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込山洋一

アメリカンドリーマー列伝(1)

先のブログで触れたけど、ボクは先週のわずか一週間の間に、日本から渡米しておそらく現在もっとも成功している経営者5人のお話を聴くことができた。

自分の勉強のために講話から学んだことや心に響いたことをまとめるのだけど、こんなスバラシイ話を独り占めするなんてもったいないから、そのままブログに書いてみなさんとシェアしますね。

(1)    吉田グループ会長 吉田潤喜氏
http://www.us-lighthouse.com/ustrend/e-9420.html
まずトップバッターは吉田ソースの吉田会長。年商200ミリオン(約200億円)の吉田グループの会長だ。人となりは、ライトハウスのホームページに詳しいが、事業のスケールもさることながら、吉田会長が子どもの癌治療を始め、医療機関や医療の研究開発への積極的な支援が素晴らしい。毎年500人を招待する自宅での感謝パーティには州知事も常連。

・ バスを動かす
「何か始める時に、足りないものばかり数えても、計画ばかり立てても仕方がない。まず行動するんだ。ガス(資金)が切れて、バス(大きな仕事)が動かなくなったら降りて必死で押せば良い。気が狂っていると思われてもひとりで押すんだ。血みどろになって必死で押していたら最初はまわりが傍観していても、そのうちにいっしょに押し始めるよ。気が狂ってるって言われたのは誰。松下幸之助さんでしょう。本田宗一郎さんでしょう。そういう人が世界を動かすんだよ。思ったらまず押しなさいよ」
(解釈)入念な計画は大切だけど、誰もの想像の範囲で、誰でもできることから、成功も新しいものも生まれない。成功や新しいものは、ひとりでも大きなバスを押し続けるくらいの信念とパッションが必要だ。押し続けていたら、まわりも神さまも放ってはおかない。

・ 金に化ける
新商品の「チャイニーズ スィート&サワーソース」が当初さっぱり売れなかったのが、「ハワイアンBBQソース」にラベルを変えたとたん大ヒットしたことについて
「名前を変えることで(消費者は)カンタンに使えそうな気がしたんやねえ。同じように、今持っているものがちょっと切り口を変えてやることで『金』に化けることがある」
(解釈)あきらめる前に視点を変えて見つめてみよう。ちがう魅力や価値が浮かび上がるかも知れない。ボツになった商品や企画はもちろん、人材や顧客(関係性、販路)、生産能力はパズルの組み替えで「金」になりえる。柔軟な発想、アソビ心を持とう!

・ チャンスを逃すな
同業他社がすべて断った、3日以内にナイキのシアトルの工場からソウルの倉庫に運ぶという仕事を、根拠もなく「できる」と即答し、実際には社員を飛行機で飛ばして約束を果たしたエピソードにふれて
「10秒でできるって答えたよ。プロは無理と言う。社員も無理言うた。頭で考えたらそんなことわかっとる。だけど、これはと思ったら絶対に推し進めないとイカンのよ。この“試験”の意味は後で知ったけど、当時極秘でナイキが開発していたエアソールを、気圧や温度変化によって劣化しないタイムリミット以内に運ぶためのものやった。その時に得た信用のおかげで、今ではナイキの全世界の流通の大きな部分を任せてもらってるよ。チャンスと思ったら、絶対逃しちゃいけない」
(解釈)「これは」と思ったら、瞬時に決断をして押し進めなくてはならない。チャンスと思ったら逃してはいけない。

・ 夢中であれ
「ゲームに夢中になるくらい仕事って夢中でやるもんだよ。人生はがむしゃらに走ったら覚えてないもんだよ。(創業期)ソース詰めてる写真なんかないもん。作って詰めて売り歩いて必死やった。ソース詰めてる前で写真撮っとるヤツがおったら回し蹴りしとったよ。それと、その日のことはどんなことがあってもその日のうちに終わらせた。次の日に持ち越さない」
(解釈)夢中で打ち込める仕事、時間が経つのも忘れるくらいの仕事こそ天職といえる。最大のタイムマネジメントは、その日できることはその日のうちに終わらせてしまうこと。

吉田会長の面白いエピソードはまだまだあるのだけど、ボクはとくにこの4つに響いた。

吉田会長を始め、ゼロから大成功した方はその何倍も(致命傷にならない)失敗をしているし、まず決断が速い!そして行動も速い。チャンスは指をくわえているうちに逃げていくことを熟知している。

こうしてまとめると、セミナーのメモ書きが頭から腹に落ちていく。

次回は石井龍二さんの話をまとめてみたい。
 

09 30, 2009

別人28号

昨日、ブログに「近頃マヌケな顔で人様の前で話す機会が増えたけどだいぶ恥ずかしいぞ」と書いたばかりで、今日さっそく起業家の協会の方に講演をさせてもらった。まったくもって恥ずかしい。

それにしても、5人の成功者の話を聴いた後なので、おかげですごく謙虚な気持ちで話すことができた。これから起業する方、起業したもののなかなか離陸できない方と同じ目線、同じ立ち位置で話ができたと思う。

小さな規模だったので、講演が終わってからほとんどの方が並んで挨拶をしてくれた。みなさん、勇気が出たとか元気になったとか面白かったと言っていただけて全力でお伝えした甲斐があった。とりわけ「これまで迷いがあったけど、吹っ切れた」と言ってくれた方がいてうれしかった。

せっかく遠くから期待して足を運んでくれた方たちに喜んで帰ってほしい。

こんなふうに外で話をする機会が多いから、まわりは信じてくれないけど、ボクは人前で話すことが得意ではない。

なんせボクは講演の機会をいただくと、来てくれた人全員に満足してもらわなくてはと気負いまくってしまう。

その結果、命が縮むんじゃないかと思うくらい毎回極度の緊張に悩まされていた。講演が近づくとだんだん気持ちが重くなり、会場から逃げ出したくなったり、呼吸がうまくできなくなって気絶しそうになることもしょっちゅうだった。

そこで最近意を決して、親しい臨床心理ドクターに相談したら、

「そんなの無理ですよ、込山さん。ひとりでも喜んで帰せたら良いじゃないですか。全員、とか気負わず、1人でも多く、で良いのです」

と答えてくれて気が楽になった。

ドクターのアドバイスをもう少し詳しく書くとこうだ。

強い自分(仮に青)と弱い自分(仮に黄色)があって、ボクは、人に弱さや弱みを見せたくない性質が人一倍強くて(これはあるトラウマから来るもので話せば長い物語なので省略)、黄色の部分をカーテンの奥に隠そうとしてきた。

しかし青を前面に出そうとし過ぎると、反作用で黄色、すなわち不安や弱さが増大してしまう。

とくに初めての人を相手に講演やスピーチをする時には、自分の器や価値が見透かされるのが怖くて、ことさら青を前面に出そうとして、結果黄色が増大してしまい緊張しまくっていた。

(要は、自分を大きく見せたい、よく思われたい、そんな自我や見栄が邪魔していたのですね。この時気づいたのが、もう背伸びしたり見栄をはる必要なんてどこにもない。オレは素のまま、ありのままで良いではないか、ってこと)

青と黄色を分ける必要はない。両方とも自分で、それが混ざりあった段差のある緑で良いのだ。黄色(気の弱さ、自身のなさ)は、言い換えたら繊細さであり、ユニークさであり、人間らしさの表れと理解したら良い。

またカリスマは、強さと判断力と知性も備えているけど、決してすべてにおいて「完璧」ではなく、「弱さ」「繊細さ」「人情味」など、一見頼りなく、まわりが心配する性質も併せ持っているもの。青を見せようとしなくていい。黄色の強い緑を見せたら良い。

もうカーテンの奥も手前もなく、どこで切っても金太郎飴(自分)、色の濃淡がちがうだけ。それを強くイメージすると良い。

そして、開き直るのではなく、「どうなってもいいや」という気持ちを持てることが大切。不安になる自分を心配することが不安を増幅させ、苦痛にしている。

こんな内容のセラピーを毎月1回のペースで4回受けた。

おかげで、これまでの講演前の緊張レベルが10、講演中のレベルが10とすると、現在では講演前が2〜5、講演中は1〜3くらいに改善した。
これからも「あれ」っと思ったら、早めに看てもらおうと思う。

心理カウンセラーのドアを叩くのは躊躇する人が多いだろう。
「精神病ととられないか」そんな心配が先に立つだろう。

「クリニックに通う=キチガイ」では決してない。

長い人生の中で、風邪をひいたりケガをするように、心が病いになることだってある。ボクのようなケースだってあるだろう。

そんな時はプロにチカラを借りるに限る。
法律は弁護士、税務は会計士、焼肉は専門店、みんな決めてるように、心のことも早いとこプロに相談するのが1番だ。

ところで何で今、って話もすると、
ボクは今年(創業20年)を事業の本当の意味のスタートラインと捉えている。これまでが助走。これからはジャンプ。

ある日、新たに100人の会社、300人の会社を任されることがあるかも知れない。

500人、1000人の前で自社のプレゼンテーションの機会をもらえるかも知れない。

そんなチャンスに「ボク、人前で話すの苦手」なんて言ってたら便所に流されてしまう。

その時に備えて、大勢の前で伝える力を磨くことは絶対条件なのだ。

このことと、ゲストとお祝いの日以外晩酌をやめたこと、食生活をダイナミックに改善したこと、夜寝る前の時間をほろ酔いモードから学習時間に充てたこともすべて次のステージに堪える精神とボディに改造するためだ。

この勢いで別人28号になるのだ。
 

09 30, 2009

一週間の意味

9月27日、日曜日の朝。
盛和塾(*1)ロサンゼルスの設立5周年記念の合宿(塾生による経営体験発表)でパームスプリングスに来ている。

昨日(土曜日)は朝6時に自宅を出て8時過ぎに会場のパームスプリングスののホテルに到着。

その前夜はライトハウスの20周年記念イベント(アメリカンドリーマー石井龍二さんの講演会)で、打ち上げを終えて帰宅したのがしっかり午前様だったので、仮眠をとってそのまま出てきた感じ。

それでも、アメリカの塾生でもっとも成功している3人の話を、一時に聴けるこんな恵まれた機会はそうそうないから、一言一句聞き漏らさないように一日中夢中でメモをとった。もう、節分の豆の代わりにダイヤモンドを至近距離から一日中浴びてるような感覚。

日本からも3人の経営者がゲストスピーカーとして駆けつけてくれたけど、そのうち2人は、3人のアメリカンドリーマーの合間にすっかり霞んでしまった。申し訳ないけどメジャーとリトルリーグ以上のステージのちがいだった。

ステージのちがいとは、事業のダイナミックさや売上の規模ももちろんなんだけど、「私、こんなに一生懸命です。苦労しました。褒めてほしいし、認めてほしいのです」といった耳くそみたいな段階を超越して、人格や生き様そのもののスケールの大きさがまったくちがうのだ。

もう、「自分」とか「見栄」とかいった雑味やエグ味が抜けて、「利他の心」(自分以外を思いやり慈悲の心)の中で生きている感じ。そしてなお、ひたすら精進し続けているんだから。

ボクにとって、身近(同じアメリカの塾生)にいるけど、人格も実績も志もすべてにおいて(今は)敵わないお手本を前にして、感謝のダムが決壊しそうになるとともに、ボク自身の謙虚さと努力が足りないことに改めて気づいた。近頃マヌケな顔で人様の前で話す機会が増えたけどだいぶ恥ずかしいぞ。

先週の20周年イベントの吉田ソースの吉田会長、AFCの石井社長、そして今回の3人。日本人でゼロからスタートして、もっとも成功(実業部門)しているアメリカンドリーマーのトップ5(たぶん)に1週間のうちにみんな会って、徹底的に話を聴かせてもらえたことになる。

今このタイミングでまとめて会えたこと、話が聴けたことの意味を静かに考えている。

「創業から20年、がむしゃらに走って最低限のカタチは整ったのう。今がまさに経営の登山口。ここまでひとまずはマジメに頑張ったご褒美に、お前さんと同じアメリカの土俵で大成功した経営者5人とまとめて会わせてあげよう。
大成功した経営者とて、完璧である訳ではない。多くの学ぶべき点と、人としてのあわせ持つ弱さ、脆さ、苦悩の両方を味わい尽くすとよい。
それらを引っ括めて、経営者としても会社のステージも、お前さんはまだ5人の成功者のはるか手前を走っていること。今の延長では到底追いつけないことを、身を持って知るがよい。目を逸らさず、徹底的に己の未熟さ、愚かさを知るがよい」

そんな声が聴こえた。
 

(1*)京セラ創業者稲盛和夫氏の経営哲学を学ぶ経営塾。会員が約5000人。日本を中心に北米、ブラジル、中国など海外も。会員企業の総雇用数は100万人を超え、会員全社の売上総計は20兆円に達する
 

09 29, 2009

さらば週刊文春

椎名誠さんを始めとするエッセイや阿川佐和子さんの対談(以前はエッセイも書いてた)が好きで、週刊文春はアメリカに来て自分の金で買えるようになってからずっと定期購読をしている。

小学校の頃には、親父が読んだ文春と新潮がいつも身近にあって、ヌードグラビアもない何となく硬派な誌面をぼんやりと憧れていたのを覚えている。

ライトハウスを創刊して間もない頃「文春のように面白いエッセイが毎号入っている情報誌にしたい」と公言したし、出来不出来はともかくそういう誌面づくりをした。今は現場のメンバーが采配しているけどその流れは継承されている。

そんなボクの公私に渡って40年近くもお世話になった週刊文春だけど今回号を持って定期購読を止めることにした。

グラビアを開くと、2年前の酒井法子の楽しそうな夫婦の写真に「シャブ夫婦 再び」と太字。まだ言うか。そのくどさにゲンナリしつつもページをめくる。

特集記事は、鳩山幸夫人の元ダンナの実名告発で「私を裏切った由紀夫くんと幸へ」だって。「不義理な略奪愛 新首相の資格を問う」と。さらに右肩には「徹底身体検査」とある。中見出しは「間男に総理は務まらない」と。

血が凍った。許せない。政治と全然関係ないじゃないか。問われるべきは政治の手腕であって、私生活は関係ないし知りたくもない。

ボクは民主党でも自民党でも国を再生してくれるならどっちだっていいけど、何で日本のマスコミは本質とまったく関係のない話を引っ張り出してきて足を引っ張るんだろう。

こんなくだらない記事、それも一番卑劣な片方の言い分だけ持ってきて、新しい首相を国民が毛嫌いするように仕向けてどうするのか。どんな人のまわりにも100人いたら面白く思ってない人は必ずいる。政治で上り詰めた人ならことさらだろう。よく思っていない人を探し出して取材して、煽って悪意をこめて導いたらどんな記事だって仕立て上げられる。それって、誇れる仕事だろうか、親や子や親友に恥ずかしくないだろうか。その強い影響力をどうして建設的な方に向けないか。

ボクは政治の世界はわからないけど、今、鳩山さんも民主党も、言ってみたら「新米」がこの国を再生させようと必死で頑張っているのに、どうしてそういうところで水を差すのだろう。

今、日本という船は本当に転覆するかも知れない危機なのに、どうしてもう少し温かい目で見守れないのだろう。雑誌が売れたらいいのか。

どうして影響力のあるマスコミなのに、国民が良い方向にベクトルを重ねるような記事を書けないか。そんな卑しい記事を書くために賢い大学を出たんじゃなかろうに。

文春がずっとお手本だったし好きだっただけに情けない。
でも、この記事を見て“ぷつん”と心が離れた。もういい。

小さな抵抗だけど、日本のためにこんな下劣な記事を載せる本を買ってはいけないと思う。
 

09 25, 2009

イベント

昨晩、吉田ソースの吉田会長のサンディエゴでの講演会が大盛況のうちに幕を閉じた。

今朝から一日中、講演に参加した方たちからのお礼のメールが届く。

「感動した」「勇気が出た」「人生を改めて考えた」「今からでも頑張ろう」「他言語で聴かせたい」ボクたちが欲しかった言葉、ボクたちのエネルギーの源泉がメールの中にちりばめられている。

参加者への講演の感想の集計は「たいへん良かった 81%」「良かった 18%」有り得ないような驚異的な数字に、ボクらメンバーも目を白黒させて驚いたり喜んだり。

イベントがうまくいった翌日、お礼のメールや集計結果を眺めるのは、クリスマスの日に、クリスマスツリーの根元に集めておいたプレゼントを一箱ずつ開けていくのと似ている。贈り主に感謝しながらひとつひとつ開けていく。

これまであまり大きな日系のイベントがなかったサンディエゴ在住の方たちに、
ロサンゼルス、ニューヨーク(NYジャピオン主催)の講演会で大成功を収めた吉田会長のサクセスストーリーをぜひ聴いてほしいと思い立ったのが3ヶ月前(会長も心意気で快諾!)。

決定後、毎号フルページの広告掲載はもちろん、地元の商店のみなさんの熱烈バックアップで街中にポスターを貼らせていただいた。

会場もできるだけ大勢の方が見られるように立派な広い部屋をおさえた。

だけど、当初はボクたちの意気込みに反してチケットの出足は今ひとつ。今日3枚、今日は1枚、今日2枚、そんなペースでみなヤキモキした。

それが、開催まで一週間を切ったあたりからチケットの売れ行きが飛躍的に伸びて、最後は会場のキャパシティいっぱいいっぱいまで、地元サンディエゴはもちろん、遠くはロサンゼルスやオレンジ郡からも大勢に方が足を運んでくれた。

ライトハウスはイベント用の人を置いていない。みんな営業や経理や編集やデザインのメンバーが、通常業務とひとり2役3役掛け持ちで、準備から当日の運営、フォローまで(インターンを含む)社内で対応する。

身内を褒めてはいけないけど、「このイベントは必ず喜んでもらえる。喜ばせたい」その信念だけで、メンバーが地を這うような努力で会場を一席一席埋めていく。

うちのメンバーしか、とは決して言わないけど、うちのメンバーだからこそ、豪華な講師陣に恥じない、会場を埋めるイベント運営ができていると思う。

ボクたちが日系社会に向けてイベントをする理由はただひとつ。

日本から縁あってこの地に移り住み、同じ日系社会に暮らす方たちに「喜んでもらうこと」

永住組、駐在員、留学生、そのバックグラウンドはちがっても、異国で言語や文化の壁を越えていくのって並大抵のことじゃない。みんな口に出さないけど、叫びたいことや泣きたいことだってあるだろう。越えたと思ったら壁ばっかりだ。プレッシャーに負けそうになることもある。ヨロコビもいっぱいあるけど、異国ゆえの苦労は尽きない。

そんな日常の連続の中で、講演会やコンサートは、非日常の世界だったり、ちょっとした「晴れ」であったりする。「ある日」「誰か」のその言葉やメロディが、人生を豊かにしたり、勇気づけたり、わだかまりを氷解させてくれたりするかも知れない。リセットできるかもしれない。
また明日から、自分や家族や職場の人を元気づけたりできるかも知れない。
もうあきらめて帰国しようかと思ってる人が、持ち直して、何年後かに誰かの背中を叩いて励ませる人になっているかも知れない。

そうなってほしい。

ここにいっしょに暮らす日系社会の住人といっしょにシアワセになりたい。
ボクのようなできそこないを、ひとまず食えるように成長させてくれたこの日系社会に恩返しをしたい。

そんな思いでボクらはイベントに取り組んでいる。

そうそう。今日こんなメールもいただいた。

「今年は20周年で20回のイベントだから、来年は21回ガンバレ」って。気絶していいでしょうか。
 

09 24, 2009

5位入賞!

9月21日。月曜日の朝。

朝礼が始まる前に、編集長の川嶋くんが部屋にトロフィー(5位!)を持ってきてくれた。

JBAのソフトボール大会はその後、ボクらがベスト4を賭けたゲームで敗れた三菱電機がそのままの勢いで勝ち抜いて下馬評通り優勝したという。

なんと大会3連覇。今なら横浜ベイスターズとも良い試合するぞ(ウソです)。

決勝戦は日本航空にコールド勝ちで大勝したそうで、大会事務局からも「ライトハウスさんとの試合が1番の接戦でしたよ」と褒めてもらったそうだ。

「ってことは、組み合わせによってはウチが準優勝したワケだ」

「まあ、そういうことになりますかね」
(と、外ではとても話せないような独善的解釈で盛り上がる)

「でも、もっと力つけたらまだまだ上を狙えるな!」

「うん、狙いましょう!」

まずは10月から再開するリーグ戦で、首位JTBをやっつけて逆転優勝するのだ!
 

09 22, 2009

本質勝負の時代

夕食後、プールで泳いで青汁をゴクゴク飲む。

就寝までの時間は主に読書に充てる。インプットと思考の時間だ。

ボクは、ニュースとスポーツ、ドキュメンタリー以外ほとんぼテレビを見ない。
日本にいる時はなおさら。

とくに、朝のワイドショーは気持ちがぐったりするから見ないようにしている。

朝から政府が悪い、役人が悪い、社会が悪いと「してくれないこと」「自分に不利益なこと」を常に傍観者の立場で不満を垂れ流す。

日本にぶら下がり思考の人が増えたのは、テレビやマスコミの責任が大きいのではなかろうか。そもそも国はみんなで創るもんだ。文句ばかり言って手を動かさないヤツはサメかライオンの餌になった方がよっぽど地球環境のためになる。ワニでもいいけどね。

それと、芸能人や有名人が「容疑者」になったら、“だから言わんこっちゃない”と偽善者の顔でもっともらしい理屈をたれる。彼らに言われたら罪人も浮かばれない。

果たして彼らにどれほどの見識があるのだろう。批判は一人前だけど自らの哲学も思想も行動も見えてこない。他人の不幸でメシを食っているとしたらとても悲しく卑しいことだと思う。

人間誰しも逆の立場にならないとは言い切れない。そんなに人間は強くできていない。上段からよってたかって人を非難したり同情してみせる様子は見苦しいし、あれを見てやさしい気持ちや思いやりをもって職場や家庭に向かう人は少ないだろう。

民放は今視聴率激減で赤字転落をして顔色を変えているようだけど、多くの良識も節操もない番組から視聴者が離れていくのも仕方がないことだろう。夢と希望と志を持って入社した多くの優秀なテレビマンが気の毒だ。反面教師にせねばと思う。

一方NHKは、視聴率やスポンサーにもそう左右されず、お金と手間と時間を掛けた良質な番組が多い。多少野暮ったくてもチャラチャラしていないのが良い。

出張中に見た「歴史秘話ヒストリア」「熱中人間」「SONGS」はどれも面白かったし、胸が熱くなった。
ホンモノを伝えたいとか、見る人の人生のためになりたいという創り手の意志が画面を通して伝わってくる。ボクらはこういう仕事をしたい。

よく視聴率の低下の原因に、YOU-TUBEやSNSなどインターネットや様々なゲームソフトの普及があげられるけどそうじゃないと思う。代わりがきたらそっちに乗り換えられるってことは、多くの人の人生にそれほど必要でもなければ、愛されてもいなかったってことなんだと思う。ライトハウスも人ごとではない。民放の凋落から学ぶべきことは多い。

近年生活者の眼は確実に肥えている。

作れば売れる時代が終わったと言われて久しいけど、情報もモノもホンモノしか残れなくなっている。昔の名前は通用しない。かつてほどブランドの威光にチカラはない。どこかのマネとか紛い物(まがいもの)はすぐに見破られてしまう。

一見たいへんな時代に見えるけど、ヨセテアゲルが通用しない本質勝負の時代がきたのだ。

淘汰はますます加速するだろうけど、こんな時代こそすくすく伸びるホンモノを目指したい。愛されるメディア、信頼されるメディア、必要としてくれるメディアにならなくては生き残れない。心して作らねば、明日は我が身だ。
 

09 21, 2009

5000の世界をのぞいてみたい

雲ひとつない澄みきった青空の日曜日。
教会のお祭りに呼んでもらった息子のジャズバンドのステージを観にいく。
 

太平洋をバックにチビたちが奏でるメロディが、海から吹き上げる風に溶けてゆく。ボクはサンドウィッチを片手にうとうと。そのまま芝生で眠ってしまいたい。なんて気分の良い午後だろう。

日本から帰ってきて5日、まだ蕁麻疹と格闘しているけど(治ったと思ったらけっこうシブトイ)、ずいぶん体調は回復した。

今回ほど心のアンバランスが、身体そのものに悪影響を及ぼすことを痛感したことはなかった。

それにもう青年のような体力はない。残りの人生、そこを気力と知力で補うにしても、健康管理をもうちょっと真剣に取り組まねばならないと痛感した次第。

そこで今回、食生活を本腰で改めることにした。

まず、ゲストやお祝い事がある日以外の晩酌を止めた。
(*注:「無事一日が終わった」とか「花の金曜日」とかは“お祝い”に含めず)

食事そのものも改革。野菜中心で多品目を心掛けている。
朝晩は、主菜の他に、ピーマン(赤、黄、緑)、セロリ、オニオン、トマト、キュウリを漬け込んだサラダをたっぷり、それと萩名産のワカメのふりかけ、青汁(アサヒ緑健のは飲みやすい)を欠かさない。肉や魚、豆腐や納豆などの植物タンパク質もバランスよく採り、炭水化物はストレスにならない程度に控えるようにした。
そうそう、朝の味噌汁も真剣に飲むようになった。
決して口にしなかったオレンジジュースやフルーツも積極的に摂取。

もう血がサラサラ流れる音が聴こえてきそうだ。
子どもの頃、「健全な精神は健康な身体に宿る」というようなことを学んだけど、歳を重ねるとその意味がよくわかる。

体調を崩すと、バランスのとれた思考も、他人を思いやる心も保つことはできない。
言い換えたら、健康管理は経営者の「義務」なのだ。

そうでなくても、経営者として次の10年20年は、より高度なバランス感覚、判断力、調整力、リーダーシップが求められる。

例えば、23歳(起業)の頃に求められたレベルや動かせる世界が10だとしたら、33歳のときは30くらいのレベルで30くらいの世界を動かしていたように思う。

43歳の今は150くらいにはなっているし(感覚値だけど)、45歳を通過する時には500くらいにはなっていたい。

50歳通過時には着実に1000くらいのフィールドで戦える自分でありたい。

1000までいったら、今は想像もつかない3000とか5000の世界も見えてくるだろう。

せっかく生まれてこれたのだから、そんな世界をのぞいてみたい。ついてきてくれたスタッフとその視界を共有したい。後に続く若いヤツらに道をつけたい。「やればできる」と自らの人生を持って証明したい。

もっと早く気づけよという話もあるけど、気づいた時が最善最速なのだ。


 

09 21, 2009

オジさんの夏は終わる

9月20日。薄曇りの日曜日の朝。
だんだんと日が短くなり、ようやく辺りが明るくなるのは6時半くらい。
早朝のサイクリストはライトを灯して山を走る。

昨日はJBA(日系企業協会)の企業対抗ソフトボール大会だった。

ボクが出張中の先週末、なんとトヨタ自動車のAチームと堀田会計事務所を撃破して3回戦に進出。

まず、最初の対戦相手は富士通。
みんなちょっと緊張気味のスタートで1回はあっさり3者凡退で0−0。
が、2回にいきなり打線爆発。一気に12点を奪う猛攻で、終わってみれば5回25−4のコールド勝ちだった。

この勝利で大会参加初のベスト8進出。
昨年が初めてベスト16だったから進歩進化。

続いてベスト4を賭けての対戦相手は、昨年一昨年と2連覇中の強豪三菱電機。
このチームは、ほとんど現役バリバリのアメリカ人プレーヤーの集団で、腕まわりの太さがメタボ編集長の川嶋くんの胴回りくらいあるようなパワーヒッター揃い。
大きなソフトボールがピンポン球のように飛んでいく。

それでもボクら和製軍団は、決して気後れすることなく、1回にホームランで3点取られたら、その裏にヒットでつないで5点を取り返し、続く2回も2点を追加。
最後はプチンと緊張の糸が切れたように打ち込まれて逆転負けしてしまったけど、5回までリードを奪う大善戦だった。

相手チームはまさかの追う展開に明らかにリズムを崩し、中盤までは大振りが目立って特大の外野フライを繰り返した。あの間にもう少し加点してプレッシャーをかけていたら、ひょっとしたらひょっとしたかも知れない。そんな淡い期待すら抱いてしまう好試合だった。って、ボクがしっかり打てたら良かったのだけど。

試合後のみんなの表情は一様に清々しく、ちょっぴり胸も張れた。
社員そっちのけで野球名人を集めたチームが珍しくない中、助っ人は足りない人数分だけ、「ヘタクソでもまず社員が参加できるチームづくり」でここまで来れたのだから誇っていいと思う。来年はベスト4以上を狙うけどね。

ひとまず、オジさんの夏は終わった。

この実力以上とも思える躍進。女子社員や川嶋夫人の応援によるところが大きいではないかと思った。みんな張り切ったもん。応援部門は優勝してたな。軽く。
 

09 21, 2009

日本の道路で思う

高速道路を走っていると、電光の看板に「車間とれ」と命令言葉で表示している。

5回くらい続けて見る頃には、車を降りてコンセント(ないか?)を抜こうかと思う。

とても人の心に届く正しい日本語とは思えないもんなあ。

その表示を見て「ホントだわ、車間を開けなくっちゃ。私ってば」と改める人がいるのだろうか。

学生の頃、「以下の問題を解け」とあると、ボクはヘソを曲げて「アンタ解け」と思ったものだ。子どもじみているけど命令言葉はされるのもするもの嫌いだから。

ボクだけかと思って長年黙っていたら、日本の問題集を解く息子が同じことを言っていたので笑ってしまった。

だけど立場を変えて、生徒が先生に、部下が上司に、子が親に対して同じ調子で「これをやれ」なんて言ったら張り倒されるだろうから、やっぱりおかしいと思う。

話を道路に戻そう。

そういう上から目線のサインもいただけないけど、「注意一秒ケガ一生」(古いか)とかの標語もそろそろ止めてもらってもいい。標語で命拾いした人より、標語に気をとられて事故する人の方が多いと思う。景観も損なうし。

そもそも運転しているのは思慮分別のある(べき)オトナなのだから何が起きても自己責任なのだ。どうか美しい日本の風景を無神経な交通標語や看板広告で破壊しないでほしいと心から思う。台無しだよ。

09 17, 2009