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込山洋一

静かな冬休み

冬休み。静かな良い時間を過ごせている。

ふだん通り5時過ぎには起き、読みたかった本を読み、構想を練り、(覚えては忘れる)英語のおさらいをして、ふだんの3倍くらいジムや自転車で汗を流し、マッサージで心も身体もじんわりと癒す。

朝から晩まで分刻みの「日常」からすっかり解放されて、まさに「オフ」の時間。

こういう日々にこそ、自分ができることじゃなくて、自分が本当にやりたいこととか、創りたい世界をしっかり言葉や数字に落としたい。

12 29, 2011

人生最良の夜

昨夜は会社のキックオフとクリスマスパーティ。

特別な一年の最後に、きっと人生最良の時を過ごせた。

46歳の誕生日まで3日を残し、ボクは昨日3回も涙腺がゆるんだ。

この一年を振り返ってさまざまな思いが交錯したのもある。

最初はデザイナーNくんの2012年宣言。

「私はこの会社に入って9年になります。
入社した頃は右も左もわからず、ついていくのに必死でした。徹夜や2、3時間の睡眠の日もザラでした。先輩に怒鳴られ叱られる日々。それでも失敗も苦労も困難も、努力と工夫で乗り越えました。おかげで今ではたくさんの知識と経験、技術を身につけることができました。2012年はボクが得たすべてをもっとみんなに分かち合いたいと思います。営業のみなさん、どんどん踏み込んでください。わからないことは何でも訊いてください。新しいことにチャレンジしてください。いつだって、ボクがみんなの後ろにいます」
人の成長にふれた時、すべてが報われた気持ちになる。。。

2つ目は編集のSちゃんの言葉に。

「この会社で働けて本当にシアワセです。みんなとそう話していたんです。今年もありがとうございました」

深々とお辞儀してくれるSちゃんに、「こっちこそありがとう。今年はタフだったけど、よく頑張ってくれたね」そう言おうとして鼻の奥が熱くなった。。。

3回目はパーティの最後にサプライズでボクの誕生日を祝ってくれた後。

みんなの拍手。ケーキのロウソクを吹き消して、みんなからのプレゼントをもらった時はへっちゃらだったけど、後で自分の部屋でみんなの寄せ書きを読み始めたら、文字がにじんで読めない。。。

いっしょに乗り越えた仲間たち。ついてきてくれた仲間たち。

今年は家業から企業に脱皮するための「過去最大の変革の年」だった。

二人の幹部を三顧の礼で他社から迎え、長年放置してきた負の遺産と正面から向き合い、社員の意識改革、組織の再構築、人員の大増強(50%増)、誌面パワーアップ、新規事業、在米アジア系メディアとのアライアンス、それらすべてに着手した。

負の遺産。ライトハウスは創刊以来20年以上順調に成長し続けられたことで、個人技に依存(=教育を疎かにする)し、苦手科目を放置する傾向があった。

その結果、悪習やブラックボックス、組織の硬直や成長機会の損失という負の遺産を増殖させ続けてしまった。僕の不徳である。

時間をかけて蝕まれた病巣はちょっとやそっとで完治しない。大手術の一年でもあった。

今でこそ言えるけど、一時的に機能不全に陥った2月から4月までは過去最大の角度で数字を落とした。

「日本人以外に日本語メディアの営業部はマネジメントできない」というネガティブな声も耳に入ってきた。その怒りは、外にではなく、前に推進する馬力に変換した。

その間も、冷静にワーストシナリオを描き、リスク計算は日々アップデートしたけど、決して感性的な悩みはしないように心がけ、粛々と改革に取り組んだ。

5月に入って一転、いろいろな打ち手が噛み合い始め、それ以来真っすぐに数字を伸ばした。

次第にこれまで扱えなかった大型のプロジェクトが次々と舞い込み、一時離れていったクライアントが帰ってきた。

過去に劣等生のレッテルを貼られていた営業マンはガッツポーズで帰ってきて、天井の高いオフィスに拍手がこだますことも日常になった。

新規契約も契約更新も、どこか「当たり前」の感覚になっていたのが、「大病」を患ったおかげで「有り難い」ことだとみんなが学び、心から喜び感謝し合えるようになった。

みんなが助け合い、思いやりがいたるところで見られるようになった。

去る者は去った。

幹部候補への指導は、ムンクが叫ぶくらい毎週毎日厳しくなった。

営業には毎日のように雷が落ちた。

それでも笑い声が格段に増えた。

そして、、、「V字回復」した。

僕らは、今年を起点にまっすぐエベレストを目指す。

たぶん、メンバーにとっても、僕自身にとっても、今までで一番タフでチャレンジでエキサイティングな一年だったろう。

今年こういう一年を過ごすことができて本当に良かった。

「やり切った」平安な気持ちで、今日仕事納めの日を過ごせている。

昨日のあの余韻と感謝に浸りながら。

12 24, 2011

またまたうれしい便り

最近うれしい便りが続々届く。。。

親友でノスコ社の社長の小林さんから、ジャクソンファミリーや日本のトップミュージシャンを代々木体育館に集めて主催したトリビュートライブが大成功に終わったと。

実現までの道のりが険しかったのを知っているので、たまらなくうれしい。

そんなの絶対ムリ。

じゃなくて、同じ人間に生まれてきてできないはずがない。一歩の積み重ねがエベレストのてっぺんにつながっている。そう信じ切って生きないともったいない。

せっかく生きてるんだから。実はすごくありがたいことなんだから。

12 21, 2011

Mちゃんの買物

間もなく朝5時。PCを開くと、不動産業者の友人出相さんからお礼のメール。
「Mさんの新居のエスクローが無事クローズした」と。

やった。

Mちゃんとは同級生で20年前に知り合った。

当時彼女はホステスをしながら大学に通う苦学生だった。
お客さんに連れられたクラブ。髪を後ろに束ねてよく笑う女性で、後にオバケのQ太郎に似ているのでQちゃんと呼んだ。

時は流れ、彼女は起業。苦労と浮沈を繰り返しながらも徐々に成功して、そのお金で名古屋に暮らす両親に大きな家をプレゼントした。

共通の友人ともうちょっとで結婚までいったけど縁がなかった。

自分はいつも後回し。気のやさしさが裏目に出て、利用されたり裏切られることも多かった彼女が、やっと自分の買物をした。

引越祝いには何を贈ろう♫

12 21, 2011

Kくんからの手紙

ガッツのある若者を応援するのが好きだ。
たくさんの方のおかげで今がある自分のライフワークだ。

Kくんから近況報告のメールが来た。

Kくんに出会ったのは2年前。日本の一流と言われる大学にストレートで入学後、理想とのギャップに挫折。前期で休学した直後だった。

その後、紆余曲折を経て、今彼はアメリカの大学に通っている。文字通り死ぬほど学問に身を投じている。水を得た魚のように。

こういう若者が、世界のトップクラスの頭脳と切磋琢磨して、さらに磨き上げられてゆくのだと思う。

また、環境のせいにして、世を拗ねて生きることがいかにつまらないことか、若い彼の生き様を見てつくづく思う。

彼の手紙を匿名で紹介したい。

「おじさん、

いかがお過ごしですか?今年も終わりに近づき、お忙しいことでしょう。
僕の方は、ようやく激動のセメスターも終わりほっと一息しているところです。

恐縮ながら、近況報告をさせて頂きます!
アメリカの生活にも慣れ、少し油断が出てくる頃かと思いきや。。。本当にたくさんの
素敵な出会いに恵まれて、今年も完全燃焼で様々なことを学ばせて頂きました!!

学校では、今後一生付き合いの続くであろう大親友と巡り会い、お互い切磋琢磨、
”本気で”勉学に励むことが出来ました。一日の半分以上を、食べるときも寝るときも
全て実験室で過ごしました。そんな大変な生活でしたが、全く苦ではありませんでした。
むしろ、自ら進んでその生活を楽しむことができました。

その大親友は、僕の心に大きな変化をもたらしてくれました。
というのが、彼はアフリカからのとても賢い留学生で、大変苦労して、ものすごい志で
人生を生き抜いて来た猛者でした。
とても幼い頃に、兄弟、両親を亡くし、それでも心折れずに働いて学費を払いながら学校へ通い、
常に笑顔で努力を重ね、そんな彼の生き様が評価され、国全体から選抜された最優秀者として、
アメリカに渡って来ました。

彼はホントに人間かと疑うくらいの働き者です。そんな彼と出会い、僕は心が震えました!
今までの自分の甘さが情けなくて仕方がなかったです。そして、それからは彼に努力点で負けない
くらい努力すると覚悟を決めました。いい訳無しです。

彼に影響されて、学校でアルバイトも始めました。教授の手伝いや、図書館の受付などです。
自分の身の回りの物くらい、もう自分で揃える力はあるはずです。

彼とは本当にお互いを兄弟のように思っています。

彼と出会い、彼の生き様を知り、とても反省しましたし、同時に今まで自分を支え続けてくれた
方々への素直な”ありがとう”の気持ちが溢れてきました。今まで当たり前だと思っていたり、
ずっと昔からそこにあるから、そこにあって当然だと思い込み、見落としていたものに
気付かされました。それらは、自分にとってとてもとても大切なもので、でもいつ無くなっても
おかしくないものなんだと。

一つ、失礼な態度をとり続けていた家族に対して心からの感謝を伝えました。
また、僕がこうして彼と出会い、さらに多くの仲間と出会い、幸せを感じることが
出来るのは、僕をここまで導いてくださった、僕に様々なことを教えてくださった
方々のお陰なんだ、と実感しました。

おじさん、初めてお会いして僕のつまらない話を聞いて頂いて、
その時に頂いたおじさんからのお言葉は今も強く胸に残り、元気を頂いています。
”どんな人からも、どんな小さなことからも学べる。”
振り返ってみると、おじさんとの出会いが僕のアメリカ生活の、始まりでした。

ありがとうございます。

長々と申し訳ありません。
まだまだ、まだまだ小さい自分です。もっともっとどん欲に学び尽くします。
”誰にも負けない努力”で!

今年も大変お世話になりました。
来年もまた、よろしくお願いします。」

おじさんの頑張りはまだまだ足りないなあと背筋が伸びた。

12 21, 2011

2分ルールいいかも

最近、会社の勉強会で学んだ「2分でできる仕事は先にやってしまう」ルールをさっそく実践している。そうすると、仕事の多くは2分でできるものが実に多いのに気がつく。

メールの返信、専門家への質問、お礼(電話や礼状、メール)やお詫び、会議の前の予習、小さなことの共有、メンバーへの一声。

仕事じゃないけど、知らない単語やフレーズの意味を調べて、学習帳に書き留めるのも2分でできる。

2分を即座にやっつけることが、思考や行動の摩擦係数をゼロに近づけることも発見。
もちろんチームでのバトンリレーも倍速だ。まだまだ磨けるタイムマネージメント。

12 15, 2011

この大好きな国で

いつか日本のアップルになるんだ。
あと5年で日本中の人が知ってるライトハウスになる。
10年でアメリカ人もみんな知ってる企業になる。

そんな想いで2012年からの事業計画を書いては消して書いては書き直す12月の週末。

その間も営業のMちゃんから先週やらかした大きなミスが気にかかって眠れないとメール。何があってもオレに任せろと返信する。命まで持っていかれはしない。

同じく営業のAからは大型受注をした先週の勢いのままメールの返信。この子は今年一番伸びてるひとり。人の倍じゃなく10倍飲み込みがスローだけど、こういうヤツはできないヤツの痛みやつまずくポイントがわかる。

新米のJからは緊急電話。仕掛かりの仕事をやり遂げるために事務所を開けようとして、暗証番号を間違えて警察が来るかもと受話器の向こうで冷や汗。警察がJを逮捕する理由もないから頑張っとるなとひとまず励ます。

振り返ると、営業、教育、オペレーション、制作、編集、サンディエゴ、すべての事業部のみんなが本当に頑張ってくれた一年だった。全員抱きしめたい。だけど来年はさらにさらに高くハードルを上げる。

今歩いてるのは300メートル級の山、というより丘だけど、ライトハウスが目指すのはエベレストだ。求められる目標の高さも、体力も、装備も、覚悟も、リスクも何もかもちがう。

彼らがせっかく縁あって集ったこのライトハウスが、30人が50人、50人が100人、やがて1000人へ。

メディアから教育事業、マーケティング事業、商社、流通、やがて世の中になかったビジネスモデルに。そしていつかアメリカを代表する企業に成長する様を彼らと共有したい。

300メートルに視界から10000メートルになる様をいっしょに見たい。

そんな想いを事業計画を睨みながら強くする。どう埋めるよ、足りないパズルのピース。

せっかく大好きな国で、大好きな仲間と、大好きな仕事をさせてもらって、1ミリの妥協もしたくない。絵の具の最後の1滴まで人生を生き切りたいと思う。

あと2週間ちょいで46歳。遅くないけど、無駄にできる時間はない。

12 11, 2011

2分ルール

油断するとTO DO LISTが消す(解決する)より、増えるスピードが速い12月。

メールを開くと、幹部からメンバーに向けてタイムマネージメントについてのアドバイス。

なるほどなるほど。

さっそく置きっ放しになりがちな目の前の小切手にサインをする。

仕事はすべてバトンリレー。自分のところで留めないこと、素早くバトンを渡すこと。意識せねば。。

GTDの「2分ルール」(社内メールより)
 GTDの特徴の1つに、「2分ルール」があります。
これは「2分でできることは今やっちゃいましょう」というものです。
このルールが身についてくると、「この仕事は2分でできるだろうか?」と常に考えられるようになります。そうなると目の前の細かい仕事は、ぱぱっと片付ける癖がついてきます。
 2分でできることも「やるべきこと」リストに加えていったらリストが膨大になってしまいます。
そうなるとそれだけでなんとなく気が重くなってきます。
「2分」を意識することで、抱えるべき「やること」リストはなるべくスリム化しておきましょう。

12 10, 2011

長谷部誠さんの本

日曜日の午後。

友人の勧めでサッカー選手長谷部誠の著書「心を整える。」(冬幻舎)に感動感服。
少していねいに読書日記を書いた。

長谷川さんは若いけど、日本代表チームのキャプテンに選ばれるべくして選ばれているのですね。いっぱい教わりました。

借りてから少し放置してたのだけど、読み始めてすぐに脱帽最敬礼。最初、若いアスリートの書いた本なんてと先入観を持ったことを反省しました。。。

ここ一番に最高のパフォーマンスを発揮するための日常の努力や習慣は、そのままビジネスや経営の世界に当てはまる。

たくさんの学びの中でとくに勉強になったのはこの一節。

「チームメイト、監督、スタッフ、事務所の人たちなど、まわりには支えてくれる人たちがたくさんいる。その人たちを支えているのはそれぞれの家族だ。みんなの助けがあってこそ、僕はピッチに立つことができる。

だから僕は関わる人たちだけでなく、その人たちの家族のことも思いやれる人間になりたい。

両親の誕生日には必ず電話をしたり、プレゼントを贈るので、友達からは「オマエはマメだよな」と言われることがある。

けれど本当に感謝する気持ちがあれば、お世話になっている人に何かすることを面倒に思ったりはしないはずだ。

少しでも時間や労力を取られるなあと感じたら、それは心から感謝していない証拠かもしれない。

感謝する能力はいくらでも伸ばせるし、それに感謝は自分のためでもある。

もし自分が感謝の気持ちを忘れなければ、まわりがどんどん自分にポジティブなエネルギーをくれるはずだ。

周囲から助けてもらえる選手と助けてもらえない選手では、成長スピードにも差が出る。

関わる人すべてを幸せにするつもりで働けば、その気持ちは結果として還ってくる。僕はそう信じている。」

これからはウチの幹部や社員と接する時には、彼らの家族やパートナーを思い浮かべようと思った。

また支えてくれるクライアントやベンダーさんの家族も想い、感謝する習慣をつけることも実践したい。

その人を後ろで支える人たちに心で手を合わせる習慣をつけよう。言葉や贈り物で喜んでもらうことを惜しみなくしよう。自分自身もそれを楽しもう。

そう思いました。

12 05, 2011

弟への返信

弟分のHくんについ長い返信を書いた。

自分より実は本人の方が考えてるし、本質をわかったうえとわかってながら、つい気になって、心配で口をはさんでしまう。

「事業がますます順調でうれしいぞ。
常に最悪の事態を想定して、儲かった時はまず経営のダムを作って。

ピンチの時の備え、勝負の時の備えに。

そのうえで、従業員への還元はとても大切。
物心の両面で大家族を報いることは経営者の使命だと思う。

でもそこはバランスをよく考えてな。

昔、ロサンゼルスタイムズに負けないくらい給料を出したいと言って、人事コンサルタントにアドバイスされたことがある。

「その気持ちを大切に。でもバランスがとても大切。まず業界の1割、2割多く出すことでも十分ではないか。それ以上奮発することは経営のバランスを崩す」

その時は正直「コイツにワシの気持ちはわからん」と失望したけど、あれから10年以上経って、世の中が目まぐるしく変わって、LAタイムズや主要メディアが傾いて、また事業を当時より緻密に経営をするようになって、少しその意味がわかるようになってきた。

うまく言えんが、できるだけ給料を出して、物心で大家族(社員やその家族)を幸せにするのは大切なことだし、経営者の使命だ。

ただそのバランスが重要。

あとで下げる必要はないか。給料を下げるのと降格は滅多なことがない限りしてはならない。オレはその失敗をして人を傷つけてきたし、自分を斬りつけてきた。

それと経営のダムを作れているか。

職務と職級の要件が明確で、その使命を満たし続けられる人事システムになっているか。常に向上心と危機感を持ち続けられる環境が必要。人はつい馴れてしまうし、楽な方に流れるのが常。。。キリがないなあ。

また酒飲んだ時に続きは話そうw」

送ったあとで読んでみてチグハグでまとまりがない。

そうだ。言いたかったのは、経営者の覚悟。。。

今の給料もインセンティブも大切だけど、もっともっと大事なのは雇用を守り続けること。その社員や家族が安心して老後を迎えられるよう、雨の時も、嵐の時も、病苦に見舞われても、カラ手形をつかまされても、経営が行き詰まることがあっても、何十年、気の遠くなるような覚悟を持って、支えてくれるメンバーの生活を守り続けることだ。

それは自分にも言っている。それがオーナー経営者の覚悟だ。

12 05, 2011