分厚くて温かい手のひら

分厚くて温かい手のひら

昨日は東京からフロリダに向かう阿木先生夫妻とレドンドビーチで夕食を共にした。
ロサンゼルスにお住いの方は阿木先生ご夫妻をご存知の方も多いと思う。ライトハウス創刊の89年からほぼ四半世紀、人気コラム「ロス日記」を執筆してくださった小説家の先生だ。3年前、ご夫妻の年齢が70代半ばを迎えるタイミングで永久帰国された。
それからは毎年、逗子のご自宅を近況の報告にお訪ねしている。
28年前、知人から「こんな誌面じゃ話にならない。もっと格調の高い誌面にしないとダメだ。」と、阿木先生を紹介していただいた。さっそく電話をして、執筆の依頼に当時のウッドランドヒルズのご自宅を訪ねた時、2つのことで阿木先生を驚かせてしまった。
ひとつは、阿木先生のことを知らないで行ったこと。もちろん著書も読んだことがなかった。
もうひとつは、原稿料を払えるようなお金も無かったから、せめて歌を歌いますとギターをさげていったこと。
思い出しても顔が熱くなるが、当時、組織で働いた経験はおろか、社会経験もろくになかった僕は、最低限の常識もエチケットも知らなかった。
阿木先生は困ったような狐につままれたような表情を浮かべながらも、連載を引き受けてくれた。
それ以来、阿木先生は僕を息子のようにかわいがってくれた。
顔を真っ赤にして叱られたことも一度や二度では無かった。
「洋一くん、この世の中で、金とか肩書きなんて大したもんじゃないんだ。金を追いかけるな。君がやっていることは尊い仕事だ。ライトハウスを読んでくれて助かる人、勇気づけられる人がいる。小さな会社、小さなフリーペーパーであっても誇りを持ちなさい。」
「社員に給料を払い続けること、人の生活を背負うということは立派なことだ。社員を守りなさい。社員を家族と思って接しなさい。社員を守れて初めて一人前の経営者だ。君の人生にはこれから何度となく試練があるだろう。それがどんなに苦しくても歯を食いしばって生きなさい。」
「誰よりも謙虚でいなさい。会社が大きくなればなるほど謙虚でいなさい。威張ることは卑しく醜いことだ。 いつかその意味がわかる。」
先生からどれほど多くのことを学ばせてもらっただろう。
僕は若い人に大切なことを伝えられているだろうか。
別れ際に両手で握った先生の手のひらは、相変わらずグローブのように分厚くて温かかった。