チェリーの歯形

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 早朝の便でハワイからロサンゼルスへ帰る機内。

弟がこしらえてくれた弁当を開く。

鶏の唐揚げに卵焼きにちょっと多めのマヨネーズ。ボクの好物だ。

ご飯には塩コブと梅干しがのせてある。ご飯はまだ温もりがわずかに残っている。

遅かったろうに5時前には起きて用意してくれたのだろう。

 

弟がロサンゼルスにいる頃はたまに衝突もしたけど15年いっしょにやった。

ボクは攻める一方、弟は城を守った。

それからいったんは会社を飛び出し、紆余曲折の後、今はライトハウス・ハワイ版の責任者として指揮を執っている。

 

昔話になるけど、昭和40年代、ボクらは四国のベイエリアで育った。正確に描写をするなら、チンピラや中途半端な荒くれ者が闊歩する小さな漁師町だ。

ボクは小学校では劣等生でさっぱり自信がなかったけど、放課後になると好奇心旺盛で活発な少年にもどった。

割と正義感は強い方で、鬼退治のつもりでチンピラの家に爆竹の束を放り込んで逃げたり、暴走族のあんちゃんにロケット花火を打ち込んだりした。

稀に捕まる事もあったけど、ものすごく素直に謝るものだから、むしろ相手は面食らって無罪放免で難を逃れたりした。

もう時効だから書いてしまうけど、多くの男の子がそうであったように、ボクも大きな乗り物に憧れて、エンジンを掛けたまま放置されたブルドーザーを操縦したことがある。

ドキドキしながら飛び乗って、いろいろなギアを押したり引いたり適当に操ったら、巨大なロボットが動き始めるように、大きなシャベルが上下したり、キャタピラは音を立てて前進した。

遠くで弁当を食って寛いでいた土方のオジさんたちが気づいて慌てて走ってくる。

もちろんボクは脱兎のごとく夢中で逃げた。

この後、さらに大きな乗り物を動かすのだけど、それはもう10年くらい経ってから書こう。

近所の国鉄の踏切がまだ手動で上げ下げしてた頃、商店街の自動(機械)の踏切まで遠征して、ぶら下がってはどこまで自分を持ち上げられるか実験したりした。電車が来る度に少しずつ先の方に移動しては持ち上がり、機械の限界を身体で覚えた。

そう、毎日が冒険だった。そして側にはいつも弟がいた。

走っても隠れても一生懸命についてくる弟。

弟が小学校に上がった頃、近所の悪ガキに泣かされて帰ってきた時には、そいつを捕まえてボクの手が腫れるくらい張り倒して、最後は海に連れていって堤防から突き落とした。

弟にヘルメットをかぶせて座ぶとんを抱かせて、ボクはよく新しいプロレス技の実験をしていたのだけど、この時ばかりは兄貴のボクを眩しそうに見上げた。こんなことならお安い御用だ。

こんなエピソードもある。

元来ボクは無類の犬好きで、とくにリトリバーや秋田が大好きなんだけど、その時代のボクらの町では少し事情が違っていた。放し飼いで半分野良犬みたいな犬が多くて、とろくさい子どもはたまに噛み付かれたりしていた。幸か不幸かやられてもスー(訴訟)する人も弁護士もなく、犬であろうと人であろうとただ強い者が幅を利かせた。

とりわけ近所の飼い犬のチェリーは凶暴で、誰彼なく通る者を追いかけては威嚇した。

同じ通りに住むボクは悔しい思いばかりしていたので、ある日、遠くから石を投げつけるフリをしたらチェリーが怒って走ってくる。

逃げ足の早いボクは素早く電柱によじ登って難を逃れたが、逃げ遅れた弟は尻を咬まれてズボンの真ん中にヨダレの歯形が残った。

真っ赤な顔で泣きじゃくる弟と咬まれた尻を見比べて、ボクは腹を抱えて笑った。

1年分くらい笑ってボクは敵討ちをすることにした。

数日後、何時ものように吠えるバカ犬に石を投げつけるフリをしたら案の定こちらにすごい勢いで走ってくる。

心臓がバクバクしていたけど、ギリギリまでためて鼻先を力一杯に蹴り上げた。ビビった分、芯は食わなかったけど、つま先に確かな感触が残った。

「キャインキャインッ」

威勢の良かったチェリーはきびすを返して逃げ去った。これがホントの負け犬だ。

それでもチェリーは正しく凶暴だったけど、ボクに吠える事はなくなった。これこそが力関係だ。

そんなふうに毎日子どもなりの挑戦や勝負があって、いつも側には4歳離れた弟がいた。

それは両親の修羅場の時も含めて。

ボクが中学に上がるくらいまでだろうか。

その後、弟なりにパワーアップして、中学の時には仲間と2人で、繁華街で絡んできたアホな高校生8人をやっつけて街の話題をさらったりもした。

さらに余談だけど、帰省の度にバイトして買った洋服が減っていくので不思議に思っていたら、10年くらい経ってから「ごめん、ボク、兄ちゃんの服売っとったんや」と白状した。

素直に謝ったらボクは何でも許す事にしているけど、例外はあって思い切り殴りつけた。

 

洟を垂らしていつもボクのあとをついてきてた小さな弟。

母親の財布から100200円とボクが拝借してた頃、1万円を抜いて豪遊したのがバレて母親を発狂させた弟。

「宿題はやらない」と決めて、殴られても立たされても親を呼ばれても、本当に人生で一度も宿題をやらなかった弟。

そんな弟がいつの間にか老眼鏡で本を読むようになっていた。

そんなことはもうないだろうけど、今でも弟がやられたら報復に行く頭のてっぺんが薄くなったボクがいる。弟はいくつになっても弟で、やっぱり兄貴はエライのだ。

弁当の卵焼きの甘みが口の中に広がった。