アムトラックから

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ボストンからニューヨークに向かうアムトラックから書いている。
実は午後の飛行機で移動する予定だったのだけど、吹雪で欠航の可能性があったので朝イチでアムトラックのチケットを現地の旅行社に押さえてもらったのだ。

ボストンでは吹雪でも、道を傷めるという理由で、車にチェーンを装着してはならない。だから、吹雪いて道が凍るとそこここで事故が起きて渋滞になるという。ホンマかいな。

そんなことで、ホテルの近所の駅からアムトラックの駅へは、確実な路面電車を利用。

吹雪の道を駅までナナメになって歩く。

防寒帽や手袋をつけても、クビや手首に冷たい空気が突き刺さる。
グシュグシュの雪道や階段を、重いスーツケースを担いで歩くのはまるで天然のジム。図らずも良い運動になる。エッサエッサ。

ちょっとした冒険をしているようで楽しい。
サウスステーションで食べたクラムチャウダーもアサリがしっかり入ってうまかったし。さすが名物。

吹雪の中をアムトラックは走る。やっぱり列車は悪天候に強い。
両脇に広がる冬枯れの森を抜け、時々大西洋に流れる川や見知らぬ町を横切っていく。

車内には、大きなテーブルとコンセントがあるので、まとめてメールの返事を書くこともできて大助かり。車窓を楽しんではPCに向かう。

隣では、ボクより2日早くボストンに入った西川が居眠りを始めた。
彼女は日曜日の到着から現地メディアのトップと会って提携の下交渉や、ハーバードを始め現地留学生からのヒアリングや調査、夜は夜で2時、3時までスカイプで日本と遠隔会議をしてロクに睡眠時間を取っていない。アムトラックに乗ってからもノートブックに向かって、出張のレポートや広告のプルーフをやっていた。
こういうメンバーがライトハウスを支えてくれている。感謝。

そう、ボストンでの話をしよう。

昨日の夕方、ボストンに着いたその足で、現地の日本語情報誌Jタウンを訪ねた。
社長の瀧波さんやスタッフの方と、情報交換や、詳しい内容は書けないけどライトハウスとの業務提携について話し合った。みなさん、人間がまっすぐで明るい。そして温かい。

生意気ながら、ライトハウスが18年かけて培った編集や営業、回収のノウハウを惜しみなく提供させてもらう。

スタッフからは日々現場で起きている問題やトラブルの解決策についてバシバシ質問が飛んでくる。

こちらも真剣勝負で100マイルの球で応える。

こういう熱を持っている情報誌はきっと伸びる。
チカラになってほしいし、チカラになりたい。

おかげで、昨晩は飲み過ぎた。(また反省)
無理矢理頭をスッキリさせるために冷水のシャワーを頭からジャブジャブ浴びた。

寝不足と二日酔いを封じ込めて、ホテルを訪ねてくれた瀧波さんとミーティングの続き。

実は午後の移動を飛行機からアムトラックに切り換えたのも瀧波さんのアドバイス。さっき電話で聞いたら飛行機のダイヤが乱れているらしいから助かった。

ミーティングはかなり深い話ができた。
提携の話も基本合意。ここから各論を詰めていく。

続いて午前10時からは、ボストンのもうひとつの情報誌「タカラマガジン」の編集長の中島寧子さんとミーティング。「寧子」と書いて「やすこ」と読む。元々は本屋さんの駐在員でアメリカに来たのだそうだ。聡明にして温かい。

昨日から改めて感じるけど、人の数だけ歩んで来た人生の物語がある。

ちがう時に、ちがう町で生まれて、まったくちがう経験を積んで、それがある日、ある土地で、たぶん何兆分の一の確率でお互いの人生が交差して、そこで同じ夢や視界を共有する。まったくちがう人格同士が、同じ価値観を共有できる瞬間。

なんか人生って良いよなあと旅の空の下で想う。

もっと、さらに、思い切り。「人」と愛を持って向き合おうと想う。