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込山洋一

無限大の48

12月26日。今日、無事に48歳の日を迎えました。

48という数字は、8でも、12でも、16でも、24でも割り切れる、何だかなんだってできそうな数字です。

今日から始まった48歳の1年もまた、

このブログを読んでくださっているみなさんとの絆を大切にし、

仕事においては、「その手があったか」と、世間を唸らせるような創造的な「one and only」の価値を世に送り出したいと思います。

不景気やまわりの環境、自分の才能の足りなさを嘆く前に、
自分と仲間、自分たちの未来を信じて、足元の無限の可能性を掘り尽くしていこうと思います。

シアワセや可能性、夢や希望は、遠くにあるものではなく、自らが立っている足元にあるものだと信じて。

何兆年の時間の中で同じ時代に生きて、60億人の中でこうしてご縁がつながるみなさん、2014年も明るく元気に前向きに、頑張っていきましょう!

12 26, 2013

青空

12月20日、ロサンゼルスは快晴。今の僕の気分そのまんまの青空だ。

朝の勉強会。グループディスカッションをするメンバーたちを眺めながら、社長の上野さんと今年を振り返った。

吹雪の中を、レールのないジェットコースターで走り抜けるような一年だった。

「そう来たかぁ。。。」

が、連日四方八方から飛んできた。

それを必死のパッチで助け合い、補い合い、時々気絶したり笑いながら乗り越えた。

その度に個人もチームも逞しくなった。

退屈と無縁の一年、自分の無力さを思い知った一年、そして感謝の一年だった。

「毎日が奇跡だったね。。」

今晩は、一年間頑張ってくれたメンバーたちを労うクリスマスパーティだ。

シアトルやサンディエゴのメンバーたちも集結して、西海岸のメンバー全員が顔を揃える。

ジャンケン大会の景品には、日本行き往復航空券にも使える旅行券を用意している。

本気で勝ちにいってヒンシュクを買わないようにしなくてはならない。

12 20, 2013

冷たいプールに飛び込もう

土曜日の早朝。

たまたま側にいたので受話器を取ったら日本のお袋だった。

クリスマスプレゼントありがとうで始まったけど、明日受ける健康診断がいかに大変なことか、

(40年前から聞いてるけど)心臓に爆弾を抱えていて医者が心配していること、

(100万回くらい聞いた)私は長生きはできないと思うけど心配せぬようにという決まり文句、

別れたダンナ(親父ですなあ)がいかに横着であったかという思い出し怒り、

その後は長くて覚えていないけど、北朝鮮の批判に話が及んで、最後はスッキリした様子で電話を切った。

朝から宝くじを当てた気分。

毎年師走はそうだけど、20日あたりまで慌ただしい日が続く。

人事考課や次年度の経営方針、採用の計画、それに加えて、編集は年末進行、国際教育事業部は100名を超える大型研修が目白押し。。。

(あんまり言うと、お袋の遺伝子を忠実に継承していることがバレるからこのくらいにしよう)

そんな中、昨夜はSkypeで日本とつないで高校生に講演をした。

そもそも人前でしゃべるのが苦手なうえに、ちっとも成功していないのにバカ面をさげて語るのは恥ずかしいことだから、何度も講演を引き受けるのは止めようと思った。

それでも、目の前の学生たちが目を輝かせるのにふれる度、こんな発展途上の自分の話でも、若者のハートに火をつけられるなら(恥を忍んで)一生懸命伝えようと今日に至っている。

昨日は2つのことにしぼって話した。

ひとつは、能力に関係なく「決め(決断)」は誰にでもできること。

能力には個人差がある。

だけど、決めることは誰にでもできる。

「ネガティブな言葉を使わない」「ネガティブな発想をしない」「常に前向きに生きる」

「知らない世界に飛び込む」「石橋でなくても走って渡る」

とりわけ大切な「決め」は、どんな時も「一歩前に踏み出す」こと。

それは、冷たいプールに飛び込むのと似ている。

能力のある人、持っている人は、考え過ぎて飛び込めないことが多い。

僕はけっこう平気で飛び込める。「決め」だけでできることだから。

冷たいプールに飛び込むことはリスクだけど、行動を起こさずに、居心地のよく見える場所で10年も20年も浪費することはもっとリスクだ。

もうひとつは、いろいろな道(生き方)があること。そしてそれは、まず思わなくては実現しないってこと。

有名な大学に入って、有名な企業に入ること。

それを否定する理由はどこにもなくて、とても素晴らしいことだと思っている。僕の多くの友人もそういう道を歩んできて、尊敬すべき人生を送っている。

だけど、選択肢がそれだけではないことも知っていて欲しい。

生きる道は、今地球に存在するだけど60億通り以上ある。

暮らしたい国も、就きたい仕事も、いっしょに働く仲間も、自分次第で選ぶことができる。

2つの国に同時に暮らしてもいいし、一生に3つの国で暮らしてもいい。
(一生に4人も5人もパートナーが変わるのはどうかと思うけど)

でも、それを頭の中で「そんなのできっこない」「そんなの理想だ」と思った瞬間に可能性はゼロになる。

自分の天井を勝手に決めないこと。

自分と自分の未来を、他でもない自分自身が一番信じてやってほしい。

だからキミたちは海外に飛び出すのだっ!

そんなメッセージを贈って、オジさんは友の待つ酒場へ車を走らせた。

12 14, 2013

卒業生

12月3日。日付が変わったサンフランシスコのホテル。

弟分のような経営者夫妻と楽しい会食を終えて、ひとり部屋でメールの返信が一段落。

近頃、「卒業生」からのうれしい報告が続いた。

飲食未経験でフードトラックの経営に身を投じたSくん。

保健所の認可で、離陸にずいぶん苦労したが、創業2周年を無事に迎えることができ、初めての休暇は、尾道の両親をハワイに呼び寄せるのだと報告してくれた。

「以前会長宅に泊まらせていただいたときに、お父さんやゆうぞうさん(弟)と連れて南米旅行されている写真を見せてもらい、ボクも自分で商売を始めたらきっと家族を連れて旅行するぞという願いがようやく叶いました。」

生意気なことを言う。

うれしくて、鼻の奥が加熱した。

つい先々週は、名古屋でHくんの婚約祝いをした。

Hくんも、Sくんと同じ時期にライトハウスの営業部を支えた男で、3年前に単身ベトナムに渡ってホテルを開業。今ではホーチミンとハノイで5つのホテルを経営する。

ちなみに奥さんになる女性は、国際教育事業部の元インターンの可愛いSちゃんだ。ライトハウスの独身男性はさぞ怒っていることだろう。

そして昨夜。

26年前、僕が情報誌を始める前から家庭教師をしていたRの夫婦が、ベンチュラに飲食店を開業して1周年を祝う会食だった。

小学校の時分は鼻水で鼻が塞がっていたし、高校では大きめの騒動を起こして謹慎ばかりの悪童だった。両親には散々心配をかけた。

それでも、商売を始めたら、単月で7勝(黒字)5敗(赤字)というから大したものだ。

貯金がもう少しで空っぽになる手前で、ゆるやかに浮上できたという。

軍資金がジリジリ減っていく地獄も経験できて良かった。

まず最初の3年、生き延びればいい。次が見えてくる。

自分の給料を取れなくっても、必ずみなの給料を期日に支払って、家賃と光熱費を払って、卸屋さんへの支払いが滞らなかったらそれで上等。

不義理をせずに、冷蔵庫の残り物で命をつないで、そのうちに自力と信用をつけたらいい。

だから昨夜はうれしくって飲み過ぎた。

それにすっかり酔っぱらっている隙に、不覚にも奢られてしまった。

そんなライトハウスも、あと1ヶ月で創業25周年を迎える。

こうして円満に送り出して、笑顔でつき合える卒業生ばかりではない。

どこでボタンを掛け違えたか、もう何年も経つのに、夢に出たり、交差点や寝室で思い出す苦い結末もある。

自分から迷路を辿ると間違っていないのに、相手の立場から辿ってみると、自分のエゴや未熟さに辿り着く。

後輩たちに一人前のことを言ってるけど自分が一番半人前だ。

12 03, 2013