出世が一番の恩返しだ

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1月5日。昨年秋にライトハウスを独立した上村くんが、将来の方向が決まって報告に来てくれた。

今月中旬にベトナムに渡米して飲食店を始める。店は、先に独立したハンくんが持つホテルから目と鼻の先と言う。

上村くんは、6、7年も前に、僕が日本のテレビで紹介された番組を見て、アポイントもなしに渡米して僕を訪ねてきた。

そして電話をとったアシスタントの言葉で彼と初めて会った。

「とても熱心なので会ってあげていただけますか」

凛々しい顔をしたきれいな目の青年だった。
後先考えずに行動するところは若い頃の自分に重なって好感を持った。

そして一年後に国立の大学院で建築を学んでいた彼は、日本法人ライトハウスキャリアエンカレッジに入社して、その後このロサンゼルスに転属した。

器用ではないが誠実だった。気はまわらないが人に優しかった。

昨年の春に独立したいと相談に来た時には、基本ができていない、自分の「武器」を磨いてからでも遅くないだろうと説得したが、目の色で決意が固いことを悟った。

そして今日。

カプリチョーザのパスタを真ん中に、最低限伝えておかねばならないことを話した。何度も彼やこれまでに独立していった若者に伝えてきた基本的なことばかりだ。

部下を信頼しても、依存しないこと。突然コックが抜けても、フロアの責任者が辞めても、決してサービスの質が落ちぬように(人件費が余計に掛かっても)バックアップを作っておくこと。信頼に人は奮い立つが、依存すると傲慢の芽が出る。傲慢な人間は組織を腐らせる。それは店だけでなく、本人の人生にとって不幸だ。将来、外部から得られる知恵やノウハウも担当者に丸投げでなく、必ず組織にインストールして、その後に担当者に任せること。組織の中に「あの人しかわからない」ブラックボックスを決して作らないこと。

儲かるようになると、ボーナスを出したり、思い切った昇給をしたくなるが、熟考すること。翌年に同じかそれ以上のボーナスや昇給ができなかったら、モチベーションが下がる。ビジネスにアップダウンはつきものだが現実に減給は難しい。また会社が成長するほど、採用力が向上し、なまじっか実力以上の待遇を与えると、いつか整合性が取れなくなって、結果として、本人に応えるためにしたことが、本人の居場所を無くしてしまうこともある。今分かち合い、喜ばせることより、長期的に雇用を確保して、本人の将来や老後を考えた待遇や関係づくりを優先すること。ただし、事業を創れる人材、幹部を創れる(育てられる)人材に「相場」はない。

オンザハウス(店からのおごり)を決してしないこと。仲間を連れてきたら良い格好がしたい、自分の店なんだから金を払いたくない、これがすでに崩壊の始まりだ。オーナーを従業員は見ている。仲間を連れてきたら正規に払うこと。ふんぞり返らないこと。店が混んでいたら、仲間を置いてでも皿を下げる手伝いを率先してすること。また、自分の夕食であっても、勘定をキチンと支払うこと。ケジメをつける。率先垂範する。

不正をする人としない人がいるのではない。すべての人に、弱さも醜さもある。家族に重病人がいて、追い詰められたら魔が差すのも人間だ。お金や仕入れに不正が絶対にできない仕組みを作ることは、従業員を疑うことではなく、実は従業員を守ることだ。10店舗になっても、1000店舗になっても、不正が起こらない仕組みと風土を、1店舗目の今から作っておかねばならない。

派手な振る舞いを慎むこと。小金ができると格好をつけたり贅沢をしたくなるが、誰よりも誰よりも謙虚であり続けること。欲しかろうがスポーツカーは急がなくてもよい。小間使いのようにフットワーク良く動くこと。成功しても誰よりも謙虚に。まわりへの感謝と尊敬を決して忘れないこと。オレはもてなかったけど、もててももてないような顔をしておくこと。異性方面の嫉妬心は本当にコワイ。

不要な敵を作らぬこと。これからテーブルを放り投げたい屈辱や怒りがたくさん待っているだろう。理不尽なことが世の中にはまかり通っている。だが、決して短気を起こさぬこと。飲み込めすべて。意味は将来わかる。

人への施しには大枚をはたいてよいが、自分の贅沢する金は、ピンチの時と勝負の時に備えてひたすら貯金すること。

自分の力なんて本当に小さいこと。無力さを知ること。でもそこに人の夢や想いや気持ちが重なると、無限のパワーが生まれること。自分がパワーを重ねてやりたいと思えるような人間になること。

そして最後に。人との関係はテイク&ギブでもギブ&テイクでもない。自分ができることの「ギブ&ギブ」の気持ちで生きること。見返りを求めない愛情を持ち続けること。人はうまくいくと欲が出る。うまくいかないとゆとりがなくなる。人は弱い。自分は弱い。それでもどんな時にでも、人を思いやる「利他の心」をもち続けること。

そんなことを餞の言葉として伝えた。

カッコいいことも言ってるようだけど、すべて僕が先輩や失敗から教わってきたことだ。自分ができていないこともたくさんある。

ライトハウスで育った若者が巣立っていく。喜ばしいことだけど、寂しさの方が先に立つ。

別れ際に、上村くんが「感謝をしても感謝しきれません」と言ってくれた。

「上村くんの出世が一番の恩返しだ」と短く返した。長く語ると言葉がかすれてしまう。