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込山洋一

寿司カウンターで

日本出張から帰って二日目。

昨日は12時間も熟睡して、朝8時にスッキリ目覚めたので、早くも時差ボケ解消かと思ったら甘かった。

午前3時にパッチリと目が覚めた。
再び寝ようと試みても眠れそうにない。

観念して、書斎で今回お会いした方たちにメールでお礼状を書きはじめた。
本当は葉書の方が良いのだけどね。

 

はてさて。
子どもたちが泊り込みのサマーキャンプに行っているので我が家は家内と二人きり。

昨日は久しぶりに静かな土曜日を過ごした。

午前中は出張のレポートをまとめて、お昼はタイのナンバーワン情報誌「ワイズ」の社長西岡さんと数年ぶりに再会。

今まさに世界中の日本語情報誌をネットワーク化しようとしているメデァアライアンスの話で盛り上がる。

午後からは出張前に見そびれた「インディアナジョーンズ」を上映している映画館をカミサンにインターネットで探してもらう。

あったあった。ホーソン沿いに人気映画を遅れて上映する映画館が。

カミサンと出掛けていくと、ナント入場料が大人3ドル。安普請の小さな映画館だけど、懐かしい感じで悪くない。なにより3ドルはありがたい。

ストーリーは単純明快。期待通り楽しい映画を満喫できた。ハリソン・フォードは60歳代半ばなのにアクション満点の大活躍。

タータラッタ〜のメロディが耳についたまま、その足で親父をピックアップして3人で寿司をつまみにいく。
出張の間に70歳になった親父と、少し遅めの誕生日の乾杯。

そう言えば、カミサンと寿司のカウンターに座るのは子どもが生まれてたぶん3回目。回転寿しならまだしも、子どもにカウンターは贅沢だから、家族ではあまり寿司屋の暖簾はくぐらない。

ボクの両脇で親父とカミサンが「おいしい、おいしい」と寿司を頬張る。
ボクは仕事で美味しいものをいただく機会が多いから、この日はふたりが食べるのを眺めて楽しむ。

チビたちがいないのはすごく寂しいけど、たまにはこんなオトナだけの時間もシアワセだ。

 

だけど早く帰ってきてほしいなあ。

07 27, 2008

本番スタート

ロサンゼルスまであと一時間くらい。
帰りの機中で書いている。

関空を発つ前に、書店で簿記・経理や決算書の読み方の本をドッサリ買った。

ボクは会社経営を20年もやっているのにそっちの知識がサッパリでこれまで会計士に任せっきり。

売上やコストはけっこう細かく把握しているけど、経営がだんだんと高度で複雑になっていく中で、決算書や損益計算書をしっかり読めるようにして、会社の経営分析をしっかりできるようにせねばならないと反省し、今さらながら勉強を始めることにした。今回は本を買って安心しないと決めている。
必ず、きっと、たぶん、できるだけ、なるべく、できるなら。

ウソです、マジメにやります。

 

はてさて。先のブログでも書いたけど、最後のアポイント10本勝負は、絵の具をおしまいまでしぼり出すようにチカラを出し切れた。

最後の方は脳味噌の電池が切れそうになって、糖分を摂取するために移動の電車で飴玉をボリボリ齧りながら次のアポイントにむかった。そのくらい、一本のアポイントに全エネルギーを注いで取り組んだ。

 

最近、自分で自分を変えられたと思う。どのアポイントでも決してあきらめない粘りが出てきた。

 

正直ボクは、こちらが熱心に伝えても、相手に脈や誠意がないと感じるや「これ以上話にならん」と途中であきらめて席を立つところがある。

また無礼なふるまいや悪意を感じたら、全身で憤慨してしまう未熟さと、謙虚さの欠落がある(いや、今も短気で思い切り未熟なんだけど)。

だけど近頃は、なかなか糸口がつかめなくても、席を立たれそうになっても、気まずい空気に支配されそうになっても、ボクの後ろで全社員が見ているつもりで決してあきらめない。

 

今回、ライトハウスがグループとしての転機になるような出来事がたくさんあった。

ボクたちが作ってきた教育プログラムや日米の態勢や姿勢を評価して、がっぷり四つに組んで(地域やターゲットがうまく棲み分けられるカタチで)日本での販売でタッグを組もうと言ってくれる会社を3社も得ることができた。

どの会社も名前ややっていることを聞いたら世の中みんなが知っているような立派な会社で、それぞれの社長が直接テーブルについて真剣勝負で対応してくださった。なにより、「ボクたちにしかできない」価値やメンバーを、正当に評価してくれたことがうれしかった。

世界のメディアとのアライアンスもいよいよ具体的な動きが出てきた。
良いこと、役立つことをしているという自己満足だけではなく、コンテンツ(記事)が充実するとか、支出を抑えられるとか、新たなリソースから売上が立つとか、目に見えるカタチで握ることができた。

LCEのHR事業も役員の間で徹底的に議論して方向感がハッキリした。

あとは日米のメンバーがキッチリ役割を果たしたら目指す領域でそれぞれが世界一になれる。

走り幅跳びの助走としてはちょっと長過ぎたけどいよいよここからが本番だ。

07 26, 2008

もうひと頑張り!

木曜日朝6時。新大阪から東京に向かってまもなく動き出すひかり号から。

今朝は5時にセットした目覚ましが鳴る前に、スッキリと目が覚めた。
眠りを深くするために飲んでおいた睡眠補助薬が効いたみたいだ。

けっきょくホテルには6時間くらいしかいなかった。

昨晩、割り込みオトナのことを書いたけど、笑えてしまうのは、今日も大阪駅に向かう電車を待っていたら、ボクの後ろに人が並んでいるのを気にせずに、乗り口の前の狭いスペースにスーッと大男が平気な顔をして割り込んできた。オマケに電車が来た瞬間、いいオトナのネクタイがフワッと乱入。なんでもあり。
こういう人たちに腹を立てるのももったいない。

明後日の帰国まで、残りのアポイントは10本。

まず今日は10時から、全国に拠点を置く東京の大手専門学校の海外研修の担当者を訪ねる。このグループ校には今年初めてボクたちの研修を導入していただけるようやり取りをしている。
アメリカ側の受け入れ態勢と熱意、事業に対する考え方をお伝えしたい。

午後からは、今回ライトハウスと業務提携をしたワールドキャリアのふたりの代表、剣持さんと新谷さん、スタッフのみなさんを訪ね、ライトハウスやLCEについての勉強会をさせていただく。それは今回の本腰提携で、お互いのサービスを誌面で広報したり、日本で販売していただくのに、より深くライトハウスグループを知っていただくのが目的。スタッフのみなさんには初めて会えるので楽しみ。

新谷さんは、NYのジャピオン、ハワイのカウカウ、上海のジャピオンの創業オーナーでもあり、世界の日本語メディアを結ぶアライアンス構想の仲間でもある。

今回の出張では、その他にチャイナコンシェルジェ(上海、香港、北京、大連で発行)の大西さん、クラウングループの森さん(シンガポール、マレーシア、インドネシア他で発行)など多地域のメディア経営者と握ることができた。

みなさん、個性と才能豊かな経営者ばかりで教わることが多い。世界は広いのだ。

今後まずは、世界の様々な職業の紹介(内容、やりがい、就き方、要件、収入など)、各国のローカルニュースなど、コンテンツの相互乗入れやサイトのリンクから始める。

また次回秋には、東京で集まり、世界のメディアがタッグを組んでどんなことができるか話し合う予定。

夕方からはライトハウスの連載コラム「マーケティングサーフィン」の著者であり、ビジネス書のベストセラー作家であり、ボクの先生で親友(心友)の阪本啓一さんとお会いする。再会が楽しみだ。

明朝は宿泊する帝国ホテルの支配人Aさんとパワーブレックファスト。
Aさんが10数年前にロサンゼルス事務所の所長をしていた頃からのつき合いで、日本出張の間に一度は朝食をともにしながら情報交換をする。
創業118年の企業の経営やブランド戦略はボクにとって生きた教科書だ。

その後、これまたボクたちが得意とする大学職員の研修プログラム実施を検討してくれている大学を訪ね、その後は大手教育コンテンツ会社の社長との面会。日本国内でのLCEプログラムの販売戦略についての相談と作戦会議。

LCEのパートナーの高畠や木田のおかげで、ふつう会えないようなトップと膝詰めで立て続けに話ができるのがありがたい。

ふたりとも前職はリクルートの教育(まなび)事業部の事業部長。いわば大学や専門学校経営のエキスパートで4番バッター。

ついている脳みそとエンジンがちがう。
それでもって、どこまでもピュアで熱い情熱を持っている。
だから大きな会社を離れても、社内外の人が応援してくれたり慕ってくれるのだろう。

午後からは、日米の会計を見ていただいている奥村税務会計事務所の奥村先生と新宿ヒルトンで遅いランチミーティング。いろいろな動きを報告しては、アドバイスをもらったり、キーマンを紹介していただいている。

その後、旅行業界最大手のグループの会社のトップの方と面談。
ボクたちの会社やプログラムの販売に興味を示してくれているそうですごく楽しみ。社長自身、すごく魅力的な方らしい。

夕方からは高畠の同行で、今回の日本出張のキモのひとつ、某学園グループのトップ、番頭さんとの会食。今期、同グループの国際化と改革のための大型プロジェクトを任せていただけることになり、今回はその方向性やスピード感についての考え方をすり合わせる。絶対に期待に応えて、将来に渡るパートナーとして認められたい。

そして明後日は仲間の経営者からホテルで朝食を摂りながらビジネスミーティング。

これが最後のアポイント。

その後、羽田を発ち、関空経由でロサンゼルスに帰る。

東京までまだ2時間余りある。
さあ、メールの返信を書かなくちゃ。

アメリカのメンバーも留守を守ってしっかり頑張ってくれている。

日本の仲間も火の玉だ。

ボクももうひと頑張り!

07 25, 2008

関西の夜

午後11時、充実感とほどよい疲れに包まれて大阪のホテルに帰ってきた。

今日は芦屋の近所の立派な料亭で、大学の理事長にたいへんなおもてなしをいただいたのだけど、出張がいよいよ第3コーナをまわったので、ビールちびちび作戦で酒は控えた。

ホテルのチェックインカウンターの直前、高速で追い越す若者に割り込まれる。注意しようかと考える間のなく、並んでいるところを今度は年配のネクタイに割り込まれる。

「おまえ、なに割り込んでる!」

と、喉まできたけど、カウンターのおにいさんが申し訳なさそうにボクを見たので言葉を呑込む。

外国のことをとやかく言うけど、残念ながら日本には不道徳で思いやりのない人も多い。

はてさて。

今朝、京都の事務所で、LCE日米合同キックオフをしたのが数日前みたい。

お昼は木田と、大阪にある大学にめっぽう強い販路を持つ旅行社のオーナーと会食。
どこの会社もマネのできない高品質な教育コンテンツを日本の学校に提供していこうと気持ちを重ねる。

再び京都に戻って、某大学のキャリアセンター長を訪ねる。
こちらはあまり進展ナシ。既存プログラムがあるところに参入するのは難しいがあきらめずに価値を伝え続けようと木田と地下鉄の階段を走る。

その後、兵庫県の某大学の理事長を訪ねる。
この大学は、理事長と木田の関係の強さで今年度からボクたちのプログラムを導入の予定。理事長自らキャンパスを案内しながら、将来の構想や経営方針を説明してくれる。魅力的な経営者の方と真剣勝負で未来を語り、またそこにボクたちがどんな風にかかわり、貢献できるか考えるのは心底楽しい。思い切り企業秘密なのでここでは書けないけど、同校は日本でもかなり革新的な仕組みづくりに挑戦しようとしていて、その夢の実現にボクたちも少なからず関わることになるだろう。
こういう学校に伴走して、難易度の高い要求に対応していくことで、さらにさらにボクたちのサービス力に磨きをかけたい。

時計が12時を回ったけど、まださっきまでの熱い余韻が残って眠たくならない。
日米のメンバーが想いとチカラを重ねたら何だってできそうな気がする。事業を通して世の中を前に進められると確信している。

明日は5時に起きて東京に移動。
金曜日の帰国直前まで歯応えのある楽しみなアポイントが続く。

07 23, 2008

夏の雲を眺めながら

日曜日の朝、新幹線の車窓を滑るように静岡の風景が流れる。

あのスタッフはこの風景を見て育ち、ご家族はこの風景のなかで我が子を想い生きておられるのだなあと淡い水色の空を見上げる。

すべてのスタッフの親御さんが同じ星、同じ太陽を見上げては娘や息子の身を案じているだろう。ボクは決して舵取りを誤ってはならない。船の世界には進まなかったけど、ビジネスの世界で船長としてみんなを安全な航海に導かねばならない。

旅の空にさまざまなことを思う。

さっき新幹線の乗り継ぎの合間、家内のケイタイに電話をしたら、娘と近所の展望台に散歩中で元気な声。

子どもたちの様子を訊ねると、初めて2週間の泊りのサマーキャンプに参加している息子からサミシイと心細い手紙が来たらしい。まだ3日目だぜ。
早く親離れできないとダメだけど、こっちも子離れしなくちゃねと家内。

9月から高校2年生になる娘は、分厚い本と格闘中で、歴史上の国の指導者や思想家、独裁者がそこに至った背景や考え方を学んでいるようだ。努力家の彼女は小学校3年生の夏くらいに、ボクの40数年分の勉強時間の総量を上回っているだろう。

彼らには今瑞々しい感性を持つ人生のこの季節にたくさんのことを学び吸収してほしい。

人に善人と悪人がいて、世の中の事象が白黒だけで切り分けられるものではない。
すべての人の中に、美しい心と醜い心の両方がある。長所は短所の裏返しだし、短所が長所や強みに成り得ることもある。

ガラス細工のような脆さと、鋼の強靭さの両方を併せ持つのが人の心で、人は弱くて強い。

また、モノごとは見る角度でカタチを変える。
大きな声に引っ張られたり、世間の常識にとらわれてはならない。

例え世界中の人がイエスと言ってもおかしいものはおかしい。まわりを敵に回しても、自分の判断基準、哲学思想に沿って生きていってほしい。

彼らに伝えたいことは山のようにある。

目を瞑ってまぶたに浮かぶ子どもたちは、幼稚園の運動会のスプーン運びだったり、ソファーを伝え歩きするずいぶんと昔のシーンばかり。だけど現実にはあと6年もすれば二人とも大学生で家内とふたりの生活に戻ってしまう。

子どもたちと送り迎えの車でケンカするのも今しかできない。本を読むボクの膝に座ったり、勝手に書斎の引き出しを開けられたり、ボクが肘をついて食事するのを咎められるのも「今」のシアワセだ。

ボクがそうであったように、外の世界ばかりに目を向けて、はたと振り返って親を想うのはずいぶんと先だろう。それで良いし、そうでなくてはならない。

社員や仕事仲間、お客さん、友人、家族。

未来ばっかり、先のことばかり考えて生きるボクだけど、自分のまわりのかけがえのない人たちとの時間、今日大切な人たちが生きて目覚められたことをキチンと感じて感謝せねばならない。

ボクの人生は、家族が健康でいてくれて、親より長生きして、カミサンや子どもより笑って先に逝くことができたら100点満点だと思っている。

今こうして大好きな仲間と大好きな仕事に取り組み、温かい仲間に囲まれる人生、同じ時代を生きられるシアワセは、プラスαのボーナスポイントで、ボクは1000兆点の人生を過ごさせてもらっている。「おかげ」と「感謝」の高速回転寿しだ。

己の能力の足りなさを恨んだり、失敗をいつまでも悔やんだり、日常のうまくいかないことで挫けている場合ではないのだ。

風景が熱暑の京都に変わった。

07 22, 2008

四日市のもうひとつの実家

土曜日のお昼。
JR四日市駅では、小柄な家内の両親がピンと背筋を伸ばして改札で待っていた。春にアメリカに来てもらって以来。笑顔いっぱいで顔色も良さそうだ。

「おいしい鰻を食べよう」とその足で専門店へ。

九州産の鰻の蒲焼き。
ダイエット中の川嶋くんの顔が浮かんだけど、ビール大ジョッキーとともにできたての蒲焼きを頬張った。うまい。今年76歳になった父親は食欲旺盛で、同じお重をぺろりと平らげた。

家に着いたら、家内から頼まれていたPCの使い方を父親にレクチャー。
といっても、すでにセットアップ済みのPCで、インターネットが使えるようにすること、そしてボクのブログを「お気に入り」にいれて、いつでもアメリカの様子がわかるようにするのが目的。

最初のうちはクリックの要領がうまくつかめなかったけど、いっしょにマウスを握って操作するうちに、ひとりでも起動してブログに辿り着いたり、ニュースを開いてスクロールもできるようになった。

しばらく目を細めてボクのブログを読む父親。
その空気の中にいっしょにいるのもコソバユイので、ビールが効いてきたボクはひとりで二階に上がり昼寝をした。

夜は家内の伯父や従兄弟も合流して夜中まで酒を飲んだ。

思えばこの家に結婚のあいさつに来たのが20年前。

四日市駅に、家内と車で迎えにきてくれた父親は、むずかしい顔をしたまま家に着くまで口をきいてくれなかった。

うちの実家が5つくらい入りそうな広い庭を抜け、玄関を開けると、まだ若かった母親が正座をして両手をついてあいさつをしてくれてすごく恐縮した。

今はボクら家族の写真が壁を埋め尽くす応接間で背筋を伸ばして待っていたら、難しい顔のまま父親が入ってきた。

ボクはなんて切り出したかわからない。お嬢さんをくださいと言うと「モノじゃない」と叱られそうで、とにかく結婚したい思いを伝えた。

それからしばらくして父親が口を開いた。

「本人の意志も固いようだし、二人が決めたことだから」

「歓迎!」というより「観念」、いや「残念」という空気だったけど、かまわず父親の気持ちが変わらぬうちに大きな声でお礼を言った。

それ以来、ボクはカミサンがいなくても出張で近くまで行ったら里帰り(?)している。

お母さんいつもありがとうございます!と言葉は礼儀正しいけど、貯まった洗濯物を洗ってもらいパンツも畳んでもらっているし、暑いですねとパンツでうろうろしている。用がないのに冷蔵庫を開けるのもどうかと思う。

たぶん結婚してからは家内よりボクの方がこの家で過ごしているだろう。

そんなことを考えているうちに気分の良い眠りについた。
 

07 16, 2008

梅雨明けのローカル線から

今日は7月12日(土曜日)、出張4日目。

今日はオフ。名古屋から家内の実家の四日市にむかうローカル線の中で書いている。
車窓の雲はくっきりと夏のカタチを帯びてきた。梅雨はもう明けたのかも知れない。

一昨日は大阪で目覚め、昨日は東京で目覚め、今朝は名古屋で目覚めた。

時差ボケで朝5時くらいに目が覚めると一瞬どこにいるのか思い出せない。
出張中はずっとそんな感じの毎日。

こういう忙しさをボクはけっこう楽しんでいる。

ちなみに明日には京都でLCEの取締役会をじっくりやって、その後、【横浜>京都>大阪>東京>大阪>帰国】という旅ガラス。

段取りが悪いようだけど、すべて相手があるスケジュールなのでこれが最善最短。

ちょっと昔、出張中に体調を崩した時は、夜明け前にブルブル震えつつ東京で起きて、名古屋で点滴と座薬を打って、そのままクライアントと会って神妙な顔で話し、大阪で笑顔で昼の会食をして、作戦会議のアポイントに何件か訪問して、夜は奈良のクライアントと会食をして気づいたら復活していることもあった。
ジマンじゃないがボクは相当丈夫にできている。

ただいつまでも青年ではないので、近頃はとくに体調管理に気を使い、すべてのアポイントで最高最善の成果が得られるよう気を配っている。

健康でこそ健全な精神が宿るし、良い仕事ができるからね。

そんなことで、夜食深酒(なるべく)厳禁で、野菜を中心に栄養をしっかり摂るよう心がけている。

また運動もなかなかできないから、できるだけタクシーやエスカレーターは使わず、大きな荷物を担いで早足で歩くように心がけている。

来月の健康診断の再検査が楽しみなのだ。

ちなみにメタボ編集長川嶋くんとのダイエット対決は、引き分け(おたがい目標未達成)で延長戦に突入。日本もうまいものが多いから油断ならない。

JRから実況中継でした。
 

07 14, 2008

ようこそJAPAN

 

出張二日目、大阪から東京に向かう新幹線で書いている。

今回はアポイントの都合で関西から入ったのだけど、つい先頃、関西直行便が就航したエバー航空に初めて乗った。

機体が新しくて清潔、サービスも気持ち良い。

今回、COSTCOで入手したフィリップスの消音ヘッドフォンを試したのだけど、これがなかなかのスグレモノ。

つけているとわかりにくいけど、ヘッドフォンのスイッチを入れた状態から、ヘッドフォンを外してみると機内の騒音の大きさにビックリする。

今こうして書いている間も、ボクは新幹線の中、そのヘッドフォンとIpodでボサノバを聴いているのだけど、完全にマイワールド。ノイズもまわりの会話も入ってこないから、メールやレポートのチェックに集中できる。

はてさて、話はもどって関西国際空港。

ボクはアメリカの市民権を取得してアメリカ人になったのだけど、入管のラインの長いこと遅いこと。

ざっと数えて300人も並んでいるのに検査官の窓口はたった6つ。一方、日本人の窓口は4つあって誰も並んでいない。時々ぱらぱら。

観光や商用で来たであろうまわりの外国人はずっとため息や舌打ちをしている。

後ろのアメリカ人はケイタイで「狂ったように長い行列だ。もう一時間も並んでる。この後も一時間は並んでいるだろう(ちょっと大袈裟)」と憤慨しながら今晩会う人に連絡していた。

入口でこんな体験をさせられたらまた来たいとは思いにくいだろうに。

入管をしっかりやってくれることはありがたいけど、それならばせめて他の窓口を開けてスムーズにすれば良いのにと思う。

「ようこそJAPAN」キャンペーンをやっているけど、あんまり「ようこそ」していない。あいかわらずジャパンレールパスはのぞみ号を利用できないし。ガラガラののぞみの車両が行き過ぎるのを見守りながら不思議の国日本を想う。「ようこそ」かなと。

なんて、グチを言っても仕方がないので、書類に目を通したり、バッグを両手に持ってかかとを上げ下げして運動したけど。

グチ、怒り、過ぎたる欲は3悪というからね。

最後の税関のチェックで、ボクのパスポートを開いた検査のおにいちゃん。
1ページずつ入念にチェック。時々怪訝な表情を浮かべる。

なんだなんだ。

「いやぁ〜行ってますね〜っ、あちこち!」(関西調)

放っといたれや!
 

07 10, 2008

剣道全米選手権大会

2008年7月3日から5日にかけて、ラスベガスのキャニオンスプリングハイスクールを会場に、剣道の全米選手権が開催された。

同大会は、3年に1回、全米222の道場が加盟する15の団体の代表選手が、アメリカの頂点を目指して競い合う国内最大のトーナメント。

この大会の成績優秀者の中から、やはり3年に1回開催される世界選手権の代表選手が選ばれる。

近年、アメリカ剣道界のレベルは著しく向上し、前回の2006年の世界選手権では、団体の準決勝戦で、なんとアメリカチームは、本家の日本選抜を撃破して準優勝を果たしている(優勝は韓国)。

そんな名誉ある大会の候補選手(13−15歳の部)のひとりに、息子の玄(はるか)が選んでもらったのが一年前。

以来、息子がハードな稽古をするのは当然だけど、通常の練習に加えて、週末の特別練習のために、冬は夜が明けぬうちからハンドルを握り、夏は暑さに耐え、我が身の稽古を横に置いて、一生懸命に剣士を育ててくれた先生方や先輩剣士のおかげでこの日を迎えることができた。

損得だけでモノごとを図り、他人より自分、未来より目先のことしか考えぬ人が多い世の中で、自分のプライベートの時間を費やし、無償で後進の指導にあたる若い指導者たちに、ボクはいつも心で手を合わせた。かつて日本にあった誇るべき精神が剣道には受け継がれている。

大会前の稽古後、息子は団体戦の代表選手(5人)のひとりに選んでもらった。

息子は140センチにも満たないチビッコなのに対し、他の選手はほとんど170センチを超える立派な体格。いつだってそうだけど、息子はいつも頭一個分背の高い相手と戦ってきた。それでも、ガッツとすばしっこさで何とか勝ってきた。

そしていよいよ本番。

試合には、5人のうち3人(先鋒、中堅、大将)が出場して2人は補欠。

玄のチームは、午前中の予選リーグ(3チームが2チームに絞られる)で、いきなり最初の試合を1−2で落とす波乱があった。

優勝だけを目指して頑張ってきた子どもたちにショックの色が隠せない。

沈滞ムードの中、この試合を落としたら敗退という大切な2試合目に、玄は先鋒(3人のうち最初に試合)として出場した。

スタンドから眺める息子は、ぴょんぴょんとカエルのようにジャンプしている。自分なりに緊張をほぐしているのだろう。

一週間前、「ボクなんだか緊張するなあ」と言っていたのを思い出す。

ボクはと言えばもう心臓が破裂しそう。神さまには感謝しかしないと決めているのに思い切りお願いしている。「どうか息子を勝たせてください」

「はじめ!」

審判に試合開始の声。


ひとまわり大きな相手の速い竹刀さばきに、小さな玄は防戦しながらわずかな隙を窺っているのがわかる。時々、相手の竹刀が際どいところに当たっては気を失いそうになる。

「パシンッ!」

飛び上がった玄の竹刀の先が相手の面を打った時、3人の審判の白い旗が一斉に上がった。


会場の割れるような拍手と歓声。

「ウォッシャーーー!!!」

剣道の応援としては行儀が悪いがボクは両手を天に突上げた。


そしてその次の瞬間、再び3本の白い旗が上がった。

2本勝ち。

自分がこんな親バカだとは思わなかった。泣いているのだ。誰にも見られたくない。まだ試合が始まったばかりで。

玄は生まれてからよく熱を出し、お医者さんにかかってばかりだったから、健康でやさしい人に育ってくれたら十分、いや十二分だと思っている。

実際、多くを望まないせいか、勉強も怪しいし、ボクに似て注意力も散漫だ。

だけど、こうして無事育ってくれて、オマケにこんな舞台で親孝行までしてくれて。いつかボクがあの世に行く瞬間、きっとこのシーンは思い浮かべるだろう。

勢いに乗ったチームはその後オール二本勝ちで決勝リーグに駒を進めた。

試合後に便所で用を足していたら、尻にキックを埋められた。振り返ると笑顔の玄だった。

「お前、格好良かったじゃないか。頑張ったな」

「まあね」

「この調子なら決勝リーグも出してもらえそうだな。頑張れよ」

「うん、頑張ってみる!」

「その調子なら大丈夫だ!」

結論から言うと、その後の決勝リーグも決勝戦も、玄のSCKF(南カリフォルニア剣道協会)チームは勝ち続け、念願の全米優勝を果たした。

だけど、玄はその最初の試合以降、面をつけることはなく、野球でいうベンチを温め続けた。

親としてはもう少し息子の勇姿を見たい気持ちもあったけど、自分が出られなくても最後まで笑顔で仲間を励まし、声を枯らして応援する小さな息子が誇らしかった。

07 05, 2008

社員旅行

  先週木曜日から一泊二日でラスベガスに社員旅行に行ってきた。
  クーラーのよく効いた、トイレやDVDが完備した豪華な大型バスをチャーターして、ではなく、ぎゅうぎゅう詰めの15人乗りのバンのハンドルをボクが握り、あふれたメンバーは片山号と大野号に分乗して、予約も弁当もすべて自分たちで準備したまさに“手弁当”旅行だった。
 

それでも、ロサンゼルスとサンディエゴで、ふだん離れて仕事をするメンバーがいっしょに顔を合わせて、ショーを見たり、酒を飲んで語ったり、みんな揃ってバフェを食べるひと時はボクにとってどんなゼイタクより豊かな時間だった。

 

図らずも、ボクのブラックジャック連勝はあっさりストップしてしまい、(勝つ)コツをメンバーに語ったことが悔やまれたが、今回カジノデビューした多くのメンバーは財布をふくらませて帰ったようだ。(決して深みにはまらぬように) カジノに勝ったけど、赤字で帰ったのが大野くん。 「ス ロットで勝ったけど、ギャンブルの勝ちなんて泡銭(あぶくぜに)だから」と、エレベータホール前の酒場で勇ましく語ったもんだから、部屋に戻るメンバーに 見つかってはワインを振るまい、気がついたらアブクはとっくに弾けて、出血が止まらなかったらしい。素晴らしいマネージャーですね。 徹夜越しでポーカーを戦ったデザイナーの伊藤さんは、出発直前の粘りで、とうとう黒字でカジノを後にした。ディーラーが気迫に負けたか。

  ナイトショーは、ファントム、Ka、LOVE、Oが人気で、みなそれぞれ好みのショーを楽しんだようだ。ラスベガスデビューの高鳥さんと棟保さんは頑張ってショーのハシゴ。メンバーには良質なエンターテイメントを吸収してほしいからたいへんよろしい。

いつか日本のLCEのメンバーも体験させたいとみんなの顔が浮かぶ。 アメリカらしい地平線に真っすぐ続く道路を走って、ようやくオフィスに着く頃、あるメンバーが「あ〜、よく笑った二日間だった」とポツリ。 同時に、心の中の電球もポツリと灯った。 経営をしていると、人に言えないしびれることもある。うまくいかなくて凹んだり、正解のない悩みに、暗闇の天井をいつまでも眺める夜もある。マジメに経営をしていたら誰だってそうだろう。

  だけど、弟や妹のようなメンバーたちの底抜けの笑顔にふれると、空っぽの心も満タンになるし、どんな険しい山だってスキップで登れそうな気持ちになる。 ボクはしみじみ恵まれていると思う。 メンバーに、メンバーの家族に、恥ずかしくない経営者になりたい。
07 01, 2008