ビルさん

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元旦。7時半起床。

お日様はすっかり昇っている。すみません、お待たせしました。
ぼーっとした頭に、冷たいプールで泳いでカツを入れる。身が引き締まる。

身支度を整えてから、家族で仏壇に手を合わせる。そして改めて去年一年無事過ごせたことに感謝する。ありがたい。

大晦日からそのままお泊まりの高津さんと、「さぬきの里」の特製おせち三段重を囲む。ロサンゼルスにお住まいの方はご存知の方も多いと思うが、「さぬきの里」は南カリフォルニアでもっとも繁盛している日本料理店のひとつで、オーナーの込山夫妻とは開店以来のつきあいになる。

毎年元旦を、同店のおせちで祝うのが我が家の恒例になっている。家庭ではなかなか再現できない職人さんの技術と、時間と手間がかかっている。だからお客さんもたいそう喜んでくれる。

余談だけど、同店のご夫妻も珍しい「込山」姓。人に尋ねられると、ご主人が「そう、彼は弟なの」とか「実は息子なんだ」と応えるもんで、そう信じている人が多いらしい。罪がない嘘だけど。

高津さんを送り出し、親父を拾ってから本願寺に初詣。お願いはしない。一年の感謝だけ。これも毎年の正月の恒例。

その足で、商船学校の実習生時代からお世話になっているビルさん夫妻を訪ねる。

ハシエンダハイツに暮らす日系人のビルさんは、86年6月に実習生として初めてアメリカのロングビーチ港に寄港(船で来ました)したボクを、山口県人会(ボクの本籍は親父と同じ山口県だった)という縁だけで、毎日のようにいろいろなところに連れ歩いて面倒を見てくれた。

当時、立派な印刷会社の社長で、従業員やその家族に慕われ、大きな左ハンドルのベンツに乗って、英語も日本語もジョークも上手、スポーツは万能、リトル東京を歩くと誰もが笑顔で手を振る。ギャンブル好きがたまにキズだけど、正義感が強くて、弱者にやさしい、人の悪口を言わないビルさんにすっかり心酔して、いつか純粋にこんな人になりたいと思った。また同時にこんな人がいるんだと驚いた。

ビルさんとの出会いがなかったら違う人生を歩んでいたと思う。

帰国後、ボクの就職のために奔走してくれた航海学科長で、ラグビー部の部長の野村さんは顔を真っ赤にして怒った。

「オマエなんかアメリカに行ってもションベンにもならねえよ!」

まともには就職できないくらいの会社に、ラグビーで就職できるよう段取りをつけてくれていたから、もう申し訳ない気持ちでいっぱいだった。野村さんが怒るのはもっともだ。

だけどボクには、一流企業と言われる会社に微塵(みじん)の興味もなかった。ものすごい劣等生ではあったけど、根拠のない自信だけはあって、「一流企業は自分が創るもの」だと思っていたし、その思いは今の方が強い。試験の順番や通信簿で、人の値打ちや可能性が測れるはずがない。自分の身を持ってそういうもんは信じない。

だからライトハウスに学歴や経歴は関係ない。うちで何ができるか、熱いか、チームでできるか、共感できるか、それだけ。

話はそれたけど、その時にビルさんのように、人に慕われる社長になりたいとおもったのがボクのアメリカの原点。

帰国して、卒業して、一週間後にアメリカに渡ったのが86年の10月3日。それからの20年間、ビルさん夫妻とはずっと親戚づきあいをしていただいている。毎年連休にラスベガスで集まるのも恒例だ。

ライトハウス創業後の数年、ずっと芽が出ないボクを、しょっちゅう寿司屋で腹一杯食べさせてくれた。決して嫌なことは聞かないし、ボクも泣き言は決して言わなかった。ビルさんはボクに見返りを期待しない愛情を教えてくれた。与える一方の愛情。

ビルさんはその後、人に騙されて事業を失い、その後再チャレンジした事業も残念な結果に終わった。その間にも病気を患ったり困難な時代は続いている。だけど、去年の6月、不動産のライセンスを取って、70歳にして新たなスタートを切った。土日にはオープンハウスで一生懸命に家を売る。

そんな立ち上がり続けるビルさんを心底カッコいいと思う。

ビルさんが失敗しようが失おうが、ビルさんへの尊敬の思いと感謝の気持ちは変わらない。いや、進化し続ける。

もうひとセット買っておいた「讃岐の里」のおせちと、ご夫妻の手料理を囲んで正月を祝う。昔話や将来の夢で盛り上がる。ビルさんは病で落ちた筋肉を鍛え直すためにトレーニングを始める。ドライバーの距離を取り戻すのだそうだ。新しい一年を前に仕事にも燃えている。そう、どこまでも前向きなんだ。

途中で昼寝までして、楽しい正月の宴は夜まで続いた。最後は幸子夫人の関西風の太巻きと豚汁で締めくくった。野菜たっぷりの豚汁がしみる。幸せな一日を過ごせた。

別れ際にビルさんと幸子さんと両手で握手する時、強く握りしめながら、ビルさん夫妻がこの逆境を乗り越え、すべてがうまくいくようにぐっと祈りを込めた。思いを込めた。

ビルさんも幸子さんもボクもちょっとだけ瞳が濡れていた。