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込山洋一

雪の珍道中

今日(25日)は大雪でスキーは中止。

子どもたちは外で真剣勝負の雪合戦。
ボクは暖炉の火を眺めながら音楽を聴いている。

穏やかな時間が流れる。

昨日は、通常5時間余りのマンモスに来るのになんと9時間半もかかった。
かなり珍道中。

自宅を出てほどなく、家内が「あっ!!」で、炊飯器とマイスリッパを取りに引き返す。

日本のスーパーで買い物をして、なかなか前に進まない道をやっとの思いでフリーウェイに乗ったと思ったら、息子が「ゴメン、おしっこ」。

済ませとけよ。

用を足してフリーウェイに乗ると今度は大渋滞。

だけど、今日は誰かを待たせているわけでなし、ビールを飲むのが遅くなるだけでからそれもよし。

長い長い渋滞を抜けてルート395に入ると渋滞はなく、しばらく走ると真っすぐな道が空との接点まで伸びている。

良いではないか。美しいではないか。

やがて日が暮れて、真っ暗な闇を快調に走る。

後ろに気配を感じて、ミラーを覗くと後続車がぴったりとつけている。

こういうのがパトカーだったりするので、車線を変更して道を譲った。

と、その瞬間ピカッと輝く懐かしいライト。

ビンゴ!パトカーだった。

「こんな雪の中を84マイルで飛ばしてはいけませんよ」

久しぶりにチケットをもらった。

罰金はイタいし、交通学校も面倒だけど、内心「なかなか良いぞ」と思った。

話はすぐに飛躍するのだけど、人生良いことばかりなんて有り得ないと思っている。良いこともあるけど、ひょっとしたらシビレルことのほうがうんと多いのが人生だろうと思う。

人生は思いつくだけで、仕事(内容、同僚、収入、安定性、将来性)、家族(親、兄弟、配偶者、あるいは恋人、子ども、親戚)、友人、まわりの健康、自分の健康、自分の能力や姿カタチ、ものすごくたいさんの要素が入り組んで紡がれる。

全勝を望むのが不幸の始まりで、1番大切にしていることがオッケイであれば、あとは受け入れていこうと切り換えている。どれか良ければ、どれかが凹んでいたりするもんだ。

だから、こういうところでアンラッキーを小出しで使っておくのは悪いことじゃないと受け止める。
もちろん反省してスピード落としたから事故のリスクも軽減したし。

ボクは不運の方面が、大切な人たちの病気やケガの類いでなければありがたい。全部オッケイ。

生きて健康でさえいられたら、何だってやり直せる。

どんなに事業がうまくいっても、使い切れないお金があったとしても、スタッフや仲間、家族が健康でなかったら、喜ぶことはできないし、人生にくらい影を落としてしまうだろう。

大事な人たちが笑って健康でいてくれたら、それで人生120点。あとはボーナスポイントだ。

そうそう、ロッジに着く前にもうひとつあった。

加速的に降り積もる大雪で路面が凍結して、フリーウェイを降りたところで立ち往生してしまった。前方は下り坂、後ろにも戻れない。ついでにボクはチェーンをつけたことがない。

チェーンを広げたり、向きを変えたり、地べたに這いつくばってタイヤの前と後ろに手を回したり、車を10センチ単位で前後させたり、多くのお父さんなら朝飯前のことを、ボクは見よう見まねで悪戦苦闘しながら、40分ほどもかけて無事装着できた。

忘れ物、大渋滞、違反チケット、チェーン、盛りだくさんのドライブだったけど、なんだかやたら気分が良い。

着いたらまず玄関先に積った雪にぶすぶすビールとシャンパンをさした。
これこそ天然の冷蔵庫。

キーンと冷えたらカンパイだ!

12 26, 2008

原理原則でいこう!

メリークリスマス!
今朝はマンモスの郊外の山小屋から。

ベッドからカーテンを開けると外は白銀の世界。
大粒の雪が斜めに舞っている。

ごろんと寝転がって、持って来た稲盛和夫さんの著書「生き方」を開いて、以前に自分が線を入れたところを追いかける。

あっ、これだ。

昨日、書いたブログに、安らかにいられる要因を「大切なことにケリをつけたこと」「恐慌に対して腹を括ったこと」そして「メンバーが揃ったこと」をあげたけど、それらすべての根底で、稲盛さんから学び、拙いなりに一生懸命実践してきたことが記されていた。

「いったい、どうしたらいいのだろう。私は迷いました。

そしてその末に行き着いたのは『原理原則』ということでした。
すなわち『人間として何が正しいのか』というきわめてシンプルなポイントに判断基準をおき、それに従って、正しいことを正しいままに貫いていこうと考えたのです。

嘘をつくな、正直であれ、欲張るな、人に迷惑をかけるな、人には親切にせよ・・・・・そういう子どものころ親や先生から教わったような人間として守るべき当然のルール、人生を生きるうえで先験的に知っているような、『当たり前』の規範に従って経営を行っていけばいい。

人間として正しいか正しくないか、よいことか悪いことか、やっていいことかいけないことか。そういう人間を律する道徳や倫理を、そのまま経営の指針や判断基準にしよう。
経営も人間が人間を相手に行う営みなのだから、そこですべきこと、あるいはしてはならないことも、人間としてもプリミティブな規範に外れたものではないはずだ。

人生も経営も、同じ原理や原則に則して行われるべきだし、また、その原理原則に従ったものであれば、大きな間違いをしなくてすむだろう―そうシンプルに考えたのです。

それゆえ、迷うことなく正々堂々と経営を行うことができるようになり、その後の成功にもつながっていったのです。」

まだ頭で「知っている」のレベルで本当の血肉にはできていない。油断するとすぐに自分を差し挟んで考えてしまう。私利私欲やこちらの都合で推し進めがちになる。相手の非を先に考えてしまう。気持ちに余裕がないと怒りっぽいし、すぐに自分を棚に上げて相手を責める。

だけど、できるだけ「原理原則で言ったらどうだっけ?」「動機善なりや、私心なかりしか」と自問自答して考えたり判断することで、以前ならうまくいかなかったり、人間関係が悪くなるような局面も、良いカタチで解決することが多くなった。それと、(以前ほど)ジャッジがぶれなくなった。ジャッジの後の後悔は限りなくゼロに近い。逆に言うと、うまくいかなかったことは、たいてい原理原則から逸れていた。

原理原則で生きると、後は天に任せるのみだから迷いもなくなる。

窓の外の雪に目をやる。

まだまだマネごとだけど、実践を続けることで習慣にして、本当の血肉にしたいと思った。

42歳最後の日にまたまた思いを新たにした。

「原理原則」でいこう!

 

12 26, 2008

安らかな気持ちで

今日はクリスマスイブで、冬休みの初日。
5時前に起きてメールをチェックして、6時半から自転車に乗って。

ここまではいつもといっしょ。

そしてこれから恒例のマンモスに山ごもりの旅に出る。

ストームが来ているそうでリフトが動くかちょっと心配。が、滑れなければ滑れないで、暖炉の前で本を読んだり、子どもたちとカードゲームをするのも悪くない。

例年とまったくちがうことがある。

毎年年末を迎える時に、心のどこかに抱えたままのやり残し(持ち越し)感とか、焦燥感とかの感性的な悩みがない。とくに人間関係に起因するザラッとした苛立ちがない。雲ひとつない青空、そんな気分。

心当たりはある。

ひとつは、年を越す前に、いくつかの自分で決着をつけなくてはならないことにケリをつけられたこと。事業のこと、家族のこと、人間関係のこと。
以前より決断が倍速になった自分がいる。

もうひとつは、迎え来る大不況を前に(少しだけ)腹を括れたこと。
幸いグループ全体では業績を伸ばすことができたけど、万が一、これから売上が激減したとしても、乗り越えるための想定と備えをすることができた。

以前は、具体的な数字や要素を並べて、最悪の事態を想定することもなく、ただやみくもに高い目標ばかり追いかけていたけど、今は両方を想定して経営ができるようになってきた。

それと、幹部が揃ってきたことも大きい。彼らが多くの決めごとや調整、厄介ごとを率先して引き受けてくれるから、ボクは少し眉間にシワを寄せていたら良い。

新卒で入社して、来年で15周年になる制作部長の青木。青木は来年のキーマンのひとり。地味だけど肝心要(かんじんかなめ)の仕事を一手に引き受ける。

仲良く揃って10年目の副社長の片山と編集長の川嶋、そして国際教育事業部長の鎌塚。末っ子の川嶋がやや頼りないけど、彼らに任せてうまくいかないことなら諦めがつく。残念ながら自分より頼りになる。

5年目にして、編集制作と全事業部を横串で束ねる編集局長の西川。ライトハウスの未来は西川がいて描ける事業構想ばかり。身内褒め過ぎだけど天才だと思っている。

そしてひとりひとりの名前を書き記したいくらいのメンバーたち。

彼らのおかげで、安らかな気持ちで年末を迎えている。感謝。

しっかり充電したら、来年もまた火の玉で全力疾走!行ってきます。

12 25, 2008

我が家の味

今夜は親しい仲間が我が家に集いクリスマスパーティ。
エンターティメントルームからはクリスマスソングが流れてくる。

「アナタ、おでんをお願いして良いかしら。お義父さんに作り方キチンと聞いてね」

というカミサンの指示で、日中はおでんの仕込み。

水に浸した昆布に火をかけ、スジ肉と練り物を下茹でして、卵は2ダース分、水から茹でる。4つのコンロがフル活動している間に、大根とジャガイモの皮を剥く。

時々キッチンを覗きにくる親父が、「大根には一握り米を入れてな」「それから厚めに切って、味が染みるように切り目を入れての」「卵は沸騰してから10分がおでんには最適なんじゃ」等々、指示が飛ぶ。

親から子に受け継がれる我が家の味。ちょっとヘンな感じでもあるが。

12 23, 2008

クリスマス会

昨晩はライトハウスのクリスマス会(慰労会)。
人生で1番楽しくシアワセな時間のひとつとなった。

社屋2階を会場に、LAの本誌メンバー、今年からひとつになったLCE(教育事業部)のメンバー、サンディエゴから駆けつけたメンバーがいっせいに集まって、年の瀬のひと時を子どものように楽しんだ。

とくに今年は各部横断でメンバーを選抜して「実行委員会」を発足。年末進行でハードな日々の合間に、それは入念な段取りでみんなを楽しませてくれた。

チーム対抗のゼスチャーゲームでは、メンバーのふだん見れないキャラクターの発見やトンチンカンぶりに、みんな腹を抱えて大笑いした。また、芸達者の青木くんや中山くんなど一部のメンバーだけでなく、ふだん一見おとなし風の廣田まで、ボクのモノマネをサラッとこなせるのに一本取られた。

今年で引退する親父もみんなに混ぜてもらって、一問も当てないどころか一言も発しなかったけど、チームが勝ち上がる度にメンバーとハイタッチを交わして、顔をくしゃくしゃにして喜んでいた。そして優勝までさらった(!)。

ありがたいことに、親父のために引退セレモニーのコーナーまで設けてくれて、花束と寄せ書き、そしてみんなが身銭を切って用意してくれたプレゼントが贈られた。

ちょっと不良っぽいシャツの胸には「HIRO C(ひろしー)」(親父のファーストネーム)の刺繍が施されていた。
若いメンバーの中で、ひとりだけおじいさんの親父を、これまでみんな本当にやさしく大事にしてくれた。なんでこんなに良いヤツらなんだろう。

割れんばかりのみんなの拍手の中で、口下手な親父は目の縁を赤くして「ホントにありがとうございます」と声を振り絞った。

色紙いっぱいに書き込まれたみんなの寄せ書き、そのまん中にカラーでそっくりに描かれた親父の似顔絵を眺めて、親父がライトハウスで働いた60代後半もけっこうシアワセだったんじゃないかなと思えて、気持ちが少しだけ軽くなった。

一次会の〆はビンゴゲーム。

みんなで集めた賞品が盛りだくさん。全員がカラダを前のめりにさせながら、読み上げる番号に一喜一憂した。ビンゴの順番にテーブルに並ぶ賞品から好きなものを選べるのだけど、早々にあがったメンバーに向けて、みんなが「えーんぴつー!」とか、スカの賞品名を連呼で浴びせつけ、高価な賞品から遠ざけようとした。

人一倍笑うボクだけど、今年1番笑ったと思う。

大変な時代の入口だけど、この先どんな恐慌がこようが逆境になろうが、この仲間たちを守り抜くのだ、この仲間たちと乗り越えるのだと、思いを新たにした。今年も本当におつかれさま。そしてありがとう!

うれしくって2次会で飲み過ぎて二日酔い。反省のオマケ付。

*ライトハウスレディース

12 21, 2008

クリスマスの風景

12月も中旬の週末の夜。

ボクが立てたクリスマスツリーに子どもたちがオーナメントの飾り付けをしている。会社のクリスマスカード同様、例年より2週間遅れだけど(!)

多くのご近所もこの数週間で思い思いの飾り付けが出揃い、会社からの帰り道を和ませてくれる。

クリスマスと言えばサンタクロース。

ボクの幼少期の昭和40年代前半にも、サンタがプレゼントを届けてくれる習慣は四国にもあった。フィンランドから遠く瀬戸内海を越えてありがたいことである。

サンタを自分の目で確かめたかったボクだけど、母親の「見たら目が潰れるで。毎年たくさんの子どもの目がそれで潰れとる」という脅しにビビりまくって、ついぞこの目で見ることはできなかった。

煙突はなかったけど、我が家には3回もサンタが来てくれた。

1回はオセロゲーム。これは今も感謝している。

あとの2回は本。

それもキュリー夫人とリンカーン大統領の自伝。

弟が野球盤のとき、脅してトレードしそうになった。

サンタはボクに化学者か政治家になってほしかったんだろうか。せめて秀吉とか、サザエさんにしてほしかった。

それから紆余曲折、30年くらいしてボクにプレゼントをくれたサンタ夫妻は離婚してしまったけど、夫人の方は数年前に再婚して近頃は家庭菜園に勤しんでいるらしい。

昨日の朝早く「アンタの会社、不況で潰れてないんな」とサンタ夫人が電話をくれた。アメリカが不景気だからライトハウスも倒産すると思ったらしい。想像が膨らんでずいぶん心配したのだろう。それにしても直球。

「ありがとう。こっちもすごい不景気やけど、うちは恵まれとる。よう伸びとるで」

「伸びとる」は大袈裟だけどサンタ夫人を心配性だから言葉を選んだ。

好き勝手で振り回されてばかりに思えることもあった親兄弟だけど、目を瞑って思い返したら、ボクが今に至る道を応援し続けてくれた。生んでくれて、荒っぽいけど育ててくれて、不器用だけど支えてくれて。感謝を忘れがちになる自分をすこしばかり恥じた。ボクはつい不足を思うところを改めねばならない。

経営者になったボクだけど、リンカーンとキュリー夫人、ちょっと気になってきた。
あの時は挿絵しか見なかったけど、そろそろサンタの秘めたる真意を探求するために、この冬休み、読んでみようかな。感化されて、40半ばから政治に詳しい化学者を目指したりして。

書斎でボクの背丈より高いクリスマスツリーを眺めている。

幼稚園の頃、ボクたち兄弟に買ってくれた小さなツリーと、一年で一回きり、我が家の大ごちそうだった骨にアルミ箔を巻いたチキンレッグが懐かしく思えた。今でもボクのごちそうのシンボルだ。

*庭の花/12月13日撮影

12 15, 2008

時間に対してのコスト感覚

昔は12月前後となると毎晩のように忘年会の会食が入って、年末進行の多忙さが重なって、終いには倒れ込むようにクリスマス休暇に入ったものだった。

そう言えば20代30代は、年末に限らずとも、ボクは年中誰かと昼に夜に会食をしては、自分がまったく知らなかった業界の構造や、世の中とか社会の仕組みを学ばせてもらった。規模の大小に限らず、無数の経営者や管理職の方たちの苦労や悩みを聞くことができたのも財産だ。(そしてそのうえ広告までいただいていた)

会社勤めをしたことがないボクは、毎日マンツーマンで「世の中」学の講義を受けていたようなもんだろう。

読書で言うなら、図書館の本を片っ端から貪(むさぼ)るように読みあさる。そんな風に、自分の世界を広げて、人のつながりを築くことに重きをおいたのが20代から30代。

40になってからは、重要な仕事の話や会食は基本的に昼間に集中させるよう徐々にシフトチェンジしている。
公式の席も、副社長の片山や編集局長の西川、川嶋に任せるようになった。

夜はなるべくひとりで考えたりインプットの時間に充てて、外に出るときは、本当に会いたい人(大切な仲間、ワクワクする人)、学びたい人(教わりたい相手)、育てたい人(部下や若者)とのみ、テーブルを囲むようにしている。

結果として相手はクライアントや仕事関係であることが多いけど、そこでは人生や経営についての本質的な話をすることが多い。バカ話や色恋の話をするのも楽しいし好きだけど、それだけではつまらないし、実がない。それに、大切な人間関係の中で見栄を張ったり、変化球を投げることは人生をムダ遣いすることだ。

だから「取りあえず会う」とか「せっかくだから飲む」ことは極力避けるようにしている。

そんな気持ちで会うのは相手にも失礼だし、本当に人生の数時間を費やすに相応しいか、考えるようになった。

それは会食に限らず、会議や情報共有においても同様の考え方だ。時間に対してのコスト感覚って重要だと思う。相手(自分)の大切な時間、有限の時間を尊重したい。1分1秒だって、人が死ぬまでの時間の中の人生の大切な一部なんだ。

時間に対してのコスト感覚を意識して、クオリティの高い時間を過ごすことは人生の質を高めることにも繋がる。だからボクは(とくに社内では)せっかちにも映っているだろうし、時間に対する感覚がかなりキビシイ。

経営の進め方も、全体のコンセンサスを取って進めることも大切だけど、決断の多くのことはトップか、部署のリーダーか、任されたメンバーが決断すれば良いと思っているから、できるだけ当事者に考えさせて、判断してもらっている。ホウレンソウ(報告、相談、連絡)はしてもらうけどね。

うちは大手でもないし、仮に力量不足で移動や降格をすることはあっても、任せたからと言って本人に失敗の責任を取らせることはしない。血縁はないけど家族経営だと思っているから、失敗はみんなでカバーすれば良いし、最終責任はすべて家長のボクだ。

話が逸れていくけど、ボクは、「会議」は相談やブレストの場でなく、本来「決断」の場だと思っている。情報共有やブレストなんて必要最小限の当事者が前もってやっておくべきもので、そこでだらだら情報共有したり考え始めるなんて有り得ない。

その昔、たまに公的な集まりのメンバーとして出席することがあったけど、ボクはたいていユウタイ離脱したり、議長の精緻な似顔絵を描いてしまった。企画書を数本書き上げることもあった。議論が散漫で浅くて長いのだ。

だからボクは、経営会議とテコ入れが必要な会議以外には参加しないし幹部やメンバーに任せている。

それだけ信頼をおく幹部で固めているから、例えば、出張で何週間も空けてもボクから電話をすることはほとんどないし、ジャッジの確認はほとんどメールで事足りる。まわりの経営者から「アンタは幹部にも恵まれてる」とよく言っていただける。一番の褒め言葉ではないか。自分が褒められるよりうんとうれしい。

会社にはジャッジしなくてはならないことが無数にある。

トップがいっしょにうんうん唸って考えることがどれほどあるだろう。それよりもボクは、船が転覆しないよう、時代の変化のなかで、対応し、成長を重ねられるように準備をしておくのが一番大切な仕事であり、使命だと思っている。

もうひとつ、重きを置いているのが社員教育。教育が、経営における最大の投資だと信じている。

考え方や発想、個性は100通りあったらいいけど、本来、経営や日常の判断は、メンバーの誰がしても同じ答えが返ってくるべきだろう。

同じ価値観、哲学の共有。そのために週3回も勉強会をやっているのだ。

会社の社是と経営方針と照らし合わせたら、本来ジャッジがそうぶれるはずがない。会社のルールブック(判断基準)は、ボクのアタマの中ではなく、社是・経営方針にある。そこが徹底されるようになったら、いつかボクがバトンを渡しても経営が揺らぐことはない。

話を戻そう。

ボクの40代。

今では新しい本を片っ端からというより、昔からの特別な本と、これはと思った本だけを、何度も何度も読み返しては深く掘り下げる、そんな読書を好むようになってきた。人間関係も同様の傾向がある。大切な人たちとていねいに関係を育みたい。

はてさて。今日は生意気に時間に厳しそうなことを書いてしまったけど、ボクの人生の中で「特別枠」の時間がある。

若いヤツらの応援だ。

インターンや学生協会の支援、講演やテレビ出演がキッカケで出会ったたくさんの若者から、人生や就職に迷ったり、ピンチの時に相談がくる。会ったことない若者からもくる。

深い悩み、青臭い迷い。

聞いてほしいだけのこともある。

腹が減ってるだけのことも多い。

それもこれも含めて、彼らの人生を応援したり、背中を押してやるのが、ボクのライフワークであり人生のヨロコビだ。

12 14, 2008

いつでもハッピーくん

14歳の息子はたいていボールを蹴っているか、ドラムを叩いている。「オマエ宿題したのかよ」と問うと、「うん、ちょっと待って」と何か答えるのかと思ったら、ヘルメットをかぶって自転車で遊びに行ったり、冷蔵庫を開いたりする。

勉強しないで大丈夫なものかと思ったら、通信簿は体育と音楽だけAだった。

勉強をサッパリしない割にはテストの出来が悪いと一人前に悔しがる。

イヤになるくらいボクの子どもの頃そっくり。

そう言えば、もっと小さい頃、彼は「ボクは将来MIT(マサチューセッツ工科大学)に行くんだ」と胸を張ってオトナを感心させたものだけど、近頃では少し世の中がわかってきたようで、あまりそういう乱暴なことを口にしなくなった。

ある土曜日、ボクは息子のサッカーの練習後に迎えに行くことになっていた。
ピックアップの前に、ボクはグランドの近所のスパでのんびりマッサージを受けて、さあそろそろ行くかと時計を見てびっくり。

マッサージ師のおじさんがオマケのつもりかずいぶんと長めにやってくれたようで、練習が終わる時間をとっくに回っている。一瞬髪の毛が逆立った。

大急ぎで着替えて、すでに闇が落ちた道路を、パトカーに見つかったら大目玉を食らうスピードで飛ばした。なかなか変わらない赤信号には(自分を棚に上げて)「ええかげんに変わらんかい」と吠えた。息子を待たせている時間がずいぶん長く感じられた。

暗闇に小さな影。

街頭のない闇の中で、息子がひとりで立っていた。
寒空に子どもを待たせてまま、ボクはなんて親だろう。

「ごめん!!!待たせちゃったなあ。ホントに申し訳ない!!!」

「ううん、全然大丈夫だよ。どこ行ってたの」

「いやあ、パパ、マッサージに行ってたんだよ。もっと早くに迎えに来れるはずだったんだけど。悪かったなあ。申し訳ない!!」

「大丈夫だって。そんなの気にしないで。それよりせっかくマッサージでリラックスしたんだから。心配したり緊張したらカラダが固くなっちゃうじゃない。リラックスしないと」

そう言えば、こいつは勉強はお留守だけど、誰に対してもやさしい。誰かを責めたり根に持ったりしているところを見たことがない。

いつでもハッピーくん。もうちょっと勉強してくれてもいいんだけどなあ。

12 14, 2008