何か入れたんじゃなかろうか。
はたまた、40を過ぎて再び成長期に入ったか。ゴハンが美味し過ぎ。


* 最近、お気に入りの「火鍋」(シンガポールの屋台のもの)
野菜がたっぷり摂れる。マレーシアやシンガポールでは大人気で、どこもお客さんで溢れていた。

サンディエゴでは「小肥羊(Little sheep)」858−274−2040で食べられる。ライトハウスSD参照!

03 01, 2009