親父の若き日々

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毎週日曜日の夕食は用事がない限り近所に住む親父とテーブルを囲むようにしている。外食はたいてい多数決で焼肉。サウスベイは「牛角」「山水亭」「たまえん」など美味い焼肉が手軽に食べられるからありがたい。

来年70歳になる親父はいつものように焼肉をつまみに焼酎を湯割で飲んでいる。

酒が好きで365日欠かさず飲む方だけど、健康のために2日間抜いたことをさも誇らしげに語る。カミさんと子どもたちが大きな拍手。親父ご機嫌。

毎日晩酌のボクに矛先が向かぬよう話題を変える。

「ところでさあ、前に父ちゃん南米に行きたいって言ってたろ。それってなんで?」

「うん、それはな、ヨウイチが生まれるずっと前。ワシが23くらいの頃に同じ船に働いていた沖縄出身の女の子がチリに移民してなあ。ワシより4つ年下やった。縁がなかったのか、会う約束をしたのに仕事で流れたり、行き違いになったり。そうこうしているうちに。。。」

「その話は知らんかったなあ。好きやったん?」

(無言で微笑みグラスを傾ける)*家族が身を乗り出し注目

「ええ話やなあ。名前は覚えとん」

「いや、うろ覚えよのう。それに結婚して名前も変わったろうし。彼女の母親がその3年後に体調を崩して日本に帰国したところまで知っているけどその先は知らん。名前も住所もなんもない」

「ひょっとしたら日系の協会とか新聞があるかも知れんけん『尋ね人』とかで手紙を送ったら意外と見つかるかもよ。なんやそんな理由で南米に行きたい言うとったんか。会えんでもええんやろ。気持ちの区切りみたいなもんやのう」

(にこにこ頷く)*家族もつられて頷く

続けて親父が語り出した。

「学生時代、コロンビアで魚の養殖をしている会社から学校に求人が来てなあ。外(外国)に出たかったから、担任の先生に相談したけど『お前の家は女ばっかりで、歳のいった両親がいるんだからいかん。誰が親の面倒をみるんだ』と行かせてくれんかったんよ」

不平というより懐かしそうに遠くを見た。

「人の人生、人の縁は不思議よのう」

「なんや、父ちゃんも50年前に外国に移住してたかも知れんかったんか。血やのう。ボクが卒業してアメリカに行きたい言うてあっさり行かしてくれた意味がわかった。一切反対せんと行かせてくれた父ちゃんと母ちゃんには感謝しとるよ。今でも」

図らずも若き日の親父の思いに触れることができた。

「なあなあ、もしペルーの彼女が見つかって、(離婚した)母ちゃんにそっくりやったらどうする?」

困ったようなうれしいような複雑な顔をして答えてくれなかった。

来年70歳になる祝いは親子二人で南米を訪ねることに決めた。